001:仲介人とクビ
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王都イルヴァンシュルト。
大陸の三大大国が1つ、アルケイディア王国の首都である。
鋭角の屋根が特徴的な煉瓦造りの西洋建築と連なった歯車が建ち並ぶ、国の貿易と交通の主要都市。
その特徴は、他国よりも進んだ魔術化学力である。
魔術化学とは、魔力を使用して物理的な仕掛けを動かし、動力とする。魔術と化学の混合学だ。
この国では魔導タービンを大地から溢れる魔力によって動かし、様々な事に利用している。
タービンが生み出した動力を都中に設置された歯車によって伝え、都中の様々な事、例えば工場や家庭動力として利用している。
そのせいで、空へと伸びる煙突が魔導タービンが魔力を処理した際に放出される人体に影響のある気体を煙のように出し、大気汚染の問題となっているのもまた事実だ。
便利な物は時に害を産む、化学も魔術も、発展すれば害となると言うのは、何とも皮肉らしい。
そして俺。黎黒は、この国が抱える暗殺者だ。
魔術は魔力があれば技術と練習、あと魔術器さえあれば使える物だ。
もちろん才能に左右される部分もあるが、余程の事がなければどんな人間でも殺傷能力のある魔術が使える。
それ故にこの国は殺人に手を染める者が多い。平民ならば警察や軍が抑えれるだろう、だが貴族はどうだ。
貴族や豪族のような国への影響力が高い人間を、国の憲兵が裁く事は必ず表沙汰になり、貴族達は国に対する不信を募らせるだろう。
貴族からの不信はやがて王に向かい、王の失脚に繋がる可能性がある、それは避けねばならない。
だからこそ、犯罪を行う貴族達を秘密裏に処刑する暗殺者が国には必要だった。
そして作られたのが黎黒。政府直属の、政府が手を出せない犯罪者を殺害する暗殺者。
大義の為の正義と言えば聞こえはいい、だが実際は国が邪魔になった人間を殺す汚れ仕事だ。
けれど、これも国の発展の為の仕事だ。
たとえ何十人殺す事になろうと、俺はこの仕事を続けるだろう。
それが俺が指す大義と正義だったから。
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王都に到着した時には、既に日が暮れて空は夜の景色に支配されていた。
地上で灯る沢山のガス灯のせいで星はあまり見えないが、空に浮かぶ月だけはいつ見ても空に映る。
都の夜景はとても綺麗だ。
オレンジに光る灯火が道を照らし、影に染まるはずの街を暖かく包み込む。
壮大に広がる文明の形は、自然が生み出した星々の光に似た美しさがあるのだ。
俺はそんな景色を横目に見ながら、王都の外れを目指し歩く。
依頼人はそこにあるバーに居るだろうから。
依頼人とは、政府の抱える軍の人間だ。
俺は小さな子供の頃から軍に暗殺者として育て上げられた。
依頼人はその時からの知り合いで、親代わりと言っても過言ではない男だ。
友人としての仲の良さと言うよりは、また別の親しさを感じている。
今では仕事だけの関係ではあるが、相手も俺の事を親しく思ってくれているのかは知らない。
バーは徒歩20分程で到着した。
この国では珍しい木造建築、壁には異国の花であるアサガオの蔦が巻き付き、鬱蒼としてはいるが、隠れ家的な魅力が存在する小さなバーだ。
俺は扉にかかった看板を裏返して「CLOSE」にする。
この時間帯は人は居ないだろうが、念の為に。
そして少し建付けの悪い扉を開け、店内に入った。
中は外と同じく木造の部屋、バーカウンターと椅子、立ち呑み用の机が3つ程ある程度の簡素な内装。
上で歯車からくる動力を使ったシーリングファンが回っている事以外は何の変哲もないバーだ。
店内にはバーカウンターの奥にいる店主以外に誰もいない。
