002:学園の受付にて
翌朝。
泊まるところも無かった俺は、久々のベットの感覚で目が覚める。
昨日の夜、参考書を買ってから入ったホテルで、勉強中に寝てしまったようだ。
ベッドに座りながら勉強したのが悪かった、次勉強する時は机でやろう。
まぁ昨日は疲れていたから仕方がない、と小さく溜息を吐いて立ち上がる。
昨日から着替えていないので、そろそろ別の服に着替えた方が良いだろうと思い、持っていた荷物から着替えを探す。
とりあえず、いつも通りの服しかないので、いつも通りの全身真っ黒な服になった。
外見は何も変わらない。そもそもこの服しか持っていないのだから。
鏡で自分の姿を確認しながら、軽く髪型も整える、鏡を確認する事もあまり無かった為、新鮮に感じた。
とりあえず気が済むまで適当に外見を整え、退室を伝えてホテルを出る。
まだ少し暗い朝、今は冬なので、朝7時頃だろうか。
受験開始時間までまだ1時間ほどある、なので歩きながら会場に向かうことにした。
朝の街並みは夜とはまた違う様相を呈していた。
ガス灯の灯りは消え、代わりに朝日が建造物を照らす。
冬の朝特有の静けさに包まれ、冷たい風が少し心地いい、雲ひとつない晴れだ。
ひとつ難癖をつけるとするならば、あちこちに立ち並ぶ煙突から出る薄紫の煙が景観のバランスを壊しているように見えることだろうか。
この都に住んでいたら分からないだろうが、仕事で様々な場所を行ったり来たりしていた俺にとっては、あの煙は少し異質に思えた。
いつもあんな量だっただろうか、朝あの煙を見たのは初めてだし、そもそも久々に見たので、見間違いだろうか。
─多分見間違いだろう。
気にすることなく、学院へと向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
王立アルケイディア魔術学院。
アルケイディア王国が誇る名門の魔術高校である。
普通科、魔術科、魔術化学科の3学部が存在し、学びの場としては最適な、様々な設備が整っている。
生徒の数は4800人。
半分は貴族で、もう半分は平民で構成されている。
校則で権力の非行使や身分差別の禁止等がある為、貴族と平民の身分の差はここではあまりないらしい。
極めて広大な敷地に、何重にも重なる石レンガ造りの棟が並び、中央には城のように壮大な建物まで存在している。
遠目からはそのまま要塞のように使えそうな外観だ。
おそらく要塞として建築した訳ではないのだろうが。
門からはぞろぞろと人が入っていく、俺と同じ受験生という事はすぐに分かった。皆俺と同じくらいの歳に見えるからだ。
今日は魔術科の受験の日で、他の科を受験する人は居ない。
なのでその人達について行くように、俺も門をくぐって敷地中へと入っていった。
中には受付があり、皆そこに並んでいく。
行列に並ぶのは人生で初めてだ、順番待ちなんて今までの経験ではないので少し緊張する。
実際は何事もなく終わる筈なのだが、初めての事となると自分の常識が当たり前なのか気になるのだ。
これは人間として当たり前の感覚なのだろうか、それとも自分の常識がズレているのだろうか。
気にはなるが聞こうとも思わないので、適当にしている。
そう考えていると、後ろから叫ぶ声が聞こえた。
一体何があったのだろう、列から少し顔を出し、後ろを見る。
「列が邪魔だと言っているだろ! 俺はレイクウォード公爵家の子息だぞ!!」
「ですから列に並ぶのがルールですので···」
「平民と底辺貴族共と一緒に俺が並べと言うのか!? 馬鹿にするな」
どうやら公爵家の男が学院の教員と揉めているらしい。
平民や底辺貴族とは列に並びたくないと言っていたのが聞こえた。どうやらこの世界には俺よりも常識のない人間が居るらしい。
世の中は広いな。
にしたってあの態度は酷い。
規則やルールにはたとえどのような立場や地位があっても従うべきだと俺は思っている。
契約や依頼を忠実に実行する仕事を今までしてきたからこう思うだけかもしれないが、少なくとも規則は規則、守るべきものだ。
