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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第四章 黒衣の女
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第53話 襲われたルー商会

 カズン達が『虎嬢』ことルー商会警備隊第二分隊長ティファ・ゴールドと出会って数時間後。彼女との出会いが今日から昨日の話へと切り替わった頃、宿屋兼酒場『星杯亭』二階の一室で眠っていたエニー・カーチスはふと目を覚ました。


 女神バレインの象徴とされる月が煌々と夜空に輝き、その威光が窓からエニーのいる部屋に射しこんでいる。エニーは半身を起こすと、月明かりの射す部屋をぐるりと見回した。


 一人部屋の中でも小さめの部屋だが、飾り気の無い木製のベッド、テーブルに椅子と最小限の備品しか置かれていない事と、大きめの窓のおかげで閉塞感は感じられない。ここ三つ葉都市シャルワンでの滞在中ずっと利用してきた部屋であり、すでに馴染んだ感がある。その気持ちは従者の鸚鵡も同じなのだろう。サリディは、椅子の背もたれにとまり体を丸めて眠っていた。


 夜も半ば、目覚めるにはあまりにも早過ぎる。夜更かしをするにしても、眠りについたサリディを起こすのは忍びない。そもそも、早朝からこの町を旅立たねばならないのだ。旅の道程を思えば、休養を取っておいて損は無い。


 再び眠りにつくべきだ。エニーも理屈ではそう思う。ただ……。


(なんだろう。この嫌な感じ……)


 自身の内から感じる不穏な感覚に、幼さの残る少女の顔が険しくなる。


 封印師として、道士として、旅をする者として、エニーはこの手の予感じみた感覚に襲われる事は今までにも経験があった。そして、その嫌な予感は良く当たるものだとも心得ている。


 ベッドからそっと降りたエニーは、周囲を警戒するようにもう一度部屋を見回し……。


「お嬢! 俺だ、カズンだ! 起きてっか?」


「カ、カズンさん?!」


 警戒していたはずのエニーだったが、突然の戸を叩く音とカズンの呼び声にビクリと身を震わせる。咄嗟に振り返った拍子に後ろ足が椅子を蹴る。寝ぼけたままのサリディが椅子から落ちる。頭も打つ。


「な、何事でございますか、お嬢様?!」


 突然脳天を襲った衝撃にサリディが飛び起きるが、鳥目な上に寝惚けた鸚鵡は床に落ちたままドタバタと翼をはためかせるのみ。


「ああ、サリーさん! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 サリディの姿に慌てるエニー。そんな彼女を急かすようにカズンが戸を叩く。


「エニー、起きてるな。無事なんだな?」


(無事?)


 慌て急かされ落ち着かないエニーの心の中でわずかに残っていた平常心が、カズンの言葉の一節に反応する。


 こんな夜更けにカズンは一体何用で自分を起こしに来た? 戸を叩くカズンの口ぶりも決して落ち着いてはいない。カズンは自分の無事を確かめに来たというなら、それだけの何かが起きているという事か?


 エニーの中に疑問が渦巻き、その疑心に押されるように戸口へと歩み寄る。


「すみません、カズンさん。今開けますから」


「あ、いや、何も問題が無いならかまわねぇんだが……」


 カズンがそう断りを入れるより早く、エニーは戸を開いた。開いた戸の先、少女の眼前にいたのは当然の事ながら、服から髪から全て黒ずくめの男カズン。カズンはエニーと眼が合うと、気まずそうにエニーから視線をそらす。