それを確認して、俺はカウンターの席に座った。
「注文は?」
店主が愛想のない声で注文をとる。
「奥から7番目のウィスキー、水割りで」
「割合は?」
「7割、あと7滴レモン汁も垂らしてくれ」
「わかった」
店主はテキパキと作業を行い、すぐに注文通りの物を俺の目の前に差し出す。
それを受け取り、飲むことも無くカウンターに置いた。
今までのは全て合言葉だ。仲介人はあぁ言わないと絶対に俺とは会わないのだ。
「これで俺が本物って事はわかったか」
「······あぁ、わかったよ。どうやら任務は成功したようだね」
一瞬で店主の声色が変わる。
無愛想な声は陽気な青年のような爽やかな声になった。
店主が自らの顔に手を添えて、一言「解除」と唱えると、先程までの姿が一転、金縁の装飾の施された黒コートで着飾った、茶髪で糸目の男が姿を表す。
狐顔によく似合う紺のソフトハットに、橙色のマフラー、片目にはよく透き通った上質なモノクルをつけている。
皮膚を極力晒そうとしていないのか、手には白い手袋をしていて、顔以外は肌が晒されていない。
奇妙な色合いの趣味の悪い格好は彼の好みだ。
彼はハフリー・クローウェル。
政府から俺への依頼を届ける仲介人であり、軍で俺を育てた俺の師匠でもある。
先程使っていた魔術は「変化」上級の幻惑魔術だ。
普通は外見が変わっているように錯覚させる魔術なのだが、彼レベルの実力になれば、声や材質まで変化していると錯覚させる事ができる。
「ずっと思っていたが、俺の作戦成功確認の為にいちいちこんなものを頼まなきゃいけない俺の気持ちにもなって欲しのだが」
カウンターに置かれたレモン汁入り水割りウィスキーに目をやり、皮肉混じりにそう言ってやる。
「だって僕7って数字が好きなんだもん。幸運の数字だし、7ならば間違えないからね。」
「そういう意味じゃない、誰も飲まないだろう。あれ」
指さされたそれを見てハフリーは薄ら笑いを浮かべる。
「美味しくないもんね~」と言う姿に責任感は一切ない、まるで叱られても無視して聞き流す子供のようだ。
「······そろそろ仕事の話すをしよう、北の犯罪集団は全滅させておいた。もう安心だろう」
「ありがとう、君ならできると思っていたよぉ」
北の犯罪集団。
メンバーは10人、どれも魔術師かぶれだが戦闘能力の高いプロが揃っている。
貴族や領主と繋がりを持ち、警備の目を掻い潜り様々な悪事を働いて、繋がりがある者達に流し、盗品等の物品を捌くといった手段で稼いでいた連中だ。
憲兵にやらせてもよかったのだが、捕まえたとしても繋がりのある貴族が釈放させ再び逮捕を繰り返すだろうという上の判断で、俺が処理することになった。
「それにしても、なんというか、その様子だと怪我も無さそうじゃないか。もっとこう、白熱した魔術戦とかやってないの?」
「そんなの疲れるだけだからな。ついでに死ぬ可能性のある場所で手加減できるほど俺も優しくはない」
「えぇ~、僕は君の任務の話を聞いてるのが楽しいのにさぁ」
依頼の書類に適当な判子を押し、溜息を吐くハフリー。
彼は俺の事をどう思ってるのだろうか。
もしかして単なるエンターテインメントのショーだと思っているのだろうか。
「···次の仕事は?」
淡々と次の仕事の話を持ち出す。
あの様子だと、別の仕事があるだろう。
だが返答は予想外の事だった。
「ないよ」
「·········は?」
「ないよ。あと4年は多分ない」
何故と思った。
この国の犯罪者は後を絶えない、どれだけ狩ってもうじのように出てくるのだから、仕事を休む訳にも行かないだろうに。
「どうして? 前まで休みもない程だっただろ」
思わず聞いてみた。
彼は溜息を吐いて答える。
「理由? まぁ1つ。黎黒は政府が抱える暗殺者ではないかって何処ぞの貴族にバレかけたのさ。しかもどこから漏れたか知らないけど、君がまだ子供かもって事も言っていたよ。どちらも証拠はないが、何かあったら政府の信用に関わる」
