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第一章・なんで異世界《ここ》に先生が⁉・その四

 ウミネコの声が聞こえる……。

 薄目うすめを開けると、まぶしい日光と共に、青空と入道雲が視界に入った。

「おんやまあ、ようやく目を覚ましたみてえだな」

「遅かったなあ。ちょいと寝不足でねえのかい?」

 下半身を海水にけたまま、船端ふなばたに寄りかかる女たちの嬌声きょうせい

「そうか、確か僕は海におぼれて……?」

 徐々《じょじょ》に記憶が戻り、我が身に何があったのかを思い出す。

 景清かげきよは小舟、しかも旧式の和舟わぶねに寝かされていた。

 周囲にウニやサザエが転がっている。

少し形がおかしい気がした。

 それはともかく、どうやら女衆は素潜すもぐり漁を行う海女あまらしい。

 年齢は三十前後といったところか。

 そして舟にもたれかかっている三人の海女たちは、何も身に着けていなかった。

 あわてて横を向く景清。

 いや、裸といってもサイジ(Tバック型のふんどし)くらいは身につけているのだろうが……。

「おんやまあ、女同士で何を恥ずかしがっとるんだい?」

「海じゃみんな裸ん坊に決まっとる」

「おめえさんも裸でねえか」

 わいわい騒ぐ海女たち。

「裸……?」

 景清の体には磯着いそぎが何枚もかけられていた。

 彼女たちの着物を毛布代わり、あるいは日除ひよけに使ってくれたのだろう。

「そうか……危ういところを助けてくれたのか。ありがとう」

 礼を言う景清だが、何かがおかしい。

 ……女同士?

「なんだっ⁉」

 ガバッと起き上がって我が身を確認すると、景清は全裸であった。

 海で溺れれば、衣服が脱げる程度は当たり前。

 それは別に構わない。

 しかしその胸に、見覚えがあるようなないような物体が二つ、プニプニとぶら下がっているのは見逃せない。

「なんだこれは」

 今は性機能を失っているとはいえ所帯持ち、しかも再婚者の景清は、当然ながら女性の裸くらい見た事がある。

 しかし普段見慣れた、肋骨ろっこつの浮いた貧相な胸板はどこへ行った?

「なんだこれは⁉」

 サイズは華鐘かがね小雨こさめの中間くらいだろうか?

 いや小雨のは服の上から確認しただけなので、着痩きやせしているだけと信じたい。

「股間のアレも消えている」

 すでに排泄はいせつ以外の機能を失っている男性器だが、今さら逃げ出されても困る。

産毛うぶげ……?」

 景清の手足が別人のそれになっていた。

 腕や太腿ふともも肌艶はだつやは、どう考えても中年男性のモノとは思えない。

 いや成人女性だって、ここまで若々しくはないだろう。

 この産毛には見覚えがある。

 十代の高校生、あるいは中学三年生くらいだろうか?

 教師スキルを無駄にフル回転させる景清だが、正確な年齢まではわからない。

「これは夢か?」

 海で溺れたら未成年女子になっていた。

 ラノベか⁉

「まだ混乱しとるみてえだな」

「さっき竜宮船りゅうぐうぶねが飛んどるのを見たぞ」

「あそこから落ちたんか」

安宅船あたけぶね関船せきぶねか知らねえが、軍船なのは間違まちげえねえな」

「竜宮船から落ちて無事たあ、おめえさん運がええな」

「軍船って男衆のもんじゃろ?」

「なして女子おなごが乗っとるんじゃ?」

「高貴なお方かもしんねえな」

 女たちは景清に理解しがたい話で盛り上がっていた。

「……竜宮船?」

 日本史教師の景清は、竜宮船くらいは知っている。

 戦国時代に能島のしま水軍が使ったとされる可潜艦の一種で、その実態は定かではない。

 しかし、ここで海女たちが話している竜宮船は、おそらく景清の知識にあるものとは異なるようだ。

 空を飛ぶ?

 飛行船か大型航空機のたぐいであろうか?

