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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第三章 闇色の館
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第42話 屋敷二階

 旧ルーデン卿別荘内地下室。明かり一つ無い部屋の中で、長身の男は壁に描かれた封印から手を離して溜息をついた。


「どうにも野良猫ではないようですね。さて、どうします?」


 耳に手をやり上の階に聞き耳を立てるような仕草をすると、小首を傾げながら呟く。


 地下室は静寂を保っており、この石造りの室内で音を立てているとしたら男の僅かな呼吸の音や、服の衣擦れ程度。そんな中で、彼は屋敷の中に入ってきた何者かの存在を感じ取っていた。


 肉体を失った亡霊達が集うこの陰湿な気に満ちた屋敷の中で、あるはずの無い活気に溢れた気配。それは生者が屋敷内に侵入した事を意味し、気配の大小は様々で複数だ。ただ野良猫が集団で迷い込んだとは思い難い。


 闇の地下室にいるのは、彼一人。答える相手などいないはずの部屋の中で、男はしばしの沈黙の後に満足そうに頷く。


「そうですね。今日という大事な夜に邪魔立てされては敵いませんし、念のために確認しておいたほうが良いでしょうね」


 男の言葉に反応するかのように、闇の中で何者かが動いた。


 地下室には男以外に何も存在しない。それでも男は、地上へと上る何かを見送るようにもう一度天井を見上げる。


「……そういえば、この屋敷に入ってからというもの。一夜たりとも大事ではない夜など無かったか……」


 地上にいる何者かを見据えるように、地上に出向いた何者かを見送るように。天井を見上げ続ける男は、一人自嘲の笑みを浮かべて呟いた。




 所変わって屋敷の二階廊下。そこにカズンと猫助はいた。


 通路の両脇にはいくつもの部屋が並んでおり、突き当たりの窓までは光源が無い。その窓から差し込む月明かりも、カズンの足元にさえ届いてはいない。


 そんな闇の中で、カズンは壁に背を預けながら、慣れた手つきでボウガンに矢をセットしていた。


「どうだ? 中の様子はわかりそうか?」


 縛水の入った水筒を手に尋ねるカズン。その彼の肩に乗った三毛猫が見ているのは、廊下に並ぶ一室の扉。


「むぅ、三……いや、四か」


 闇の中で双眸を煌めかせて唸るように答える猫助。カズンは相棒の言葉にニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「その数なら一気に仕留められる。あとは猫助のアシストの正確さ次第だな」


「カズンが私の言うとおりに動いてくれれば、なんら問題は無いさ」


 お互い相手にプレッシャーをかけながら、これからの行動を確認しあう。


(それにしても、いろいろと考えつく嬢ちゃんだな……)


 取り出した矢に縛水を振りかけながら、カズンは少女エニーの言葉を思い出していた。


「気を循環させて瘴気を祓ってみようと思うんです」


 封印師にして道士である少女エニー・カーチスが口にしたのは、そんな提案だった。


 曰く、屋敷の窓は全て閉ざされており、密閉された空間の中で気が澱み、濁り、瘴気となって充満している。その密度は道士の心得が無いカズンをも『何かある』と思わせるほど。


 しかし、エニーの道術をもってすれば、この濃密な瘴気を浄化し常の大気に還す事は可能。ただ問題なのは、現状のまま術を行使しても無駄に時間がかかるという事。


 エニーは澱みない外気を取り入れ、屋敷の中を循環させる事で、より効率的に浄化を促進させようというのだ。もっとも、それでさえ屋敷中の瘴気を払うには一晩かかるというのが、エニーの見立てだ。


(一階の窓や扉は、表の泥人形どもを屋敷の中に招き入れかねん。開けるのは二階)


 こうして、浄化の道術を開始するべく精神集中に入ったエニーと護衛の従者サリディをホールに残し、カズンと猫助は二階の各部屋を回って窓を開ける事になったわけだが……。


 廊下に並ぶ扉の数を数えようとしたカズンは、すぐにそれを諦めて苦笑いを浮かべた。


「こうも多いとウンザリするな……」


「一部屋目で早くも泣き言とは、先が思いやられる」


 知らず口から出た言葉を猫助に咎められ、カズンの笑みに苦味が増す。


「耳元でグチグチ言うなよ。心配しなくても与えられた仕事はこなしきってやらぁ」


 カズンは壁から背中を離すと、漆黒のコートを翻し猫助の調べていた部屋の扉に向き直った。彼の肩口で猫助が改めて扉を凝視する。


「数は四で間違いない。一気に殲滅するぞ」


「おうよ。さて、客間でお寛ぎの先客様に御挨拶と行こうじゃねぇか!」


 猫助の言葉にカズンは不敵な笑みを浮かべ、豪快に扉を蹴破った。


 ノックと呼ぶにはあまりにも激しい一蹴りによって、扉が勢い良く開かれ部屋の様子をあらわにする。


 部屋の中央には埃の積もった足の低いテーブル。それを挟むように並べられたソファが二つ。丁寧に細工の施されたダッシュボードもまた埃が溜まっている。人の息吹を感じさせない室内を、月明かりが寂しげに射し込んでいる。


 だが、見た目は誰もいなくても、形無き誰かがいる。カズンは手にしたボウガンを室内に向けて突き出した。


「左ソファの奥!」


 猫助が声を発すると同時、カズンは指定された方向に向かって引き金を引く。


 飛び翔ける矢尻がソファ上の虚空に突き刺さり、その瞬間浮き上がる亡霊の絶命の姿。猫助はその断末魔を見る事も無く次の獲物へと視線を変え、カズンも猫助の視線に導かれるように手にしたボウガンを構えなおす。


「抽象画の右、部屋右手前の角は足元へ!」


 猫助の声にカズンのブーツが床を蹴る。一気に部屋の中央へと飛び込んだカズンは、身を捻りながら指示通りにボウガンを連射。


「ラストは!」


 矢を装填しつつ次の標的を催促するカズン。猫助はカズンに迫る危険を一足早く感じて彼の肩から飛び上がる。


「カズンの真後ろ! 頭狙いだ!」


 その警告を聞き入れるや否やカズンは前のめりに転がり、起き上がりざまに背後に向かってボウガンを一射。しかし、撃ち放たれた矢尻は勢い良く壁に突き刺さり、垣間見るはずの亡霊の姿を映さない。


(外れたか!)