寒気がした。
まさかバレていたとは、バレていない自信はあったのだが。
いつ監視された、何処でバレたかを予想していくが、思い当たる節はない。
理由は分からないが、分からない事をずっと気にしても仕方がない、今は思考を別の方向に回すべきか。
この国には少年兵禁止法という、少年兵制度を禁止する法律がある。
子供を軍事利用や政治的目的で育成、少年兵として育て上げる事は法律違反である。
それは20歳まで適用のされる法律なのだ。
さらに黎黒を政府が抱えているとなると、政府の信用は更に落ちる、できるだけ隠蔽したいはずだ。
だから活動をやめさせるのだろう。
黎黒が政府の依頼で動いているという事、軍が黎黒を育てたという事、黎黒が子供という事を、時間をかけて隠蔽するために。
その貴族を殺害して情報を隠せば、政府が黎黒を抱えていると言っているようなものだ。
その貴族を口止めの為に殺すことはできない。
だから俺が少年兵禁止法に引っかからない20歳まで成長するまで、仕事をさせない事にしたのだろう。
最悪俺が黎黒とバレなければいい、相手は証拠のない真実をでっち上げ続ける羽目になるのだから。
隠蔽工作が成功すればこちらが真実で相手が嘘だ、あとは煮るなり焼くなり好きにすればいい。
「てなワケで君を今からクビにして、君が成人する4年後に再契約する。これは軍命令だから、僕も君に仕事をさせるワケにはいかないんだよね」
「了解した。では明日からの4年間、俺は何をすればいい? 何もするなでは暇だしな」
「理解が早くて助かるよ」
ハフリーは胸ポケットから1つの手紙を取り出した。
紅い封蝋がよく目立つ、この国じゃ高級な紙が使用された手紙。
刺繍のように見える金の装飾が施されており、間違いなくあの手紙は上流階級の者がだした物だろう。
「君には明日、ここに向かってもらいたい」
手紙を手渡されたので、受け取って黙々と見る。
封蝋に刻まれているのはこの国にある魔術学院の物だ。
上からハフリーに渡してもらったペーパーナイフを入れて切り、中から手紙を出す。
内容は簡潔だった。
それでも無闇矢鱈に長ったらしいので、一言で纏めよう。
俺がその魔術学院を受験する事になっていた。
「·········は?」
思わず間抜けな声が出た。だって訳が分からないだろう。
先程までの会話と、魔術学院の受験に行く事への会話の脈絡が一切ない。
あるとすれば「ここに向かってもらいたい」までだ。
「君には明日にある、この学院の入学試験に参加して合格してもらいたいんだよね」
「理由は? 訳がわからないのだが···」
「まぁ後々わかるよ。今は明日の入学試験の事を考えておいた方がいいんじゃない? あ、これは仕事だから手を抜かないでね」
「えぇ···?」
彼はそのままカウンターを出て、出口の扉を開けて「じゃあ、次は君が受験に合格したらね」と言って出ていく。
まだ聞いていない事が沢山ある、なので呼び止めようと俺も急いで立ち上がって、ハフリーを追いかける。
だが、出口から顔を出して外を見渡すが、彼の姿は無かった。
「···一体どうしろと」
握りしめた受験票をまじまじと見ながら、唖然とした。
けど直ぐに思考を入れ替え、バーから出る。
必要なのは悩む時間ではなく、明日の準備だ。
もう暗いが、魔術学院受験用の勉強道具くらいは探せばまだ売っているだろう。
俺は気ままに、だが足速にその場を離れ、明日の準備をすることにした。
目指すは合格、正直合格できるほど自分の頭が良いかさえ分からないし、まともな勉強をしたことも無い。
だからまずは勉強しなければ。実技は余裕があるので、今からやるのは勉強だけでいいだろう。
だが覚える範囲も多い、今日は徹夜だな。