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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第一章 斑の猫の館
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第6話 鸚鵡紳士

「……あー」


 猫助はどう対応したものか判断に困っていた。それというのも……。


「ふむ、我輩の一撃で身動き一つできぬか。うむうむ、そうであろう。今の正義の一刺しがお主の悪心を貫いたのだ。会心せぬ限りその痛みからは解放されまい」


 カズンはコートに片手を入れたまま動く気配がない。


 そのカズンを動けなくした鸚鵡サリディ・ゼロは、彼の後頭部を突いた自慢の嘴を羽根で撫でている。


「えーっと……」


「おっと、礼などかまわぬよ、見知らぬ猫殿。我輩は、我輩の胸の内に燃える正義の心に導かれるままに動いただけの事」


 動かないカズンの肩にとまったサリディは、何か言いかけた猫助に向かって片羽を左右に振ってみせる。


 助けられた礼を言うにせよ、一時とはいえ共に戦った仲間への暴行を抗議するにせよ、猫助は何か言うべきだと思った。しかし、サリディの風変わりな格好が猫助の発言を尻込みさせていた。


 全身薄緑の羽根で後ろ頭と尾だけ白。それだけ見れば確かに鸚鵡だ。目の上辺りの羽根だけ焦げ茶色で凛々しい眉毛っぽかったりするが、それも許容範囲内。だが……。


(シルクハットと真っ赤な蝶ネクタイに黒ベスト……どこの紳士だ?)


 鸚鵡らしからぬ格好だった。当のサリディは、呆気にとられている猫助の様子に首を傾げている。


「その……なんだ。助けてもらった事は感謝する。しかし、随分と派手な音がしていたがカズンは……その男は大丈夫なのか?」


 やっと口に出た猫助の言葉に対し、鸚鵡のサリディは「おおっ!」と感銘の声を上げた。


「あれだけの仕打ちを受けながら、なおこの男の身を案じるとは! 貴公はなんと心の優しい男なのだ!」


 鸚鵡紳士は薄緑の翼をはためかせて猫助の目の前に着地すると、その両翼で猫助の前足を掴む。どうやら、握手らしい。


「男の事なら心配無い。ちょっとしたツボを突いたまでのこと。なぁに、小一時間で意識は戻るだろうよ。それよりも男が逆恨みでもしたら大変だ。貴公は早くここから逃げたまえ」


