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025:市場にて


「すごいっすね! 色んな物があるっすよ!!」


 出店が開き、まだ7時というのに人集りが出来ている。

 市場から卸された商品が所狭しと並べられ、見たことも無いような異国の品まで並べられているのだから、紅蓮が驚くのも無理はない。

 実際声には出していないので分からないだろうが、俺も心の中では驚いていた。


 別にここへ来たことは前にもあった、だが品揃えが日によって大きく変わり、月日が経てばここは別の世界のように姿を変える。

 だからこそここは常に人で溢れかえり、市場と経済を回す。

 たった1代でここまでこの街を変えてしまったヴェルンハルトの才能は素晴らしいと言うしかない。


 今いるのは市場へ入ってすぐにあった雑貨や小さなインテリアが並ぶエリアだ。

 便利そうな物や洒落ている物が多い、海外の物がほとんどで使い方すら分からない物すらある。

 正直に言えば俺と紅蓮はこれらの物品に興味はない。

 これらに興味があるのはもちろんハフリーだ。

 ここに並ぶ海外からの奇抜な輸入品はハフリーのお眼鏡に適ったらしい。


 今も彼は近くの珍妙な形の置物を買おうか買わないかを悩んでいる。

 一々彼の都合で待たされるのも癪だったので、俺は別の場所に行こうとする。

 すると、彼女に呼び止められた。


「ヴェルトさん、何処行くんすか?」


「ハフリーに付き合ってると昼までずっとここに居たままになりそうだからな。俺は違う所を見てくる」


「じゃあ一緒に行くっす。ハフリーさんとの共振魔術器は私しか持っていないっすからね」


 そういえば、黎黒の時に使っていた共振魔術器はもう処分して手元にないのだった。

 俺は小さく頷く。


「じゃあ頼む」


「はいっす!!」


 彼女が大きく頷いたのを確認して、俺は後ろも振り返らずに前を歩いた。

 彼女も遅れないと、俺の横を早足で歩いた。


 目指すは市場の中央、食料品を扱うエリアだ。

 何故食料品かと言えば、特に意味は無い。

 ただ市場に来て買うものも興味を引かれる物もない。

 なので食料品だ、食べれば無くなるし、ここにしかない食べ物だってあるだろう。

 最近は俺にも味というものに関心がある。

 そこにしかない食べ物ならば是非とも食べてみたいと思ったからだ。


「ここも凄いっすねぇ、人がいっぱいっすよ」


 紅蓮が見渡しながら言う。

 確かに、朝なのに食料品エリアは王都くらいには混んでいる。

 ここに住む人間のほとんどは食料品を求めここに来るし、観光客もそうだ。

 昼になれば移動に支障が出るほどには人が集まるらしい。

 まるで年中行事のようだ。


 空いているうちに早速、俺は目に付いた物を2本買ってくる。

 それは(さそり)の串揚げだ。

 名前通り、食用の蠍を串に刺し、衣をつけて油で揚げ、最後にソースをかけたものだ。


 黎黒時代、食用の無毒な蠍を食べた事がある。保存は効くが味が悪く、殻のせいでそのまま口に入れて噛めば怪我するような代物だ、実際に怪我したからよくわかる。

 それを調理した物と聞き、どのように食べれるようにしているのか気になったのだ。


「ヴェ…ヴェルトさん。それ食べるんすか…?」


「あぁ、紅蓮も食べるか?」


「いや、結構っす……」


 紅蓮はその綺麗な顔を歪めて後ろに後ずさる。

 それほど蠍が嫌なのだろう。きっと俺と同じ経験があるに違いない。


 早速、それを口に入れて噛む。

 サクリと、子気味いい音と共に口の中に香ばしい味が広がった。

 見た目の酷さとは裏腹にソースが効いていて美味い。味だけ見れば他の揚げ物にも引けを取らないほどだ。


「うん、案外いける」


「マジっすか……どう見ても罰ゲームで食べるような見た目っすよそれ……」


「味は美味いんだけどな…」


 楽々と1本平らげた俺を軽く引いている彼女にも勧めようかと思ったが、やはり嫌そうなので辞めておいた。

 嫌がっている相手に強要する事は悪いことだと学院に通って学んだからな。


 手元に残っているもう1本も食べ終わり、今度は彼女も食べられそうな物を探す。

 といっても紅蓮の好きなものなんて知らない、なので市場でも女性が好きそうな物を買ってきた。


 それは満月のように丸いパンケーキだ。

 この国では珍しい、分厚くふわふわとした生地のものだ。

 上には高級品であるバターとメープルシロップが乗っている。

 値段は銀貨8枚と食料品にしては思ったより高く、だが俺にとっては安い値段の物だ。

 それと一緒に紅茶も俺と紅蓮の分を買ってきて、パンケーキと紅茶を彼女に渡した。


「今度はお前も食べられそうな物を買ってきた」


「ありがとうございます、これは何すか?」


「パンケーキだ。この国じゃ珍しい形だけどな」


「へぇ、そうなんすね。私こんなパンケーキ初めて見たっす」


 早速彼女はパンケーキをナイフで切り、フォークでそれを口へと運ぶ。

 大きく切ったそれを口いっぱいに頬張る彼女は幸せそうに目を瞑った。


「甘くて美味しいっすよこれ!」


「喜んでくれたようでよかった」


 子供のようにはしゃぐ彼女を見ていると俺まで嬉しくなる。

 まるで妹ができたようだ。


 パンケーキをすぐに完食し、後は2人で紅茶を飲みながら談笑していた。

 さっきまでは先輩と後輩のように少し離れた関係だったが、今はまるで友人のように楽しく話していた。

 銀貨8枚で関係性が良好になるのならば安い買い物だったと思える。


 彼女の事もよく分かった。

 俺と同じ孤児で、軍部に拾われ隠密と諜報の技術を身につけただけの、ただの少女だった。

 彼女もハフリーの弟子なのだが、彼女には戦闘の才能が無いらしい。だから陸色(ろくしき)となったのだとか。

 同じ国に仕える者として彼女には近い物を感じた。


 談笑を続けて、時に軽くつまめる物を買ってきてはまた話し、気がつけば2時間が経過していた。

 談笑に浸りすぎて、時間も忘れてしまっていた。

 ハフリーを放置していることすら忘れていた。


 なので、流石にそろそろ探しに行こうと立ち上がると、不意に紅蓮の持っている魔術器から警告音の如く甲高い音が鳴った。


「…! ヴェルトさん、愛憎に穿つ毒(ギフト・ゼクス)の近くに生命反応があったっす!!」


 俺はすぐに事の重大さを理解し、すぐさま行動を開始した。




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