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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第一章 斑の猫の館
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第8話 封印師エニー

「先程は、いろいろとお恥ずかしいところをお見せしてしまいました」


 そう言った少女エニー・カーチスの顔は、幾分落ち着いたとはいえ未だに恥ずかしさに赤面を隠せないでいた。


 宿屋鈴鐘亭で発生した鸚鵡挟まれ騒動。目を回したままの鸚鵡サリディ。慌てふためくエニー。なぜか一連の騒ぎの犯人にされたカズン。混乱の中一人傍観を決め込む猫助。宿屋の従業員や宿泊客、地元警備隊に地域住民の皆様まで巻き込んだ推理サスペンス的大騒ぎがようやく収束した頃には、すでに日付が変わっていた。


 エニー達の宿泊する部屋に招かれたカズンは、勧められた席に座ってうなだれていた。


「気にすんなって、お嬢ちゃん」


 カズンの目の前に紅茶のカップを置くエニーに、彼は力無く笑って見せる。


 いつもならボウガン片手に怒るであろう彼も、空腹感が峠を過ぎた上に慣れない推理劇の犯人役を任された疲れから、怒る元気も残っていない。


「いや、なかなかに面白い余興だった。特にカズン」


 カズンの隣にあてがわれた席に座る猫助は、そう言うと皿に満たされたミルクに口を付ける。その猫助とテーブルを挟んで対象の席にある背もたれに止まっていたサリディが、残念そうに唸った。


「それはそれは、実に興味深い。ぜひとも拝見したかった」


「おまえらなぁ。犯人役に仕立て上げられた俺の心労をちっとは考え……」


「カズン君」


 サリディに名を呼ばれ、カズンは自分の失策に内心舌打ちした。彼の目の前の席では、事の発端を起こした真犯人である少女エニーが萎縮してしまっている。


「……ごめんなさい」


「あ、いや、俺こそ蒸し返してスマン。ホント、気にすんなって。な?」


 各々の席に飲み物を運んだトレイを胸に抱いて俯くエニーに、カズンは狼狽する。彼の失策を、無言と視線で非難する一羽と一匹。これで彼女が涙の一つも流せば、今度こそカズンが犯人だ。


 カズンは気まずい雰囲気を変えようと咳払い一つ。


「あーっと、とにかくだ。さっきのゴタゴタのうちにお互い名前はわかってるとは思うんだが、改めて自己紹介しておくぞ。俺はカズン・リックフォート。冒険者の仲間では『スノウコイン』の通り名が付いてる。そして、こっちの三毛猫は猫助」


