第52話 新たな乗客
「もう、サリーさん! カズンさんと喧嘩しないで仲良くしましょうと言ったじゃないですか!」
主エニーの声に、宿屋兼酒場『星杯亭』の中を飛び回っていた鸚鵡サリディはビクリと身を震わせた。
少女の声はカズンのような荒くれ者の中で暮らす者からすれば可愛いらしいものだが、従者であるサリディにとっては逆らい難い叱咤である。
サリディが眼下のカズンに向けていた威勢はエニーの一声によって急速に勢いを失い、力無く羽ばたきながら主の肩へと舞い降りた。
「申し訳御座いません、お嬢様。我輩、どうにもこの下郎を見ていると襲い掛からずにはいられないと申しましょうか……」
サリディはかぶっていたシルクハットを翼で器用に取って、面目無さげにうなだれる。
はたしてこの反省の色がいつまで続くのか。エニーには疑問ではあったが、ひとまずは彼を許すべくその薄緑の羽を優しく撫でた。
「お騒がせしてしまって、大変ご迷惑をおかけしました」
サリディを伴い階段を降りきった少女エニーは、カズンと同じテーブルにつくティファの元に歩み寄ると、深々と頭を下げる。
「そんな、お嬢さんが改まって謝罪するほどに迷惑では……」
「そうだぞ、お嬢。悪いのはそっちの鸚鵡なんだしな。ちっとは反省しろよ、このアホウド、テェッ!」
エニーに頭を上げさせようとしたティファ。そんな彼女の言葉にかぶせるように抗議するカズンが悲鳴を上げた。
「反省しろというなら、おまえもだカズン! よくも私をボールのように放り投げおって」
片足を抱えて苦悶するカズンの足元で自慢の爪を振りながら抗議するのは、言わずと知れた猫助。
「まったく、お互いいつまで経っても反りが合わないようだな。毎度毎度低次元な喧嘩に巻き込まれる者の身にもなってほしいものだ」
エニーに叱られうなだれるサリディと、涙目になっているカズン。その双方を見比べるようにして苦言を吐く猫助に、エニーが再び頭を垂れる。
「猫助さんにも、いつもサリーさんがご迷惑を……」
「いやいや、本当に君が謝る事ではないよ。こちらこそカズンが余計な真似をしなければ……」
同病相哀れむ。お互い問題のある者を相棒に持つ者同士、どちらも相手の気苦労には同情を禁じえないらしい。
そんなエニーと猫助の会話のやり取りを目の当たりにしていたティファは、不思議そうな顔で小首を傾げた。
「お嬢さんも猫助君の言葉がわかるのかな?」
「ああ、お嬢は凄腕の道士だからな。心言とかいう言葉で会話が成り立つらしい……おー痛ぇ」
相変わらず猫助の声がニャーとしか聞こえないティファの疑問に、カズンが脛をさすりながら説明する。カズンの解説にティファは納得とも賞賛ともとれる声を漏らす。
「道士の心言か。聞いた覚えはあるが、こうもはっきりと会話が成り立つほどに通じ合えるものなのか……」
そんなティファの感想にいち早く反応したのは、その若き道士の従者サリディ。彼は再びシルクハットをかぶりなおすと、これでもかとばかりに背筋を伸ばした。
「そちらの下郎の言葉では些か説明に不足が御座います。我輩の主、エニー・カーチスお嬢様は幼き頃に異界の門の封印能力を開眼させ、若干十一歳にして封印師資格を取得した期待の新鋭! さらには封印師の教育課程において自身に秘められた道士としての能力を開花! 類稀なる成長によって名だたる道士達と肩を並べるほどの実力を身に付けられた三霊の申し子! 猫助殿との対話が成り立つのは、エニーお嬢様の並外れた才覚あっての事で御座います。そこいらの名も通らぬ道士などでは、猫助殿のおっしゃておられる事の半分も解する事はできますまい」
どうだ恐れ入ったかと胸を張るサリディの口上に、ティファは切れ長の目を見開きエニーへと顔を向けた。
ただ、ティファが驚いたのは封印師の件でも道士の件でもなく……。
「エニー……カーチスさん?」
「え? ええ、はい」
確かめるように問い返すティファに、エニーは少し戸惑いながらも頷いてみせた。ティファはすぐに元の落ち着いた表情を取り戻して「なるほど」と呟く。
カズンはそんなティファの納得顔の声に違和感を覚え、視線を猫助に引っかかれた脛から黒服の女へと上げて首を傾げた。
「んだよ、ティファ? エニー嬢が生き別れの妹とそっくりだとかか?」
「少し見ない間に交友関係はずいぶんと変わったようだが、キミのその減らず口は変わりないな。生憎と私は一人っ子だよ。生き別れた妹などいやしない」
茶化すように尋ねるカズンに、ティファは呆れた調子で返す。
「今朝方、この町の商人から飛び入りで搬送を頼まれてね。ちょうど目的地も同じだったので引き受けたのだが……思わぬところでその対象に出くわしたので、これはなかなかに奇妙な縁だと驚いただけさ」
