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010:ボンドの過去


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 アンジェ・フェルナード。軍部の大佐として有名なフェルナード男爵家の長女にして貴族の中でも有名なお転婆娘だった。

 長いストレートのブロンドヘアの美しく愛らしい女性、だが彼女みは様々な逸話があった。

 8歳の時、勉強が嫌いだったので家庭教師を殴り飛ばして抵抗した等。暴力的かつ我儘(わがまま)な、似たような逸話ばっかりの問題児だった。


 そんな彼女だが兄がいた。

 名はボンド・フェルナード。フェルナード男爵家の次期当主を予定されていた男だ。

 妹と違い彼は優秀で、錬金術による武器生成とそれによる戦闘能力はかの攻撃魔術の天才と謳われた第二王子と互角以上だったと言われている。

 所謂(いわゆる)天才で、王立アルケイディア魔術学院の特待生に選ばれるほどの男だった。

 彼は15歳にして冒険者として働いていた。

 身分を(いつ)り、平民とパーティを組んでBランクまで上り詰めた実力者だった。


 冒険者とは、戦闘や探索を生業(なりわい)とする何でも屋で、依頼を受けそれをこなす仕事だ。

 ランクは5段階、高い順にS、A、B、C、Dとあり、Bランクの彼は優秀であると言える。


 アンジェはそんな兄を見て育った。

 周りからは兄の絞りカスと言われもしたが、彼女にとって外野の言葉なんてどうでもよかった。


 アンジェは兄を尊敬していた。

 彼女にとって兄の存在は、英雄譚に登場する主人公のような存在だった。

 誰に対しても豪快な言葉遣いと仕草で接し、錬金術による武器生成で数々の敵を圧倒するその姿は正しく英雄だった。

 故に彼女は兄の後を追った。単純な理由だ。憧れたから、ただそれだけで十分だった。


 だがアンジェに戦闘の才能はなかった。

 武器を持てるような筋力はなく、魔術は兄と同じ錬金術が使えたが、それでも1回で数十本の大剣を錬成する兄と比べれば、ナイフ1本が限界の彼女の才能は虚無に等しい。


 それでも彼女は兄の背中を追って、追って、追って。努力と勉強を重ねた。

 その差は埋まらない、だが兄に着実に近づいているという確信が彼女を大きく動かしていた。


 彼女が15歳になった時には、もう既に兄はAランク冒険者になっていた。

 彼女はやっと大きさの違う2本の武器を作ることができるようになったが、兄は既に百を超える武器を同時に作りあげた。

 更に王立アルケイディア魔術学院の特待生にも選ばれる程、誰からも認められる男になっていた。


 差はどんどんと開いていく、憧れの兄とはたった1歳の差なのに、才能という壁は1年じゃ到底登れないような巨大な山岳へと姿を変えていく。

 兄と彼女じゃ、彼女がどれだけ努力と失敗を重ねても追いつけないくらいにかけ離れていると気付かされた。


 兄は優しい。「きっと来年にはどうにかなる」と語りかけてくれる兄の口は笑っていた。

 きっと本気で彼女を応援していた。だがその気遣いにも似た応援が彼女を更に苦しめた。


 そしていつの日か、兄に追いつこうすることを諦めた。

 才能の差を感じた。努力は報われないと感じた。自分の努力が無駄に終わった事を感じてしまった。


 だからせめて最後に、兄の勇姿をその目に焼き付けてから諦めたいと思った。

 彼女は人生で何度目かの一生のお願い(わがまま)を兄にぶつけた。


「兄ちゃんの冒険に、1回だけ連れて行ってほしい」


 兄は二つ返事で快く引き受けて、彼女と共に冒険に出かけた。

 これが良くない出来事の始まりだと言うことだとも知らずに———



 兄と来たのは王都イルヴァンシュルトから南へ行ったところにある小さな古代遺跡だ。

 名はプライトス遺跡。初心者にとっては難しく、中級者にとってここは腕試しの場として有名なダンジョンである。

 今回は実地調査の為にこの場所に来ていた。


 プライトス遺跡、ここの特徴はなんと言っても内部構造が定期的に変化することである。

 1ヶ月周期で内部にある歯車細工(はぐるまざいく)稼働(かどう)し、ダンジョンの壁や天井を大きく作り替える。


 この事実が発見されたのはつい最近で、歯車細工によってどのように内部構造が変化するのかを、遺跡の地図を使って特定しようとする研究者に依頼されて、今日はここに来ていた。

