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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第三章 闇色の館
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第43話 一階ホール

「ふむ。始まったようですな」


 カズンと猫助が二階への階段を上がって数分後、二階から鳴りだした破壊音やカズンの怒鳴り声にサリディが呟いた。


 彼は戦闘装甲を解いて本来の鸚鵡の姿に戻っている。


 この幽霊屋敷の中にいては、いつ襲われるやも知れない。戦闘装甲と呼んでいる女性の姿に変化しておくほうが望ましくはあるのだが、いくら能力を抑えたとしても一晩中人の姿を維持する事はできない。そして、いざ戦闘ともなれば能力を抑えたまま活動する事も困難。戦闘時の活動時間を延ばすには、少しでも鸚鵡の姿に戻っていたほうが良いのだ。


 サリディは顔を上げて賑やかな二階へと視線を向ける。


(ふむ……どこを見ても真っ暗だ)


 顔を上げてはみたものの、サリディの目に映るのは闇一色。本来の姿に戻ったともなれば、鳥目のサリディにはホールはあまりにも暗い。


 ただ、そんな夜間活動が不得意なサリディにとって、唯一ありがたかったのは今回の敵が亡霊だったと言う事だ。実体の無い霊体の姿を捉える感覚は視覚とは似て非なる感覚。鳥目のサリディでも見える……いや、感じ取る事ができる。


(このまま無事に事が収まればよいが……)


 二階へと上がったカズンと猫助は、屋敷の浄化を効率的に進める為の窓の開放役だが、喧騒に呼び寄せられる亡霊達の陽動役も兼ねている。


 対してホールに残ったエニーは、瘴気を浄化するこの作戦の中核。如何なる理由で操られているかは知れないが、屋敷内をうろつく亡霊達に邪魔をされては敵わない。こちらは目立たず行動を続ける必要がある。


 そして、浄化作業の間、完全に無防備となるエニーの露払いがサリディの役割。彼女に仕える身としては、適任と言えるポジションだ。


 振り返って自分の背後にいるエニーへと視線を向けるサリディ。


 動物、鉱物、植物の三霊と心を繋ぐ心言。その声無き声を一心に紡ぐ主エニーの姿はサリディの目にはおぼろげで、もう少し離れてしまえば見えなくなってしまうだろう。


 だが、目には虚ろでも霊気を感じる感覚は、まだ幼さの残る主の姿をはっきりと捉えている。


(お嬢様に付き従ってどれほど経っただろうか?)


 ふと、サリディの脳裏にそんな疑問がよぎった。


 若くして潜在していた封印師の能力が開花し、封印師として学ぶうちに道士の資質も見出された少女エニー・カーチス。封印師として、道士として、その家柄から、エニーの世間との接点は少なくはないし、その分知人も多く必然的に今以上に幼かった頃の彼女を知る者も多い。


 だが、エニーがいつからサリディを従えているかを知る者は少ない。少女エニーを知る者の記憶を連ねていけるとしたら、少なくとも、半人前の封印師として世の理を学んでいた頃のエニーの傍らに、すでに一羽の鸚鵡がいた事が知れるだろう。サリディ自身も物心がついた時にはすでに隣に幼子の笑顔があり、その時点で彼女に仕えていたというのだから、この主従関係の始まりの記憶は曖昧なものだ。


 サリディ・ゼロは少女エニー・カーチスの成長を見守り、封印師として一人前となった後も彼女と共に幾度も危機を乗り切ってきた、たった一羽の従者である。


(それにしても、どれだけお仕えしても飽きるものではないな)


 時に生死に関わる困難もあったが、思い返せばどの騒動も愉快痛快な思い出だ。


 そして、今宵も冒険譚の一ページが埋まることだろう。


 サリディはホールに向き直ると、両翼を軽く羽ばたかせ宙に舞い上がる。


 鳥目のサリディに映る闇色のホール。その中にゆらゆらと迷い込んできた亡霊が二体。


「御二方。今このホールは我輩の主エニーお嬢様の貸切にございます。申し訳ありませんが、何卒御退席のほどをお願いいたします」


 形ばかりの警告。自我も無く何者かに操られている亡霊達には無駄な行為だ。それでも、サリディにとっては自分の成すべき事を再度確認する有意義な行為といえる。


 サリディの言葉を聞いた上でなのか、はたまた聞くという行為さえも忘れてしまっているのか、二体の亡霊はホールを彷徨いながら次第にエニーに近付いてくる。サリディは薄緑の羽根に覆われたその身を輝かせ、亡霊と共に刻々と近付いてくる戦いの時間に備える。


 カズン達のような陽動目的の戦闘ではない。目立たぬように静かに迅速に、極力能力は控えめで仕留める必要がある。


 鸚鵡だったサリディは、男装の戦乙女に変化すると同時に翼をはためかせ床を蹴った。一気に亡霊達との間合いを詰めたサリディの足が弧を描く。


 刹那。文字通りの一蹴。白刃と化したサリディの脚によって、亡霊二体は一瞬にして切り裂かれた。


「お嬢様の思惑を成就させるため。悪く思うななどとは申さぬよ。恨むなら我輩を恨むがよろしかろう」


 言葉こそ霧散する亡霊達に向けられたものだったが、サリディの目はすでに次なる目標に向けられている。


 サリディの視線の先、ホールの左奥の扉がギシリと音を立てて開かれる。姿を現したのは……。


(騎士の鎧……)


