第9話 仮封印
「随分と話がそれてしまいましたな。そろそろ本題に参りましょうか」
猫助の髭を引っ張るカズンと、カズンの手を引っ掻いて応戦する猫助。いつ終わるとも知れない二人の攻防を見かねたサリディが止めに入り、カズン達に情報提供を促した。
「お……おう」
「うむ。夜も遅いのに長居しては失礼だしな」
サリディの意見に同意するカズンと猫助。各々の後頭部には、サリディから喧嘩両成敗と言わんばかりに突き立てられた嘴の痕が残っていた。
「それで、サリーさんが連れてこられたという事は、お二人は異界の門を仮封印した方をご存知なんですよね」
朗報を期待するエニーの問いに、カズンはニヤリと意地の悪い笑みを返してみせる。
「ああ、知ってるよ。だがな、エニー嬢。情報ってのにも値札が付いて……」
「お嬢様。このカズン君と猫助殿が仮封印をした当人で御座います」
情報料の交渉に入ろうとしたカズンだったが、その企みはサリディの一言で水泡と化した。
「って、先に言うなよ、サリディ!」
驚いてカズンへ向き直るエニーの目の前で、彼はサリディへと抗議の声を上げる。当のサリディは当然だろうと言いたげにカズンを見返していた。
「カズン君の事だ。人の良いお嬢様に有ること無いこと言い含めて高額の謝礼でも求めかねんからな」
図星である。
「悪さはできんものだな、カズン。当初の報酬で譲歩しておけ」
猫助になだめられ、カズンは詰まらせた言葉を溜息に変えて吐き出した。
「確かにサリディの言うとおり、俺達がエニーの探し人だよ。おい、サリディ。いくらなんでも報酬自体無くそうって腹じゃないだろうな?」
この鳥ならやりかねないと、サリディを見据えるカズンの目が語る。
「報酬……ですか。そうなんですか、サリーさん?」
エニーの問いに、サリディは気まずそうな顔で頷いて見せた。テーブルの対面にいたカズンと猫助もしきりに頷いている。
「申し訳ございません、エニーお嬢様。勝手ながら協力を得るために交渉を致しました」
「そうだったんですか。あ、あの、その報酬っておいくらぐらい……」
テーブルの下でこっそりと財布を開けたエニーは、下目で中身を確認して冷や汗を流す。お嬢様などと呼ばれもするが、取り立てて裕福というわけではない。財布の中身は人並みだ。
「メシ!」
「……え?」
エニーはカズンの上げた声に驚き、顔を上げて聞きなおす。
「サンドイッチがいい」
「はぁ……」
頭の中で情報料とサンドイッチがすぐに結びつかないらしく、エニーが生返事を返す。
「うむ。私の分は魚が挟まっていて欲しい」
「となるとサーモンサンドかツナサンドか」
「この村ではどちらを頼んでもツナサンドらしいが」
「我輩はアジサンドを提案する」
「む。アジサンドとは……」
「なかなかに通だな、サリディ」
報酬をどうするか真剣に相談し始めるカズンと猫助に、ちゃっかり便乗しているサリディ。呆気にとられていたエニーだったが、やがて堰を切ったように笑い出した。
「わかりました。探し人の情報提供をありがとうございました。報酬は明日にでも、みんなで一緒にいただきましょう」
「ヨッシャッ!」
彼女の言葉にハイタッチして喜ぶカズン達。その無邪気な様がさらにエニーの笑いを誘う。
「それで異界の門についてなのですが……」
エニーは紅茶を一口含み、こみ上げる笑いをなんとか落ち着かせると、改めて話を促した。
封印師という職業からか、異界の門という単語を口にした途端、彼女の表情が一変し真剣さを帯びる。幼さが残るとはいえプロの目だ。サリディもまた、封印師の従者らしく異界の門の場所を記すべく、村の周辺地図をテーブルに広げている。
(ガキとバカな鳥だと思っていたが、なかなかどうして)
エニーに見据えられたカズンは、感心しながら視線を猫助に移す。猫助もまた同じ思いを抱いたらしい。お互い視線を交わすと、どちらからともなく口を開いた。
カズンと猫助がとある事情により森に向かった事。森の中で遭遇した三毛猫。三毛猫を追って見つけた小屋。化け猫との戦闘。そして、小屋の中で見つけた異界の門。
エニーはもちろんのこと、サリディも黙してカズン達の話に聞き入っている。
「それで、カズンさんと猫助さんは異界の門を仮に封印したと聞きましたが、それはどのように?」
カズン達が事の顛末を話し終えると、エニーは地図に書き記した異界の門の発生ポイントを指差しながら尋ねた。
「そりゃあ、小屋を崩して異界の門を覆うようにして……」
「小屋の瓦礫で覆われたのですね?」
「そう……だけど」
重ねて問われたカズンは、過ちを糾弾されているような居心地の悪さを感じながら頷いた。
その回答にエニーとサリディは、顔を見合わせて頷きあうと各々の席を立つ。
「すまない。私達は何か下手を打ったのか?」
彼女達の様子に不安を感じた猫助の問いかけに、エニーは少し微笑み首を横に振る。
「そのまま放置しておけば、事情を知らない旅人が小屋に入って異界の門に接触したかもしれません。カズンさんと猫助さんが小屋を壊して塞いだ事は、決して間違いではないと思います。ただ、このままでは瓦礫と化した小屋自体が、異界の門の干渉を受けるでしょうし。これから問題の森まで行ってきます」
「な! こんな夜中にか?」
カズンの問いに頷いたエニーが壁にかけていたコートを羽織り、その肩にサリディがとまる。
「時間が経てば異界の門の干渉が広がる可能性があるのでね。情報を得たら、早急に手を打つのが封印師の定石なのだよ」
サリディはそう説明しながらベストの着崩れを正し、シルクハットをかぶる。
「朝食までには戻れると思います。あ、お疲れでしたら、このお部屋で休んでいただいてかまいませんから」
買い物にでも出かけるような軽い調子で言うと、そのままエニーとサリディは部屋を出て行った。
残されたのは、彼女達の行動の早さを呆然としながら見送る事しかできなかったカズンと猫助。そして、部屋を包む静寂。
「……なあ、カズン」
エニー達の出て行ったドアを眺めながら静寂を破る猫助。
彼女達を放っておいて良かったのだろうか。そう続けようとした猫助の耳が、金属の跳ねる音を捉えた。そして、音のした方へと向けた目が捉えたのは、虚空を舞い上がる白い硬貨。
「あいつらもプロ。さっきの身支度の手際の良さも、こういう事に場慣れしてっからだろうな。相手が相手だし、素人が手を出せばかえって邪魔になるわけだし……」
虚空で何度も回転を繰り返している硬貨を、ぼんやりと眺めながらカズンが呟く。
猫助の内心の疑問に答えるように、自分に言い聞かせるように。
天井近くまで白い軌跡を描いた硬貨だったが、重力に抗えるはずも無い。上昇の勢いを失った硬貨は、下降へとその動きを変える。
カズンは不意に眉をしかめて立ち上がると、落ちてきた硬貨を掴み取った。
「考えてみりゃ、あいつらに何かあったら俺がメシを食い損ねるじゃねぇか!」
掴んだ純白の硬貨型イヤリングを定位置の左耳に付け直し、漆黒のコートを翻した。
アジサンド……残念ながら、まだ食べたことがないんです私。