 パーティメンバーは彼女と兄だけ。

 正規のパーティではないが、このダンジョンはCランク向けのダンジョンだ。Aランクである兄にかかれば1人でも攻略できるようになっている。


 探索は順調だった。

 戦闘はほとんど兄に任せっきりで、常に先陣を切って敵と戦ってくれた。

 アンジェはと言うとずっと後ろで遺跡の構造を地図で書きつつも、ずっと兄を見ていた。


 兄の強靭な筋肉から放たれる圧倒的な大剣の斬撃によって遺跡を徘徊(はいかい)するゴーレムは一撃で粉々に砕けていく。

 たとえ3体で束になって襲いかかろうと兄の剣技と錬金魔術の武器による広範囲攻撃で一瞬で戦闘が終わった。


 彼女の出る幕なんて無かった。出ても、多分兄の邪魔になるだけなのだから。

 アンジェは後ろで応援して、仕事を手伝いつつも彼の勇姿を目に焼き付けた。

 片時も忘れなかった、彼女にとっての憧れ。

 今は諦めたその夢も、彼が1度剣を振るう度にやり直そうかとさえ思えてしまう程に目の前の彼の勇姿は素晴らしく輝いていた。


———私も、あんなにかっこよくなりたかった。でも、私にはなれなかった。


 心の中に浮かぶ雑念を首を振って誤魔化(ごまか)す。

 もう諦めた事だと、心の中で強く念じた。

 そんな時だ。


「アンジェ、危ねぇ!」


 唐突に遺跡に響き渡った兄の声に驚き、彼女はすぐに後ろを振り向いた。

 先程まで彼女の顔があった場所に閃光が走る。その閃光が頬を掠って赤い血が痛いと感じるほどに吹き出した。


「…外したか」


「アンジェ、下がってろ」


 すぐに彼女の前に兄が立ち、武器を構える。

 兄が見据える先には、ここのゴーレムとは違う、見たことがない敵が居た。


 全身を黒い布で覆い隠した男の体格をした敵だ。布の隙間からは骨をモチーフにしたのであろう鎧が見え隠れしている。

 右手には長い曲剣が握られ、顔には骸骨の仮面を付け、それを隠すように深く灰色の王冠のついた三角帽を被っている。


「誰だテメェ、名乗って武器を下ろせ。じゃねぇとテメェを斬る」


 兄は大剣を奴に向け威圧的な低い声を出す。

 目の前の黒布の男は頭につけた三角帽を更に深く被り直した。


「すまない、貴君の死は確定している。だが冥土の土産に名だけは教えよう。我が名はバルバトス。貴君を狩りに来た」


「…へぇ、そうか。ならテメェはオレらの敵ってことだな」


 一気に周囲の空気が凍りつく。

 場の緊張感に鼓動が激しくなる、目の前の男から発せられる虚無を体現したような殺意は、明らかにゴーレムのものとは格が違った。


「うぉおぉぉ———ッら!!」


 先に動いたのは兄だった。

 大剣よる上段からの大振り、兄が最も得意とする先制の一撃だ。

 今までどんな防御も貫通してきた、絶対の一撃。そんな攻撃を奴は真正面から受け止めに来た。


「たわいない」


 奴の曲剣が水の流れるように、静かに、だが見えない程に早く動いた。

 それは兄の大剣を軽々と弾き返した。

 アンジェは信じ難いと目を丸くしていた。兄の攻撃が弾き返されたのを見たのは人生で初めてだったからだ。


「……ッ!?」


 兄は体幹を崩されて大きく後ろに仰け反る。

 その隙を奴は逃がさない。曲剣による素早い突きが兄に襲いかかる。

 彼は大剣を胸の前に構え防御の姿勢をとる、しかし。


「剣技、零閃(れいせん)


