第三章・魔海対策庁娃州支部棟温泉旅館【ひろめ家】・その六
「コロギスみつけたにゃ!」
「モモチョッキリつかまえたにゃ」
「……先生なんとかしてください」
厨房でさんぴん茶と菓子を渡され、離れの縁側に行くと、昆虫採集に励む子供たちに榎原が血の気を失っていた。
離れは職員寮となっているが、母屋の整備で限界だったのか、中は畳も敷かれておらず使用不能。
庭はまだ手もつけていない状態で、更地のまま草がぼうぼうと茂り放題、いくらでも虫が採れる有様であった。
「コロギスはともかく、モモチョッキリなんてよく見つけたな……」
モモチョッキリはゾウムシの仲間で、果樹園の桃を荒らす一センチ弱の害虫である。
「ほら、クマゼミ捕まえたよ」
虫の苦手な生徒たちの中で、支室だけが子供たちの遊びにつき合っているようだ。
……いや和真部の姿がない。
「支室、それどうやって捕まえた?」
「神力ジャンプ覚えたんだよっ! 幹の後ろから飛んで吸着して、横からこっそり捕まえるのっ!」
「子供たちに教えてもらったのか……怪我するから、あまりやんちゃはするなよ」
防御障壁を張れるようになるまで、ジャンプは禁止した方がいいかもしれない。
「は~いっ!」
「縁の下でゲジ見つけた……」
「お姉ちゃん凄いにゃ!」
「ゲジかっこいいにゃ!」
和真部はオオゲジを手乗りにして遊んでいた。
「女子は足の多い生き物が苦手だとばかり思ってたんだが……」
オオゲジはムカデの仲間で、捕食対象に対してこそ獰猛だが、毒はなく、優しく捕まえさえすれば割とおとなしい節足動物である。
「川釣り派ですから……渓流で川虫を集めたりもするんです」
水生昆虫だけでなく、大型の虫で大物を狙ったりもするのだろう。
「部活統合のために辞めた先輩が教えてくれました」
つい先日まで川釣り研究部と海釣り研究会の不仲は伝統と化し、退部者が出なければ統合は不可能で、さらに一部の二年生たちは猛烈に反対、海釣り研究会と川釣り研究部を兼任していた前顧問教師の反感を買い、両者ともに廃部になりかけていたのであった。
「そうか……部の先行きを考えてくれた生徒もいたんだな」
「釣りは部活でなくてもできるからって……」
二年生有志による反対勢力の説得など、部活の統廃合で様々な人間ドラマがあったらしい。
もう少し早く介入できればよかったと、複数の意味で悔やむ景清であったが、夏休みに入って教頭に依頼されるまでは多忙で何もできなかった。
ちなみに多忙でなくなったのは、前に顧問を務めていた郷土研究会が部員不足で廃部になったからである。
いまの釣り研究部も四人で部員が足りていないが、そこは問題児で景清の娘である小雨がいるからと、教頭の権限で特例かつ限定的に存続が許されている。
「しかし……いい話が台無しだな、これは」
「ゲジですから」
ゴキブリのように、いやゴキブリより素早いオオゲジは、和真部の全身をカサカサと元気に這い回っていた。
和真部が本当に女子なのか疑いたくなって来た景清である。
「あっ、おやつにゃ!」
甘味の登場に大喜びの子供たち。
「こちは甘いものがいいにゃ」
「煎餅と大福があるから、みんなで食べようね」
女好きで変態で誘拐犯の抄網媛も、小さな子供たちの前では普通のお姉さん、あるいはお兄さんに見えた。
「おっと、その前に手を洗いなさい」
景清が指差す先に、昔懐かし手押しポンプの井戸がある。
掃除にでも使われたのか、コンクリートに水のしみ込んだ跡があるので、呼び水は必要なさそうだ。
「あらう……にょ?」
「虫さん逃げちゃうにゃ」
「逃がしてあげなさい」
飼育目的でない昆虫採集はキャッチ&リリースが基本である。
「モモチョッキリもキレイにするにゃ!」
「溺れて死ぬからやめなさい」
それ以前に小さすぎて流されてしまいそうだ。
「虫さんの中には一日中食べ続けないと死んでしまうものもいる……ほら、お腹減ったって言ってる」
「おなかぺこぺこ?」
「こちも食べるから虫さんもお食事にゃ!」
説得に応じ、コロギスとモモチョッキリを放り出す子供たち。
和真部もオオゲジを縁側の下に優しく置いて逃がしている。
「わあっ! 頭にくっついちゃったっ!」
リリースされたクマゼミは支室を気に入ったのか、髪に止まっていまにも鳴き始めそうであった。
「下手に振り払うとオシッコひっかけられるぞ」
カメムシの仲間は碌なのがいない。
「もうそのままでいいんじゃないかな?」
「虫がいる前で食べるのは嫌ですよ」
和真部の提案にゴネる榎原。
「そのうち逃げるだろ」
と景清が言った瞬間、セミは飛び立った。
「ひっかけられたっ!」
「手と一緒に洗いなさい」
「ほら手拭」
抄網媛は気配りのできる娘であった(ただし女子限定)。
「わあっ、これいい匂いするねっ!」
「懐に匂い袋を忍ばせてるからね」
「これで変態でさえなければ、本当にいい子なんだが……」
ちょっとだけ小雨の姉に欲しいと思う景清であった。
「可愛いなあ。将来美人になるんだろうなあ」
抄網媛は鼻の下を盛大に伸ばして全身グニャグニャになっていた。
「本当にこれがただの子供好きだったらの話なんだがな……」
こいつ残念すぎる。