 彼の紹介に、猫助の髭がピクリと跳ねた。


「まて、カズン。貴様は猫助猫助と呼んでいるが、私の名はリカルド・フォン・レーベント・モーゼル・カッセリア・クレイズ・アルバネオ・ガーランド・ゼス……」


「そんな長ったらしい名前をいちいち呼べるか! おまえなんぞ、猫助で十分だ!」


「そ、そうですね。できれば私も、猫助さんと呼ばせていただきたいです」


「我輩も猫助殿で定着させたいのだが」


 怒鳴りつけるカズンに、エニーとサリディも苦笑いを浮かべながら同意する。


「ほらみろ。お嬢もアホウドリも賛成してんじゃねぇか」


「誰がアホウドリだ、下郎!」


「俺を下郎と呼ぶおまえのことだ! このアホウドリ!」


 間髪入れずに抗議の声を上げるサリディに、カズンもすぐさま言い返す。彼等のやりとりを見ていたエニーは、クスクスと笑みをこぼした。


「あらあら、サリーさん。すっかりカズンさんと仲良くなられたんですね」


 微笑むエニーの言葉にカズンとサリディは驚いて彼女を見やると、その笑顔に毒気が抜けたかのように大人しくなった。


「むむ。カズンはさておき、サリディとエニー君にまで猫助……っと、おや?」


 納得しきれず唸る猫助。その脳に一つの疑問が浮かんだ。


「んだよ。抗議は受け付けんぞ。多数決の結果、三対一でお前は猫助……って、あれ?」


 勝ち誇った顔のカズンもまた、沸いて出た疑問に表情を曇らせる。


 しばしの沈黙の後、カズンと猫助はアイコンタクト。互いの疑問が同じであると確信すると、疑問の種であるエニーに向き直った。


「エニー嬢。なんで猫助の名前が長いって……?」


「え? だって、猫助さん自身が今名前をおっしゃったじゃないですか。その、途中までですけど……」


 カズンの問いかけに、エニーは不思議そうな顔でカズンと猫助を見比べながら答える。


「エニー君。キミは私の言葉がわかるのか?」


 鸚鵡のサリディが猫助の言葉を解するのはそういうものかもと納得できるが、人であるエニーまでもが猫助と話せるというのは納得がいかない。猫助は異界の門の影響でカズンと会話できるようになったが、それ以外の人間とは猫としてしかコミュニケーションが取れなかった。例えば「ニャー」「わぁ、綺麗な毛並」「ニャッ」「まぁ、なんて凛々しい髭」「ニャーオゥ」「なんて品のいい猫かしら」となる。……これらは猫助の理想だが、例えとしては間違っていない。


 驚きを隠せない猫助の問いにエニーは頷き、それから何か思い出したのかポンと手を打った。


「ああ、そっか。そうですよね。猫と話せるなんて、普通は無理ですものね」


 その言葉からすれば、エニーは普通ではないという事になる。


「私も改めて自己紹介しなくちゃいけませんでした。私はエニー・カーチス。若輩ながら封印師を務めさせていただいています」


「若干、十一歳で認定を受けた期待の新鋭でございます」


 そう補足したサリディ。これでもかという程に胸をそらし、我が事のように自慢してみせる。


「サ、サリーさん! よしてください。私はまだまだ精進の足りない修行の身です。期待なんて、そんな、恐れ多いです」


 補足された当のエニーは慌てて訂正する。その顔は、照れやら恥じらいやら焦りやらがない交ぜになって、熟れたトマトのように赤くなっている。


「何をおっしゃますか、お嬢様。上に立つ者として、これしきの賛辞は堂々と受け止めてあしらうだけの器量を持っていただかねば。カーチスの名が泣きますぞ」


「自惚れる事無かれはカーチスの家訓の一つです。私はまだまだ未熟なんですから、煽てないでください、サリーさん」


 そこまで言うと、エニーは置いてけぼりを食らって呆然としているカズンと猫助の視線に気が付き、コホンと咳払い一つ。


「改めまして、猫助さんの言葉がわかった事についてですが。お二方もご存知かもしれませんけど、封印師というのは異界の門を封じるのが生業です。この『封じる』とは異界の理に乱れた空間を元の……この世界の理に組み直す。音の乱れた楽器を正しい音色に調える調律のようなもの、と思っていただければ良いと思います」


 エニーの言葉に、カズンと猫助はふむふむと頷いた。その手の知識はからっきしの猫助はもちろんのこと、カズンも異界の門はそれなりに知っていても封印師については存在を知る程度で詳しくは知らない。


「世界の理の調律、ねぇ。道士の三霊の理みたいだな」


 ぼそりと呟いたカズンの言葉にサリディが感嘆の声を上げ、エニーは嬉しそうな笑みを湛える。


「その通りです、カズンさん! 道士の用いる三霊の理も、この世界を紡ぐ理の一つですよね」


 そう褒められて悪い気はしない。カズンは先程のサリディに負けじと仰け反り、隣の猫助を見やる。尊敬の眼差しか、でなければ悔しそうな顔でもしているのではないかと思ったカズンの思惑は外れ、猫助の表情は心配のそれだ。


