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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第四章 黒衣の女
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第55話 集まった情報

「ったく、まーったく、全っ然、手がかりなしかぁ……」


 月が煌々と照らす夜道を歩くカズンは、手にしたボウガンをコートの中へと納めながらぼやいた。


 そんな彼の隣を歩く猫助が、恨めしげに彼を見上げる。


「言っておくがな、カズン。おまえがもう少し大人しくしていれば、話を聞けた相手だっていたかもしれないのだぞ」


「だーかーら! 途中からは大人しくしてただろうが。それをあいつら、俺の顔見るなり逃げ出すとか、どういうことだよ!」


「つまり、カズンの存在自体が大人しくないという事ではないか?」


「よーし、わかった。全てわかった。猫助、おまえは俺に撃たれたいんだな」


 カズンは暗い笑みを浮かべながら、片付けたばかりのボウガンをコートから引っ張り出す。猫助は彼の行動やら言動に動じる事もなく、やれやれと溜息をついた。


「そうやって殺気立っておいて大人しくしているとは、よくも言えたものだな」


「今のはおまえが茶化したからだろうが!」


 深夜の三つ葉都市シャルワン。その多くの住人達が寝静まっている路地に、近所迷惑を顧みないカズンの怒鳴り声が鳴り響く。


 カズンが荒れるのもわからなくはない。


 ルー商会の貸し倉庫を襲った強盗達の情報を集めるべくエニー達と別れたカズンと猫助。何か手がかりが得られないかとシャルワンの猫達に掛け合ったものの、有力な情報が何一つ得られなかったのだ。いや、猫達の大半はカズンを一目見て逃げ出していたのだから、掛け合う事さえ満足に出来なかったと言うべきか。


「まあ、こちらは望み薄だったとしても、エニー君達が何か手がかりを得ているかもしれんぞ」


 苛立つカズンを宥めるように猫助がそう言うと、カズンはむぅと小さく唸った。


「まあ、エニー嬢がこの情報集めの大本命なんだが……当人は優秀でもあの付き人、もとい、付き鸚鵡が余計な口出ししてねぇか心配だ」


「それは杞憂だろうよ。サリディは基本的には主のエニー君を立てて控えている」


「あのアホウドリが、控えてるだぁ?」


 カズンには猫助の言葉が相当信じられなかったらしく、猫助に向かって大げさに聞き返してみせる。


「ああ。カズンがそう言いたくなるのもわからんではないがな。何かと口やかましくなる時は、大抵カズンが絡んでいる時なのだから」


「あのアホウドリめ、俺の前でも大人しく黙ってやがれってんだ。いや、待てよ……。あいつが猫に餌っぽく見えれば、エニーの情報集めも進みやすくなってるかも」


「それでは、エニー君がサリディを心配して猫相手におちおち情報など集められないだろうな」


 カズン達が与太話を続けながら歩き、辿り着いたのはこの町に入ってからずっと活動拠点としている宿屋兼酒場『星杯亭』だった。情報の有無を問わず、時間がくればエニー達とここで合流する手はずになっている。


「猫助、エニー嬢達が情報を掴んできたかどうか賭けてみるか?」


「生憎と私はただの野良猫だ。賭ける金など持ち合わせがない」


 星杯亭の扉を開けながら冗談めかして尋ねるカズン。猫助は素っ気無く言い返しながら、カズンの脇を通り過ぎていく。そんな二人を出迎えたのは薄緑の鸚鵡の大げさな溜息。


「どうやら御二方の方は情報を掴めずに終わったようですな。先程から店の中までカズン君の声が聞こえておりました。全く、夜も遅いと言うのに安眠妨害も甚だしい。これだから下郎は……」


 鸚鵡サリディの言葉にカズンは無言でボウガンに矢をセットし……。


「――――ッ!」


 咄嗟に猫助が煌かせた爪を脛に受けて、カズンは声にならない悲鳴を上げた。


「表でのやりとりからすれば聞くまでも無い事ではあるが……一応確認しておこうか。カズン、そちらは手がかりが得られなかったのだな?」


 星杯亭一階の食堂。その端のテーブルに陣取っていたティファが、カズンに声をかける。だが、カズンは両手で脛を抱えながら未だに止まる事ない音にならない悲鳴を上げている最中であり、彼女の問いに答える余裕など無い。


 猫助は黒髪黒コートを揺らしながらぴょんぴょんと跳ねるカズンの姿に、少し強く引っ掻きすぎたかと反省するように自慢の爪を見た。そして、カズンに代わって答えるべくティファ達のいるテーブルへ視線を変える。


「ああ、手がかり無しだ。全くと言っていい」


 そんな猫助の解答は、尋ねたティファにしてみればただの鳴き声にしか聞こえない。ティファは席についていたエニーをチラリと見て、少女が首を振って返すのを確認すると納得したように頷いた。


「となると、頼みの綱はカトリーヌの情報一つか」


 ティファの呟きにエニーとサリディが頷き、猫助が彼女の口から出た意外な名前に髭をヒクリと揺らす。


「カトリーヌとは、あのサプラス夫人に飼われている小僧の事か?」


「左様で御座いますよ、猫助殿。あの子猫が賊の目撃者の一人、もとい一匹なのです」


「なんとまあ……あの小僧はサプラス夫人の心配を他所に、また家出して町の中をうろついていたということか」


「あ、猫助さん。カトリーヌさんは雌なので、小僧ではなく小娘かと……」


 エニーからの訂正に猫助はもう一度髭を揺らす。


「何? そうなのか?」


「おや、猫助殿ともあろう方が、同族の種別を見誤るとは……」


「いや、確かに声も顔立ち中世的で、少女のようだなーとは私も思ってはいたのだが……」


「ふぅむ、中世的ですか。生憎と我輩には猫の雌雄の判別はつきませんな」


「ああ、なるほど。猫助さんはなまじ猫さんの違いがわかるだけに、勘違いをしてしまったというわけですか」


 ティファには猫助の言葉はわからない。彼女の耳で聞けば「ニャー」でしかない。ただ、エニー達の口振りから会話の中身が本題から脱線しつつあると悟ると、その軌道を修正するように大きく咳払いをしてみせた。


