029:力に手を伸ばす
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(不味いな…これは……)
俺はかろうじてつなぎ止められている微かな意志で、火傷の水膨れのせいで開くこともままならない瞳で目の前を見る。
ハフリーが必死になって俺を守ってくれている、こんな状況初めてだったが故に困惑と罪悪感を感じた。
治療の魔術紙を使おうと上着の内側へ手を伸ばそうとするが、そもそも手にも力が入らなくて、指でさえビクともしない。
まるでコンクリートで全身を固められたように、ただかろうじて呼吸のみが許されているような、そんな気分だ。
(…俺、こんな場所で死ぬのか……?)
不意に心の中にそのような言葉が浮かぶ。
そうだろう、たとえハフリーが守ってくれていたとしても、火傷のせいで体からはもう相当の量の血液が体外へと噴き出している。
今から俺を連れて逃げたとしても、医療機関に連れて行っても、血が足りなきゃ治癒じゃ治りきらないし、応急処置で生かそうにも同じ理由で死ぬのを遅れさせるだけだろう。
もう体が寒い、ここは暖かい気候の筈なのだが、今はとても寒い。
聞いたことがある、失血死する人間の最後の感覚は寒気だと。
なら今、この寒さは俺が死のうとしている証なのだろうか。
(…こんな人生、何も無い人生だった……)
今までの人生を振り返る、と言っても振り返るような思い出も何も無い、ただ血塗られた記憶だ。
なのに、どうしてだろうか。
最後に映った、ヴェルトとして過ごした日々を、たった4ヶ月程度を思い出すと、どうしてこんなに切なくなるのだろうか。
捨てたくない、この思い出だけに、縋り付いていたいと思うのは、何故だ。
不意に浮かぶ、皆の顔が、たまらなくまた会いたいと思わせるのは、これが死にたくないという感覚なのだろうか。
(…やっぱり、死ぬのは嫌、だよな……)
そうだ、死にたくないだ。
今こんなに場所で終わって、会えなくなるなんて嫌なのだ。
俺は力の一切入らない腕を必死に、目の端に映った何かに伸ばした。
動け。
動け。
動け。
届くまで、負けてもいい、どんな後遺症があったとしても、俺は今を生きたい。
ヴェルト・クローウェルとして、誰かの為に生きていきたい。
そんな思いで伸ばした手が、指が、一瞬だけ何かに触れる。
動いた。
ならばと、俺はその何かを掴んだ。
その瞬間、光が溢れ出した。
紫色の、だが優しく包み込むような、そんな光が。
俺の全身を包み込んでいく、痛みはなかった。むしろ心地いい程だった。
「ヴェルト…ッ!?」
「…何なのです…あれは…?」
心配そうにハフリーがこちらに近づこうとするが、光のせいで近づけない、ハフリーはその場で立ち止まって、ただその様子を見ていた。
「これは…もしかして…!」
光が収束していく。
収束し、俺の元へ光が吸い込まれていくようにして消えた。
そしてすぐに気づいた、俺の体の傷が全て消えていることに。
体もよく動く、いつも通りどころか、いつもよりも調子がいい。
そして、俺の右腕には篭手がはめられていた。
ひび割れたようなデザインで、ひびの隙間からは紫の光が盛れだしている、黒い篭手だ。
剣の鞘のような装甲が取り付けられ、その鞘には回転式弾倉の取り付けられた短剣がしまわれている。
「…愛憎に穿つ毒」
いつの間にか俺の腕に取り付けられたそれをまじまじと見る。
どうやらこれが、俺を窮地から救ってくれたらしい、この武器に意思がある訳ではないだろうが、お陰で助かったと礼を言う。
「…さて、待たせたな。ハフリー」
「ヴェルト、大丈夫なのかい?」
「あぁ、むしろよく動くくらいだ」
ハフリーの横に並び、俺は右腕の篭手を相手に向ける。
「ここからは、俺達のターンだ」
俺は篭手に魔力を集中させた。
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