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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第三章 闇色の館
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第44話 階段

 サリディは顔を上げると同時に、自分に迫る危機を悟った。


 戦闘装甲と呼んでいる女性に変貌したサリディの切れ長の目が捉えたのは、眼前で剣を振りかぶる騎士鎧の姿。


(いかん……!)


 咄嗟に身を捻り、階段を転げ落ちるようにして逃げる。そんなサリディを追うように振り払われた騎士の一閃によって、半壊していた階段の手すりが木っ端と化して砕け散った。


 ホールの床まで転がったサリディは四肢を床に叩きつけてさらに横へと跳ぶと、一拍の間も無くサリディが転がっていた場所へと騎士の剣が打ち下ろされる。


「えぇい、この下郎め! 人様の屋敷をなんだと思っているのだ!」


 悪態をつきながら騎士鎧との間合いをとったサリディは、チラリと主エニーへ視線を向ける。


(こいつをお嬢様に近付けるわけにもいかんが、さりとて我輩がお嬢様から離れては他の亡霊共が来るやもしれん。はてさて、難儀なところだな)


 戦闘開始から今までを思い返すと、サリディと眼前の騎士との実力差は僅かに騎士に分がある。とは言え、その差は微々たるもので、戦闘装甲が続く限り互角に近い状態を維持する自信がサリディにはあった。ともすれば、僅差を覆し勝利する自信さえも。


 問題はその戦闘装甲の継続時間。そして、エニーの事を気にしながらともなれば、騎士鎧と拮抗を保つのも一苦労な仕事になる。


(まあ、お嬢様に付き従ってからというもの、難儀は常か……)


 サリディはふと口元を緩ませ、騎士鎧へと向き直ると両翼を広げた。その様は騎士を威嚇するようであり、それに呼応するように騎士もまた剣を上段に構えなおす。


「ここまでやっておいて今更だが、一応言っておこう。邪魔をするなら容赦はせんぞ」


「邪魔者ハ、貴様ノホウダ……」


 騎士鎧の言葉に一瞬、サリディの脳裏に疑問がよぎる。


 騎士鎧にとって邪魔な存在とは? 騎士鎧が何者かの力によって呼び寄せられた亡霊だと言うなら、あるべき場所へと解放するサリディ達の行為は邪魔と言えるのか? 或いは、呼び寄せられて霊力を与えられた騎士鎧にとっては、この幽霊屋敷は安住の地かもしれない。そうなればサリディ達のような侵入者は邪魔な存在であり、追い出そうとしている事を感付かれたとしたら尚更邪魔者だろう。


 そして、一人納得しかけたサリディの脳裏に新たな疑問が浮かぶ。


 騎士鎧以外に言葉を話せるほどの亡霊はいなかった。そして、喧騒に呼び寄せられた亡霊達とは違い、騎士鎧にはサリディ達を排除しようという明らかな意思がある。どちらも霊力の保有量の違いが原因ではあるが、なぜ騎士鎧と他の亡霊でこれほどの霊力の違いが生じたのか? 眼前の騎士は本当に亡霊として安息の地を守ろうとする者なのか? そうではないとしたら……。


「答えろ! 貴様が他の者を呼び寄せたのか! ここで何をする気だ!」


 問いただすサリディの口を塞ぐように騎士鎧の剣が突き出され、サリディは間一髪でこれをかわす。同時に、無言の剣戟という騎士鎧の回答に、サリディは自らの疑問を核心に変えた。


 亡霊を募る騎士鎧と、解放しようとするサリディ達。話し合いはどこまで行っても平行線を辿る。いや、会話を辞めた騎士鎧からは平行させる線さえ消えた。騎士鎧とサリディの間で唯一残り、交錯する線と言えば、互いに向けた敵意のみ。


 二人の敵意が振りかぶった剣に、蹴り上げた脚に乗って互いを攻め立てる。騎士の瘴気が腕に宿り剣を薙ぎ、サリディの闘気が足に走り蹴りを繰り、生者の鼓動が途絶えて久しい屋敷のホールに活力に満ちた衝撃音が繰り返し鳴り響いた。


 一撃の重みと間合いにおいては騎士の剣が勝っている。だが、打ち出す回転の速さなら戦乙女の蹴り足が優勢。サリディは左右に蹴り足を切り替えながら立ち位置を変え、己の有利な位置へと移動する。


