第50話 武器屋での再会
「いやぁ、この前来た時は気が付かなかったぜ」
カズンはそう言って手にした箱をごとりとレジカウンターに置いた。
古ぼけた細長い木箱は、長年かけて溜め込んだ埃を惜しみなく舞い上がらせる。
三つ葉都市シャルワンにある三つの店舗の一つ、武器屋『硝子の斧』。カズンがシャルワンを拠点に活動をするようになってかれこれ二週間。この店に来るのはこれで二度目だ。
レジカウンターに片肘を付いて退屈そうに新聞を眺めていた店主は、埃まみれの木箱とカウンター越しに立つ黒ずくめの男を見比べ口笛を吹いた。
「そいつを買う変わり者がいるとは思わなかったよ」
「俺もこいつが武器屋の棚に転がってるとは思わなかったさ」
「爺さんの代から棚に並んでいた奴だ。ガキの頃は売り物だとも思わなかった骨董品さ」
新聞を折り畳み脇に置いた店主は、言いながらカズンを値踏みするように見据える。
対するカズンはサングラスの丸レンズ越しに目を細め、ニヤリと笑みを浮かべた。
「なら、旦那の爺様に感謝だな」
「ひょっとすると、兄さんは兵器マニアか? それとも骨董マニア?」
そう尋ねながらカウンターに置かれた木箱へと店主が視線を落とす。店主の視線の先、散々埃を撒き散らして、尚その蓋の表面には埃が付着して商品の名が記されたプレートを隠している。
店主はそのプレートに乗った埃を拭き取る気は無いらしい。これ以上カウンターを埃まみれにしたくないという気持ちが半分。プレートを見るまでも無く中身が何かを心得ているというのが、もう半分。
それは、カズンにとっても同じ事だ。
「旦那、俺の格好見て言えよ。ただの冒険者さ。こいつは俺の得物に要るんだよ」
その返答に、店主は不可解だと言わんばかりにカズンを見た。
「兄さん、あんた先日うちでパレード買ったじゃないか。あいつにはこれは合わんぜ」
そう。武器屋で売られている以上は武器。そして、ボウガンの名手スノウコインと呼ばれる冒険者カズン・リックフォートが欲する武器となれば、その種類は至極限られる。
ただ、木箱はボウガンを収めるにはあまりにも細い。そして、カズン愛用のボウガン、Wハーツ社製OG-07パレードやOG-06スウィング・レプリカに使用される矢を収めるには微妙に長い。
「そんくらい知ってるよ。これはパレードとは別で必要なんだ」
「必要って、あんた……それ本気か?」
信じられないといったふうで尋ねる店主に、カズンは不敵に笑って返す。店主は驚いたような、ただ呆れているだけのような顔で改めてカウンターの木箱へ視線を落とした。
「へぇ、こんな物を現役でぶっ放している冒険者がいるとはねぇ」
「ま、そう言いたくもなるだろうよ」
カズンは小さく笑い、店主を会計へと急かすように黒手袋の指先でカウンターをとんとんと叩く。
細長い木箱の中に収められているのは矢だ。それもWハーツ社が世に初めて売り出したボウガンOG-O1、通称プレリュードに使用されていた物。
武器屋の店主が骨董品と称したのも無理は無い。武器の製造としては老舗と言えるWハーツ社の歴史は古く、初期の作品ともなればその大半は最早製造してはいない。それは人気商品であるOGシリーズボウガンにしても同じ事であり、いくらスウィング以外のOGシリーズが未だに人気があると言っても、その初期作品であるプレリュードは廃盤となって久しい。
同じシリーズであるスウィングがあまりの売れなさに幻のボウガンとなったなら、この矢の打ち手であるプレリュードはあまりの古さ故の幻のボウガン。そのボウガンが店頭から消えている以上は、それに付随する矢も店頭から消えていくのは必定。
店主は木箱を袋に収めながら金額を告げる。カズンは金額通りの硬貨をカウンターに置いた後、その山に更に硬貨を二枚三枚と上乗せした。