「あー、その、なんだ……夜の遅くに悪かった」


「いえ、それよりもカズンさん。随分と慌ててらしたみたいですけど、どうなされたんですか?」


 狼狽しているカズンを怪訝そうに尋ねるエニー。


「いや、表で騒ぎがあってな。ルー商会の倉庫が襲われたらしい。俺達が運ぶ予定だった荷物が狙われたと聞いたんで、もしやお嬢までと思ってだな……」


 困惑し横を向きながらもカズンはエニーの問いに答え、エニーの表情が曇る。


「それじゃあ、ティファさんは?!」


「ああ、あいつは無事だよ。ただ、部下の者が何人か重症を負って病院に担ぎ込まれたらしくてな。ティファも病院やら倉庫やらと行き来してるよ」


 カズンはそう言いながらコートからボウガンを取り出し、弦の張りを確かめるように空撃ちする。


「ってわけで、俺もちょいと様子を見てくらぁ」


「わ、ちょっ、待ってください、カズンさん。私も行きますから」


 ボウガンをコートの内に収めて歩き出そうとするカズン。その真っ黒な袖をエニーががっしりと掴む。


「んあっ?! 待て、それはまずい。その……」


 慌てふためくカズンの足元で不意に鳴り響く猫助の大げさな咳払い。カズンとエニーが揃って猫助を見やれば、猫助が半ば呆れ顔でエニーを見ていた。


「エニー君、いくらなんでもそのままの格好で出歩いてくれるなよ」


「え……?」


 猫助の指摘に、エニーはようやく今の自分の状態に気が付いた。


 肌着の上に薄手の寝巻き。それがエニーの今現在の装備である。


「きゃー! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 顔を真っ赤にして部屋に引っ込むエニー。そして、それと入れ替わるようにして部屋の中から憤怒の塊のような薄緑の物体が飛び出した。


「こぉの下郎がぁぁぁっ! お嬢様の元に夜這いとは、例え世界が許そうともこの我輩が許しはせぬぞ!」


「だーかーらー! てめぇはイチイチ勘違い甚だしいってんだよ、このアホウドリ!」


 カズンは怒り心頭で襲い掛かるサリディの嘴を間一髪でかわしつつ、取り出したボウガン片手に怒鳴り返しながらの四連射。こちらもサリディにかすりもしない。


「わー、二人とも! 緊急事態なんですから、喧嘩は止めてくださーい!」


「お嬢もそんな格好で出てくんじゃねぇ!」


 相変わらずの下郎とアホウドリの喧嘩を止めようと再び部屋を出ようとするエニー。カズンは叫びながら古代遺跡の産物カーニバルを振りかぶり、飛び掛ってくるサリディをエニーに向かって打ち返した。


 カズン達を制止すべくかざしたエニーの両手が、ライナーで飛んでくるサリディをキャッチ。カズンはそれを確認するよりも早く部屋の戸を閉ざす。


「とにかく、俺達は食堂に降りてるから一緒に来るなら手早く仕度してくれよ」


 部屋に押し戻したエニーに扉越しに声をかけると、カズンはやれやれと息をついた。


「むぅ、ジャストミート。良い当たりだったが、エニー君の好守に阻まれたな……」


「暢気に解説してんじゃねぇよ」


 カズンは足元の猫助を睨みつけると、踵を返して階段へと歩き出す。猫助も一足遅れてカズンに続いた。


「茶番はさておき……ルー商会の倉庫襲撃。随分と物騒な話になったものだな」


「むぅ……気楽な馬車旅行だと思ってたんだがなぁ」


 猫助がカズンの背中を見上げるようにして言うと、カズンは後ろ頭を掻き深い溜息をつく。


「ったく。なんでこう、問題ばっかり起きるんだよ」


「生きていればそういう時期もある。それもまた人生というものだろう。しかし、そうなると朝からの護衛の仕事はどうなるのだ?」


「そりゃあ、守るべきもんが無くなったら護衛も何もないだろう。依頼取り消し、報酬消失、シクリースには徒歩移動。いや、依頼が無いなら行き先はシクリースじゃなくてもよくなったわけか。まあ、依頼取り消しって事でキャンセル料なり取れない事もないが、今のティファ相手にそれを言うのも泣きっ面に……」


