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019:感情


「これからどうするんだ、死ぬつもりだったんだろ?」


「別に、いつも通りの日常に戻るだけさ。少しだけ日常から乖離したものになるかもだけれどね」


 彼女は落ちている杖を拾い、部品を置いていた場所まで戻ってから落ちている部品を1つずつ袋に入れて回収する。

 一通り片付け、袋の口を縛る。

 すると袋が縮み、拳程の大きさになった。

 どうやらそういう魔術道具らしい。


 俺が来た梯子の方から、声が聞こえた。

 俺を呼ぶ声だ。フィリス達だろうと思い屋上から下を覗く。


「ヴェルト君! 大きな音がしたけど大丈夫!?」


「あぁ、大丈夫だ」


 ベランダの方を覗く俺の後ろから、袋を持ったリッカが近づいてくる。

 俺は彼女の足音に気づいて後ろを振り返った。


「知り合いかい?」


「そうだ、君の事は彼女から聞いた」


「そうだったんだね。てっきり魔術科学部の先輩から聴いたのかと思っていたよ」


「だからデリカシーが無いと言っていたんだな」


 彼女は梯子の近くに人が居ないことを確認して、梯子を降りようとする。

 梯子は脆くなっていて危険だ、なので俺は彼女と梯子の間に手を入れて割って入る。


「梯子は脆くなっている、手を貸せ」


「別にいいよ、私ならば降りられるからさ」


「もしもの事があってからでは遅い。いいから」


「…わかった、君の仰せのままにしようじゃないか」


 彼女は俺が差し伸べた手を握り返した。

 小さい手だが、暖かい。

 俺は彼女の腰と背中に手を回して抱き上げた。

 リッカは驚いておぉと声を出した。


「…もしかして、飛び降りるつもりじゃないだろうね?」


「そのつもりだ。しっかりと捕まっておけ」


 しっかりと抱けていることを何となくで確かめてから、俺は屋上の縁に立つ。


「待ってくれたまえよ、まだ心の準備が——」


「行くぞ」


「待って待って———ッ!!」


 彼女の静止は虚しく、俺はすぐに飛び降りた。

 リッカの声にならないような小さな悲鳴が聞こえた。もう少し待った方が彼女にとっても良かったかもしれないが、下にはフェリス達を待たせていたので出来るだけ早く飛び降りたかったのだ。


 ベランダの柵に両足で着地する。

 脚力強化(レッグブースト)のおかげで足への負担はほとんどない、安定した着地だ。


「…大丈夫か?」


「あぁ、全く。寿命が5年くらい縮んだ気分だったよ」


 彼女をベランダに下ろしてから、俺も柵から降りてベランダに足をつける。

 下には心配そうにこちらを見るフェリスが居た。


「心配かけたか?」


「うん、急に走り出したから、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)心配したんだからね?」


「それはすまなかった」


 アンジェが見当たらなかったのでフェリスに聞くと、どうやら今部員に俺達の事を説明してくれているらしい。

 アンジェの語彙力で説明できるのか心配だが、突入して来てない限りどうやら大丈夫そうだ。


「ねぇ、その子がリッカちゃん? 可愛い子じゃない。飛び級で学院に入学したの?」


 フェリスが物珍しそうにリッカを見る。

 彼女は同い年なので、飛び級で入学した訳では無いのだが、フェリスには彼女が幼児に見えているらしい。

 気持ちはわかるので俺は何も言えない。


「失礼な、私はもう16歳だよ?」


「そうなんだ! 私てっきり6歳くらいの子かなって…」


「あぁ、ヴェルト君にも間違えられたよ。幼女だって言われた」


「…出来るだけその話は触れないで欲しいんだが」


 俺も申し訳ないと思い、言葉には出さないが身振り手振りで謝罪を送っておいた。

 リッカも俺を見て笑う、許してくれたようだ。


 初めて会った時よりも澄んだ笑顔だった気がした。

 確証もないし、そう俺が感じただけだ。

 それでも彼女から、枷のような物が外れたように見えて、心の底で安心する自分がいることも何となくでわかった。


 これが心なのだろう、俺は胸に手を当てる。

 今まで——黎黒だった頃には無かった感情(もの)だ。当然そうだと思えば違和感を感じざるを得ない。

 言葉には言い表せないような、単純だが奥深い物なのだ、違和感を感じるのは当たり前だと自分自身で思う。


 俺が小さい頃に憧れた、三大欲求以外の感情が、彼女達と過ごすうちに少しずつ現れつつあるのだ。

 これが友情なのか、まだはっきり理解できない。


 でも、あと4年はずっと皆と居たいと感じている自分と、人を殺して生きてきた黎黒との差が、俺の感情を否定する。

 だって感情を持てば、今までの自分が、少しずつ崩れていくような感覚が恐ろしくて、身震いしそうだったからだ。

 それでも、しばらくはこうして皆と一緒に居たい。


 そう感じてしまうのは、暗殺者として間違っているのだろうか。

 俺の疑問は聞く暇もなく、内にしまった。

 だって、彼女達に聞いても、否定の言葉が帰ってくることは無いだろうと確信してしまったからだ。


 依存していることもわかっている。

 それでも俺は、皆と一緒に居たい。

 たとえ4年後には会えなくなったとしても。


 この記憶を、大切にしたいのだ。


「どうしたの、やっぱり頭殴られたりした?」


「私はそんなことやってないぞ、ヴェルト君、大丈夫かい?」


 ぼーっとしていた俺の前で手を振る彼女に目線を向ける。


「あぁ、大丈夫だ。行こう」


「うん!」


 俺達は、部員達を説得しているであろうアンジェを迎えに行った。


———もし、この生活が続くのならば。


 俺はこの後どうしたいのだろうか。


———もし、黎黒として皆を殺すことになるのならば。


 俺は本当に、皆をこの手で殺すことができるのだろうか。


 不意に脳に過ぎった思考を、聞かなかったことにして歩き出した。

 そんなこと、後に考えればいいのだ。

 だって、今考えてもしょうがないのだから。


 いずれ選択を迫られるだろう、だからその時に考えるだけでいいのだから。


 俺は彼女達の後ろをついて行き、共に向かった。




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