「いや、しかし……」


 逃げろと言われても困る。食事の真っ最中だと言うのに。


 猫助の視線がツナサンドへと向けられている事に気付いたサリディ。これは迂闊だったと言わんばかりに、片羽でおでこらしき部位を叩いた。


「そうかそうか、貴公は腹が減っていたのか。そういうことなら、これを持って行きなさい。さあ、早く」


「何が早くだ! そいつは俺の晩飯だ!」


 器用にツナサンドを掴んで猫助に渡そうとするサリディの背後で、突如動き出したカズンが絶叫する。


「なんと! この短時間で復活するとは、下郎の割に侮れぬ」


「誰が下郎だ!」


 猫助に打ち込む予定だった矢をセットしたボウガンを、サリディに向けて怒鳴る。


「よってたかって俺の食事を邪魔しやがって! 俺がいったい何をした!」


「何をしたとは随分な言い草だな。こちらの猫殿に弓を引いた上に、今は我輩にもその矢尻を向けているではないか。これはもう充分に問題ありだろう」


「元はと言えば猫助が俺の飯をかっさらったのが問題だ! テメェも人の頭に深々と突き刺さっといて偉そうに言うんじゃねぇ!」


「心配するな。一見深そうに思うかもしれないが、急所は外してある。問題無い」


「テメェこそ問題大ありだ! 串焼きにでもなりたいか!」


「むぅ、やはり下郎。口の悪い奴め」


「下郎……また言いやがったな、このアホウドリが!」


「誰がアホウドリだ!」


「いいかげんにしやがれ!」


 一際大きな声が響き渡り、店内は水を打ったように静まり返った。


 その一喝はカズンのものでもサリディのものでも、論争を傍観しながら食事に勤しんでいた猫助のものでもなかった。


 声のする方を振り返る三者。そこに青筋立てて仁王立ちしている料理屋の主人がいた。




「なんでだ……俺は飯が食いたいだけなんだ……。なんでみんなして邪魔すんだ……」


 夕暮れ時を過ぎ、赤から黒に変わろうとしている夜空にカズンの呟きが霧散する。街灯設備の少ないラナイ村の中で、カズンの影は周囲より尚暗く彼の足に纏わりついていた。


「せっかくの謝礼金が……俺のツナサンドが……」


 カズンのボウガン乱射、及び鸚鵡サリディの乱入。一連の騒動は、料理屋主人が怒るのに充分過ぎた。カズンはサリディと猫助共々主人から散々説教を受けた挙句、店の損失を弁償させられて店から放り出される事になった。


 食べ損ねたツナサンド代にコーヒー代。ボウガン乱射の際に流れ矢で破損させた店の調度品。一連の騒動で逃げた客の食事代。どこかで聞いたようなその損害賠償の総額は、ギルドからの謝礼金を消滅させるのに充分な額だった。


「なんで追い出されなきゃならんのだ……」


「その理由は、お主自らの胸に手を当てて聞いてみたらどうかね?」


 誰にとも無く呟いたカズンの問いに、彼の肩に止まったサリディがなんら悪びれた様子も無く言う。


「おまえも一役買ってんだろうが! だいたい、断りも無く人の肩に止まってんじゃねぇよ! 俺は止まり木じゃねぇんだ。止まりたけりゃ場所代よこせ!」


 カズンが伸ばした手をかわし、サリディは羽ばたくと逆の肩に止まる。


「落ち着け、カズン。怒ると胃の消化に悪いぞ」


「俺の腹の中には、そもそも消化する物が入ってねぇんだよ!」


 隣を歩く猫助の言葉に、間髪入れずカズンが怒鳴り返す。すっかり荒んでしまっている。


「空腹の苛立ちはわかるが八つ当たりは関心せんな。見よ、我輩を。己の損失を省みず、お主の愚痴に付き合ってやっているのだぞ」


「恩着せがましい奴だな、アホウドリ。テメェが何か損したってのか?」


「下郎。またアホウドリと言ったな?」


「そっちこそ、また下郎と……」


 再び険悪な雰囲気が色濃くなる中、猫助が溜息混じりに止めに入る。


「よさないか二人共。それにしても……サリディと言ったか。鸚鵡にしては随分と風変わりな格好だが、貴殿はいったい何者なのだ?」


「我輩か? 我輩はエニー・カーチスお嬢様にお仕えする従者だ」


「従者だぁ? また変な奴を御付に選んだもんだな、そのお嬢は」


 カズンの軽口にサリディが一気に殺気立った。その気迫は、料理屋に登場した時のとは一味違う。


「下郎……お嬢様に対する今の発言、撤回していただこうか」


「いちいち下郎、下郎と呼びやがって……。まずはテメェのその発言を、イッテェッ!」


 再び喧嘩腰になりかけたカズンだったが、悲鳴を上げると脛を抱えて飛び跳ねた。その足元、猫助の爪が夕闇の中でキラリと光っている。


「落ち着けと言っているだろう。すまない、サリディ。この男は生来口が悪い為、自分の口の悪さに気付いておらんのだ。私が代わって撤回、謝罪しよう」


 跳ね回るカズンの肩から近くの木の枝に飛び移ったサリディに対し、猫助が頭を下げて見せた。


「それで、お嬢様についているべき貴殿が、何故あの店にいたのだ?」


「うむ。良い質問だ、猫助殿。実はお嬢様がある人物を探しておられるのだ。我々は先程この村に辿り着いたのだが、お嬢様は旅でお疲れのご様子。ならば、この我輩が宿でお休みになられているお嬢様に代わって、その者を探し出そうではないかと思った次第だ」


