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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第四章 黒衣の女
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第56話 倉庫街へ

 三つ葉都市シャルワンの一葉。その中央に位置する倉庫街のさらに中程。エニーはランプに照らされたシャルワンの地図を眺めながら小さく唸った。


「うーん。やはり、目撃情報はこの倉庫周辺に集中していますね。それ以外での目撃例が一切無いと言うのが不自然な程に」


 ティファに抱かれた灰色の毛並みの子猫カトリーヌを元締めとして、一帯の猫達から聞き集めた情報を合わせた結果がそれだった。


「となると、ティファが言っていた近場潜伏説が濃厚か。でなけりゃこっそり逃亡したかだな」


 エニーの手にした地図を脇から覗き込んだカズンの指が、地図に描かれた倉庫街をぴしりと弾く。


 灰色子猫カトリーヌの報せを受けて宿屋星杯亭を出たカズン達がいるのは、まさに地図にある長方形密集地の中。倉庫街の中央通路。


「やれやれ、こちらには一度出向いていたというのに。その時に賊共が尻尾の一つも出していてくれれば、君達に迷惑をかけることもなかったのだが……」


「いや、話を聞く限りではなかなか侮れない相手と見た。いかにティファ君が腕に覚えありと言っても多勢に無勢となったのではないかな」


 ルー商会を襲った盗賊に一歩近付いたと勇むティファをそう諭したのは猫助。生憎と猫助の言葉が鳴き声にしか思えないティファは、その説法の通訳を求めてその場にいた者達へと視線を彷徨わせる。


「えーっと、つまり、一人じゃ危ないですよ、と」


 猫助の言葉を解する者を代表してエニーがそう答えると、少女の肩に止まっていた従者サリディが深く頷いた。


「猫助殿の言うとおり油断大敵ですな、ティファ殿。なぁに、乗りかかった舟。エニーお嬢様も、もちろん我輩も、あなたへの助力を惜しみませぬぞ。我々が世話になろうとするルー商会の一団を襲った相手ならば、我等が敵も同然に御座いますれば」


 サリディの言葉に同意するように、ティファの腕に抱きかかえられた灰色子猫のカトリーヌも一鳴き。そして、カズンは深い溜息を一息。


「おまえの鳥目じゃあ、こんな闇夜ん中じゃ役に立たねぇだろ」


「失敬だな、下郎。我輩は例え絶望よりも暗い闇の中であろうとも、貴様の頭ならこの嘴で刺し貫く自信はあるぞ」


「思いっきり的外れじゃねぇか! 賊を狙えよ、アホウドリ!」


「あわわ、こんなところで喧嘩はやめて下さーい!」


 エニーの頭越しに繰り広げられるカズンとサリディの喧嘩を横目に、ティファはクスリと笑みをこぼす。


「やれやれ、これはなんとも頼もしく心強い仲間達だ」


 最早日常的騒動である一人と一羽のやりとりと、それを笑い飛ばすティファの剛毅さに呆れ顔の猫助。ティファはひとしきり笑うと抱いていた子猫を猫助に預け、一人足早に先へ先へと歩みを進めた。


 決して功を焦ったというわけではない。シャルワン商業ギルドからルー商会が借りた倉庫を間近にして、襲われた倉庫の検分を行っている地元警備隊の面々に先立って挨拶をするべく向かったのだ。


 そんなティファの後ろ姿を目で追うカズン達一同。


 いや、皆揃ってティファの背中に向けられる中で、エニーの視線だけがそれていた。


「あぁ、これは私達が一緒に来て正解でしたね……」


 ぼそりと呟いたエニーの視線の先は、ティファが向かう倉庫の脇。裏手へと延びた壁際に浮かぶ、闇夜の黒の中で今にも消え入りそうな白い一点。


 手元のランプと倉庫街に点在する街頭、そして夜空から降り注ぐ月光。エニーが視界の端に捉えた何かは、そのどれに照らされるでもなくほんのりと輝いていた。


 ゆらゆらと形の定まらない陽炎のような白い影。それは封印師であるエニー・カーチスが幾度と無く目の当たりにしてきた異界の門によって発生する現象に似ている。


「どうなさいました、エニーお嬢様?」


 主の変化にいち早く気付いた従者サリディの問いに対して、エニーの反応は無し。サリディは返事一つせずに一点を見据える少女に何かしら感じ取ると、改めて問いかける事もせず彼女の邪魔をすまいとエニーの肩からカズンの肩へと飛び移る。そして、何事かと問いたげなカズンと猫助に向かって片羽で嘴を押さえて見せた。


(なんだってんだ?)


