022:陸色の紅蓮
宿屋の前に車を停め、宿屋の中に入る。
いつもは閉まっている時間帯なのだが、特別に開けて貰ったらしい。
ちなみにこの宿屋の店主も元軍部の人間で、軍に対して多少の配慮をしてくれるのだとか。
宿屋の中は簡素かつ静かだ。
蝋燭と朝日が室内を照らしているとはいえ、立地条件的に室内に日光が入りづらく、まだほんのり薄暗い。
ここの1階は食堂になっていて、2階からは宿泊用の施設があるのだとか。
今日は2階に用はない。俺達は食堂を見渡した。
食堂の1番端のテーブルに1人の女性が座り込んでいた。
やせ細り、首や頬には骨が浮かんでいる。
まるで墓所から発掘してきたミイラのような外見だ。
「彼女がお前の部下か?」
「うん、そうだよ。おーい、変化を解いてくれないかい? 流石にその姿は不気味で仕方がないよ」
ハフリーがそう言うと、彼女は指を鳴らして音と共に纏わせていた魔力を霧散させる。
指を鳴らして幻惑魔術を解除するやり方はハフリー独自のものだ、彼女もハフリーから魔術を教わったのだろう。
「お久っす、ハフリーさん」
幻惑が解け、魔力の中からは1人の少女が出てくる。
歳は俺よりも下だろうか。上質なシルクのようなブロンドヘアーを軽くウェーブさせ、紅の宝石を填めた髪留めで髪が目にかからないようにしている。
顔も綺麗だ、化粧がバッチリ施された顔は、たとえ化粧をしていなかったとしても整っていると感じさせるだろう。
瞳はアパタイトのように蒼く透き通っている。
服装は動きにくそうな、胸元の開いたフリルスカートのドレスだ。
服装のセンスはハフリーによく似ているような気がした。
「紹介するよヴェルト、彼女は紅蓮。帝国軍部上層の抱える諜報隠密部隊、陸色の1人さ」
「初めましてっす、私は紅蓮。黎黒であったヴェルトさんに会えるなんて光栄っす。本日は宜しくお願いするっす!」
彼女は椅子から立ち上がり、背筋を伸ばして敬礼する。
陸色。黎黒、純白を覗いた色の名前を持つ6人が所属する王国諜報部隊だ。
任務は主に潜入と諜報。国外を主に活動する部隊だと思っていたので、まさか黎黒をクビになっている時に会うことになるとは思っていなかった。
「こちらこそ、今日は宜しく頼む」
俺も敬礼で彼女に返した。
「さて、紅蓮。愛憎に穿つ毒の様子はどうだった?」
「何の問題もないっす。念の為に周囲の魔力調査を行ったすけど、本当に何も検知できないんっすよねぇ。多分今のところ罠は無かったっす」
「わかったよ、それじゃあ君には引き続き魔力調査と愛憎に穿つ毒の監視を任せたい。できるかい?」
「はいっす、反応があった場合はどうするっす?」
「君は待機しておいてくれ、僕とヴェルトで突撃する」
「了解っす」
彼女は椅子に置いていた荷物から、薄い金属の板を取り出した。
その板の上で指を動かす。
すると魔法陣が浮かび上がり、様々な情報が一瞬にして表示された。
あれも魔道具の一種だろう。
遠距離監視の魔術を応用して、常に標的に異常がないかを情報的に確認できる。
これが彼女の魔術かと関心する。
「作戦決行は昼、昼までに紅蓮の監視に異常がなかったら、僕とヴェルトだけで愛憎に穿つ毒に近づいて、相手からの接触を待つ。その間紅蓮は近くで様子を伺って、僕が危険と判断したら信号銃を撃つから、それを確認したら突撃してくれ」
「了解したっす。ちなみに昼の理由は?」
「夜だと僕が眠くなる」
「なるほど、適当な理由っすね」
作戦を適度に俺だけが使っているオリジナルの暗号でメモに書き記して、ポケットに入れておく。
万が一メモを奪われても、この暗号を解けるのは最低でも俺だけだ。書類を残さない軍上層にとっても問題はない。
「ヴェルト、メモはとったかい?」
「あぁ、しっかりと。反応がなきゃ昼に決行。もし反応があればどうする?」
「普通に逃げ帰るさ。行く義理もないからね」
「それもそうか」
3人は立ち上がり、そのまま宿屋を後にした。
今は午前5時10分、そろそろ人が起きてくる時間なので隠れるように店を出た。
この時間、この場所で会っていたと誰かにバレるのが後々面倒事になる可能性だってある。
なんせここにいる全員は王国軍の上層に関係のあるメンバーなのだから。
そのまま車に全員乗り込み、移動して駐車場に車を停めておいた。
車が普及しているわけではないのでまともな駐車場ではなく、ただ整備された空き地程度のものだ。
車上荒らしに入られてもいいように貴重品はみなハフリーが持っているので、車を盗まれても問題は無い。
それでも問題はないのだが、ハフリーが幻惑魔術と変性魔術を使って車を隠していた。
自分の愛車を取られるのが嫌だったのだろう。
わざわざ車を座標固定で空中に浮かせ、更には車に触れたら爆発するように設置型魔術を使っていた。
そこまでやらなくてもいいとは思ったが、黙っておいた。
まだ昼までに時間がある。
それまでまともに待っていてもいいのだが、7時間も待つとなると流石に気が滅入る。
なので俺達はトレンストの市場街へと向かうことにした。
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