004:謎多き魔術師と氷結王子
「魔球ッ」
「氷結剣ッ!!」
双方同時に魔術を発動する。
否、どちらかと言えば詠唱の短い俺の方が早かった。
俺の発動した魔球は弾速でサイラスへと発射される。
だがサイラスは氷結剣、近接攻撃魔術を使用、剣を上段から振り下ろして魔球を叩き斬った。
「成程な···!」
思わず感嘆の声が客席から上がる。
それは俺も同じだった。
寸分も違わず弾速に物に剣を当てるその実力は本物だ。
素晴らしいと言わざるを得ない。
彼が使ったのは氷属性、攻撃魔術の中でも基本的な四大属性である火、氷、風、雷の1つであり、アルケイディア王国の王族が最も得意とする属性だ。
詠唱の長さは長い物が多いが高威力で広範囲、更に温度を下げる効果も持っている。
「身体強化、脚力強化ッ」
俺はすぐに強化魔術を使って接近するために走り出す。
遠距離戦で一方的に撃つ事は可能だ。
だがそれでは相手は必ず攻撃に合わせ撃ち落とすだろう。
だからこそ、相手の懐の内に入り込み、中距離魔術をゼロ距離で叩き込む。
それが最も有効打になると思ったからだ。
「氷柱ッ!!」
それを迎撃戦するかのようにサイラスは剣を振り上げ、魔術を発動する。
氷柱、地面からは波を描くように先の尖った巨大な氷の柱が段々と突き出る。
迫り来る氷の柱を左から回避し、地面を蹴って斜め上へと縦に回転しながら跳び上がる。
「連射魔球ッ!」
回転の速度を緩めて着地体勢に移ると同時に、相手へと照準を合わせて5発魔球を撃つ。
連射魔術は同じ魔術を連続して撃つ物、高度な技術と実力がなければ使用できない物だ。
これならばいけるかと思ったが、予想は外れた。
「氷結剣ッ!!」
彼は涼しい顔で氷を纏った剣を振り、5発全てを斬撃によって斬り落とした。
その隙に接近した俺は、すかさず魔術を撃ち込もうとする。
だが──
「甘いよッ!」
懐に入った瞬間に、上から剣が振り下ろされる。
放置すれば確実に被弾する、相手も本気で斬ろうとしているのは明白だ。
すぐに姿勢を低くして、腕と足を使って横へ蹴り、回避する。
当たっていれば相手は反則負けだ、なのにどうして?
「反則負けしてもいいのか?」
「いやいや、君なら避けると思っていたから。つい遊んじゃったよ」
「そうか···遊んだだけか。だがルールでは物理攻撃は禁止だろう?」
「ルール? あぁ、どうせ避けるなら当てるつもりで斬ってもいいじゃないか。僕達どっちも、本気でやってる訳じゃないんだしさ」
本気でやってる訳ではない、か。
その発言が癪に触った。
本気でなければ相手に失礼だなんて流石に言わない。事実俺だって実戦経験も経験していない人間に本気なんて出さないし出せない。
だが、本気になれない分真摯に挑むべきだとは思っていた。
それが馬鹿みたいだ。
相手は本気じゃなくて、ただ遊びと思っている。それだけの実力が存在しながら、実力の正しい使い方もわかっていない。
そんな奴相手に、俺は真摯に挑むべきと思っていたのか。
頭を抑えた、別に痛くはないが、癖みたいなものだ。
呆れたり疲れたりすると頭を抑える癖があるだけなのだが、今日は少し違った。
「あぁ、ルールによれば、確かに当てなければ反則にはならない。別にそれは怒っていない、むしろ避けるとわかっていての戦略であるならば賢い戦術だと言えるな」
「褒めてくれてありがとう、でも戦術とかそんな大層なものじゃないんだけどね」
「知っているさ、本気じゃないんだろう? じゃあ─」
普段は出ないような、謎の意地が俺をつき動かした。
分からない、謎こうも心を突き動かされるのだろうか。
だが今は、こうするべきだと思ったからそう動いた。
本気の箍を片側だけ外し、身を任せるように突き進んだ。
「——お前に本気を出させてやる」
「え、それってどういう意味?」
「自分で考えるんだな。魔球」
杖をすぐに向け、魔球を放つ。
1発、初撃で撃った物と同じように。
「ハハ。その程度で、僕に本気を出させれるかな? 氷結剣ッ!!」
だが易々と、彼の剣で魔球は斬られ、霧散する。
「こんなのじゃ、僕には当たらないよ」
けれど刹那、サイラスの目の前に居た筈の黒い人の姿が霞み、突如影が映りこんだ。
