018:師匠の言葉
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「……ね、言ったでしょ? こんな話、聞いたら彼女への態度を変えちゃうよ…」
「…そうだったか。死んだとは知っていたが、ヴェルンハルトが老衰で死んだとはな」
「え、知ってるの?」
「知っている話ではあった。まぁ彼女の気持ちまで汲み取っていた訳では無いがな」
彼女——リッカは俺から師匠の武器を受け取ってどう思ったのだろうか。
話の通り、彼女は死のうとしていたか?
いや、少なくとも俺にはそう見えなかったのだ。
彼女はただ本心でそう願った訳ではないのではないだろうか。
彼女の「期待しておいてくれ」の言葉のどこにも、死にたいという感情はなかったような気がしていた。
ただ、彼女は死にたいのかもしれない。
死にたいくらいに苦しんで、それでも生きるために祖父の武器を欲したのだとしたら、どうだろうか。
一体その武器をどのように使うかは検討もつかない。
だが、彼女の拠り所であった祖父が遺した物であることに変わりはないのだ。劣化や故障等は関係なく、祖父の作った武器を手に入れたいのだ。
それは、自分という存在が、祖父に認められるための行為なのではないだろうか。
手元にはない、祖父の遺いを欲しただけなのだ。
祖父に少しでも、近づくために。
なら、俺は伝えなければいけない。
その武器を作った、彼の言葉を。俺が知っている彼の事を。
俺はすぐに実験室の扉を再び開け、中に戻る。
そして奥の個室——リッカの居る部屋の扉まで走り、ノックもなしに勢いよく開けた。
「……やっぱりか」
そこにはリッカの姿は無かった。
個室の中にある大きな窓から外に出たのだろう、窓の鍵が空いている。
外にはベランダがあり、壁伝いに金属製の梯子が避難用に備え付けられている。
梯子には錆が剥がれた跡があった。
素手で錆びた金属を触ればこうなる。どうやら彼女は屋上の方へと向かったようだ。
「ちょっと、急にどうしたの?」
後ろから俺を追いかけてきたフェリス達が俺の行動に目を丸めているが、無視して梯子を登る。
梯子は脆くなっており、俺が手をかけた瞬間に酷く歪んでしまった。
彼女の軽い体重ならば難なく登れただろうが、俺の体重では梯子は使えない。
「…仕方がないか」
俺はポケットから銃型魔術器を取り出し、引き金を引く。
脚力強化を起動し、軽く準備運動よろしくジャンプをしてから、一気に飛び上がった。
飛び上がった先にある屋上の床の縁を片手で掴み、腕を使って屋上に登る。
石のタイルが敷かれただけの無機質な場所だ。
この学院の屋上は一部の立ち入りが禁止されているためこの場所は手入れも行き届いていない。鳥の糞が散乱している。
その真ん中に、彼女は座り込んでいた。
俺が渡した武器を工具で分解し、パーツの1つ1つを虫眼鏡で精査している途中だった。
「死ぬ気なのか?」
俺は隠す気もなく聞いた。
虫眼鏡から覗く部品に集中力の全てを使っていた彼女はゆっくりと俺の方へと視界を向けた。
彼女の目の下が赤くなっている、先程まで涙を流していた証拠だ。
「そう聞くってことは、私の話を聞いたのかい? 全く、無作法と言うか、デリカシーが無いと言うか…」
彼女は膝の上に落ちている部品をゆっくりと地面に置いてから立ち上がった。
「それで、どう思ったんだい? 私の話は」
「心配した。死ぬことはないだろうと思ってはいたが、死のうとはしたんだろう? 目の下の涙跡を見ればわかる。死のうとして踏みとどまった、そんなところか」
「そこまでお見通しとは。流石だよ」
リッカは地面に置いた武器の、まだ分解していない物を持ち上げ、俯きそれを見る。
「この武器達があったら、私は祖父の、おじいちゃんの所に行けるかなって思ってたんだ。物には遺志が宿る、その物が死者へ導いてくれるって文献には書いてあった」
俯いた彼女はとても辛そうで、そんな顔を見ている俺も、なんだか心臓が締め付けられるような、痛みに似た物を感じていた。