 人型に変わり、人並みの視覚を得たサリディの目が侵入者を捉える。


 扉を開け放った者の手は篭手に覆われていた。騎士の姿をした亡霊ならば、わざわざ扉を開けるまでも無くすり抜けてくる。ホールに入ってきたのは本物の甲冑を纏った者だ。


 お目にかかったのが何処かの城の中か戦場ともなればそれは兵士と見るのだろうが、生憎この場はそのどちらでもない。この幽霊屋敷という特殊な環境で騎士に出会うとするなら、真っ先に思いつく種別がいる。


「亡霊め、鎧に取り憑いたか……!」


 モノに取り憑く。それも命有る者ではなく、ただ形ある物に憑いて操るだけの力をもつ亡霊ともなれば、その霊力は今しがたサリディが一蹴した亡霊達の比ではない。


 身構えるサリディに向かって、ゆっくりとした足取りで進む騎士鎧。一歩二歩と踏みしめるたびに甲冑が音を立て、僅かに軋む床板が鎧の重厚さを物語る。


「問ウ……貴様ハ何者ダ?」


 覆面型の兜から響く男の声。心の芯に響く重く冷たい声に、サリディは眉根を寄せた。


 放たれたのは呻きや嘆き叫びの一音ではなく、ちゃんとした言葉だった。会話が出来るだけの知能を失っていない。それだけの状態を維持できる霊力を保持している証だ。屋敷に侵入してからというもの、それだけの亡霊に会うのは初めてであり、目の前の騎士は亡霊ではないのではないかとさえ思える。


 もっとも、亡霊であろうと無かろうと眼前の騎士と敵対するだろうという事は容易に予想できた。甲冑の内に秘めた人ならざる色濃い瘴気を感じ取ったサリディには、到底平和的な話し合いでの解決は期待できない。騎士に事情を話して仲間に引き入れるなどという選択肢は皆無と言っていい。


「我輩の名を問う前に、まず自分の名を明かすのが礼儀であろう。貴殿がその大層な甲冑を身に纏うに相応しい人物ならば、まず騎士らしい礼節を持って接するべきではないのかね?」


 努めて平静を装って言い返すサリディの手前で騎士鎧は立ち止まり、直立不動の姿勢をとったまましばらく沈黙。そして、再び覆面兜から漏れる声。


「モウ一度、改メテ問ウ……貴様ハ何者ダ? コノ屋敷ニ何用ダ?」


 騎士鎧の言葉にサリディは肩をすくめる。


 どうやら自ら名乗る気は無いらしい。或いは、名乗る名を忘れてしまっているのか。サリディにとってはどちらでも良い事だ。騎士鎧が言葉と共に腰の剣に手をかけた時点で、これから両者の間で何が起きるかは確定している。


「生憎我輩は、礼儀知らずの下郎に名乗る名を持ち合わせてはいない!」


 サリディが言い切る前に、騎士鎧は鞘から剣を抜き放ち切り掛かってきていた。サリディもまた、それに応戦するように跳躍し蹴りを放つ。両者の一閃は激突と同時に軌道がそれて失速し、すぐに元の勢いとあるべき軌跡を取り戻して双方に襲い掛かる。


 二人の間で剣と脚が二撃三撃と激しくぶつかり合い、十を超えたところで真正面から衝突した双方の攻勢が止まった。


 空中で交錯し制止する騎士の剣とサリディの白刃の脚。だが、騎士の剣は一振りでも、サリディの脚は違う。


 剣に止められた右足を支点に身体を捻り、振り上げた左足で騎士の兜を狙う。


「顔を見せろ、下郎!」


 騎士の兜を両断しようと描かれた白い弧は、しかし、終点の兜まで描ききられる事はなかった。


 サリディの左足に伝わった衝撃は兜を割ったそれではない。彼の蹴りは、その軌道上に伸ばされた騎士の篭手によって受け止められていた。そして、騎士は受け止めたサリディの左足を無造作に掴むと、二階へと繋がる階段めがけて投げつける。


「く、このっ……!」


 咄嗟に身を翻し両翼を広げたものの、それでも投げられた勢いは殺しきれない。サリディは階段の手すりを撃ち破り、段上へと転がった。精巧な細工が成された手すりは木っ端瓦礫と化し、積もり溜まった埃がもうもうと立ち昇る。


「やれやれ……礼儀知らずの下郎らしい、実に野蛮な戦い方だな……」


 翼に降りかかる埃を払い、咳き込みながら悪態をつくサリディ。そんな彼に追い討ちをかけるべく、騎士鎧がサリディに迫っていた。


サリディがエニーとの出会いを思い返そうとしているところを書いていた時の事。

「あれ? 私ってば、ひょっとしてサリーさんの死亡フラグ立ててる……?」

……気のせいですから。

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