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031:事後処理


「それ外れないってヤバくないっすか?」


「うん、ヤバいねぇ」


 俺の手の篭手を真面目に解析する紅蓮と、無理やり引っ張り続けるハフリーは冷や汗をかく。


「何が不味いんだ?」


「そりゃあ不味いに決まってるよ。これ国宝クラスの逸品だよ? しかも国王の物じゃない。アルヴェンツェ伯爵家の物だ。国王の配下の、ましては軍の人間が勝手に持ち出していいような物じゃない」


 そもそも建物をこんなにも破壊している時点で大問題なのに、伯爵家の物を持って行っていい訳が無いということだろう。

 この問題は軍の上層、七つの楽園(セブンス・ガーデン)の責任問題にもなる。

 公にはできない事が多すぎるのに、公になるしかないような大事なのだ。


「…紅蓮、解析してどうだ。外せそうか?」


「無理…と言い切るしかないっすね。これヴェルトさんの神経まで魔力回路を無理やり繋げてるっす。いわばヴェルトさんの腕と合体してくっついてるから、無理に外せば同時にヴェルトさんの腕も逝くっすね」


「そうか……出来れば腕は切断したくない。ほかの手段を探さねばな」


 愛憎に穿つ毒(ギフト・ゼクス)……面倒臭い物を最期に遺したな、ヴェルンハルトめ。

 今度墓参りに行ったら墓石を蹴り飛ばしてやろうと決意しつつ、俺も俺で篭手を引っ張って外そうと試みる。

 やはりビクともしない。

 腕を引っ張られているような感覚はないが触覚はある。確かにこの篭手自体が俺の腕と同化しているようだ。


 ハフリーは諦めて篭手から手を離し、地面に尻もちをつく。

 俺もそうしたい気分だったが、紅蓮が俺の為に篭手を必死に調べてくれていたのでそうは出来なかった。


「仕方ないね、じゃあ許可を貰って無かったことにしてもらおう。責任は僕にあるからね」


「どうするつもりだ?」


 立ち上がって出口へ歩いて行くハフリーに、後ろから声をかける。

 彼は顔だけで振り返り、少し窶れて見える表情で言った。


「勿論、アルヴェンツェ伯爵に土下座するのさ。そうするしか方法がないからね」


 確かに、納得だ。

 俺は頷きハフリーについて行った。

 頑張りを見せてくれた紅蓮には申し訳ないが、俺も謝罪案件だと思っていたからだ。

 これは俺のミスでもある、頭を下げなければいけない時には頭を下げよう。


 車に乗り、アルヴェンツェ伯爵家の屋敷へ向かう。

 紅蓮は待機してもらう予定だったが、私にも責任はあると聞かなかったので仕方がなく連れてきた。

 彼女は何もやっていないのだ、謝る必要はない。

 少し申し訳ない気持ちが強まった。


 屋敷に着く前に、右手の篭手を麻布で隠す。

 屋敷の守衛に見せればすぐに問題になるからだ。

 屋敷へはハフリーの軍証だけで入れるのだし、騒ぎは最小限にしたい。


 屋敷に入り、目指すは伯爵の書斎。

 アルヴェンツェ伯爵はいつも書斎で執務に励んでいるらしい。

 なので今日もそこに居るだろうとハフリーが言っていた。


 書斎の扉を3回、慎重にノックする。

 扉から声が聞こえたので、俺達は書斎へと足を踏み入れた。


 書斎は簡素で、かつ無駄な装飾を取払った無駄のないデザインだ。

 棚と書斎机、応接用のソファとテーブルのみの部屋。

 棚に並べられた本はどれも経済に関する物や論文ばかりだ。


 その奥、書斎机にて椅子に(もた)れ掛かる男性が1人。

 深緑の髪を後ろで結った長髪に、同じ色の口髭を蓄えた中年の男性。

 ターコイズブルーの垂れた瞳から、彼こそがリッカの父であるアルヴェンツェ伯爵であるとすぐに分かる。


「アルヴェンツェ伯爵、昨日は無理を言ってすまないね」


 ハフリーは遠慮も何も無しにソファに腰掛ける。

 どうやら知り合いらしく、伯爵もニヤリと笑って、パイプを口に咥え煙を吐く。


「あぁ、ハフリー君。君の無理難題には非常に(こた)えたよ。まさか記念館を貸してくれと言った挙句、展示室を吹き飛ばすなんてね」


「お、耳が早いね。説明が省けて助かるよ」


「フン、街中であれだけの事をやらかすんだ。私の耳にもすぐに入る」


 やはり伯爵は笑った表情を崩さないが、声色をいっそう低くして、俺達から背を向け、溜息混じりに煙を一気に彼の後ろにあった窓の方へ吹き出した。


「それに関してまず謝るよ、本当にすまない。それと、あともう1件。君に謝りたいことがあるんだ」


「まだあるのか? 寛容な私でも、君にはそろそろうんざりするよ」


 伯爵が此方に向き直ったのを確認し、俺は腕に巻いた麻布を剥いだ。

 中には勿論愛憎に穿つ毒(ギフト・ゼクス)がある。

 彼はそれを見て無言で、ただ目を丸くした。


「…すまないね、アルヴェンツェ伯爵。気がついたらこうなっていたんだ。本当にすまない」


「まさかここまでやってくれるとはね…!」


 伯爵は椅子から立ち上がり、眉間に皺を寄せて此方に歩いてくる。

 ハフリーは思わず顔を逸らし、俺も同じく逸らしたかったが、誠意を見せようと彼の顔を見続けた。


