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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第三章 闇色の館
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第48話 階上の敵

「な……!」


 暗かったホールが突如湧いて出た炎によって照らし出され、カズンの驚愕の顔を赤く照らす。


(この炎……魔術。クソ鎧の仕業じゃぁない)


 驚きに言葉を失ったカズンだったが、心のどこかで冷静に状況を把握しようと思考を廻らせていた。


 覚えの無い男の声が口にした文句は魔術師の用いる魔術。道士の道術と並び、この世界ワールディッシュで使われている魔法。エニーは封印師にして道士という特殊な位置にいるが、魔術師の面は持っていない。サリディもただの鸚鵡とは思えない変身をやってのけるが、魔術を使ったためしがない。猫助はただの三毛猫で、カズンは魔法方面はからっきし。そして、騎士鎧と先程の声とでは声色が違いすぎる。


「随分と暴れてくださいましたね、御一同」


 頭上から響いた澄んだ良く通る声にカズンが視線を上げると、ホールを見下ろす階上の欄干に男の姿があった。


 身の丈はカズンとほぼ同じだが、カズンより線の細い青年。腰まで伸びた長い髪を首元で束ねた男の顔は殺伐とした現状にそぐわない穏やかなもので、その細目は微笑んでさえいるように見える。そして、何より目を引くのが青年の顔半分を覆っている鳥を模した仮面。


「このような高いところから失礼。お初にお目にかかります、御一同」


 カズン達の目が自分に向いたと知るや、青年は落ち着いた調子で言った。騎士鎧の地を這うような低音と違い、その声は涼しささえ感じる。


「どうやら、幽霊屋敷騒動の首謀者登場らしいな」


 騎士鎧をかばった魔術からすれば、階上の青年とも敵対状態。そう思いながらも、カズンは青年の様子から即戦闘という殺気を感じ取れず、ボウガンの構えを解き声を上げた。


「はい、そう思ってもらって結構ですよ。あ、そちらの騎士殿も共犯ですけど」


 そう言って青年はうずくまる騎士鎧を指差した。


「貴様、邪魔ヲスル気カ……」


「やれやれ、助けてもらっておいて開口一番憎まれ口ですか。まあ、そう言われるだろうと予想はしていましたが」


 兜を失った騎士鎧の頭はカズンに見えないが、その姿勢からして青年を見上げたのだろう。青年は騎士鎧に向かって大げさに溜息をついて見せると、改めてカズンへと視線を戻す。


「まずは賛辞を。この幽霊屋敷の亡霊達を退け、そこの彼と互角に渡り合い、あまつさえ追い詰めた御一同の奮闘は敵ながら天晴れです。おかげで、こちらは手痛い損害をこうむりましたよ」


「お褒めの言葉、光栄なこった。ざまぁみろ」


 まるで他人事のように言ってのける青年に、カズンは何やら毒気を抜かれたような気がした。このまま先程までの戦闘を再開したら、元の通りに動けるかさえ心配だ。カズンは自分を奮い立たせるように憎まれ口をたたく。


「そして、これは御一同への提案です。ここでの戦いはこれで打ち切りといたしましょう。これ以上続けると、互い望まない犠牲が増えるだけですよ」


 諭すように言う青年に対し、カズンは唾を吐き捨てた。


「つまり、おまえらを見逃せってか? 冗談じゃねぇ、こっちは屋敷の亡霊どもを退治するように言われて来てんだぞ」


「では、忠告です。私が戦列に加われば、あなた方は全滅します」


 これもまたさらりと言ってのける半面の青年。涼しげに聞こえていた彼の声が、ここにきて寒いと感じるほどに冷たく聞こえる。


(随分とデカイ口を叩きやがる。だが、まんざら狂言でもない、か……)


 カズンは青年を凝視したまま歯噛みした。


 ボウガンの矢尻を容易く焼き尽くす魔術は強力。背中に携えた剣を見る限り、剣戟も腕に覚えありといったところか。おそらくは本気で全滅できると公言しているのだろう。


 退くか、戦うか。返答に窮するカズンに向かって、青年は困ったように小首を傾げた。


「じっくりお考え下さい、と言いたいのですが、生憎と先程放った炎が思いのほか勢いが強い。私も命が惜しい。このまま屋敷ごと焼かれるわけにはいきません」


 確かに青年の言うとおり、魔術によって生み出された炎は床を焦がすだけでは飽き足らず、壁を伝ってその領土を徐々に広げている。カズン達に迷っている猶予は少ない。


「よって、御一同には戦う意思が無いと勝手に判断させてもらいますよ。さあ、撤収しますよ、急いでください」


 半面の青年はそう言って騎士鎧へと手を差し出した。


 もっとも、騎士鎧はホール、青年は階上では手が届くはずも無い。青年は騎士鎧を操っている亡霊に、鎧を捨ててこちらまで飛んで来いと促しているのだ。


「ドコマデモ、余計ナ真似ヲ……」


 騎士鎧も不服そうに唸りながらも、その所作に抗う気は無いらしい。亡霊は鎧から抜け出だし、霊力の支えを失った甲冑は瓦解して散乱する。


 カズン達の返答を待ちもせずに行動を進めていく青年。カズンはそんな彼を止める気は無かった。


 先程青年が言ったように、戦えば自分達は全滅するかもしれない。全滅しないにしても、深手を負うことになる。カズン自身は冒険者という職業がら、死も近い位置にあると心得て覚悟もしているが、エニーの身に何かあっては後味が悪い。


 しかし、カズンが命を惜しんだエニーの考えは真逆と言えた。青年や亡霊が何を企んでいたのかは知れないが、屋敷を覆うほどの瘴気をもって行う所業だ。正しい行いとは言えない何かを企む輩を野放しにするわけにはいかない。ましてや、そんな一味の一人である騎士鎧の亡霊が、無防備な姿をさらしていて黙ってはいられない。


(好機!)


