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017:リッカという少女

 

 武器を預け、個室を出る。

 懐の重さは変わらないが心は軽い、まさか現役時代から使っていた物を修理できる人が居たとは。

 これで暗殺者として復帰した時、本気を出すことが出来る。


 個室を出て、既に見学を終えて壁際で暇そうに談笑しているフェリス達の所へ戻ってきた。

 どうやら俺がリッカと話している時間に、彼女達も仲良くなれたらしい。

 会話している時、フェリスとアンジェの顔は自然と笑顔になっていた。


「今戻った」


 そんな2人の所に戻り、会話の輪に混じりに行く。

 彼女達は俺を見た。


「遅いよ、ヴェルト君」


「待ちくたびれた、あそこで何話してたのよ」


 俺は彼女達に個室で話していた事を話す。

 すると驚いたように目をパチパチと(まばた)きをした。


「どうかしたのか?」


「…いや、ヴェルト君は知らない方がいいかな。知ったら彼女への態度を変えちゃうかもしれないし」


「……どういう事だ?」


 フェリスは(えら)く含みのある言い方でそれを制止した。

 けれど彼女も少し思い悩んで、俺に向き直る。


「…本当に聞きたい?」


「あぁ、そこまで言われたら聞きたくなるだろう」


「わかった、じゃあ教室出てから話すね」


 俺達は一言挨拶を残してから、教室をすぐに出た。

 どうやら、人のいる場では話せないような話らしらしかったからだ。


 教室を出て、フィリスは静かに語ってくれた。

 貴族達が口伝に噂する、彼女(リッカ)の話を。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 リッカの話は、貴族の中では有名な話らしい。

 アンジェも知っていたらしいのだが、こういう話はあまり好きではないとの事だ。


 リッカはアルヴェンツェ家の三女だ。

 アルヴェンツェ伯爵家は北の山脈を超えた先の貿易を主とした港町を主とした近隣を領地としており、その領地には常に新しい物で溢れていた。

 リッカの祖父、ヴェルンハルトが領地を港町として栄えさせたのだ。


 ヴェルンハルトは天才だった。

 魔術化学の研究家にして従来の方法から反した、魔術と化学を合わせて制作された異端の魔術器を作ることに長けている。

 領地経営や貿易学にも精通した、まさに万能人だったのだとか。


 リッカは祖父を気に入っていた。

 リッカにも才能があった。祖父譲りの魔術化学の才能だ。

 その才能は止まることを知らず、ヴェルンハルトを師匠とし、その才能を引き伸ばし続けていた。

 お陰で伯爵令嬢としては非常にお粗末な処世術で、嫁には出せないと親には腫れ物を扱うようにされていたらしい。


 それでも彼女には師匠(そふ)が居たから、親に何をされても心動じず生活することができていた。

 そんな生活が続けば、彼女も幸せだった。

 平和ではなくとも、祖父と共に魔術器を作り続けることが幸せだった。


 リッカはその幸せにしがみつこうと必死だった。

 まるで崖際で必死にぶら下がることしかできない状態のような、不安定な幸せだったのかもしれない。

 彼女もそれが壊れることが怖かった。

 彼女にとって祖父とは、自分がしがみついた崖だったのだ。

 そして、崖は案外簡単に崩れるものなのだ。


 祖父は死んだ。

 74歳、寿命だった。

 平均寿命である60歳よりも14年も長く生きた、むしろ耐えた方だ。

 リッカと共に作り上げる筈だった、最後の魔術器。その完成を待たずして彼は死んだ。


 リッカの人生は掴むべき崖を失い、崖底へと転落した。

 好きだった魔術化学も、最初の1年は手がつかない程の絶望感に打たれ、彼女は部屋に引きこもった。


 陽の光も浴びずに、死んだように眠る毎日。

 崖底で死を待つ重篤者のように、彼女は自らが死ぬことを願い、眠り続けた。

 彼女が死なないように取り計らったのは両親だった。


 常に餓死か衰弱死を選ぼうとするリッカを部屋から無理やりに連れ出し、食事と運動を強引に行わせた。

 両親にとってはアルヴェンツェ家の名を守るために死なせないようにしていただけだ。聡明な彼女はすぐにわかり、愛のない孤独に独り(むせ)び泣いた。


 それから1年、虚ろな目をした彼女はやっと祖父と共に過ごした工房を訪れた。

 祖父と共に制作を続けていた、最後の魔術器。

 名を愛憎に穿つ毒(ギフト・ゼクス)

 地底遺跡から発掘された不完全の古代魔術と現代化学を融合した、新たな古代兵装。

 篭手と短剣を合わせた新型の異端の魔術器だ。


 彼女はそれを戸棚の奥にしまい込み、工房を封鎖してしまった。

 祖父を思い出すから、祖父を思い出せば、またあの頃の幸せと今の孤独の差で死にそうな思いになるからだ。


 それでも、求めていたいのだ。祖父の遺した武器を。

 祖父の持っていた技術と、才能の。全てが。

 彼女にとって自分の心を満たし、自分の心を壊すのだから。

 その物に触れていたら、彼女は絶望で死ねる気がしたから。

 

 それが、彼女が入学前、貴族達の懇親会にて他者に語った言葉だった。

 彼女は、祖父の作ったものを腕に抱き、死のうとしていたのだ。

 その言葉が噂となって、貴族界では有名になった。

 リッカ・ノエル・アルヴェンツェ。自殺を願う少女と。



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