「ハァッ!」


 剣戟を翻弄するように次々と放たれるサリディの連撃に焦れたのか、振りが大きくなる騎士鎧の剣。裂帛の声と共に擦り上げたサリディの右足が剣を打ち、その軌道が大きくそれた。弾かれた剣と共に姿勢を崩す騎士鎧に向かって、続いて蹴り上げられた左足が襲い掛かる。


 ただ、この左の蹴りが騎士鎧に届かない事はサリディ自身も感じていた。戦闘を始めた直後に兜を狙った彼の蹴りは、一度騎士の篭手に止められている。それは今回も同様。騎士の篭手が既に蹴りの軌道上に割り込んできている。だが……。


(我輩が二の轍を踏むと思うなよ!)


 騎士の篭手がサリディの左足を捕らえようとした瞬間、蹴りの軌道は蛇のようにうねりその軌道を変えると逆に騎士の篭手に絡みついた。そして、再び跳ね上がった右足が、今度こそ騎士の兜に叩きつけられる。


 先程までの攻防が生んだ衝撃音とは異なる一方的な打撃音。勝利を報せる鐘の音とは言えないまでも、明らかにダメージを与えたであろう一撃の感触。


 サリディは騎士の兜を捉えた手応えを感じる間もなく、着地と同時に騎士鎧との間を取るべく階段を上る。


「やれやれ、どうやら中の下郎とは違い、鎧の方は随分と立派な作りのようだな」


 階段を数段駆け上がって振り返ったサリディは、騎士鎧の姿を、自分が白刃の脚を打ちつけた兜を見て苦い顔をした。


 鉄の覆面兜にはサリディによって作られたばかりの傷跡が残っている。だが、残念ながらその傷は兜を傷付けただけで、その奥に潜む騎士の素顔には達していない。確固たる足取りで再びサリディに迫る姿は、本当にダメージがあったのかさえ怪しく思わせた。


(倒すなどとは思わず、お嬢様の時間を稼ぐ事に徹する……む!)


 階段から騎士鎧を見下ろす形になったサリディの視界の端。サリディは招かれざる者の登場に表情を曇らせる。


 霊気が喧騒による気の乱れに反応するというのなら、サリディと騎士鎧が派手に打ち合っているホールに亡霊が訪れるのも当然。サリディも百も承知の上で戦っているし、なるべく静かに速やかに片付ける事を心がけて戦ってはいた。ただ、眼前の騎士鎧の実力がそれを許してくれないのだ。


 騎士鎧がホールへと入ってきた扉。その付近から新たに亡霊が数体。別室の壁からも迷い込むようにゆらりとホールへ入ってくる亡霊の姿がある。数は合わせて十か二十か。サリディの視界に入っていない者も数えれば、まだ増える。


 亡霊達が襲い掛かるとすれば、サリディかエニー。前者ならば、サリディとしても望むところだが、後者を選ばれては困る。そして、望まないほうへと転回するのが世の常というもの。ホールへと侵入した亡霊達の多くが、静かに佇むエニーに狙いを定めて飛び掛る。


 亡霊の接近を知ってか知らずか、エニーは未だに床に跪いて一心に心言を唱えたまま動かない。いや、道術に長けたエニーが気付かないわけもない。気付いていて、なおも心言詠唱に集中している。自身の従者に寄せた信頼の証である。ならば、その信頼に応えるのが従者としての忠節の証。


 サリディは階段の手すりに足をかけ、高々と跳躍すると薄緑の両翼を目一杯広げた。


「下郎共! お嬢様に近寄るな!」


 その絶叫に呼応するかのように翼が急速に輝き、光を纏った無数の羽根が翼から打ち出される。薄緑の羽根達は一陣の風となって吹き荒れ、エニーへ迫る亡霊達を薙ぎ払う。


 サリディは輝きを失った翼で軽く羽ばたくと、ホールを見渡しながら小さく舌打ちをしていた。


 自らが生み出した風によって一掃されたかに見えた亡霊達。だが、他の亡霊に遅れを取ったが故に難を逃れた者が数体残っている。そして、何より舌打ちしたくなったのは、背後にまで追いついてきた騎士鎧の存在だ。


 生憎とサリディに迫った騎士鎧には、敵の背後を襲う事を嫌うなどという騎士道精神は期待できない。現にサリディの感覚は鋭利な殺気を帯びた騎士鎧の一撃が近付いている事を察知し、自らに警告を発していた。