「お話中のところすまないが、こちらもそれなりに急いでいるのでね。話を進めさせてもらいたい」


「あわわ、すみませんティファさん。カトリーヌさんの情報についてですよね」


 ティファはテーブルに散らばっていた書類を脇へ押しのけると、一枚の地図を広げた。


 テーブル一杯に広げられた地図はシャルワンの全体図。大きな三つ葉の形をしたその地図を見れば、この町が三つ葉都市と呼ばれているのも頷ける。


 ティファは三つ葉のうちの一葉の中ほどをトントンと指で突く。


「ここが、私達ルー商会がシャルワン商工会から借り受けた物資倉庫だ」


 ティファの指し示し場所は長方形が描かれ、その周囲にも同様の形が並んで描かれている。その長方形の一つ一つが倉庫というわけだが……。


「って、倉庫街のほとんど真ん中じゃねぇか」


 ようやく脛の痛みから解放されたカズンは、ティファの指差した地点を覗き込んで眉をひそめた。


「ああ、数ある倉庫の中で、賊はわざわざ中央の私達の倉庫を狙ったんだ」


 全ての倉庫が使われているわけではない。だが、倉庫街に立ち並ぶ倉庫のうちで中央にあるルー商会の倉庫まで行かずとも、盗めそうな品を保管している倉庫は存在する。中には高値で売りさばけそうな品も。何らかの物資を盗んで逃走するなら、むしろそちらを狙いもするだろう。


「つまりは……この倉庫がルー商会のものだからこそ襲ってきた。でなきゃ、ルー商会の扱っていた品物がお目当てのものだった」


 カズンがそう呟くと、ティファの眼鏡の奥で不愉快千万と言わんばかりに目が釣りあがる。


「盗んだ積荷のほとんどは穀物だぞ。わざわざ我々警備隊が守る倉庫を狙わなくても手薄な倉庫にだってあるようなものだ」


 ティファの言葉を裏返せば、襲われた原因はカズンの言った条件のうち前者になる。


「そうなると、だ。ティファ……ルー商会って恨まれてんのか?」


「あざとい真似をした覚えは無いが、こればかりは相手の解釈次第な部分があるからな。カズンとて身に覚えはあるだろう?」


 問い返されたカズンは苦い顔をする。


「そりゃあ、仕事してりゃあ……まあ……それなりに……」


 あざといというなら、時として騙し騙される事もある冒険者のほうが心当たりがありすぎる。ティファの要請を受けてルー商会の仕事を請けた事もあるカズンなら、尚更比較するのは容易い。


 如何なる黒歴史を思い出したのか、苦りきっているカズン。猫助はカズンの脇からテーブルに飛び乗りエニーを見上げた。


「とにかく、賊が何者かはさておき、今は盗まれた物資の奪還が先だろう。エニー君、小僧……カトリーヌの情報というのは?」


「黒覆面の一団を見かけたらしい場所です」


 猫助の問いに答えながらエニーは地図の一点を指差した。その指はついさっきまでティファが指を置いていた地点とほとんど変わらない。


「それはつまり、賊共がティファ君達の倉庫に襲撃をしかける直前。もしくは、直後の光景を見た。そういうことか?」


「んだよ。あのチビ猫の噂も大した事なかったんだな。結局、賊探しは振り出しに戻りってことじゃねぇか」


 猫助とカズンが揃ってがっかりとした表情を浮かべ、サリディがそれを否定するように首を振って見せた。


「いやいや、必ずしもそうとは限りませんぞ」


「この地点でしか目撃されていないのなら、或いは、そこから移動していないのではないかという事も考えられる」


 ティファがエニーが指差している地点を刺し貫くように見据えて言う。エニーは彼女の視線から逃れるように手を引っ込め、カズン達にニコリと微笑んだ。


「そこはカトリーヌさんに裏を取ってもらっている最中ですので、もう少しお待ちを」


「って、おいおい。裏を取るったって、あのチビ猫に任せていいのか?」


 エニーの微笑を訝しげに見て尋ねるカズン。


 そんなカズンの表情を笑い飛ばしたのは、事あるごとに彼に突っかかるサリディではなくティファ。


「まあ、カズンの反応は至極当然だろうな。私もとても信じられなかったさ」


 どういうことだ?


 顔にその問いを書いたような表情をしたカズンと猫助。その問いに答えてくれる者を探して二人はサリディ、ティファ、エニーへと視線を巡らせる。カズン達の視線の終着地点であるエニーは、彼等にもう一度微笑んでみせた。


「カトリーヌさんは人の世ではサプラスさんチの飼い猫さんですが、実はシャルワンの猫達を統率するシャルワン猫界の元締めさんなんです。今、手下の皆さんを総動員して倉庫周辺の情報集めに奔走してくれているんですよ」


 ニコニコと話すエニーを前に、カズンと猫助はただただ唖然と口を開いていた。



なんだかグダグダ会になっちゃいましたかねぇ。でも、こういう無駄話も結構好きだったりします。

……いや、いいかげん話を進めていきたいんですけどね。

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