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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第三章 闇色の館
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第47話 鎧の奥、浄化の矢尻

 エニーの放った霊気の塊に吹き飛ばされた騎士鎧。それによって飛散した埃がホールに立ち上り、カズンは堪らず咳き込んだ。


「ゲホッ、相変わらず嬢ちゃんの術は派手なもんだ」


 カズンはそう言って眼前に舞う埃を片手で扇ぎながら、ホールに落ちているコートの襟にスウィングを引っ掛けて引き上げる。そして、背後へ視線を向けニヤリと笑みを浮かべた。


(猫助め。なんだかんだ言いながらも水を調達してきやがったのか)


 視線の先、カズンの背後で真剣な顔をして心言を紡ぐ若年の道士エニー・カーチス。


 少女の手元にある水筒から察するに、彼女が今行っているのは縛水の生成。猫助は自分の仕事を達成したということだ。


 カズンはいつ終わるとも知れない騎士鎧との戦闘が、確実に終焉に近付きつつあると確信し騎士鎧へと向き直った。騎士鎧を睨みつけたまま、スウィングに吊り下げた黒コートの中へ無造作に片腕を突っ込む。


 何も戦いの終焉が近付いたからといってコートを着なおすには早い。終わりが見えたと言っても騎士鎧が未だ健在であることは変わりない。ここで動きを鈍らせて騎士鎧の攻勢に捉まればここまで逃げ切ってきた苦労が水泡と化してしまう。カズンの目当ては、黒コートに仕込まれた大量のホルダーだ。


 そして、カズンは掴んだコートの中から片手一杯の矢を引っ張り出した。


 未だに濛々と巻き上がっている埃の先で、倒れ伏していたはずの騎士鎧はすでに半身を起こしている。エニーの一撃がさすがに効いたらしく、すぐさま立ち上がりこそしないが、鉄面に覆われた兜に遮られて騎士鎧の余力は知れない。


「閉幕間際、凌ぎきってやろうじゃねぇか」


 カズンは持ちきれるだけの矢を取り出すと黒コートを投げ捨てる。そして、ゆっくりと立ち上がる騎士鎧を見据えながら、手にした矢の束を上着のホルダーに収められるだけ収める。それでも、余った分は口にも咥え、内の一本をスウィングにセットした。


 片手一杯、口一杯、眼光さえも矢尻の如く。鋭い切っ先のような殺気を帯びたカズンに、対する騎士鎧の放つ気配もその甲冑に収まりきらないほどに昂ぶり滾っている。


「オ……ノレェェェェェッ!」


 まるで、今までの戦いが戯れであったかのような裂帛の気を吐き出しながら。


 大剣を眼前にかざし真っ直ぐに突き進む騎士鎧。重厚な鎧などものともしない騎士鎧の速度は目を見張るものがある。だが、相手が悪い。黒コートを脱いだカズンは、その鎧を解いたようなもの。


 カズンの黒ブーツがホールの床を力強く蹴り、収まりつつあった埃が再び舞い上がる。


 迫りくる騎士鎧の刺突の構えに真っ向から駆け込んでいくカズン。彼の無策無謀とも言える応戦の姿勢を嘲笑うように、或いはその姿勢の裏に如何なる策を巡らせようとも全て突き砕いてみせると言わんばかりに、正面から突っ込む黒衣の男に向けて騎士鎧の鋭い突きが打ち込まれる。


 確かに突き出された大剣はこの戦闘の中で最高速。半端な戦士には避けられず、絶命するに足りる一撃。しかし、カズンはその速度を凌駕していた。


 騎士鎧が突きを放つべく踏み込んだと同時に、彼の姿は騎士鎧の視界から消えていた。


「……!」


 一瞬の事に目を疑った騎士鎧だが、その戸惑いは刹那よりも短い。すぐさま両の手首を反し、横薙ぎの二の太刀を放つ。その勢い凄まじく、全身を躍動させた横一線の軌道はぐるりと巡り一周しきる。カズンが右に踏み込んだにしろ左にしろ捉えきる豪腕の結界。


 だが、大剣を手にした騎士鎧の腕にはカズンを薙ぎ払った感触は一向に伝わってこない。


 今度こそ、騎士鎧は戸惑い……否、戸惑う間もなく答えはすぐに察しがついた。正面から消え、左右にいない。ならば、残るは上。理解はしたが、大剣を振り切った今、騎士鎧は姿勢を戻すにはわずかに時間がかかる。


 体勢を立て直そうとする騎士鎧の兜が衝撃と共に首から弾き飛ばされ、騎士鎧自身もバランスを崩し前へと押し出された。二歩三歩とたたらを踏む騎士鎧の背後に、一羽の大烏となったカズンが黒衣をはためかせひらりと舞い降りる。


 着地と同時に新たな矢をセットするカズンと、崩れ落ちそうになる体勢を立て直した騎士鎧。二人が背を向けた拍子に僅かな沈黙が生まれる。


(さぁ、次はどう来る? どう攻める?)