 小首を傾げるカズン。


 エニーが何かしら行動に移ろうとしている事は、少女の雰囲気で察しが付く。サリディがそれを大人しく待っているからには、自分も猫助もエニーに干渉するべきではない。仮にも貸し倉庫を襲った強盗達が近隣に潜伏しているかもしれない状況だ。


 近付きつつある危険を予感したカズンは、収めたボウガンを取り出すべく静かにコートの内へ片手を忍ばせる。


 エニーが一歩踏み出したのは、ちょうどカズンの指先がボウガンに触れた時だった。


「お嬢様?」


「異界の門に似てるけど……何かが違う……」


 エニーの口から出た言葉は再び声をかけたサリディに答えるものだったのか、それとも自然と思考が洩れただけか。ただ、彼女の言った言葉に周囲の者が一斉に戦慄した。


「異界の門って、お嬢……」


「このような街中に湧いて出たか」


 カズンと猫助、異界の門と少なからず関わりを持つ故に、動揺は隠せない。その二者よりもさらに関わりの強いサリディは、エニーの言葉に異論有りと唸る。


「しかし、それは奇妙ですな。異界の門ならば何かしら見て取れる現象があってもよいものなのですが……」


 鳥目のサリディが真夜中に視覚情報について語るのか、と問いたいところだが、エニー自身もサリディと同様に目の前の光景に違和感を覚えていた。


 異界の門に接近した際に感じる五感を超えた感覚。今感じているものは、それとは似て非なるもの。さらに、サリディ達は視認できていないという事実が、本来の異界の門との違いを確信させる。


 では、少女が見ているものは何だというのか?


 エニーは自身の内にある疑問を解消すべく、カズン達に見守られながらさらに一歩二歩と白い影に近付いていく。


 そして、白い影まであと数歩に差し掛かった頃、それは起きた。


「遅くなった。警備の者に話を聞いてきたのだが……エニーさん!」


 小走りに帰ってきたティファの声にエニーやカズン達の視線がそちらへとそれ、当のティファはその視線から逃れるように跳ね飛んだ。


 ティファの不意の行動にカズン達の反応が一瞬遅れる。そして、彼女の駆け出した先にいるエニーを見た瞬間、カズンはコートからボウガンを引き抜き、猫助とサリディがエニーに向かって飛ぶ。


 ティファ、猫助、サリディの軌道上、カズンのボウガンの射線上に位置したエニー。エニーは仲間達が何をしようとしているのか考える暇も無く、いち早く接近したティファによって突き飛ばされた。


「わきゃっ!」


 そんな悲鳴を上げながら転がるエニーに、ティファは謝る余裕も無く腰に下げたサーベルを抜きつつ背を向ける。


 間髪入れず、夜の倉庫街に鳴り響く刃の打ち合わされる音。


 冷たい地面に転がったエニーが耳を突くような金属音に顔を上げると、街灯に照らされた影が交錯していた。


 影の一つは言わずと知れたティファ・ゴールド。対するもう一方の影は、薄汚れた革の鎧を纏った黒覆面。賊に襲われたルー商会の私設警備隊の証言そのものだ。


「気をつけろ! まだ出てくるぞ!」


 助太刀に入ろうと駆け寄る猫助の気配を背後に感じ、ティファが声を張り上げる。彼女の警告に猫助は近寄りながらも不可解とばかりに髭を揺らした。


 ティファが鍔迫り合いを続けている黒覆面が何処から出てきたかは、生憎ティファに視線をそらして見逃した。だが、それまで一体どこに潜んでいたのか検討が付かない。この倉庫街に入ってからは周囲の警戒を怠っていたつもりは無いのに。エニーが立っていた周辺に身を潜ませる物など無いのに。ましてや、戦闘開始から更に周囲へ注意を払っているというのに。


(まだ、出てくる? どこからだ?)


 答えの出ないままティファの元に辿り着いた猫助は、内心に湧いた疑問を隅に追いやり目前の黒覆面に集中する。狙うは漆黒の布地に完全に覆われた盗賊の頭。猫助はティファの背中を駆け上がり、彼女の頭を飛び越えて黒覆面に向けて自慢の爪を振り上げる。