「それは大儀な事だな。顛末はどうあれサリディには助けられたからな、私で良ければ手伝おうか?」


 その提案にサリディが、薄緑の翼をばたつかせて猫助の元に飛び降りる。


「おお、猫助殿! 貴公はなんと慈愛の心に溢れた御仁なのだ! このサリディ・ゼロ、感服した! お恥ずかしい話だが、旅先の見知らぬ土地での人捜しゆえ、どうしたものかと正直困っておったのだ。いやー、猫助殿がおられれば百人力だ!」


 サリディは両翼で掴んだ猫助の前足を、何度も何度も上下に振る。


「私、も、この、村の、こと、は、それ、ほど、詳し、くは、無い……ええい、いいかげんやめんか!」


 終わりの見えないサリディの感謝を、さすがに苛立った猫助が振りほどく。


「とにかく、私もどれほど助力できるかはわからん。あのカズンにも助力を頼んではどうだ?」


 猫助の提案に、サリディは未だに飛び跳ねているカズンを一瞥する。そして、あからさまに嫌な顔をしてみせた。


「……あの下郎に頭を下げるのか?」


「蛇の道は蛇。人探しなら、あのカズンも協力させたほうが有力だろう。口も素行も悪いしサリディが嫌うのもわからんでもないが、ああ見えて根っからの悪党でもない。報酬か何か付け、ニャッ!」


「メシだ!」


 カズンが猫助を押しのけ、サリディの前に座り込んだ。サリディは、カズンの突然の復活に驚いて目を丸くしている。


「メシを食わせろ。サンドイッチがいい。それで今までのことは水に流す。なんかさっきもう一回下郎って言われた気がするが、それも気にしない」


 カズンにとって、これはタダ飯を食らうチャンス。しばらく彼を見ていたサリディが「藁にもすがるとはこの事か……」とこぼしたが、カズンは自制心を総動員して契約交渉を優先した。


「いいだろう。我輩からお嬢様に頼んでみよう」


「ヨッシャッ! 交渉成立だ。そんじゃ、とっととメシ探し……もとい人探しを始めようぜ。お嬢の意中の奴ってのはどんな野郎だ? 俺がお嬢の前に引きずり出してやる」


「カズン君だったな。探し人は確かに野郎だが、お嬢様の心を射止めた男というわけではない。お嬢様の知りたい情報を持っている人物なのだよ。なんでも色恋に話をつなごうとは、なんとも底の浅い。これだから下郎は……」


 溜息混じりに話すサリディに対して、片手にボウガン、もう一方に矢という姿勢でカタカタと震えだすカズン。そんな彼の脛を、猫助がもう一度引っ掻いた。


「サリディ。お嬢様が探している者の特徴を教えてくれ」


「おお、そうだった。探しているのは長い黒髪の青年だ。なんでも黒コートを羽織っていて、ブーツも手袋も眼鏡も黒。全身黒ずくめなんだが唯一片耳にしているイヤリングが白いコイン型の……」


 話しながらサリディは、脛を抱えて涙目で跳ね回るカズンの方を見る。


「ふむ……そうだな。あの男のような格好だ」


「……一応、念のために男の持っている情報とやらを教えてもらえるか?」


「うむ。その男は能力者でも無いのに、勇敢にも異界の門に挑み応急的に門を封じたという傑物だ。外見は似ていても、内面はどこぞの下郎とは大違いだな。それで、その勇者に異界の門がある場所を教えてもらいたいのだが……どうした、猫助殿?」


「……あー、サリディ。その下郎なんだがな」


 頭痛に襲われて頭を抑える猫助と、それを不思議そうに見るサリディ。彼等の耳にカチリと何かをセットする音が響く。


「異界の門って、そりゃ俺の事じゃねーか! 気付けよ、このアホウドリ!」


 カズンは叫びながらボウガンを乱射した。




私はキャラクター作成の時にイメージイラストを描きます。

サリディ登場ということで、今回初めて鸚鵡を描いたのですが、チョ○ボールにしか見えない……。小説もイラストも、まだまだ精進ですね。

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