それを守ろうとしない者は戦場では全く役に立たない。
偏見と経験則でそう思っているだけなのだが、彼とは仲良くなれそうにないな。
すると、自分の前に並んでいた女性が溜息を吐いて列から抜けた。
鮮明で綺麗な紅髪に、琥珀色の瞳に整った顔立ち。
全体的に引き締まった体にぶら下がった豊満な胸が動く度に少し揺れる。
美しいと言うよりは年相応の可愛らしさを持つ少し小柄な女性だ。
彼女は公爵家の男の前に仁王立ちし、相手を睨みつけた。
明らかに怒っている目だ。
「貴方、何様のつもり!? ここでの身分差別は禁止ってルールがあるでしょ!」
明らかに敵意のある眼差しで睨みつけられた相手は隠せない程に表情を強ばらせる。
「ほう、俺に歯向かうつもりか? 俺は公爵家だぞ公爵家!! 貴族のトップ中のトップだぞ!?」
「公爵家って···呆れちゃうわ、貴方はただ公爵家って肩書きを振りかざしてるだけの坊ちゃんじゃない。祖先が残してくれた肩書きで何を誇ってるのよ」
「なんだと!?」
相手は更に表情を怒りに染めていく、頭に血が登っているのか顔が真っ赤で、ギリギリと歯を鳴らす程に歯を食いしばっている。
それに比べて彼女は怒りはしているが冷静だ。
2人の間には一触即発の状態が続く。
その状態に耐えきれなくなり、先に手を出したのは相手に方だった。
「俺をコケにした事を、後悔させてやるッ!!」
彼は腰に携えていた剣を鞘から一気に引き抜いた。
剣型の魔術器だ、形は両刃で普通の剣型魔術器にしては短い。
近接戦闘を視野に入れて作成された特注品だろう。
しかも厄介な事に刃は削がれていない、あれは実戦の為に作成された物だ。
当たれば怪我するし、最悪死ぬ。
剣を抜いた勢いで一気に彼女に上段から斬り掛かる。
振り方が甘い、あれに当たったとしても死にはしないが、当たり所が悪ければ相当な怪我だろう。
彼女はそれを驚きのあまり尻もちをつき、たまたまで回避する。
だが腰を抜かしたのか、すぐに動き出せそうにはなかった。
「避けるんじゃねぇ!!」
剣を空振りした男は明らかに体の軸を大きく逸らし、剣に引っ張られて体を前のめりにする。
だが彼女程の姿勢の崩し方ではない、すぐに体制を戻し、2発目を打ち込もうと剣を横に構える。
「火炎刺突ッ!!」
剣から火が溢れ出し、火がジェットのように剣を加速させ、彼女へ勢いのある突きを打つ。
近接攻撃魔術、火炎刺突。
殺傷能力のある軍用魔術、威力は言わずもがなだ。
ド素人が使っていい魔術ではない。
手加減しても首や頭に当たれば死ぬ危険性だってある魔術だし、そもそもあの剣速、手加減はしていない。
当たれば間違いなく不味いことになる。
「馬鹿が──っ」
すぐに俺はポケットの中に手を突っ込み、持ち込んでいた回転式拳銃型の魔術器の引き金を撃鉄を親指で強引に起こしながら3回引く。
発動した魔術は身体強化と脚力強化、更に腕力を強化する腕力強化だ。
それによって地面を蹴り、一瞬で相手の目の前まで接近。
これ以上魔術を発動する暇はない、彼女の前に割り込み、左足で踏み込んで腰を捻り右の拳を相手の剣の先へ叩きつける。
剣は先からへし折れ、バラバラに砕け硝子みたいに破片が飛び散る。
魔術器は元が脆い、やろうと思えばすぐに破壊できる。
さらに貴族が使う特注品の材料のほとんどは金混じりの銀等の柔らかい物質を主軸に作成される。
故に身体強化と腕力強化等の強化魔術の合わせ技で殴るだけで簡単に破壊できる。
「······俺の、剣が─!?」
武器を破壊された男は先から壊れた魔術器をただ唖然としながら見ている。
唖然としていたのは彼女も、周囲も同じだ。視線の大半は折れた魔術器と俺に向けられている。
「···少し目立ちすぎたか、まぁいい」
別に目立つ事は悪いことではないのだが、如何せん人目を避ける仕事をしてきた、視線を浴びるのはあまり慣れていない為に少し困る。
目立つことは控えろと上司からよく言われていた。
だが人命救助の為の行為だ、今回ばかりは許されるだろう。
それよりも、今は彼だ。
怒りですぐに暴力を振るう、今回がそうだったならば今までもそうしてきたのだろう。
