目指すは森
シャルマ達はセイラムの里を離れ、王国から見えた大森林へ向かって歩を進める。数刻前までは磯臭かった空気も今では草木の香りに包まれている。
セイラム達が陸に上がることはめったにない。海岸の魔素濃度は極めて低く、発生した魔物を駆除できたときに放出される魔素が残っている状態でのみ陸に上がることができる。
「あははははっ、陸の上の空気っておいしいねっ」
つまりどういうことかというとクレイララも当然海から十分に離れたことはなかった、ということだ。初めて水辺を離れ見渡す限りの緑に、彼女は笑いながら両手を広げて走り回っている。
「そんなに走ると転ぶよ」
飽きれた顔をしながら言ったのはシャルマ。旅の仲間になったということで敬語を使い合うことはやめたらしい。
「だいじょう……」
シャルマに返事をしようとクレイララが振り返ったちょうどその時、突如現れた足元の窪みに足を取られてしまう。
「あいたっ」
「はっ、コイツの忠告をしっかり聞かないからよ。バカ人魚」
クレイララが倒れたと同時に悪態をつくエイル。
「妖精さんずっと私に当たり強くないですか?」
納得いかないと言った顔つきで言い返すクレイララ。……クレイララは一応エイルから魔素を提供してもらっている身なのだが、なぜそんな強気でいられるのだろうか。
「誰かさんが私の楽しみを大量に持っていくからよっ」
「しょうがないじゃないですかっ。シャルマさんの料理がおいしいのがわるいっ。それに私もしっかり作ってるじゃないですか」
そう、エイルの機嫌が悪いのはシャルマの料理の取り分が減ってしまったからだ。
「作ってるって言うけどあんたねぇ……。アンタのはおいしくないし、あんたはシャルマが作ったのばっか食べるじゃない……。箱庭の姫様が神様に思えてきたわ」
クレイララは「箱庭の姫様?」と小首をかしげる。……大地に寝っ転がりながら。存外悪くない表情をしている。土のにおい、というとのも海で生きていた彼女には大層珍しいのだろう。
「ラト姫はシャルマのお嫁さんよ」
エイルが済ました顔をしてそう言い切る。
「はぁ」
「はぁ?」
それを聞いた両者の対応は対局で、片やそうなのですか、と納得した様子で返事をするのに対し、もう一方は初耳だといった様子で聞き返す。
「そんなのいつの間に決まったんだよ」
「……本人がそれっぽいこと言ってたわよ。これでは通い妻みたいですねって」
「なんだそんなことか」
そう、シャルマが王城に部屋を用意してもらっていた頃ラト姫がしょっちゅうやってきていた。そういう意味では確かに通い妻のようなものではあったな、とシャルマは回想する。
懐に入っている鎧の破片、今は何ともないようだが、万が一ということもある。シャルマは破片を見た後、王国の方を見つめたのだった。