「ハフリー君。そこの彼女を連れて1度部屋を出てくれ。彼と話をしたい」


「…分かったよ。紅蓮、行くよ」


 ハフリーはチラリと俺の方を一瞬見てから、心配そうにこの様子を見ていた紅蓮の手を引っ張り部屋を出た。

 書斎にはすぐに静寂が訪れる。

 彼は(しばら)く小さく唸っていたが、言いずらそうに口を開く。


「君が、ヴェルト…君かね。ハフリー君の息子だと聞いているが」


「あぁ、そうだ。血は繋がっていないが、戸籍上はそうなっているらしい」


「そうか。では君が、黎黒…なのだな。私の娘とそう変わらない歳の子が、国の暗殺者だったとは……」


 伯爵は頭を抑える。

 口に咥えたパイプを口から落としそうになるほどに頭を悩ませているのだろう。

 再び静寂が訪れるが、今回はすぐに破られた。


「娘が世話になったと聞いた。ありがとう」


「リッカのことか? 別に、俺は何もしていない」


「いや、してくれたさ。昨日の夜、娘につけたメイドから電話があったんだ。娘の様子が急に明るくなったとな。それはヴェルト君、君のおかげだとも」


 伯爵はパイプをパイプ置きにゆっくりと置き、口角を上げて不器用に微笑む。

 それは彼にとって心の底からの笑みであったのだろう。


「私は、ずっと娘をどうしようかと悩んでいた。ずっと私の父と工房に入り浸り、普通の令嬢がやらないような事をやる娘を、どうにか普通に戻そうと必死だった。普通こそが、きっと娘にとっても1番幸せだと思っていたからだ」


 彼の瞳が潤い、光を反射する。

 やがてすぐに涙が溢れ頬を伝う。


「でも、父が亡くなって、抜け殻のようになって、ただ死ぬことを待つ娘を見て、やっと気づいたんだ。私が与えることが出来なかった愛情を、父が与えてやっていた。私は、娘にとって最も幸せを感じる物を、私の匙加減(さじかげん)で奪おうとしていたのではないか、とね。

 でもどうしようも出来なかった。どう娘に接していいか、娘には何をしてやればいいのか、分からず終いで娘は学位に入学して、私の元を離れてしまった」


 彼は細い手で俺の手を掴んだ。

 涙でほんのり濡れた、しっかりとした男の手。

 震えてはいるけど、正しく父親としての手だ。


「でも、君が娘を励ましてくれた。私には出来なかった事を、君がしてくれたんだ。私はそれについて礼を言いたかったんだ」


「…別に礼をされるような事は——」


「してくれたさ。君は娘を救ってくれたのだから」


 彼は棚から1枚の書類を取り出した。

 ヴェルンハルトのサインが残されたそれには、古代魔術愛憎に穿つ毒(ギフト・ゼクス)の委託権利書と書いてある。

 筆跡はどれもヴェルンハルトのものだ。どうやら生前残したものらしい。


「礼として譲るには勿体ないと言われそうな代物だと思っていたが、それを使いこなせる者は君を除いて他にいないだろう。亡き父も、君が使ってくれるのならきっと本望だ」


「本当に、いいのか?」


「あぁ、いいとも。実際それは、君のために父が作っていた物なのだからね」


 彼は書類にサインし、俺に手渡す。

 最後にここにサインしてくれと言われペンを差し出された。

 俺は戸惑いつつも、そこにサインをする。


「これでこの件は終わりだ。ヴェルト君、ハフリー君を呼んでくれたまえ」


「わかった……ありがとう」


「何度も言ったが、礼をするのは此方の方だよ」


 俺は扉を開け、言われた通りにハフリーと紅蓮を呼んで、書斎に入るように促す。

 小声でハフリーに何を言われたかと聞かれたが、ここで話すのは不粋だと黙っておいた。


「さてハフリー君。愛憎に穿つ毒(ギフト・ゼクス)はヴェルト君に譲ろう。それはもうヴェルト君の物だ」


「感謝するよぉ、アルヴェンツェ伯爵! これで僕の首が飛ぶ事はなくなった」


「でも記念館については別だ。ハフリー君、君には今までの迷惑料も含めて、きっちりと弁償代を払ってもらうからね」


「…聞かなかった事にしたいなぁ」


「では後で請求書を軍宛に送っておこう。勿論君のやらかした事も全部記載してね」


「あぁぁあ! わかった、わかったよぉ!! 払えばいいんだろう!?」


 ハフリーの悲痛な叫び声が、書斎に響いた。




 こうしてハフリーの貯金はほとんど空になったが、この1件はお咎め無しで幕を閉じた。

 俺の右腕は黒い篭手になってしまったが、これはこれで平常通りに動かせるし、力加減も問題は無いので日常生活に支障はない。


 紅蓮とは港町トレンストで別れ、ハフリーと俺は車で王都に帰還した。


 なんとも波乱万丈な1日だった。

 アルヴェンツェ領に愛憎に穿つ毒(ギフト・ゼクス)

 そしてアモンやマルファスと名乗った者達が所属する謎の組織。

 彼らが言った主とは、一体何者なのだろうか。


 それらの調査はハフリーに任せるとして、俺はいつも通り、ただの日常生活に戻るのであった。



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