 エニーは手早く印を結び心言を紡ぐと、宙を舞う騎士鎧の亡霊に向かって手をかざした。


「退きなさい!」


「キミ、お邪魔虫ですよ……」


 高らかに叫ぶエニーに合わせるように、冷たく言い放たれた青年の一言。エニーは青年の言葉自体ではなく、その言葉が示した効果に目を見開き愕然とした。


「そんな……!」


 エニーが発動した道術は彼女の手元から悪霊を祓う波動として間違いなく放たれた。だが、青年の元に向かう亡霊に届く前に霞と消えてしまった。そして、あろうことか青年は飛来する亡霊を自分の体内へと躊躇いなく受け入れたのだ。


「はい、お帰りなさい、と。どうかしましたか、お嬢さん? 道術を使う道士がそんなに珍しいですか?」


 青年はクスクスと笑いながら、道士であるエニーに尋ねる。しかし、エニーは小馬鹿にしたような質問に怒る事も忘れて驚嘆している。


 道士の基本、三霊の理が示す三霊は動物、植物、鉱物の三種の霊気。道士は心言を用いて霊気を操り、時として霊力を譲り受ける。エニーが騎士鎧に使った浄化の風も、自身の霊力に周囲の霊気を上乗せして行う。


 ただ、他者の霊力を自身に取り込むのと、霊気本体丸ごとを取り込むのでは似ているようで、その技術や術者の霊気の許容量という点で大きく変わってくる。理論上は可能だという事はエニーも理解できるが、実際にそのような荒業をやってのける者など見た事が無かった。そう言う意味では、青年の問いも間違いではないかもしれない。


「これが最後の提案にして警告です。私達は去る。御一同はそれを見逃し、屋敷は燃えるに任せてお逃げなさいな。どうしても御一同が戦うとおっしゃるなら、我々も応じましょう。正直なところ、御一同に邪魔をされて私も虫の居所が悪いのです。遠慮無く八つ当たりさせてもらいますよ」


 底冷えするような冷たい視線を巡らせ、青年は改めてカズン達に言い渡す。


 カズンは戦えば全滅すると今度こそ確信した。カズンのボウガンどころか、エニーの道術まで無効化されるとなっては打つ手が無い。


「何を……ッ!」


 実力差を目の当たりにしてもなお食い下がろうとするエニー。その少女の意地を振り返ったカズンの眼光が、足元で服の裾を引く猫助の爪がそれを押し留める。


「らしくねぇぞ、エニー。引き際だってわかってんだろう?」


「奴らが何者か。まぁ、まっとうな連中ではないだろうが、ここで戦ったところで無駄死だぞ、エニー君」


 引き止める二人を見返し、再び階上を睨みつけたエニーは唇を噛んだ。


「逃げ……ました、ね」


 エニーの言葉につられてカズンと猫助も階上へと視線を上げる。


 エニーの言うとおり、あるいは青年が宣言したとおり、ホール上の欄干から半面の青年の姿が消えていた。


「ったく、逃げ足の速い野郎だ」


 悪態をつくカズンに猫助が頷いて同意する。そして、カズンと猫助揃って溜息。そこには勝ち目の無い戦いを回避できた安堵の息も色濃く含まれていた。


 青年という重圧から解放された途端、カズン達の耳が屋敷を侵食する炎の爆ぜる音を拾い出す。


「こいつは拙いな。猫助、おまえ水調達したんだろ? それで消火できんのか?」


「カズンに渡した分で全部だ。もし水があったとしても、こうも火の勢いが強くては間に合わんな」


 カズンが周囲に視線を巡らせ尋ねると、猫助が首を振って返す。


「幸い奴等が逃げたおかげで屋敷の瘴気は完全に取り払われた。屋敷の外の亡霊も霧散したらしいな」


「となると……」


 視線を合わせるカズンと猫助。お互いの考えが一致しているとみるや頷きあい、カズンは落胆するエニーを抱え上げ、猫助は未だ気絶中のサリディを咥え上げた。


「え? あ、ちょっと、カズンさん?!」


 カズンの不意打ちに慌てるエニー。だが、周囲の燃え方を考えればカズンがまともに彼女に応対する間も無い。


「三十六計……」


「逃げるが勝ちだ!」


 カズン達は一目散に屋敷の扉へと駆け出した。


はい、なんかボスキャラみたいな人出ました。うん、設定上はボスキャラレベルな人のはずなんだけど……。

この作品の世界ワールディッシュには封印師のような例外を除けば二種類です。

本文でも書いていますけど、道士の使う道術と魔術師が使う魔術。道術についてはエニーさんが説明してくれていますね。魔術については……まあ、連載続けていれば紹介することになるでしょう。

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