影は殺意を放っていた、明確な殺すという意思が。
その殺意によって油断ぎみだった心は一瞬でドン底へ叩き落とされる。
死ぬ間際の絶望が、思考を過ぎった。
「——————ッ!?」
彼は過度な緊張感と、急激に変化する思考に耐えきれず、ただ声にならない驚愕の声を息だけで上げた。
バリンと、鏡の割れるような簡素だが本能的に反応してしまう音と共に、後ろへ吹き飛ばされた事によって思考が元に戻る。
そしてその音の正体が、自分のバリアが1枚割られたのだと気づいた。
「一体何が!?」
「それらしい魔術のような事は何もしていない、タイミングを変えて死角をついただけだ」
「···それだけの事で?」
「あぁ、それだけの事だ。その防御方法には決定的に弱点がある。攻撃に集中し過ぎているせいで全体が見れなくなる、だからこそ死角が作りやすい」
彼の目の前には、先程サイラスが居た位置に俺が居た。
気がつけば目の前まで接近していた、観客の誰もがその速度に目が追いつけなかった。
否、追いつけなかったのではなく、追いつかせなかった。
魔術は使っていない、ただのトリックだ。
視線を誘導した、俺ではなく俺が使った魔術に。
相手が魔球程の速度——弾速で飛来する魔術を弾くには、当然多少なりとも魔術に意識を向けなければいけない。
その意識に、大幅な死角ができる。
魔球を弾く為に魔球を見るならば、その視線外に潜り込めば例え弾速で接近出来なくても、相手には一瞬で目の前に俺が現れたように映る。
あとは不意をつかれた相手にゼロ距離から一撃魔球を撃ち込んだだけだ。
「お前はただ見えてなかっただけだ。実力はともかく、お前にはそれを扱うための基本がなっていないんだよ。だからこうなる」
「···そうかい、ご忠告どうも」
焦りを隠すように彼は笑った。心の余裕はもうないだろう。
サイラスのシールドは残り2枚、この勢いで攻め立てる。
サイラスも剣を前に出して防御の姿勢をとった。
この状況ならば正しい事だろう、相手が俺でなければだが。
そんな防御じゃ薄すぎる。
「連射魔球」
「氷結剣ッ!!!」
相手へ5発、接近しながら魔弾を撃つ。
彼は予想通り回避ではなく迎撃選択、剣を振って華麗に魔弾を弾いていく。
今度は俺が言った通りに、全体的に視野を持って、俺の動向も確認している。
俺が言った通りだからこそ、相手が次、どう剣を振って弾くかよくわかる。
集中していない分、弾けはするが振りが甘い。
振りが甘ければ隙が生まれる、その隙を狙って杖を向けた。
「複製」
念動魔術、複製。
一時的に魔術を複製し、力場を保存したまま横に増やす事ができる。
つまり同じ物が彼から見たら急に2つに分かれたように見える。
消費魔力量が増やした魔術より倍増するのを除けば非常に強力な魔術だ。
もちろん全体を見ていた、どちらかと言えば俺の方を見ていたからこそ、目の前の状況判断が疎かになる。
片方は弾くが、複製によって増えた魔術には対応できない。
「あッ!!?」
またバリンと音が鳴ってバリアが割れる。
被弾した魔球に吹き飛ばされてサイラスは地面を転がった。
受身をとる余裕はもうないらしい、剣を地面に突き立てて立ち上がるが、足は震えていた。
「その様子では、もうお終いだな」
一歩一歩踏みしめて歩き、サイラスの射程範囲ギリギリまで近づく。
「まだ、まだ手段は残っているさ···!」
彼は突き立てた剣を引き抜き、中段に構える。
今までよりも集中し、遊びだと言っていた時の余裕はない。ただその目には熱がこもっていた。
「せめて、一撃。君に当ててみせる···!」
これが彼の本気、実力の全てだろう。
俺も杖を後ろへ構えて、姿勢を低くする。
今からは彼がどう動くか分からない、用心に越したことはない。
「ならばその力、俺にぶつけてみろ」
「言われなくてもッ!! 氷結牢獄ッッ!!!」
サイラスが詠唱と同時に剣を上へ掲げると、それは青白く光り輝き、競技場一帯を冷気で埋めつくしていく。
それと同時に、先の尖った氷の柱が何本も、俺たちを囲むように円状にそびえ立った。
氷結牢獄。
王家に代々伝えられる、最も有名な攻撃結界魔術だ。
王家でも使える者は今まで数名しか居なかったらしい、まさか使えたとは。
