012:ハフリーは謀る
アルケイディア王国軍部、その裏に建国当時からある秘匿された組織。通称「七つの楽園」、知っている者やその存在を噂する者からは軍上層とも呼ばれている。
王都イルヴァンシュルトから約30キロメートル離れた、迷いの森林の最奥にある何重にも施された幻惑魔術と変性魔術によって隠された屋敷を活動拠点にしている。
構成員は7名、皆それぞれ国の最重要人物と呼ばれる程の四大公爵貴族だったり、果てには王家と血の繋がりのある大公だったりと、失えば国の大きな損失となるような者達ばかりだ。
彼らの仕事は極めてシンプルなものだ。
国の明るい未来への舵取り、とご都合主義よろしく綺麗事を並べることは簡単だ。
だが本来その仕事は王国議会がやるべきことだ。ならば何故このような秘密組織があるのか。理由は1つ、国の安定のためである。
この国の議会は、現在他国との共生と平和を目指す国王率いる穏健派と、帝国主義を掲げ国土を増やそうとする第一王子率いる強硬派が台頭している。
この双極の勢力は強大で、少しの火花ですぐに引火して、王国を包み込む内乱を引き起こしかねない。ガソリンのようなものだ。
だからこそ、穏健派と強硬派を率いることができる者達が必要なのだ。
時に議会を互いが納得する良い方向へ引っ張り、時に出過ぎた杭を叩き潰し、時に貴族すら暗殺する者を動かす者達が。
そんな彼らだが、今日は妙にざわついていた。
七つの楽園のメンバーの1人である、とある人物の発言が原因だった。
「黎黒が死んだ」
それを言ったのは狐顔に紺のソフトハット、橙色のマフラーを首に巻き付け片目には上質なモノクルをつけている。黒いコートの男だ。
ハフリー・クローウェル。軍上層唯一の平民出身であり、暗殺や死体処理、情報隠蔽の仕事をこなしている軍の何でも屋でもある。
円卓に座する彼らは彼のその一言でざわつきを隠せなくなっていたのだ。
ただしそのざわつきは誰かと話しているわけではない、全員が独り言だ。
思考が追いつかない際に、口に出すことで思考を拡張し、客観的に考えるために彼らはそのような方法をとっている。
彼の言葉には必ず裏がある。ただし嘘はない。これは軍上層のメンバーの中では当たり前だ。
七つの楽園のメンバーは全員が熟考を開始する。その言葉に含まれる意味、内容を暗号が含まれている可能性すら考慮して考える。
だが皆の反応とは裏腹に、ハフリーはおちゃらけた様子で笑った。
「今回の言葉に深い意味はないよ。ちょっとショックだったから、暗号を考える気も失せちゃってね。そのままの意味で受け取ってちょーだいな」
メンバーの1人、白い燕尾服に白いズボン、更に肌も髪も白い、整った顔に紅く鋭い瞳の男性が手を上げ「それは有り得ない」と言う。
彼のコードネームは「白ウサギ」。ちなみにネーミングセンスのないハフリーが名付けたものだ、覚えやすいからとメンバー達に愛用されている。
「黎黒…彼ほどの男が死んだ? 彼は我々が作り上げた最高の少年兵——我々の使う道具だ。君には劣るだろうが黎黒に勝てる者はこの国には居ないと君も言っていただろう。あれは嘘だったのかね?」
「そんなこと言ったっけなぁ? まぁ君が言うならば僕もそう言ったんだろうね。でも事実なんだししょうがないよ。実際に死体を回収してきたのだから」
ハフリーが指を鳴らすと、円卓のちょうど中心で魔力が弾け、中から1つの死体が姿を表す。
頭や胸に激しい裂傷のある死体。全身を黒い服装で揃えている。
おかしい事に、その死体の魔術器が握られていたであろう腕はもう既になく、肘から下が完全に無くなっていた。
死体は幻惑魔術と変性魔術の合わせ技で隠していたんだ、と笑うハフリーを完全に無視して、一同は立ち上がり死体を見る。
間違いない、外見だけ見ればその死体は彼らの知る黎黒そのものだった。
「これが黎黒である証拠は揃っているか? 偽装されたものという可能性もあるだろう」
そう聞くのはメンバーの1人、焦げ茶色の長髪を揺らす、隆起する筋肉を軍服で隠す大男。
コードネームは「雄牛」。
大柄な外見と筋肉量がまるで闘技場を走る牛のようだと言われ、そのコードネームがついている。
「証拠はないけれど、僕は彼の師匠でもあり仲介人さ。彼じゃなかったらすぐにわかるし、万が一僕が間違えるという可能性を疑うのならば、君達の部下に死体の調査をさせるといいよ」
全員が押し黙る。それもそうだ。
ハフリーは死体という物"全て"の天才だ。
死体を見ただけで身分や死因、自殺か他殺か等様々な情報がわかる。
更には変性魔術と幻惑魔術の専門家でもある。専門家の中でも特に優れた実力を持つ彼にとって、他人の変性魔術や幻惑魔術なんぞ意味を持たぬ幻だ。気づかないわけが無い。
そんな彼が直々に調査し、それでなお黎黒と言い切った死体だ。部下に調査させてもハフリーよりも良い結果は帰ってこないと皆分かっている。
「……とまぁ、そういう訳さ。黎黒は死んだ。今後の方針としては外国で諜報を行っている【純白】を一時帰還させ、次の黎黒を育てるまで彼女に黎黒の代わりをさせることを提案するよ。異議があったら言ってね」
【純白】———強硬派につく七つの楽園メンバーが育て上げた、国外の戦力や技術力。果ては特産品や地質まで調べている諜報と対人戦のプロだ。
