第三章・魔海対策庁娃州支部棟温泉旅館【ひろめ家】・その三
「もうすぐ着水だよ。みんな何かに摑まって」
目的地である魔海対策庁娃州支部が水平線に見えた頃、陸野女子高校釣り研究部一同と抄網媛は、魔海釣行を終えて空室となった見晴らしのいい戦闘艦橋に居場所を移していた。
抄網媛の指示で、全員が壁や羅針儀に摑まって神力で貼りついた時、翡翠が砂をかき分けるような音と共に着水する。
「減速に時間かかるから、艦内放送があるまで手を離さないでね」
士官室で座っていた方がよかったのではなかろうか?
「わあっ、なんか跳ねたっ!」
巨体の進入に驚いた魚が逃げ回っている。
「魚たちには迷惑千万だな。停止してから着水した方がいいんじゃないか?」
ふと疑問に感じた景清である。
「浮桟橋にぶつかる可能性があるから、到着してから降りるのはダメ。降りてから加速するのは大変なんだよ」
翡翠は一万トン近い排水量(重量トン)を持ち、しかも水上船舶のような舵を持っていない。
そのため比較的安定しやすい前進を維持しつつ桟橋に接近する必要があった。
「あれ? もう一隻あるみたいですよ?」
榎原が浮桟橋に停泊している軍用艦艇を発見した。
「妾の【蜂雀】じゃないか」
昔の駆逐艦に相当する【小早】で、翡翠とは比べものにならないほど小型の高速艦艇である。
「ひょっとして伯母上が来てる?」
青ざめる抄網媛。
「伯母って確か局長だったか?」
皇族最強とか殴られると空の彼方まで飛ばされるなど、景清は碌な話を聞いていない。
「うん、ご懐妊で長旅は避ける方針だったはずなんだけど、事情が変わったのかな?」
「かなりおっかない人のようだな」
「絶世の美女で礼儀正しいけど、御託の通用しない人だよ」
「理屈が通じないのか?」
「いや屁理屈や言い訳を一切聞いてもらえないんだ」
「それは抄網君の自業自得だ」
「あと通行の邪魔をすると問答無用で撥ねられる」
「ダンプカーみたいだな」
転生トラックの親戚だろうか?
「減速終わったって」
無駄話をしているうちに艦内放送があったらしい。
「しばらく慣性で進むから、いまのうちに士官室へ戻ろう。おやつはポン水と羊羹でいい?」
「「「わーい♡」」」
「……………………♡」
抄網媛の提案に歓声を上げる生徒たち。
女子高生たちは甘味に目がないのは、いつの時代も一緒らしい。
「羊羹は軍用だけどね。妾はあんまり好きじゃないんだ」
洋食派で高級品に馴染んだ抄網媛の舌には合わなかったらしい。
「ひょっとして糖衣か?」
「えっ? うん、あるよ。なんか表面が硬くてザラついてるやつ。なんでも蕃神様の製法を使ったって話だけど、ありゃ失敗作だね」
「……間宮羊羹か!」
旧大日本帝国海軍の誇る給糧艦【間宮】の名物スイーツである。
「糖衣つきなら、むしろそれで正しいんだ。よく再現できたな!」
「知ってるの先生⁉ いやあれでホントに正しいの⁉」
「軍用だから保存が効くように砂糖を増やしているんだ。大量の砂糖を溶かすのが難しいと聞いたぞ」
糖衣は完成した羊羹を一日干せば生成される。
「……そんな凄いもんだとは思わなかったよ。妾も食べてみようかな?」
――興味を持ったのが運の尽きだった。
抄網媛はもちろん生徒全員が、スイーツを前に景清の講義を延々と聞かされる破目になったのである。