「ところで、旦那。この界隈で武器の魔術加工をやっている工房とかは無いのかい?」
カズンが上乗せした硬貨が、その質問の答えに対する対価を意味している。加えて、その金額からすれば、多少世間の裏に顔を突っ込む事も辞さない事を示唆していた。
情報提供における暗黙の了解とも言えるカズンの行動。
店主は自分が示した額面と追加の一枚だけを受け取り、残りの硬貨をカズンの傍らへと押し返す。
「残念ながら兄さんの探し物はこの町には無いな。近場と言っても、ここからだと王都のワーバンかセクロアにシクリース……っと、いらっしゃい」
不意に店の古びた扉が軋んだ音を立て、店主はカズンとの会話を打ち切って声を上げた。カズンもまた、この店での用は済んだとばかりに木箱の入った袋を手に取り、店主に背を向ける。
「んじゃ、旦那。邪魔したな」
「ああ毎度。おお、アンタかい。頼まれていた品は揃ってるよ」
店主はカズンへの挨拶もそこそこに新たな客に声をかける。カズンは店主の声を背中に聞きながら、店を出て行くはずの足を止めた。
店のレジカウンターから出入り口の扉までは直線。その線上のカズンの対極に位置した新たな客は、カズンと同様に相手を見たまま足を止めている。
「って、オメェ、ティファじゃねぇか!」
薄暗い店内で黒レンズの眼鏡越し。それでも、この武器屋の来訪者が自分の見知った者だという事に気付いたカズンは思わず声を上げた。
ティファと呼ばれた女の風貌は黒コートに黒ブーツ。長い黒髪を背に垂らした細身の長身で、二十代半ばぐらいの整った顔立ち。ゴーグルのような大きな眼鏡の奥には切れ長の目。女カズンと呼んで差し支えないような風貌の女性だ。
ただ、彼女の双眸はカズンのような藪睨みではなく、あくまで凛々しさを感じさせるもの。長い黒髪も緩い三つ編みで、カズンと違って良く手入れされて艶を保っている。
「スノウコインか……久しぶりだな」
ティファ情報追記。多少無愛想な語り口だが、カズンほど口は悪くない。
「なんだ、二人共知り合いなのかい?」
挨拶を交わすカズンとティファと呼ばれた女性。二人を交互に見比べていた武器屋店主が確かめるように尋ねた相手はティファの方だった。
「ああ、この御仁には以前私の担当案件に助勢頂いた。元気そうで何よりだ」
ティファの話を聞きながら、カズンは彼女の言う担当案件の話を思い出す。
ティファ・ゴールド。氷を連想させる冷たい雰囲気の女。彼女の黒コートから見え隠れしている黒革の軽鎧や、腰元に隠すように吊るされたサーベルに気づいた者はティファを冒険者だと思うだろう。いや、カズンの記憶ではティファも一応は冒険者ギルドに名前を載せているはずであり、『虎嬢』という通り名まで持っているのだから、冒険者だという推察は当たっている。
ただ、厳密には彼女、ティファ・ゴールドは冒険者ではない。
「アンタも元気そうで結構なこった。ランの姐御や嬢ちゃんも達者にしてんのかい?」
カズンの問いにティファは口の両端を僅かに上げて「ああ」とだけ告げる。
海運業を主としたルー商会。その総帥ラン・ルーの私設警備隊隊員というのがティファの本職。冒険者ギルドに登録しているのも、ひとえに必要に応じて冒険者達の協力を要請しやすくする為であり、その流れからカズンも彼女と共に仕事をした経緯を持ったのだ。
「んで、この町には営業か何かか?」
店主がカウンターに並べた小箱を自前のバッグに無造作に入れていたティファ。彼女はその問いかけに、チラリとカズンを一瞥した。
「余計な詮索は嫌われる元。……と言いたいところなのだが、調度良いところにいてくれたな、カズン」
そう言いながら店主に商品の代金を言われる前に硬貨の詰まった袋を置き、店主の方も袋の中身を良く数えもせずに受け取っているあたりは、ティファがこの店に度々通っている現われだろう。
