032:主は笑う
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「ハァ……ここまで来れば大丈夫なのです」
トレンストの路地裏を、足を引きずりながら、アモンは進む。
体のあらゆる所が毒の光によって穴が空き、そこからは赤い血では無い、黒いインクのような血が溢れていた。
「すまないなァ、我のミス故の撤退だァ…」
「いえ、どっちみちあの古代魔術を使われれば勝てないと主は言っていました。今回は時運に恵まれなかったのです」
アモンの左手にはマルファスのシルクハットと仮面が握られている。
彼の依代である仮面だけは守れた、それがあれば彼は何度でも甦れる。
だからそれを守るように必死に逃げた、故に体の至る所に傷ができたのだ。
路地裏の隅で立ち止まり、息を吐きながら座り込む。
血を流しすぎた、限界も近いのかもしれない。
そんなアモンの傍に、2人の男性が歩み寄ってきた。
片方は全身を黒い布で覆い隠した男だ。布の隙間からは骨をモチーフにした鎧が見える。
腰には曲剣がぶら下げられ、顔には骸骨の仮面を付けている。
それを隠すように灰色の王冠のついた三角帽を被っている者だ。
名前はバルバトス、今回はもう1人の護衛として来ていた。
そしてもう1人は、全身を白のスーツで固めた、紳士的な青年だ。
整った外見は正しく彼の完璧さを物語り、また人形のように左右対象の素顔は彼が人では無いことを示している。
また頭からはヤギの角がはえている事も、彼が人ではない事の証明だ。
手に握られたステッキが地面を突く度にカツンと軽い音が鳴る。
「あぁ…我が、主…よ」
アモンは力なく手を彼に伸ばす。
彼はただ微笑みかけ、その手を優しく握り返した。
「よく頑張ったね。アモン、マルファス」
「いえ…主よ、私達は失敗したのです……失敗には、それ相応の罰を、お与えください……」
「いやいいんだ。黎黒が生きていると確認できただけでも、今回の君達の失敗には意味がある。私は君達を許そうじゃあないか」
彼はアモンの胸に手を当てる。
するとアモンの体はみるみる内にルービックキューブを回すかの如く変形を繰り返し、瞬く間に傷のない元の姿へと戻っていた。
それはただの治癒ではなく、まさに作り替えたと言っても過言ではないものだ。
「ありがとうございます、我が主よ」
アモンは姿勢を正し彼に跪き、服従を表す。
彼はそれを満足そうに見て頷いた。
「さて、マルファス。君の体の持ち合わせは今は無いんだ。幻想喰らいを失くしたんだ。君への罰として拠点に帰るまではその姿で我慢してくれ」
「オォォ、我が主。我が主がそう願うのならば我は耐えましょうぞ」
仮面がガタガタと、喜ぶように動く。
アモンはマルファスを大事そうに着ていたマントで包み小脇に抱えた。
「では君達は先に帰っていてくれ。私は少し寄り道をしてから帰るとしよう」
「了解しました。我が主」
アモンとマルファスは主と呼ばれる彼の命に従い、路地裏を進んでやがて闇へと消えた。
路地裏にはさっきまで誰も居なかったかのように静寂だけが残る。
「…バルバトス」
「はっ、主よ」
「アガレスに伝えてくれ。黎黒は今ヴェルト・クローウェルと名を変えている。ヴェルトを監視せよ、とね」
「承った、ではすぐにでも伝えてこよう」
バルバトスもまた闇へと消える。
その場にはただ1人、主と呼ばれた彼だけが残った。
彼は不敵に笑う。
その笑みだけで、周囲の建物や地面に居た鳥たちが一斉に羽ばたき、鼠等の生き物が走り彼から逃げるように動いた。
「さて、黎黒。君がこれから、どう踊ってくれるのか、僕は楽しみだよ」
雲1つない晴天に雷が鳴った。
大きく、甲高い音が。
音が止んだ時には、もう既に彼の姿はなく。
ただ元より何も無かった路地裏だけが、その場所に残った。
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