「搬送?」
「出くわした?」
ティファの言葉にカズンと猫助は顔を見合わせ、そのままティファとティファの見ている少女へと視線を移していく。そして、黒服の男女と三毛猫の視線を受けたエニーは、思い出したようにああと声を上げて手を打った。
「ひょっとして、あなたはルー商会の方ですか?」
エニーの言葉にティファはいかにもと頷いて席を立つ。
「って、まさか飛び込みの搬送依頼ってぇのは……」
カズンの言葉に、ティファはこれが答えとばかりにエニーに向かって恭しく礼をする。
「シクリースまでの道中あなたを護衛するようサプラス氏から依頼されました。ルー商会警備隊第二分隊長のティファ・ゴールドと申します。どうぞ、お見知りおきを」
「あ、いえ、こちらこそ。よろしくお願いします」
ティファにつられて頭を下げるエニー。サリディもまた主の肩でシルクハットを脱いで礼を返すと、身を起こしざま横目でカズンを見る。
「ふむ、これは礼儀正しい御方ですな。同じ黒服でも、どこぞの外道とは大違い……」
「やかましいぞ、アホウドリ。それにしても驚いたな……そうか、エニー嬢達もシクリースに行くんだな」
「と、言う事はカズンさんと猫助さんもですか?」
エニーの問いにカズンと猫助が揃って頷く。
「たった今、ティファから商隊の護衛を頼まれたところさ。いやぁ、お嬢がいるとなれば道中心強いってもんだ」
エニーとサリディを知っているカズンがそう言いたくなるのも無理は無い。
護衛の仕事は、襲い掛かる妖魔や盗賊を撃退するのが目的ではない。あくまで、そういった輩から護衛対象を守る事が第一目的になる。護衛対象が物であれば壊れやすい物より丈夫な物の方が少々の無理が利くのと同様に、人を警護するにしても相手によって難易度は変わってくる。
封印師エニーの道士としての能力はもちろん、性格こそ嫌っているものの従者サリディの戦闘装甲と呼ばれる姿の能力はカズンも認めているところ。この二人がその気になれば、大抵の妖魔や盗賊は撃退できる。道士の能力と従者サリディという備えがある点でも、封印師として危機的状況を切り抜けてきた聡明さと度胸という点でも、エニーは守りやすいほうに分類していいだろう。
強気に笑うカズンに釘を刺すようにティファの咳払いが飛ぶ。
「スノウコイン。彼女は我々ルー商会の大事なお客様なのだぞ。その客人を有事の際の頭数に入れるのは止してくれないか?」
「ケチ臭ぇなぁ。冗談だよ、誰も守らないとは言ってないだろうに……」
「私には割と本気に聞こえたのだが……」
鋭く冷ややかな視線でカズンに言って返すティファ。彼女の指摘通り、実は割と本気で言っていたカズンは苦い表情を浮かべる。
そして、カズンとは全く対照的な表情を浮かべる者が一羽。
「フハハハハ! 此度ははっきりと双方の立場の違いが出ましたな、下郎……もとい、下僕のカズン君。せいぜい身命を賭してエニーお嬢様の旅の安全を確保してくれたまえよ」
勝ち誇ったようにのけぞるサリディに対し、カズンは実に自然に、慣れた手つきでボウガンに矢をセットしていた。
「おい、ティファ。護衛の依頼はお嬢だけなんだろ?」
「何を言うか! エニーお嬢様のいるところに従者サリディあり、だ。お嬢様を護衛するなら我輩も一緒に守るのが必定だろう!」
ボウガンにかけた指を振るわせるカズンの問いに、ティファが答えるよりも早くサリディが威嚇するように両翼を広げて吼える。
「あー……まあ、確かにお嬢さんの事しか頼まれてはいないのだが……」
ティファの言葉にカズンがニヤリと笑みを浮かべた。
「ヨッシャ!」
「何がヨッシャだ、この下郎!」
「うるせぇ、アホウドリ! 今日こそ腐った性根を叩きなおしてやる!」
ボウガンを構えるカズンに、サリディが応戦すべくエニーの肩から飛び上がる。
店のテーブルや椅子を引っくり返しながら喧嘩を始めるカズンと猫助。そして、それを止めようとあたふたするエニー。
喧騒の中、これからの道中に抱いた不安を深い深い溜息に変えるティファの脇に、同じく溜息をつきながら猫助が歩み寄る。
「まあ、なんだ。我々が揃っていれば心強い事は間違いないわけだし、この調子なら旅の景色に飽きるという事もないだろうよ、ティファ君」
道士の心得も才能も持たないはずのティファだったが、猫助の鳴き声の意味がなぜかわかったような気がした。
なんだかんだと停滞しながらようやくルー商会御一行様の出発準備が整いました。次なる町シクリースまで無事に辿り着ければ良いのですが……。
ええ、私は彼等の旅の無事を祈っていますよ。平和が一番です。