「くらえヴェルト! これが僕の本気だ!!」
氷の柱からは更に俺を狙うように氷の柱が無数に襲いかかる。
俺は回避のために体を逸らす事を繰り返し、氷柱を寸でのところで回避し続けた。
0.5秒前に居た場所には既に氷が突き刺さり、氷と氷がぶつかり合って砕け、その破片すら俺へ弾丸の如く飛散するが、それも当たらない範囲へと瞬時に移動して避ける。
これでは埒が明かない、痺れを切らして上へと跳躍、氷の柱を蹴って更に上へと跳び上がる。
「逃がさないよ!!」
サイラスは剣を俺の方へ向ける。
反応するように、一斉に俺へ向け氷柱が氷柱から飛び出し、宙に浮いている俺を貫こうとする。
「魔力壁ッ!」
俺は杖の先に防御魔術、魔力壁を展開し、氷の柱達をいなし、柱を滑りサイラスへ接近、最後の一撃をお見舞いする。
「火炎球!!」
火属性攻撃魔術、火炎球。
威力の高い火炎の魔球だ。
それを杖の先に集中させ、貫通力を限界まで引き上げる。
「氷結波ッ!!」
彼は防御する為に攻撃魔術、氷結波を詠唱、俺の魔球を止める為に撃つ。
魔力と魔力が拮抗し、苛烈に魔力が弾けて火花がバチバチと音を立てる。
「うぉおおおおぉぉぉぉぉ——————ッ!!!」
必死にサイラスが叫ぶ、相手の魔力が増大し、更に魔力が散る。
魔力だけばらば相手の方が上であった。
だが勝負はあっけなく幕を引いた。
魔球の貫通力が、氷の波にヒビを入れながら貫通した。
1ヶ所に集中させた力に、全体的に広げた魔力では防御魔術が耐えきれなかった。ただそれだけだった。
「あっ·······」
目の前で砕ける氷結波を見て、彼は糸の切れた人形の如く情けない声を喉から漏らした。
魔球が命中し、シールドが割れる。
魔球に被弾し、彼は地面に仰向けに倒れる。
勝った、という感覚は無かった。
相手が生きているからか、それとも呆気なく終わってしまったからか。
分からない、ただ達成感だけがそこに存在していた。
「ハハハ。負けたよ、完敗だ」
サイラスはどこか悔しそうだったが、笑っていた。
だがそれと同時に泣いていた。
何かが終わったような喜びと、負けた悲しみが均衡し、混ざりあって今の彼の感情を形成していた。
「僕が全力を出しても勝てない相手が居るとは、思ってなかったよ」
「お前程度なら探せば幾らでも居る。探そうとしなければ居ないように見えるだけだ。それに、最初から本気を出していたら違う結果だったかもしれないぞ?」
「そういうものかな?」
「そういうものだ」
俺はそう言ってサイラスに手を差し伸べる。
彼は俺の手をとってゆっくりと立ち上がった。
「···ありがとう。こんなに清々しい気持ち、生まれて初めてだよ」
「負けたのにか?」
「負けたからだよ。負けてなかったら、今までどうり僕は戦いを遊びとしか考えてなかった」
手を握ったまま握手する。
「ありがとう、とりあえず今はこんな事しか言えない。どう言えばいいか分からないからさ」
「別に俺は何もやっていない、感謝される義理はないぞ」
「······君ってブレないね、そういう所も面白いや」
彼は泣きながら笑った。
誰にも聞こえなかったみたいだが、笑い声の中には啜り泣く声も聞こえていた。
悔しさはあったが、彼は何かに気がつけた。
それが嬉しい、のだろうか。
「俺にそういうのは分からない」
「いつか分かるようになるよ、いつかね」
周囲からは歓声と拍手の嵐だ。
魔術学院の特待生の試合というだけなのにこれほどの物とは、余程この試合は人気があるらしい。
「じゃあ、そろそろお開きにしようか」
サイラスは手を離して、踵を返して戻ろうとする。
「この後どうするんだ?」
そう聞いた俺の呼び止めに、彼は振り返る。
「別に、何もしないよ。普通に帰るだけさ」
「そうか、気をつけて帰れよ」
「わかってるさ。バイバイ」
手を振り立ち去る彼を少しだけ見送って、俺も立ち去る。
実技試験は俺の勝ちで無事幕を閉じた。
俺は準備室に置いてきた自分の武器を回収して、フェリスが待っている観客席へと戻ることにした。
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