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009:傷の治癒


「……すまなかった」


 気が引ける思いで俺は謝った。たとえ俺に悪気はなかったとしても、配慮が足りなかったと自覚した。

 彼女の先程の表情、あれは間違いなく怖がっていた、当たり前だ。

 女性にとって異性に無理矢理服を脱がされるというのは恐怖でしかない。たとえ治療行為だったとしても許されることではないとわかっていた。


「別にいい、からさ。早く終わらせてくれ」


「……わかった」


 言われた通り、解けた包帯の隙間から覗く脇腹を見る。

 内出血によって青く腫れ上がったそれは、確かに骨への異常と痛みを感じさせた。

 すぐに医務室のタンスから2枚の魔術紙(スクロール)を持ってきて、まず青い魔法陣の描かれた魔術紙(スクロール)に魔力を流す。


 魔術紙(スクロール)とは、魔法陣や魔術儀式のための術式を事前に紙に描いた物だ。

 魔力を流せば術式通りの魔術が発動する優れもので、俺も仕事の時は常に数枚ポケットに入れていた。


 今使ったのは「解析(アナライズ)」だ。

 魔術工学で作成された機械や人体構造等を把握するための魔術、今回はそれを骨の折れ方を確認するために使う。


 魔術紙(スクロール)に詳細な情報が映し出される。

 どうやら肋骨に数本のヒビが入り、そのうち1本は砕けている。殴る力が強すぎたと深く反省した。


 次は緑色の文字で術式の書かれている魔術紙(スクロール)を取り、青く腫れている箇所にそれを貼り付ける。


「少し痛いが我慢してくれ」


 彼女が頷くのを確認し、俺は魔術紙(スクロール)に手を当てて魔力を流し込む。

 術式が輝き、発動する準備が完了する。

 俺はすぐに詠唱を開始した。


治癒(ヒール)


 そう唱えると、光がよりいっそうと増す。

 緑の光が傷を包み込んで、正常な状態へと戻していく。


 治癒魔術「治癒(ヒール)」。自然回復力を最大まで高めることによって、傷を一瞬で治す魔術だ。

 元々は聖教会(クライメント)と呼ばれる宗教団体のみが使用した奇跡と呼ばれる技を魔術的に模倣(もほう)したものなのだが、聖教会(クライメント)の奇跡と違い治癒(ヒール)は体への負担が激しい。


 何故かと言うと、治癒(ヒール)はあくまでも自然回復力を魔力によって無理矢理に高めるだけであり、治癒自体が体の中の栄養や水分を一気に使用しているからである。

 故に治療中には痛みを伴い、治療後は脱力感に襲われる。

 なので魔術師の中では当たり前の魔術なのだが、一般にはあまり普及(ふきゅう)していない。


「う……ぐぅッ…!」


 彼女は治癒の痛みに耐えるために歯を食いしばった。

 ヒビや砕けた骨を治療する為にはこの痛みに3秒ほど耐える必要がある。

 俺もなるべく早く終わらせることができるように努力した。


 傷はすぐに治った。

 もう一度解析(アナライズ)で確認したが、異常らしい異常は見られない。

 治癒は成功したと見て間違いないだろう。


「終わった?」


「あぁ。体がだるいだろう、まだゆっくりしておけ」


 治療用の器具をタンスにしまってから、立ち上がろうとする彼女に楽な姿勢でいるように言っておく。

 治癒(ヒール)を使ったとはいえ、傷はまだ完全には癒えていない。

 しばらくは安静にした方がいいだろう。


 外から鐘の音が聞こえた。授業の始まりを告げるものだ。

 早く次の授業に行かなければと思い扉を開けて医務室を出ようとするが、後ろから「待って」と呼び止められ俺は立ち止まる。


「どうした?」


「1人は(さみ)しい…からよ。もうしばらく一緒に居てくれねぇか…?」


 早く授業に行きたいのだがと言おうとした口を心の中で押さえつける。

 怪我をさせたのは俺だ。もちろん喧嘩をふっかけてきたのは彼女だが、俺には怪我をさせた者としての責任がある。


「わかった、その代わり少しだけだぞ」


 時間にして10秒ほど熟考してから頷き、彼女の寝転んでいるベッドの傍にある椅子に腰掛ける。

 彼女は静かに深呼吸をした後に、急に俺に話しかけた。


「なぁ、今から言うことは独り言だと思ってくれ。オレがただ声にしたいだけだからさ」


「何故だ?」


「いいから、黙って聞いててほしいんだよ。別に感想とか…要らないからさ」


「……わかった」


 意図(いと)はさっぱり分からない。だが彼女の声には俺には欠けている何かを突き動かすような、そんな絶対感を感じた。

 彼女の表情はよく分からない。ただ俯いていた。俺に顔を見られるのが嫌だったのだろうか。だがその仕草は俺をこの場所に留めるには十分だった。

 俺は彼女の声に耳を傾けた。


 彼女は小さな声で語り始めた。

 初めて会った時では想像もつかないような、女性的で柔らく、聞き取りやすく、(はかな)い声で。


「ちょうど1年前くらいに、アンジェ・フェルナードって奴が居たんだよ。馬鹿で、無能で、何一つ役に立たない癖に態度だけは人一倍大きい女だった。これはソイツの話」


 観客が誰もいない人形劇が始まるように、窓から吹いた風が彼女の髪を大きく揺らした。



 

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