彼女が顔を上げる。辛そうな表情に少し口角を上げ、必死に笑おうとしている時の表情だ。
「でも、確証がないんだ。文献にはそう書いてあるけれど、その結果は死ななきゃ分からないからね。実験しようにも私のために死んでくれる人はいないし死人に語る口はない。確証がなきゃ、失敗した時に恥ずかしいだろう」
「魔術化学者らしい考えだな」
「そうだね。私の人生、常に合理と論理を説いてきた。だから、100パーセント起こりうる結果じゃないと、本番が怖いのさ。故に死ねなかった」
リッカは俺に持っていた武器を渡した。
剣を内包した杖だ。刃を抜き身にして俺に渡し、彼女は俺の前に跪いた。
「ねぇ、お願いがあるんだ。私を———」
「断る、殺してくれとでも言うんだろう。お前の首を飛ばす俺の気持ちにもなってくれ」
「アハハ、そうだよね」
俺は杖を投げ捨て、彼女の目の前にしゃがみこむ。
杖がカランと音を立てる。彼女がその音に目をやると同時に、俺は彼女の肩に手を添えた。
「…それに、あんなものが無くても、お前はもうお前の祖父と繋がっているだろ」
「どういうことだい?」
「お前の祖父…ヴィルヘルムとは俺も少し長い付き合いがあったんだ。まぁ4年程の付き合いだ」
———あれは彼が死ぬ数ヶ月前だった。
彼と俺は仕事仲間で、武器を扱う者と作る者の関係だった。
彼の工房に真夜中に訪れ、武器を修理してもらい、新作があれば試し斬りをして気に入ったなら買う、そんな関係だ。
不意にヴィルヘルムが口を零したことがあった。
「黎黒さんよぉ。少し相談事、乗ってくれねぇか?」
「……急にどうした?」
「まぁ、ガキにゃあ分からねぇ話かもしれねぇが、誰かに話しときたかったんだよ。気が紛れるからな」
彼はもう既に73歳で、体も衰えが止まらない。工房で重労働をできるような体ではなかった。
それでもずっと俺の武器を親身に扱ってくれていた。
俺は彼の話を聞いた。興味本位だったし、ただ聞くだけならと承諾したのだ。
「俺には弟子が居る。不器用で、確率とか実験とかそういう硬っ苦しい事が大好きな弟子だ。今まで俺が必死に教えてやってたがよ、最後まで俺が伝えたかった事を理解できねぇやつだったよ」
「最後って、まだお前は生きているだろ」
「お前には分からねぇだろうが、死ぬ人間つぅのは自分がいつ死ぬか分かるモンなんだよ。多分俺はあと少しのロウソクの火だ。限界が近え」
彼は俺の武器を片手でほおり投げて俺に渡した。
投げる力も弱々しい、武器は俺の座っている椅子の前に落ちた。
「だからよ、俺の最後の教え。弟子には伝えなかったが、お前には伝えてやる」
「…俺はお前の弟子じゃないが?」
「俺にとっちゃお前も弟子みてぇなモンだ。良いから聞いとけ」
彼は少し勿体ぶって、頬を一掻きしてから言った。
「確率とか、そんなモンに騙されるな。どんなけ低い確率でも、覆る時はあるんだってな。だからこそ、見えねぇモンを大切にしろ。それが俺が伝えたかった最後の教えだ」
「……見えない物を、か」
「そうだ、見えねぇモンだ…本当は弟子に言うべきなんだろうが、ヘヘ、なんだか恥ずかしくってよ。結局お前くらいにしか言えねぇわ。歳もちけぇし、お前と弟子を重ねちまうんだよな」
「そうか」
俺は武器を拾い、その後すぐに立ち去った。
あの後数日後だった、彼が死んだのは———
「お前の師匠が、最後に伝えたかったのは、見えない物を大切にしろ、ってな」
俺は、それを彼女に伝えた。
「……アハハ、そっか。おじいちゃん、そんな事言ってたんだ。そんなこと、私に直接言えば、私だって、理解したんだけどな」
リッカは小さく頷いた。
うん、うん、と。何度も頷いた。
「でも、分かって、良かった。おじいちゃん」
彼女は手を天に向かって上げた。
「私、やっぱりまだそっちに行けないや。だからさ、お茶でも飲んでゆっくり待っててよ。おじいちゃん」
師匠の教えを、完全に理解するまでは、まだ行けないから。彼女はそう付け加えて言った。
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