そうやって何人、彼の我儘で傷つけてきたのか。
考えるだけでゾッとする。
「お前。別に公爵家が云々と自由奔放に語るのは構わない。···だがお前の行為が他者を害するならば、話は別だ」
俺はポケットから魔術器を取り出し、彼の眉間に銃口を押し付けて跪かせ、話を続ける。
「お前の武器なんぞ、また作ればいい。だが命は違う。人の命は1度無くなればそのままだ。それを理解しているのか?」
「だ、黙れ···! 俺は貴族だ、国を動かす男なんだぞ。俺に手を出したら、お前なんて、すぐに憲兵に捕まるぞ···!?」
「普通ならばな、だがお前は今法を犯しているし、お前だけを守る法は存在しない。今までがどうだったかは知らないが、どうせ親のコネで買った武器で相手を傷つけて、親のコネで誰からも守って貰ってたんだろうが、今はどうだ? 守ってくれる親も憲兵も駆けつけてこないぞ? 今誰かお前を守ってくれる奴はいるのか?」
銃口を押し付ける力を強める。
やっている事は脅迫と変わらない、だが俺に引き金を引くつもりもない。
相手が自分の過ちを理解できればそれでいいのだから。
「現にこうして、お前を助けようとする奴は誰もいない。お前がやってきた行動が、いずれお前自身を不幸にする。因果応報と言うやつだ。その意味が今理解出来たか?」
「···お、俺は·········」
相手は考えこむように下を向く、表情は分からないが、今にも泣き出しそうな声だ。
今までの事を考えているのだろうか、それとも今までの謝罪か。
まだ歯向かう気ではないだろう、彼は全身の筋肉から力を抜き、戦意を喪失している。
「···すみません、でした。俺が···今までも、悪かった、です······」
啜り泣く声が聞こえる、彼は反省していた。
自分の過ちに気づき、やっと頭を下げることを覚えた。それは人として成長した証だ。
物分りのいい人間でよかったとつくづく思う、彼は俺が思ったよりも大人だった。
「分かればいい。次はするな」
銃口を相手から離し、魔術器をポケットの中に入れ、ざわつく列の最後尾に並び直した。
わざわざ最後尾に並び直さなければいけないのは面倒だが、元いた場所に入り直すのは常識ではない事はわかる。
人命には変えられない、また待てばいい話なのだから。
すると、突如後ろから肩を叩かれ、「ねぇ」と声をかけられた。
後ろを振り返ると、先程の赤髪の女性が居た。
「さっきは助けてくれてありがとう。お礼言ってなかったよね」
「礼はいい、俺が勝手にやっただけだからな」
「それでも人の為に動ける人は凄いよ。本当にありがとう」
「···あぁ」
返答に困る、今まで礼なんてまともに言われた事が無かった為、ただ相槌を打つだけしかできない。
そもそも、会話をする事すらあまり無かったせいでどうやって会話を続ければいいのか分からない。
そんな俺の様子を見かねてか、彼女から話を振ってくれた。
「貴方の名前は? 私はフェリス。フェリス・アーカードよ」
「···俺は─」
名前、そう言えばなんて名乗ればいいのだろうか。
完全に忘れていた、こういう時に名乗るべき名前はない、黎黒が俺の名前みたいな物だったからだ。
どう名乗るべきか悩んだ俺は、少し悩んでからポケットに入っている受験票を見た。
受験票の宛名には『ヴェルト・クローウェル』と書いていた。どうやらこれが俺の名前らしい。
クローウェル、ハフリーと同じ苗字なのが疑問だが無視した。
「俺の名前はヴェルト・クローウェルだ」
名乗りあげると、フェリスは驚いた顔をした。
「ヴェルト・クローウェルって、特待生の謎多き魔術師じゃない! まさか貴方だったのね!!」
「··········は?」
また思わず変な声が出た。
特待生? 身に覚えがない、どういう事だ?
昨日急に言われた魔術学院の受験の話といい、特待生といい、訳が分からない。
一体俺は、ハフリーに何をさせられているのだろうか。
謎は深まるばかりだ。
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