第5話 教師カズンの講義
「それで、あの化け猫はなんだったのだ?」
翌日の夕方、カズンと猫助はラナイ村の安料理屋(騒ぎを起こした店とは別である。念のため)で注文した料理を待っている時のこと。猫助がカズンに尋ねた。
「ありゃあ、俺達の追っていた三毛猫が、ボロ小屋の中にあった異界の門をくぐったなれの果てってところだな」
「異界の門。そういえば木箱のカビを見て、そんなことを言っていたな」
「異界の門はカビじゃねぇって。この世界とは別の世界が複数存在している。魔界だのなんだのがな。その異世界とこの世界ってのは普通行ったり来たりできねぇが、稀に歪みが出来て二つの世界を繋ぐ穴が開いちまう事があるんだよ。まあ、正直言って俺も関わるのはこれが初めてだったんだが……」
新しいボウガンの調整をしながら一度猫助を見る。猫助はカズンに続きを促すように視線を送っている。
「で、だ。この世界を作っている理屈と異世界を作っている理屈には違いがある。なあ、おまえあの異界の門に触らなかったか?」
「む。確かに、不覚にも触れてしまった。カビに触れるなど、なんとも不愉快なものだ。だからこそあの小屋を出たのだが」
「だから、ありゃカビじゃねぇっての」
ボウガンをコーヒーカップに引っ掛けて、手元に引き寄せるカズン。空いた手でミルク瓶を掴んだ彼は、猫助にそれを見せ付けるように振ってみる。
「いいか? カップがおまえで中のコーヒーはこの世界の理屈だ。で、こっちのミルクが異界の理屈。おまえは異界の門に触れた事で異界の理屈を取り込んだ」
言いながらカップにミルクを注ぐ。コーヒーは次第にミルクを取り込み白くなる。
「カップであるおまえは、今までコーヒーっていう存在しか知らなかったんだ。ミルクが入ればそりゃあ違和感ぐらいは感じる。そして、おまえはコーヒーだけのカップではなくなり、この世界ではありえない道理を身に付けた」
「カズンと話せるというのは、そのミルクの影響ということか?」
「そういうことだ。そして、さらに異界の門に接触していると、どうなるか」
もう一度、ミルクを注ぎ始める。カップの中のコーヒーはさらに白さを増し、当然量も増していき……。
「おい、こぼれるぞ」
猫助の制止の声に注いでいた手を止めるカズン。今やカップはコーヒーとミルクに満たされ、表面張力でかろうじてこぼれずにいる状態だ。
「そう、こぼれる」
カズンはそう言ってカップを指で突いた。均衡を維持しきれなくなったカップから、コーヒーはこぼれ落ちていく。
「こうして、体を保てなくなって猫が怪物になった。うーん、ひょっとするとあの猫も、他の動物が接触してできたのかもしれねぇな。何せ歪みによってもたらされる現象ってのは千差万別、なんでもありだかんなぁ」
「おい、そんな物騒なところをそのままにしておいていいのか?」
「俺にゃ手に余る仕事なんだよ。一応ギルドに話はつけたから、明日にでも専門職が来るだろ。小屋が潰れて異界の門に近づける奴もいなくなったから、すぐに大事故にはならないだろうさ。俺が解決したことにはならないから正規の報酬は出ないがね」
「おいおい、ここの夕食代はどうするんだ」
「心配無用だ。異界の門の情報提供と応急的にでもそれを封じたってことで、冒険者ギルドから謝礼金を貰ってんだ。ケチ臭い事ばっか言ってっと、ギルドに登録する冒険者がいなくなるからな。そこいらは配慮してくれるんだよ。お、来たな晩飯!」
調整の終わったボウガンを置いたカズンは、嬉々とした顔で夕飯を迎えた。
「うーっし、今度こそサーモンサンドにありつける。あぁ、会いたかったぞ!」
テーブルに置かれた皿からサンドイッチを掴むと口元へと運ぶ。
「なあ、カズン」
「なんだよ、いいとこなのに」
またも食べ損ねたことに、少し苛立ちを覚えながらカズンが返事する。猫助は不思議そうな顔をしてサンドイッチを眺めている。
「それがサーモンサンドか?」
「は?」
「それはツナサンドだと思うのだが……」
その言葉にカズンは硬直。すぐさま立ち直り、サンドイッチにかぶりついてみる。
なるほど、確かにサーモンサンドではなくツナサンドだ。
「ふむ。どうやら、こうも山里だと魚の区別も難しいとみえるな」
「そだな……」
とりあえず手にしていた一切れを口に放り込んで、カズンはしばし考え込んだ。
「なあ、猫助」
「ん? どうした?」
ツナサンドをほおばりながらカズンを見る猫助。
「おまえ、昨日ツナサンド食ったか?」
「ああ、それなら昨日の昼に……」
もごもごと口の中を動かしながら答えた猫助は、噛むのをやめてしばし考え込むと思い出したように付け加えた。
「ああ、あの時昼食を掠め取った相手。あの黒ずくめの男はおまえだったのか」
「やっぱ、テメェが食ったんじゃねえか!」
腹の底から叫びながらボウガンを乱射するカズン。猫助は、至近距離からの連射をヒラヒラとかわしていく。
「あー、クソッ! 猫助! テメェ、一発ぐらい当たりやガッ……」
怒鳴りかけたカズンだったが、後頭部からのゴスッという音と共に止まる。
それは意図的なものでなく、第三者による強制停止。それを証明するように、カズンは次の矢を取り出すべくコートに手を突っ込んだまま瞬き一つしていない。
不審に思った猫助が彼の様子を伺っていると、カズンの頭越しにひょっこりと顔を出した者と目が合った。
顔を出したのは一羽の鸚鵡。
「か弱い猫に向けて矢をつがえるその所業! 言語道断、許すまじ! 見知らぬ猫殿、このサリディ・ゼロが義によって助太刀いたす!」
呆気にとられている猫助に向かって、謎の鸚鵡サリディ・ゼロは両翼を広げると高らかに宣言した。
ここまで読んでいただき、この紫神川悠、誠に感謝でございます。
ここでお知らせ。次の更新は再来週の金曜頃になると思われます。理由、もうイッコ別の書くんで、そいつと交互に更新しようかと……。