 曲剣が一瞬光を放った。その光は瞬く間に剣先から放たれ、兄の大剣を貫通して兄の胸を大きく突き刺した。


「がハッ…!!」


 大量に血を口から吹き出し、後方によろめく兄を、彼女は支えるように後ろから抱いた。

 傷はとても深く、心臓はかろうじて避けたものの肺と肋骨がへし折れ、傷に限っては背中に貫通している。

 血が止まらない、だが兄は再び足に力を入れて立ち上がった。


「兄ちゃん…!!」


「アンジェ、お前だけでも逃げろ…アイツはオレでも勝てねぇ相手だ。せめてお前だけでも…!!」


 兄は壁に手を着きつつも立ち上がり、奴を見る。

 彼女を逃がすために最後まで戦おうとしているが、彼女は嫌だと首を振った。


「一緒に逃げようよ、兄ちゃん!!」


「駄目だ、今のオレじゃあ奴から逃げれねぇよ。共倒れになっちまう」


 兄はこちらを振り向き、いつもの笑顔を見せた。

 白い歯を出して満面の笑みで笑う、いつも彼女に見せてくれていた笑顔だ。


「それによ、オレはアンジェに生きてて欲しいんだよ。今まで兄ちゃんらしいこと全然出来なかったんだ。最後くらい、兄らしく妹守ってやんねぇとなぁ!!」


 兄はすぐに壁を叩きつけ、魔術を発動する。

 魔法陣が浮かび上がり、壁が十字形に抉れると同時に腕に大剣が握られる。

 勢いそのままに、彼は敵に向かって大剣を振った。

 横からの型のない一撃、それを奴は軽々と剣を使って弾き飛ばした。

 弾かれたのは計算通りだった。兄はすかさず腕を伸ばし、大きな声で叫ぶ。


「聖剣よ、敵を穿て!!」


 地面から無数の魔法陣が出現し、合計40本の大剣が魔法陣から飛び出す。


「ほう、それ程の魔術も使えるのだな」


 奴は魔法陣、飛び出した大剣を順番に見て、感心の息を漏らした。

 その余裕ぶる仕草が気に食わないと、兄は腕を前へと突き出す。


「消え失せろ!!」


 一斉に大剣が奴を向き、射出される。

 1本1本全てが弾速で撃ち出され、奴を滅多刺しにしようと襲いかかる。

 回避する場所はない、兄の得意とする錬金魔術の応用技だ。


「成程、素晴らしい。だが———」


 奴は剣を脇に挟むように構え、腰を低く落とす。


「無意味だ」


 曲剣が引き抜かれる。その剣速は光速を超え光を放ち、飛んでくる大剣全てを切り裂き鉄塊へと変えた。


「…馬鹿な……!?」


 その時の兄の顔を今でも忘れられない。

 初めて見せた、兄の絶望しきった表情。自らにとって必殺技と言うに等しい技が(ことごと)く正面から打ち砕かれたことに絶望していた。


「では、そろそろ()ね」


「やめて…!」


 兄の前で剣を振り上げる奴の目の前に割って入り、彼女は両手を広げ仁王立ちをした。


「殺すなら、私を殺しなさい」


「アンジェ……」


 彼女は奴を睨みつけた。足は産まれたての小鹿のように震え、体全体が恐怖で縮こまりそうになりそうだった。

 だけど兄を守る為に、勝手に体が動いたのだ。


「…結果は変わらぬ」


「どういう意味よ…!?」


「そのままの意味だ、すぐにわかる」


 奴は意味深な言葉と共に剣を振り下ろした。

 彼女は目を瞑る。すぐにくる死ぬ瞬間がひたすらに怖くなった。

 しかしいくら待ってもその瞬間は来ない。

 彼女は目を開けた。


「……! 兄ちゃん…!!」


 そこには兄が立っていた。

 兄は肩から腰にかけて斬られ、大量の血を吹き出し倒れていた。

 推測するに、彼女が斬られる寸前に割って入り、体で庇ったのだろう。

 彼女はすぐに兄に駆け寄り上半身を抱き上げる。


「兄ちゃん、どうして…」


「すまねぇ、な。アンジェ……でも、やっぱり。オレはダメな兄ちゃんだったよな…」


 兄の血だらけの腕が頬に触れる。もうそこに温かさはない。あと少しの命だと言うことを体温が語っていた。


「嫌だ、兄ちゃん。死なないで……」


「…アンジェ、兄ちゃんな。アンジェと居れて、一緒に過ごして……楽しかった、んだぜ。だから……」


 兄は笑ってこちらを見たが、すぐに表情を崩し咳と共に血を吐いた。


「…オレの分まで、生きてくれ……」


 そう言ってすぐに、兄の腕は力なく血の池に落ちた。

 全身から力が抜けていく。彼女は何度も兄の名を呼び、体を揺するが、兄は目を覚まさなかった。


 兄が死んだ。そう認識するのに数秒もかからなかった。

 心がそう理解した時には、彼女は大声で涙を流していた。

 もう動かない兄を抱き、胸に顔を埋めて泣き叫んだ。


「…言っただろう? 結果は変わらぬとな。貴君の兄は貴君を庇い死んだ。任務は完了だ」


 奴は剣を腰にある鞘にしまい、迷宮の奥へと霧のように消えていった。

 彼女はそれを、ただ泣きながら見ることしかできなかった。



 それから、彼女の生活は一転した。

 長いストレートの金髪を茶色に染め、更に幻惑魔術によって髪も短く見えるようにした。

 服装は兄の着ていたような服装を好んで着るようになり、口調も変わり、豪快で不遜(ふそん)な兄のような口調になった。


 常に屋敷にある訓練場に引きこもり、寝る間も惜しんで剣術と魔術を鍛え始めた。

 まるで自分を苦しめるように。


 彼女の心には今でも兄の死が張り付いていた。

 憧れだったからこそ、失った物は彼女の心に大きな空白を産んだ。

 その空白を埋めようと彼女は兄の真似をするようになった。

 もう追いかけることのできない、兄を追いかける為に。




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