 双方の次の攻勢を急かすように騎士鎧の兜が音を立てて床を跳ね、カズンと騎士鎧は同時に振り返り、互いへと向き直る。


 そして、ここでもカズンの速度が勝った。


 振り返りざま薙ぐように振ったスウィングから矢尻が打ち出され、騎士鎧の肩を打ち抜く。それだけでは足りないとばかりにカズンは二転三転と身を翻し、周回毎にスウィングから矢が放たれる。


 胸当て、具足、篭手。次々に打ち込まれる矢尻に、騎士鎧は一度立て直した姿勢を崩され大剣を構えるどころか、手も足も出すことを許されない。


 圧倒的な速度差。一見カズンの優勢に見える戦闘は、しかし騎士鎧の動きを留めているだけに過ぎず、決して彼を優位に立ててはいない。さらに、騎士鎧の動きを止め過ぎれば、鎧の中にある第二の牙が剥き出される。


 そうとわかっていてもカズンはスウィングを打つ手を、自身の回転を止められないでいた。ここで攻勢を止めれば、激昂した騎士鎧を再び止めることは叶わない。先程の騎士鎧の突きをかわした瞬間に感じた事だ。騎士鎧が次の手に出るまでは、このスウィング連射は止められない。


(後は縛水を待つばかり、か……。頼むぜ、エニー嬢)


 カズンは口に咥えた矢尻を全て打ち放ち、上着に仕込んだホルダーへと手をかけた。その瞬間、異変に気付き彼の手が止まる。


「オォォォ……!」


 今までと違う騎士鎧の咆哮。スウィング連射の合間を縫って、カズンに向けかざされた騎士鎧の片腕。


「チッ、ここまでかよ!」


 舌打ちと同時に真横へと跳躍したカズン。


 間合いは騎士鎧の大剣の遥か外。それでも、カズンは亡霊の次の手が自分に届く距離にあると直感していた。それでも、亡霊の魔手は直感し避けたつもりのカズンを上回る速度で、容易く追い込み絡め取る。


「うぐっ……!」


 騎士鎧がかざした手を跳躍する黒衣に向けた瞬間、カズンの全身を悪寒が走り嘔吐感に体が強張る。


 それはカズンの良く覚えている感覚。亡霊に魂を傷つけられる苦しみだ。騎士の鎧を纏った亡霊はかざした腕から鎧を抜け出し、霊体となってカズンに襲い掛かったのだ。それも、屋敷の二階で遭遇した亡霊よりも遥かに強力な力でカズンの内側を蝕んでいく。


「ぐああぁぁぁぁッ!」


 騎士の鎧から飛び出した霊気は逃げようともがくカズンを執拗に追い回し、カズンは気を失いそうになりながらも床を転げ回って逃げる。


 苦悶の底無し沼へと引きずり込まれるような絶望的な感覚に襲われるカズン。苦しみに心が折れ、絶望に侵食されていく。


 そして、カズンの意識が途切れようとした時、暗闇に飲まれた彼の心の中に一筋の光明が射した。


「退きなさい!」


 幼くも力強い少女の声と共に弾けた大気が、一陣の風となってホールを駆け巡る。


「ガアァァァァァアアァァッ!」


 朦朧とするカズンの耳が騎士鎧の上げる苦悶の声を捉え、肌を撫でるエニーの風がカズンの意識を覆っていた漆黒の霧を洗い流していく。浜辺から潮が引くように、自身の感覚がカズンの意識下に帰ってくる。