「なんだおめえ、竜宮船も知らねえのか」

「空飛ぶ船じゃ」

 見たまんまの返答であった。

 これではなんの参考にもならない。

「それにしても、おめえさん変な耳しとるなあ」

「お猿さんみてえだ」

「……耳?」

 手を当てるが怪我はない。

 しかし……。

「ネコミミ?」

 女たちの頭には、猫のような耳が生えていた。

「大丈夫け? 頭でも打ったか?」

 景清の様子がおかしいと気づいたのか、それとも海面に頭をぶつけて耳が横にズレたとでも思ったのか、なんだか心配になって来た海女たちが、舟に上がり始める。

 思わず顔をそむける景清であったが、褌一丁の尻に、みな一様にネコシッポが生えているのが一瞬だけ見えた。

 一瞬あれば十分なインパクトであった。

「ここは秋葉原か⁉」

 海の上である。

「あき……なんじゃそれ?」

 秋葉原でネコミミ&ネコシッポなら、メイド服かゴスロリ服とワンセットのはずである。

 一瞬とはいえ、尻尾が尻の肉とつながっているのも確認できたので、これがハリウッド級の特殊メイクでなければ、間違いなく本物の尻尾……のはず。

「ドッキリにしては金をかけすぎだ」

 とことんうたぐり深い景清であった。

「おかしな事を抜かす子じゃのう」

 海女たちはネコミミをピクピク、ネコシッポをフリフリさせている。

 その動きは生々しく、作り物とは思えない。

「ここはどこだ? 東京湾……」

 自分の言葉に疑問を感じる景清。

 彼女たちは、どう見ても関東の人間ではない。

 いや、それ以前に、同じ人間とは思えない。

 ひょっとして、これがラノベ業界で流行はやっているという異世界であろうか?

「うん、夢だな」

 ほおをつねってみた。

 痛い。

 しかし夢というものは触覚くらいは再現できるもので、そのささやかな感触を【痛い】と知覚しているだけかもしれない。

「おや? 竜宮船がおめえさんを探して戻ってきたみてえだぞ?」

 水平線の上に、何か巨大な物体が飛行していた。

 翼は小さく……いやあれ本当に翼なのか?

 胴体が太すぎる。

 あんなものが航空力学で飛べる訳がない。

 となると飛行船か?

「ちょいと見てみい! ありゃ大砲がついてねえぞ!」

「まさか皇族おうぞく様の悪樓あくる釣り船じゃなかろうな⁉」

 嬌声きょうせいを上げていた海女たちの態度が一転した。

「ひょっとしておめえさま……蕃神ばんしん様か?」

「蕃神?」

 確か異国の神を差す言葉である。

「僕は神などではありませんよ。ただの一教師、人間です」

弥祖やその者ではないのじゃろ?」

「弥祖?」

 聞いた事のない地名だ。

「やっぱり蕃神様じゃ! どえれえ失礼しちまったよ!」

 慌てる海女たちだが、小舟の上で何をできる訳でもない。

 なんとなく話の流れをつかみ始めた景清は『うん、やはり異世界だったか。つまり夢だ』と判断した。

 海上を飛行する竜宮船が一直線に近づいて来る。

「戦艦……いや航空巡洋艦か?」

 明治時代の装甲巡洋艦【日進にっしん】を、昭和期の技術で近代化魔改造したような艦であった。

 ジェットもローターもないのに飛行している。

 そのくせ水上艦と同じような形の胴体。

 およそ飛びそうにない代物が浮いている、ありえない光景であった。

 両舷りょうげんから伸びた翼のような物体は、どうやら飛行甲板のようだ。

 ただし両端の下部にフロートのようなものが装備されているので、翼としての機能も多少はあるかもしれない。

 後ろのフラップが全開になっているが、本当に効果があるのか不安になる。

 艦体は明治時代風なのに、艦上構造物は太平洋戦争中の重巡洋艦を思わせる超アンバランス仕様。

 そして全体が瑠璃色るりいろられ、艦底色はオレンジ、ところどころに白が配されている。

 軍艦としてあるまじきカラーリングであった。

 おまけに艦首の衝角しょうかくは飛行艇のような形状で、その効果を疑いたくなるような、全体に比べてはるかに小さい波消し用チャインが装備されていた。

 何より甲板にあるべき主砲塔の姿がない。

 技術的にもデザイン的にも、何もかもちぐはぐで、ナンセンスのかたまりのような飛行物体である。

 アダムスキーの空飛ぶ円盤の方が、まだまし(・・)なデザインに思えた。

「我ながら、なんといい加減な夢なんだ……」

 改めて明晰夢めいせきむ(夢という自覚のある夢)を確信する景清であった。

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