その本来の役割は国内の暗殺を生業としている黎黒が裏切った際、黎黒を処理する仕事だったのだが、彼女も暇そうだったので国外に諜報活動に行かせていた。
円卓に座る全員が1人ずつ「異議なし」と唱えていき、最後の1人もそう答えた。
ハフリーの提案は可決され、その記録はどのような書面や魔術にも記録されない秘匿情報として扱われる。
たとえその情報がどれだけ単略かつ何の意味もないことだったとしても。
「では諸君、今日の話は以上だ。速やかに解散するように」
議長である「白ウサギ」がそう言って手を叩いた。
全員が全員、別に方向に歩いていき、会議室を出ていく。
この屋敷は人によって違う出入口が設けられている。出入口を間違えれば偽物と扱われ、屋敷にある防衛魔術によって死ぬまで攻撃魔術を浴びせられるのだとか。
実に怖い機能だ、ハフリーは口角を上げて微笑んだ。
ハフリーも会議室を後にしようと椅子から立ち上がり、死体を円卓から下ろす。
死体を持ってきた麻布で包み、縄で縛って小脇に抱えた。
服が汚れるので死体はあまり持ちたくないのだが、誰も片付けないし、保存環境としてここは最悪だし、ここに放置する訳にもいかない。
そうやって退出しようとした時、ハフリーは「ねぇ」と呼ばれると同時に肩を叩かれた。
その事に少し驚き、死体を落としそうになるが何とかずり落ちかけた死体を抑え込む。
力みすぎてしまったせいで血が少し服についてしまって思わず絶叫しそうなハフリーに構わず、目の前の人は話しかけてきた。
「黎黒ちゃんが死んだって、もちろん嘘よね?」
その人は、薄いブロンドの髪で片目を隠した男性だった。
貴族らしい豪華な服装に身を包み、頭には黒いフリルのついた可愛らしい小さなシルクハットを被っている。
口には紫の口紅を塗り、化粧までしている。だがその男らしくかっこいい顔立ちは変わらず、むしろ化粧のおかげで悪化しているとさえ思える。
彼のコードネームは「雀蜂」。
彼の腰にぶら下げたレイピアの銘をコードネームとしている。
ハフリーと歳が近く、昔からの知り合いだ。
ハフリーを七つの楽園に引き入れたのも彼だった。
「嘘? いやいやなんのことだい。今まで僕が嘘をついたことがあったかな」
「黎黒ちゃんが死んだってことよ。あれ、嘘よね」
彼は男性なのだが、仕草と口調は女性らしく、体をくねくねと動かしている。
その仕草は昔と変わらず、むしろ昔よりも磨きがかかってさえいるから様になっている。
「どうせ貴方の事よ、黎黒ちゃんには仕事を渡さずにゆったり休暇でも与えたんでしょ? それで議会には死んだことを偽装して、黎黒ちゃんを暗殺業から引き剥がそうとしてる。ワタシの推理、間違ってるかしら?」
「…ご明察、君には敵わないや」
死体を下ろし、麻布を広げ死体を見せる。
その死体に「解除」と唱えると、みるみるうちに死体の外見が変わっていく。
16歳程度の男性の死体、だが顔や髪色は全然黎黒とは似ていないものだ。
簡単な小細工だ。多少魔術を齧っていれば、触れるだけで幻惑魔術とバレてしまうような簡単な魔術のみで偽装されていた死体を見て雀蜂は上品に鼻で笑った。
「成程ね。貴方の説得力でゴリ押して、死体に指1本も触れさせなかった。流石ワタシの認めた漢よ」
「その漢って言い方やめてくれないかな……それで、どうやって気づいたのさ。僕は何のヒントも出てないのに」
「だって貴方、黎黒ちゃんの事大事にしてたじゃない。まるで貴方の死んだ息子のように」
ハフリーは一瞬だけ表情を歪めた。
怒っているような、悲しんでいるような、その中間くらいのなんとも言えなくなるような表情。
雀蜂は話を続ける。
「黎黒ちゃん。貴方の息子に瓜二つだったものね。貴方の息子ちゃんが成長していたら、今頃黎黒ちゃんと同じ16歳…だったのかしら」
「黙ってくれ」
ハフリーの声が、さっきの言葉だけ異常に低く感じた。
雀蜂はその声に圧倒され、ハフリーを見る。
いつも通りのおちゃらけた笑顔だ。なのにその目には殺意が迸っている。
誰も抗えない狩猟者の目だ。雀蜂は一瞬、生存本能からレイピアを抜刀しようとしてしまったほどの殺すという意志を感じた。
「……悪かったわよ。ワタシが意地悪だったわ」
「わかってくれればいいんだ。そういう話は酒がないとやってられなくてね」
ハフリーの表情がいつもの笑顔に戻ったのに、雀蜂は安堵する。
先程までの緊張が嘘のように解れる。だが精神的な疲労は凄まじいものだった。
「じゃあ、ワタシもそろそろ帰るわね。貴方も程々にしなさいよ? 黎黒ちゃんが生きてること、バレたら面倒臭いんだから」
「分かってるよ。今度また遊びに行くね」
逃げるように足早に去る雀蜂に手を振り見送ってから、再び死体を麻布に包み、持って帰る。
死体は屋敷の外にある古井戸に捨てておいた。どうせこんな場所、知っている人間しか来ないしそんな人間は井戸なんて利用しない。
ちゃんとした死体処理方法で処理するやる気が無かったので適当にやった。
「……さて、と。今頃黎黒は何をやってるのかな」
ハフリーは王都のある方向を見て呟いた。
家を与えた、名前も与えた。あとは彼の自由だ。
今頃友達くらいは出来ていると信じたいものだが。
「……ヴェルト」
そうボソリと、更に低い声で呟きつつ、ハフリーもその場所を後にした。
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