「まずは顔を改めさせてもら……ッ!」


 猫助の口上はそこで止まり、攻勢も止まった。ティファの対峙する盗賊の背後から突き出された短剣に気付いて、すぐさま回避行動へと意識を切り替える。


 間一髪、空中で体を捻り辛うじて盗賊の一撃を避けた猫助は憎らしげに盗賊を睨み、表情を驚愕のそれへと変えた。


「こいつは!」


 猫助が視界に捉えたのは盗賊の姿。革の鎧は別に珍しいものではないし、素性を隠すために覆面をするのもおかしくない。短剣もどこの武器屋でも扱っていそうな代物。彼が驚いたのは襲ってきた黒覆面の腰から下が見えないからだ。まるで空間を裂いて抜け出てきたように、黒覆面の上半身だけが虚空に浮いている。


「猫助、締めてかかれ! こいつらは盗賊なんて生優しいもんじゃねぇ!」


 猫助にそう警告するカズンのボウガンから放たれた矢尻は、彼の戦意を示すように容赦無く盗賊の覆面に撃ち込まれた。まだ足りないと続けざまに撃ち出された矢が全て的を外す事無く覆面に突き立てられ、黒覆面の動きが止まる。


 最後の一矢を受けて覆面の結び目が解け、緩んだ黒布がはらりと落ちて中の素顔を露にした。


 いや、正しくは頭部。覆面に覆われていた頭に顔は無く、頭髪も何も無い球体。丸い頭は夜の冷気に晒された途端、急速に潤いを失って乾き、撃ち込まれた矢尻を元として亀裂が走っていく。そして、ティファに押し負けた黒覆面とぶつかった途端、沈黙していたそれは砂と化して崩れ落ちた。


 ティファから数歩後退した黒覆面は、足元に転がる同族の変わり果てた姿には目もくれず体勢を立て直す。その背後からは新た黒覆面達が空間を裂いて現れている。湾刀や手斧等、手にした武器は様々だがそれ以外は総じて同じ。


「な、何者だ、こいつらは?」


 聞いていた盗賊の人とは思えない朽ち方に猫助が驚き、説明を求めてチラリと背後のカズンへ視線を飛ばした。


「どうやらゴーレムの類らしいな。こんな街中でお目にかかる代物じゃねぇんだが……」


 ボウガンを構えたままそう答えるカズン。


 カズンとティファがいち早くその正体に気付いたのは、目の前のそれらに似たものを見た事があるからだ。


 カズンの言うように街中で目にする可能性は限りなくゼロに等しい。


 ゴーレムの生成は現代魔法の一つ、魔術である程度の再現が可能だとされている。だが、それはあくまで体の一部にしか成り得ず、どれほど優れた四肢を作る事が出来たとしてもそれらを動かす思考回路の製作は現在の魔術では事実上不可能と言われている。


 つまり、完全なゴーレムの製造方法は魔術が確立される以前の混沌とした魔道体系の中にしか存在しない。その古代魔法の大半が太古の遺産と呼ばれるようになった今では、現存するゴーレムの所在は必然的に遺産に関わる地、すなわち古代遺跡等に限定される。カズンやティファがゴーレムを見たのも冒険者として遺跡に踏み入った時の事だ。


 ただし、そのような高説を垂れる暇など無い事はカズンも重々承知。


「詳細は後だ。手加減無用、遠慮してっとこっちがやられる」


 手短に答えたカズンに不満を覚えた猫助ではあるが、猫助もまた悠長に話している場合では無い事はわかっている。


「弱点は頭らしいな。今はそれだけで十分だ」


 僅かな間に十を超えた黒覆面達を前に、猫助が総毛を逆立てる。


 エニーを庇うように立つティファと猫助。その後方に控えてボウガンを構えるカズン。そして、対する黒覆面の一団。


 この一触即発の空気を切り裂いたのは、闇夜の中にあってなお輝く緑色の突風だった。


「お嬢様を狙う不埒者共! このサリディ・ゼロが貴様等の腐りきった性根を叩き壊してくれる!」


 黒覆面達に突き刺さる無数の羽と倉庫街に響く女性の声。その出処を追って見上げたカズン達の視線の先には月光を浴びて煌く一対の翼があった。


「サリディ……だと?」


 眼前の黒覆面達が頭上からの攻勢にひるんだ隙を見て、ティファはカズンの方へと振り返り、上空で羽ばたく謎の女性について説明を求めた。


「あー、詳細は後だ」


 どこから説明したものか悩んだカズンはそう言ってボウガンを振り、ティファに戦闘へ意識を戻すよう促した。



斑猫の館をお読みくださってありがとうございます。

新年に入り早くも十日が経ちました。未だに抜けない正月ボケと戦いながらの執筆でございます。今年も相変わらずの月一更新ですので、どうぞのんびりとお付き合い下さい。

誤字脱字、感想等々随時受け付けておりますので、お気軽にお声をおかけ下さいまし。

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