「……ったく、ぎりぎり生き延びたか」


 カズンは四肢に力が戻った同時に跳ね起き、改めて騎士鎧と距離をとる。その間、騎士鎧からの追撃は無い。


 それもそのはず、甲冑から飛び出していた亡霊はカズンにとっては不可視、抵抗不可能の脅威的な存在だが、霊気そのものを剥き出しにした状態はある種の者には格好の的。亡霊達の天敵たる道士エニー・カーチスが放った浄化の風を受けた騎士鎧は、大剣を床に突き立て、それでも体を支えきれずに膝を付いている。


「カズンさん!」


 魂をえぐられるような苦しみから解放されたカズンは、安堵する間もなくエニーの呼び声に振り返った。


 エニーが攻勢に加わってきたという事は、転じてそれまでの役目を終えた証。それを証明するように、新たに作り出された縛水の入る水筒がカズンに投げ渡される。


 カズンはすぐさまスウィングにセットした矢に縛水を振りかけると、底意地の悪い笑みを浮かべながら騎士鎧に向き直った。


 兜を失った騎士鎧の首から上はカズンには見る事が叶わない。膝を付く騎士鎧を見下すようにスウィングを構えたカズンには、亡霊の顔が見えない事が残念でならない。


「形勢逆転だぜ、クソ鎧。おいたが過ぎる坊やにゃ、じっくりお仕置きをしてやらなきゃいけねぇなぁ」


 亡霊はカズンを恨めしげに睨んでいただろうか。先程エニーから受けた傷に未だ苦しんでいるだろうか。それとも、隠した奥の手を晒す時と笑みを浮かべているだろうか。


 そのどれもが否。そもそも、騎士鎧はカズンを見ていなかった。騎士鎧にとって最大の脅威は幼さ顔の少女が操る道術。小煩く喚くカズンは眼中に無かったのである。


 そして、騎士鎧は今一度心言を唱え始めたエニーに向けて、床から引き抜いた大剣を投げつけた。


「……って、テメェの相手は――」


 騎士鎧が自分にどう反撃をしてくるか、それしか考えていなかったカズンにとっては思わぬ一手。カズンは笑みを焦りに変えて叫ぶと、エニーに襲い掛かる大剣目掛けて疾駆した。走りながらスウィングを放り投げ、自身の背後へ手を回す。


「――俺だっつってんだろが!」


 背中から引き出してきた古代兵器の改良型ボウガン、カーニバルを振りかざし、絶叫と共に騎士鎧の大剣を叩き落した。衝撃の反動で手元からカーニバルが跳ね飛ぶと知るや、床に転がる黒コートを蹴り上げ、殴るようにコートの中へ手を入れる。そして、コートから引き出されたのはのWハーツ社製ボウガンOG-07、パレード。


 大剣を投げ放った騎士鎧は立ち上がり、エニーに向けて腕をかざしている。心言詠唱で無防備な少女の魂を霊気の拳で打ち砕く心積もりか……。


 カズンは縛水を一口含み手にした矢の束に吹き付け、ボウガンを構えた。


 狙うは騎士鎧とエニーの間の虚空。その虚空に伸ばされているはずの騎士鎧の霊気。狙うと言ってもカズンには見えない。頼りは冒険者の経験と一度霊気を食らった者の感。


「……そこだっ!」


 スウィングの時とは比較にならない速度のボウガン連射。エニーと騎士鎧をつなぐ線へと無数の矢尻が打ち込まれ、その半数以上が虚空に突き立てられた。


「ギアァァァァッ!」


 地獄の底に響くような絶叫を上げる騎士鎧。手応えを感じたカズンは、今こそ勝機とばかりに新たな矢束に縛水をふりかけ騎士鎧にボウガンを向ける。


 威力でスウィングに劣るOG-07パレードでは騎士鎧の装甲を貫けない。だが、問題無い。霊体に直接当てる分にはパレードで十分だ。今のカズンには、兜を失った騎士鎧のがらんどうの中身がはっきり見えている。


「そら、おかわりだ! 腹が裂けるまで食らいやがれ!」


 止めとばかりに再び連射されたボウガンは、カズンの狙い通り騎士鎧の見えない首元に向かって飛来し……。


「立て、赤熱の壁!」


 男の声がホールに響くと騎士鎧の眼前に炎が壁となって吹き上がり、カズンの撃った矢の悉くを焼き尽くした。



逆転、大逆転な騎士鎧戦後半でした。このエピソードも終盤にさしかかり、そろそろ次の話を仕込んでおかないと、とは思っているのですが……どうすんだ、私。

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