 考え込みながら食堂へと続く階段を降りかけたカズンの言葉と歩みが止まる。


「蜂?」


 諺を忘れたのか? とつっこむ猫助だったが、立ち止まったカズンの目線を追って何事か察した。


「随分と賑やかだったな、カズン。ここにいても聞こえていたぞ」


 カズンと猫助の視線の先。閉店前の人気の無い食堂兼酒場のテーブルについていたティファ・ゴールドは、苦笑いを浮かべて酒場の天井……二階の宿泊施設を指差した。


「そっちは災難だったな、ティファ」


 再び階段を下りながらティファに声をかけるカズン。彼女は溜息混じりにああと呟き、テーブルへと視線を落とす。彼女が視線を巡らせたテーブル上には倉庫の在庫帳場や病院の入院手配書といった書類が所狭しと散乱していた。


「重軽傷者七名、倉庫は半焼。強奪された荷物は今確認しているところだが……これではラン母様に会わせる顔が無い」


 ティファはもう一度、先程よりも大きく深い溜息をついた。


「被害甚大だな、こりゃあ。しっかし、ルー商会私設警備隊の面々を相手に、ここまでやるとはな……犯人はどうしたんだ?」


 カズンの知る限り、ルー商会の私設警備隊は第二分隊長であるティファを始めとして、腕に覚えのある者が多い。その者達が警護する倉庫を襲うというのだから、それなりの実力の持ち主になる。


 書類を眺めるカズンの問いに、ティファは表情を険しくするだけで無言。


「……捕まっていない、か」


「わかってさえいない、だ」


 苦々しげに告げるティファにカズンの表情も曇る。


「おいおい、警備隊の奴等はどうしたよ? そもそもティファは?」


「私は事件当初、役場に出張っていたんだ。部下の話では倉庫に複数火の手が上がり、消火に追われている所を襲われたらしい」


「賊の顔に見覚えは? 手傷は負わせたりできなかったのか?」


「襲ってきた連中は揃って黒の覆面。風のように倉庫に飛び込んできて一撃。その後、こちらが応戦する間もなく連中は持てる物を持って風のように走り去ったらしい」


「手がかりなし……か」


 猫助の声にカズンがむうと唸る。猫助の言葉が理解できないティファは、何事かと問いたげな視線をカズンに送る。


「賊を探すには手がかりがねぇなって話」


 カズンの返答に、ティファはああと納得とも溜息ともとれる声を上げた。


「私も舐められっぱなしではいたくないのだが、逃げた先さえわからないのではな……」


 仕方が無いと悔しげに呟くティファを前にして、カズンと猫助は弱り顔を見合わせた。


「なぁ、カズン。よければ、私が町の猫達に掛け合ってみようか?」


「つまり、賊を見た猫を探せ、と? でもなぁ……」


 猫助の提案にカズンは難色を示す。


 考えは決して悪くないと思う。或いは、賊を目撃した猫がいるかもしれない。ただ……。


「猫助。おまえ、いつぞやの迷い猫探しじゃあ、話し合う間もなく逃げられてたろ?」


「そ、それはカズンがあのチビ猫を追い回すから、私の話さえ聞いてもらえなくなっただけであって……」


 シャルワンに到着した頃の話を蒸し返すカズン。自信無さげながらも言い返す猫助。二人の会話を不審げに観察していたティファは、階段を足早に下りる音に視線を上げた。


「すみません。お、お待たせしま……ティファさん?!」


 カズンと同様、驚いて階段の途中で立ち止まったエニー。その服装は黒を基調としたいつもの封印師の服。肩には従者サリディも乗っている。


「おお、エニー君。すまないね、騒がせてしまって」


 ティファの謝罪にカズンと猫助は口論じみた会話を咄嗟に切り上げ、二人してエニーを見上げる。


「救世主到来!」


「うぇあっ?! ……え? 何です?」


 封印師にして道士、サプラス家の迷い猫探しの功労者エニー・カーチスは、カズン達の声に目を丸くしながら首を傾げた。



このエピソード……ちゃんと進むんだろうか? 私にもわかりません。……結構真面目に心配になってきたなぁ。

せめてティファさんにも活躍の場をあげたいです。

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