表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/40

序章・その一

「我慢のしすぎですね。よくない兆候が出ています」

 魔海対策庁長官にして内閣主席宰相(さいしょう)夫人の巻網媛まきみひめ、正確には臣籍しんせき降下で皇席おうせきと【ひめ】の称号を放棄した皇姉おうし柑子かんじ巻網は、妹の投網皇とみおう御典医ごてんいの診察を受けていました。

 病院ではなく、わざわざ皇居おうきょまでやってきたのは、一般の産婦人科では神力の強い皇族おうぞくたちの診察ができないからです。

 特に弥祖皇国やそみくにでも規格外の神力を持つ巻網媛は、皇族専門の宮内省病院ですら手に余る難物でした。

 しかし投網皇なら体内神気を読む力にけ、医術の心得もあります。

 そのため御典医と共に、妊娠初期で不安定な巻網媛の主治医を買って出たのでした。

「姉上は辛抱しんぼうが苦手ですからね」

 赤サビあるいは鼈甲べっこうと呼ばれる、複雑な柄の髪と尻尾を持つ投網皇は、巻網媛のお腹にそっと手を触れました。

「あまりめ込むと、お腹の子にさわりますよ」

 投網皇はすでに六人の子をもうけ、現在も七人目を妊娠中の大ベテラン。

 巻網媛もそうですが、みなぎる神力のおかげか、四十を超えての懐妊かいにんを、ものともしない若々しさをたもっています。

今度こたびは使えと申すか。じゃが神力は子によくないのじゃろう?」

 巻網媛の耳と尻尾は緊張でれ下がっていました。

「それは巻網が妊娠を恐れ、こばんでいたからです。いまは悪しき神気が抜け、むしろ子を守っているようです」

「では神官業務に戻ってもよいのじゃな?」

「ただし……」

「わかっておる。長距離の跳躍はせぬ」

 巻網媛は妊娠発覚まで魔海対策庁本庁舎兼本部棟【なのりそ庵】と、夫の寛輔かんすけがいる皇都との間を三度の跳躍で通勤していましたが、いまはめい抄網媛すくみひめが実家から持ち込んだ小早するうぷ蜂雀ほうじゃく】を使っています。

 蜂雀は醒州せいしゅう海軍所属の快速竜宮船(りゅうぐうぶね)ですが、領主で父方の伯父おじである世羅せら家当主を、三階から五階上の屋根裏部屋まで突上打あっぱあかっとでぶっ飛ばした傍若無人ぼうじゃくぶじんな武勇伝を持つ巻網媛に逆らえる人物が存在せず、魔海対策庁で好き勝手に使われていました。

 いずれ国軍に接収され、乗組員くるうの順次異動が行われるでしょう。

「蕃神様の召喚や悪樓あくるの取り込みがおすすめです。でも飛んだりねたり殴るるといった乱暴はいけません。なにがあってもご自重じちょうください」

「約束はできぬ」

 巻網媛は目の前に邪魔なモノがあると、無意識かつ反射的に殴り飛ばす癖があるのです。

「それはそうと、お楽しみの採血ですよ」

 隣でキジトラ柄の御典医が、ぶっとい注射器を持ってニコニコしています。

 巻網媛の垂れ下がった尻尾が、恐怖で激しくれました。

「注射嫌いは相変わらずですね」

 常時無表情の巻網媛ですが、つき合いの長い夫の寛輔と投網皇だけは感情を読み取れます。

「もっと力を抜いて、お心を平らかに……」

 幼子おさなごのようになだめられ、巻網媛は目をギュッと閉じて大嫌いな採血にのぞみます。

「終わりましたよ」

 目を開けると、注射針はとっくに抜かれていました。

「う……うむぅ」

「ところで巻網、先ほど内閣から連絡があったのですが、翡翠しょうびんの改装が終了したそうです」

 翡翠は所属魔海対策庁の釣行艦ですが、所属と運用は国海軍にあるので、その連絡は真っ先に投網皇の元へと届きます。

「思うたよりはよう済んだのう」

 主砲塔の撤去と、蕃神ばんしん召喚に使う祭儀室の設置、そして左右の飛行甲板ふらいとでっき伝馬船こっとる格納庫(はんがあでっき)の改造に、前檣楼ふぉあとっぷ後檣楼みずんますとの近代化。

 それらの改装に、本来なら少なくとも半年を要するはず。

「すでに準備されていた実験装備を流用したそうです。おかげで仏法僧の改装と、醒州への売却予定が狂いましたが、あちらも釣行艦への改装を望んでいるとのお話ですし、それほど問題にはならないでしょう」

 醒州は工業国で軍用竜宮船の生産も行われていますが、得意分野は小早などの小型艦艇で、関船ふりげえと安宅船らいんといった大型艦艇は、本国で生産されたものを購入していました。

 仏法僧は最新型の関安宅べるてっどふりげえとですが設計は旧式で、近日中に設立される魔海対策庁醒州支部に回した方がよい、との意見が出たようです。

「翡翠の実働実績を元に、改めて仏法僧の装備を作り直す気じゃろうか?」

 交換で撤去された翡翠の飛行甲板に、さらなる改良をほどこしてから、仏法僧の改装部品に流用するのでは、という意味です。

「そうでしょうね。仏法僧は祭儀室を設置次第、醒州に送るそうです」

 本格的な改装は後回し。

新装備が完成するまで、仏法僧は魔海対策庁醒州支部で、魔海釣行の実績をむ事になるでしょう。

「翡翠ですが、釣行向けの装備もあるようです。急ぎ仕事でしたので、大したものではないそうですが」

「そうか。それで少しはまし(・・)になるとよいのじゃが……」

 翡翠は平衡ばらんすの悪さが特徴の実験艦です。

「それはそうと巻網、実はもう一本あるのです」

 御典医がニッコリと微笑ほほえみながら注射器を取り出します。

「……ぐぬぅ」

 巻網媛の尻尾が総毛立そうけだちました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