「カズン。どうした? おまえじゃないみたいだぞ」


「どういう意味だよ。前にも言ったが俺は冒険者だぞ。道士と仕事する時だってあるし、そうなれば道士からそういった話も、ちっとは聞いてんだ」


 道士は動物、植物、鉱物の三種の霊の力を操る力を行使する者の総称。


「三霊の理ってのは、そうだな……猫助、お手」


 言うとカズンは、自分の手を猫助に差し出した。対する猫助は……。


「イテェッ! 何しやがんだ、猫助!」


 掌に爪を立てられたカズンが悲鳴を上げる。


「それはこちらのセリフだ! 何がお手だ!」


「俺はテメェに三霊の理を教えてやろうとしただけだ! いいか、猫助? 俺は今、おまえに手を出すように言った。で、おまえは爪を立てつつも手を出した」


「それがどうしたと言うんだ?」


「俺は触れることも無く、声をかけただけでおまえを動かしたわけだ」


「確かにそうだな」


「この要領で周りの木々や石ころに干渉し、意のままに操るのが三霊の理なんだよ」


 今度こそ猫助から尊敬の眼差しを受けて優越感に浸るカズンだったが、その視界の隅でエニーが苦笑いをしているのが見えた。


「カズンさん。それは三霊の理というよりは、道術の心言しんごんについての説明になるかと……」


「あれ?」


 エニーの言葉に、カズンを見る猫助の視線の色が尊敬から軽蔑へと一変する。


「三霊の理というのは、霊気の循環を説いたものです。例えば、猫助さんは先程カズンさんに爪を立ててやろうと思われたのですよね」


 エニーは言って左手で自分の頭を指差し、続いて右肩、右腕へと指を移動させていく。


「爪を立てるという意思は、体内を循環する霊気を伝って肩、腕へと流れて手に到達します」


 エニーの指が到達した右手は、それを示すように握って開いてを繰り返す。


「これは動物に限らず、植物、鉱物にも言えます。三霊の理と呼ばれる所以ですね。霊気を絶てば木は成長が止まり枯れ果て、岩は形を維持できずに砂粒となって崩れ落ちる。また、霊気を正しく導けば枯れ木も育ち花を咲かせ、集めた砂が一枚岩に組みあがる。道士は呪詛を用いて対象と霊的に繋がり、心言と呼ばれる言語で対象に行動を促します。カズンさんの『お手』がそれです。一連の作業が道術と呼ばれる道士の特技」


「むぅ、そういう事だったのか……」


 少女の話に納得するカズンを、サリディが鼻で笑い、猫助がジト目で見る。


「先程は驚かされたが、やはりカズン君はカズン君ですな。もう底が見えた」


「カズンの知識が乏しいのは良くわかったが、それとエニー嬢が私の言葉を解する事は、関係あるのか?」


「このアホウドリと猫助ぇッ……!」


 溢れる怒りを矢尻に込め、ボウガンに矢をつがえるカズン。それを制するようにエニーが慌てて話を続けた。


「と、とにかくです! 現世を調律する身である私が、現世を構成する一つである三霊の理を学び知りうるのは道理です。たまたま道士の資質を持っていた私は、三霊の理を学んだ事で霊的接触という能力を会得しました。この能力のおかげで、猫助さんのおっしゃった事を耳で聞くのではなく、霊気を通じて心言から感じ取る事ができるんです」


「ふむ。言葉がわかるというわけではないのか」


「ふふ、そうですね。耳が聞き取る猫助さんの声は、凛々しい『ニャー』だけです」


 エニーは猫助の顔を洗うしぐさを真似しながら「にゃー」と鳴いて見せる。


「エニー嬢。その鳴き真似には大いに異議がある。猫助はそんな美声で鳴かな、テェッ!」


 冷静に彼女を否定しようとしたカズンの腕に、猫助の爪が突き立てられた。




第8話別名『教師エニーの道術講座』でした。

三霊の理やら心言やら、判りにくいようでしたら「エニーは猫助と話せるんだ」って事だけ覚えていただければ大丈夫……かな? なお、作中に出てくる道士は勝手に作った職業であり、道教に通じる方々とは関係ございませんのでご了承下さい。

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