魔法が使えなかった訳
「あんたはなんで魔法を使えるようになりたいの」
魔法の練習を始めて何日かした後、エイルが魔法を練習している最中のシャルマにそう問うた。
「いつか世界の果てに行ってみたいんだ」
「世界の果て?」
「あの山の向こう側だよ」
「そんな呼び方されてるのね、ふーん……」
ほとんど興味を示さないエイルにシャルマは少し悲しくなる。
「興味ないの?」
「あんまりないわね」
「えー」
「まぁ妖精なら世界の終わりを見せてあげられるのは事実だから、いつか見せてあげてもいいわよ」
「え、約束だよ!」
「うふふ、約束ね」
しかし、世界の終わりを見せられる、というエイルの約束の言葉にうれしくなり、喜ぶシャルマだった。
そしてまたしばらく魔法の練習をした後、遂にシャルマは魔法を使えるようになった。といっても、初歩の風魔法をだが。
「あ、できた!」
「すごいじゃない。にしてもこんな簡単な魔法を使うのにこんなに時間がかかるなんて、あなた才能ないんじゃない?」
「そんなこと言わないでよ。この年でエイルを見れたんだよ」
「そうだけどさ。でも風魔法なんて普通もっと簡単に使えるもんよ。なんで使えないかなぁ……」
ここまでシャルマは実に半年以上の練習を重ねていた。通常、妖精を見ることができる人間が魔法の練習を始めると一週間もかからずに習得できる。しかしシャルマは習得まで時間がかかってしまった。なぜ使えないのか、エイルは考えを巡らせる。
そして一つの結論にたどり着く。
「あーっ! シャルマ、悪いことしたわね、この辺の魔素はうっすいのよ。ほとんど私が吸収しちゃってるから。いやー、こんな薄い魔素でよくトレーニングしてたわね。使えるわけないじゃないの」
「え? 僕が魔法を使えなかったのエイルのせいなの?」
「そういうことになるわね」
「ひどい。先に言ってよー」
「まぁ、私のおかげで魔法を使えるようになったんだし、とんとんということで」
てへ、と舌を出しながら頭に手を当ててエイルは反省した様子なく謝る。そしてそう言い終わるや否や、エイルは一目散に逃げ出した。
シャルマは呆然としていたが、エイルが責められないように逃げたことに気が付くと慌てて後を追い始めた。しかし、人間の子供が妖精に追い付けるはずもなく、朝の稽古の終わりの時間になってしまった。
エイルを捕まえることができなかったシャルマは意気消沈した様子でトボトボと家に戻る。魔法を使ってみたところ、まだ使えたので契約が解消されたという訳ではなかったが、ほとぼりが冷めるまではエイルは帰ってこないのだろうか。
しかしシャルマが朝食をちょうど食べ終わる頃だろうか、エイルがシャルマの前に帰ってきた。
「あ、反省したの?」
「別に反省する必要ないし? 私は契約の履行に戻ってきたの。ご飯の時間でしょ、久しぶりに前みたいに自分で食事でもしようかと思ったけど、舌が肥えて無理だったわ。そういう訳でご飯頂戴」
満面の笑みで食事を要求してくる妖精を見ると、怒りを通り越してあきれが出てきたシャルマ。
「はぁ、しょうがないな」
「ありがと」
「約束は約束だからね」
「そういう律儀なところ好きよ」
エイルの逃亡事件は平和な食事によって幕が下りた。