「スノウコイン。今、予定は空いているか?」
「これから飲みに行くって誘いなら断わる理由はねぇよ」
「いや、何か依頼を受けている状態なのか、と尋ねたつもりだったのだが……」
「んな事わーってるよ」
溜息混じりに訂正するティファに、カズンは肩をすくめる。そう、彼女がカズンを通り名で呼ぶのは、なんらかの仕事を持ちかけようとしている現れだ。
「こっちはアンタと違って相変わらず気ままな旅暮らしだからな。内容によっては請け負うぜ。特に、迷い猫を捕まえろってんなら俺に任せとけ」
カズンの自信に満ちた声にティファは一度眉根を寄せ、それから苦笑いを浮かべた。
「また随分とキミらしくない依頼事に的を絞った売り込みだな」
「いや、それがそうでもない」
勝気な笑みを変える事無く言うカズン。ティファはそれも冗談と受け取ったらしく、やれやれと首を振り溜息をついた。
「せっかくだが迷い猫の捜索願いではないよ。依頼はうちの商隊の護衛だ。真面目に話を聞く気があるなら場所を変えて話すが、どうするね?」
「上等だ。調度そろそろ町を移動しようと思ってたんだ。できれば行き先がワーバンかセクロアかシクリースだと良いんだが……」
商隊の護衛の大半は町から町への移動になる。何事も無ければ馬車にタダ乗りできた上に報酬まで入るのだから、カズンのような活動拠点にこだわりの無い冒険者にとっては持って来いの依頼内容と言える。
カズンの答えにティファは満足げに頷いた。
「交渉の余地有り、だな。それじゃあ御主人、邪魔をした」
「ああ、毎度あり」
自分への用件が済んだと見るや再び新聞紙を広げていた店主にティファが挨拶を交わし、カズンを誘うように店を出る。
彼女を追って武器屋から路地へ出たカズンは、立ち止まり足元へと視線を向けた。
「遅いぞ、カズン」
カズンの足元で抗議の声を上げたのは、三毛猫の猫助。
「悪りぃな。知り合いと出くわしちまってな。それより、今日明日には町を移動する事になりそうだぞ。いや、移動するぞ」
猫助はその言葉に小首を傾げる。
「唐突だな。何かこの町にいられない理由でもできたのか?」
「そうじゃねぇ。どっちかって言やぁ、いる理由が無くなったって方だな」
「どちらも似たようなものだと思うが……」
「いや、大分違うだろ。とにかく移動は確定だ。目的地は、ワーバンかセクロアか、でなけりゃシクリースってところだ」
「そうなると、エニー君やサリディにも別れる事になるな」
「元々幽霊屋敷の騒動で一緒になっただけなんだぜ? いつまでも行動を共にする理由も無ぇよ」
「それもそうだが……。ところで、カズン」
「んだよ。どうした?」
自慢の髭をひくりと動かした猫助に、今度はカズンが小首を傾げてみせる。
「おまえ、先程から奇異を見る目で凝視されているぞ」
言いながら猫助が前足で視線の出所を指し示す。
猫助の前足が向く先へとゆっくり視線を移動させていったカズンは、やがて目を丸くしたまま無言で立ち尽くしているティファと視線を交錯させる。
「お? あーっと、こいつはだな……」
猫助についてどこから説明したものかと後ろ頭を掻くカズン。ティファの耳に彼の言葉が届いていたかどうか……元の無表情に戻ったティファは、無言のままつかつかとカズンの眼前にまで歩み寄る。
「お、おい、ティファ……?」
戸惑うカズンを無視して、ティファは黒革の手袋を脱いで色白の手を彼の額に当てる。
「……妙だな。平熱だ」
「当たり前だ!」
不思議そうに呟くティファに、カズンは思わず怒鳴り返した。
新エピソードに入りました。猫助がしゃべっている事にすっかり慣れてしまっていた私には、新キャラクターのティファが見せた終盤の反応は新鮮です。
それにしても今回のエピソード、プロットは……微妙なところまでしか出来ていません。こんなプロットで大丈夫か?