(かわしきれるか……)


 段上から突き出された騎士鎧の剣に対し、サリディは振り返る間さえ持たずに身を捻って回避を試みる。決して鈍い反応ではないサリディの回避行動だったが、感覚任せの動きには限界がある。騎士鎧の剣は戦乙女の背中に向かって確実に迫る。


 騎士鎧の剣と共に迫る死の予感に半ば諦めかけていたサリディの耳が、自らを刺し貫かれるそれとは異質の音を聞いた。


 立て続けに打ち鳴らされる金属音。同時にサリディの心臓を貫くはずだった騎士鎧の剣が不自然に軌道を変え、サリディのわき腹を掠めるに留まる。


 サリディは自分が致命傷を負わなかったと悟るやいなや、翼を大きく羽ばたかせて身を翻し騎士鎧の胴めがけて勢い任せに脚を叩き込んだ。


「んだよ、アホウドリ。随分と物騒な彼氏がいるのな」


 危うく生死の境界を跨ぎそうになったサリディの緊迫を茶化すような声がホールに響く。


 階段を転げ落ちる騎士鎧を尻目に、もう一度羽ばたいたサリディは声の主を探して階段の上へと視線を投げた。


「助けられた事は、一応礼を言っておく……」


 サリディが忌々しげにそう言った先に立つのは、闇夜の屋敷の中で尚黒さを増した黒衣の冒険者カズン・リックフォート。彼の手にした空のボウガンが、サリディを騎士鎧の一撃から救ったのだと物語っていた。


「だが、もう少し状況をわきまえた発言ができんのか、下郎。だいたい我輩は雄だと言っただろう。彼氏など……」


 感謝もそこそこに苦情へと切り替わったサリディの言葉は、不意に動いた白い影に詰まる。


 白い。正しくは三色。階段の手すりを器用に滑り降りた猫助がサリディの取りこぼした亡霊に飛び掛る。


 事前にカズンに仕込まれていたのだろう。猫助は縛水に濡れた爪を惜しみなく振り回し、容易く亡霊達を相当した。


「猫助殿!」


「戦闘中は気を抜くな。これはいつぞやサリディに諭された事だと思ったが?」


 着地した猫助がひょいとサリディを見て言う。


 確かに、サリディは自らの死線を垣間見て動揺していたかもしれない。この幽霊屋敷の侵入者である以上、油断は禁物。ましてや、戦闘の真っ最中ならば尚の事。


 サリディは自分の失態を恥じると同時に、すぐに気持ちを切り替えた。


 階段の中ほどから豪快に転げ落ちたとはいえ、おそらく騎士鎧は立ち上がってくる。だが、自らの戦闘は騎士鎧を制することが勝利なのか? 違う。では、群がる亡霊を追い払えば良いのか? とんでもない。自分に課せられた使命は一つだ。


 サリディは起き上がろうとする騎士鎧に向かって駆け寄ると、有無を言わさずその胴を蹴り上げた。


「えげつねぇなぁ」


 サリディの容赦無い攻撃に階上からカズンの呆れ声が聞こえているが、今のサリディにその抗議を聞き入れる道理は無い。


「お嬢様に害成す者に同情の余地などあるものか。それより、御二方。よもや手ぶらで戻ってきたと言うわけではありますまいな」


 体勢を立て直そうとする騎士鎧に向かって追撃を加えつつ、サリディがカズンと猫助のどちらとも無く問う。


「愚問だな」


 騎士鎧との戦闘を続けるサリディに代わってエニーの周囲を警戒していた猫助が、力強く言い放つ。


 サリディ達の攻防は次なる一手を打つための布石。サリディが守り、カズンと猫助が切り開いた今こそ、その次の一手が生きる時。


「お嬢様!」


「一発かましてやれ!」


 サリディとカズンの声に誘われるように、封印師にして道士エニー・カーチスの両手が組んでいた印が解かれる。


 エニーは毅然と顔を上げ、閉ざしていた両目を見開く。


「吹き抜けて……」


 少女の凛とした声と小さな手が打った柏手が、闇色のホールにやけにはっきりと鳴り響いた。


大晦日にようやく新PCが入り、セッティングに悪戦苦闘。なんとか今年も小説を続けられそうです。

まことに勝手ながら更新は月一回というスローペースになってしまいますが、忘れずにお付き合いいただければ幸いです。

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