冥王星産の鯖を食べようとしたら大変なことになったのだが
昨日魚屋で買った宇宙産の鯖を食べることにした。
『鯖』といっても本当の鯖ではなく、冥王星で養殖されている鯖に良く似た地球外生物だ。
正式名称は『プロトプラヘ』。でも鯖にしか見えないのでみんな『鯖』『冥王の鯖』と呼んでいる。味は鶏肉に限りなく近いがすこしコクがない。まあ、ダイエット食なのだ。
塩焼きにしてエノキダケの味噌汁と炊きたてご飯、野菜の煮物を並べて食べようとした瞬間……。
1匹だった鯖が2匹になった。
しまった! 不良品を買ってしまったのだ。まだ生きている。鯖は自己増殖を限りなく繰り返すタイプで、養殖していても増やすことより数を抑えることに注意が必要だ。
管理不足で水産工場が倒壊したことも1度や2度ではない。
鯖は私の食卓でどんどん増えていく。
2匹が4匹、4匹が8匹、8匹が16匹、16匹が32匹……。
最早数えるのも無理になった鯖たちが食卓から溢れ出した。
この増殖を止めるにはエラから出ている丸い玉(灰色のビー球に見える)を取り出すしかない。鯖の息の根を止める方法はこれしかないのだ。
私は泣きながら鯖の玉を取り出そうとした。2匹取り出した段階で信じられないものを見た。
鯖が部屋1面に満ちて廊下へとあふれ出していたのだ。
さ……鯖のくせに水がなくても平気でいやがる。
ビチビチビチビチビチ……と嫌な音が大きくなっていく。
買ったばかりのオーディオを飲み込み、ソファーを鉛色にコーティングし、隣の部屋の部屋干ししていたシャツを巻き込み、鯖が私の家を覆い尽くそうとしている。
なによりも、私が鯖の大群に飲み込まれてしまう。
『うわぁ~』
命からがら私は窓からダイブをした。周りの家から一斉に私の家に向かって何かを叫んでいるのがみえた。
『このままでは…………』
『鯖の重みで私の家は倒壊する…………』
増殖をし続ける鯖は私の家を踏み潰した後、近所の家々を巻き込み、道路に出て車を巻き込み、濁流となって何もかもを飲み込んでしまうだろう。
ギシギシ ミシミシ ググググッ
家が嫌な音を立てて軋みはじめた。
漫画のように壁が膨張していく。屋根の瓦が鯖の圧力に耐えられずピシピシと跳ねながら庭に飛ばされていった。
もう駄目だ。
私は頭を抱えてうずくまった。私が不良品を買ったばかりに街が廃墟になってしまう。
グワグワグシャ!ドーン!!
哀れにも、30年ローンで建てた家は鯖とともに倒壊をした。
周辺住民が一斉に悲鳴をあげる。
瞬間、噴水のように吹き上がる何十万という鯖を見た。
ビタッビタビタビタッ…………雨のように鯖が降る。
恐怖に震えながら地面に額を押し付けて固く目をつぶった。体の上を何匹もの鯖がリバウントした。
私はなす術もなく全てが終っていくのを待った。
ところが、その後私を待っていたのは無音だった。
恐る恐る顔を上げると、倒壊した家と、そこに山盛りになった鯖と、月が見えた。
…………今日は満月だった………………。
鯖が一斉にギョロリと目玉を月に向けた。
月が満ちる日。鯖は故郷に帰ろうとする。増殖を止めて鯖が虹色の尾びれを揺らした。
ふわりふわりと音もなく鯖たちが冥王星に向かって飛び始めた。
月に照らされてキラキラと燐粉を振りまく鯖を私は美しいと思った。何十万匹という鯖が冥王星の微かな光りに魅かれて、太陽系の果てまで旅を始めたのだ。
目を落とすと2匹の鯖が転がっていた。エラにある玉をやっと引っこ抜いた2匹だ。
私は笑った。1匹買ったつもりだったが、2匹になって私の元へ戻ってきたのだ。
お買い得はプラス1くらいでいいなあ……。
それ以上は、いらないや。
え?それにしたって家が倒壊しちゃったのにどうするんだって?
問題ないよ。うち『形状記憶型』だもん。
30分もたてば、元通りになるの。ソファーもオーディオもね。
25世紀にもなれば科学はここまで進歩してるわけ。
野菜の煮物は駄目になっちゃたけどね。でもいいや。そんなものは作り直せばいいのだから。
一匹残らず冥王星にたどり着けよ。虹色の燐粉で太陽系に飛行雲を残していきながらさ。
めでたし。めでたし。
(終〕
イラスト:秋の桜子様
2006年9月3日初稿
友達に「見た夢の内容を忘れたので代わりに考えてくれ」と言われ書いたもの。
「昨日は」「うわー」「めでたし、めでたし」を文中に入れてくれとのことでした。
「昨日は」は文としておかしいので「昨日」に変更しました。