「頭一つ上!」


 猫助の声を聞くよりも早く放たれた矢尻は今度こそ虚空に突き刺さり、苦悶の表情を浮かべて霧散する亡霊の姿がカズンの眼前に現れた。


「うひー、危ねぇ……」


 一瞬視界一杯に広がった亡霊の末路に、カズンは息を呑む。そんな彼の頭上に三毛猫がひらりと着地すると、部屋の中をぐるりと見回した。


 霊の姿を捉えることができる猫の目でも、室内にその姿は見られない。


「どうやら、この部屋はこれで制圧完了らしいな」


「見えねぇ相手ってのは、どうにもやりにくくて敵わんな……。おーい、重いぞ猫助。おまえのホームポジションはこっちだろうが」


 頭頂部に居座る猫助に、カズンはボウガンで肩を指し示しながら抗議する。


「おお、すまない。さて、早いところ窓を開けて次の部屋へ……」


 カズンに言われるまま彼の肩へと降り立つ猫助は、なんとなはなしに部屋の壁にかかった絵画へと視線を向け、総毛を逆立たせた。


 絵画は田舎の風景を描いたもの。実りの季節を思わせる金色の麦畑の中にポツンと風車小屋が建ち、あぜ道には農作業を向かう農民が二人。


 観た者を和ませる落ち着いた色彩で絵画としては美しいが、もしそれだけならば猫助はさして興味も抱かず目を逸らしていただろう。黄金の麦畑から人の形をしたモノが抜け出てさえいなければ。


「カズン! 風車小屋の絵、中央!」


 新たに発せられた猫助の声に、カズンが慌ててコートから矢を引っ張り出す。


「この、猫助! 四体じゃなかったのかよ!」


「隣の部屋まで勘定に入れているものか! 今の騒ぎに反応して、野次馬よろしく覗き込んできているぞ。あちらの壁に七体だ!」


(おかわりで増量かよ……)


 苦い顔で舌打ちしたカズンがボウガンを構えた先は、部屋の窓。


「おい、亡霊どもは壁だと……」


 猫助の抗議を無視して放たれたボウガン四連射は、部屋の窓を容易く打ち抜き、打ち破られた窓から室内へと外気が流れ込む。


「目標達成。次行くぞ、猫助」


「いや、だから壁から……」


 新たに取り出した矢尻に縛水を振りかけたカズンは、猫助が警告した壁に向かって立て続けに発射。


 カズンの放った四矢が虚空を捉えたのは三矢。一矢は亡霊の苦悶する姿を映す事無く壁に突き刺さる。


 猫助が数えた亡霊の数七体に違いが無ければまだ四体残っているが、カズンはそれらを無視して踵を返すと廊下に向かって走り出す。


「まだ残って……」


「っさい! お客がこっちの部屋に来てんなら、隣は手薄だろが! 作戦変更だ。壁を抜けてくるんなら、一部屋ずつ制圧して回る意味がねぇ。一気に攻め立てて各部屋の窓だけぶち割る!」


 猫助に言い放ち廊下に飛び出る。その途端に僅かな衝撃と共に、肩にあった猫助の重量感が消えた。


「カズン、伏せろ!」


 あったはずの猫一匹の重みの消失。自分の頭上から響く猫助の切迫した声。それらが何を意味するのか……。カズンの頭がその答えに達する前に、いや、猫助に言われるまでも無く、転がるように身を伏せていた。


 僅かに遅れてカズンの頭が猫助の言葉と自分の条件反射の意味を知る。


 自分が伏せたのは、猫助が肩から飛んだ後で何が起きるかを先程学習したばかりだからだ。猫助の言葉が、危機の襲来を証明している。


 そして、自分の目に映らない危機とは何なのか、先程から幾度と無く打ち抜いている亡霊達だ。それは、カズンの肩にほんの一瞬触れた不可視の何かが証明している。


(ウゲェ……)


 肩に触れた。正しくない。不可視の何かはカズンのコートや上着、それどころか彼の肌さえも通過して、直接彼の魂に触れてきたのだ。


 生者ならば、まず適う事がないであろう魂への接触。己が他人の魂に触れる事がないように、他人に己の魂に触れられる事もない。だが、生から逸脱したものにその理は通用しない。カズンの魂は刹那ながらも初めて味わった感覚に、激しい不快感と強烈な吐き気を憶えた。


 カズンは伏せた姿勢をさらにくの字に折り曲げ、歯を食いしばる。いっその事このまま嘔吐してしまいたいという衝動に耐えながら、手にした水筒の口を開け頭上の猫助に中身を振りかける。


「わぷっ!」


 再びカズンの肩に降り立とうとした猫助は、そのカズンからの縛水の洗礼を顔面から受けて声をあげた。


 しかし、猫助には抗議の声を上げる暇も与えられない。カズンの黒手袋によって三毛を鷲掴みにされる。


 そして、身体を蝕む不快感を鬼の形相で耐えているカズンには、猫助を掴む握力にまで気を回す余裕も無い。彼は途切れそうになる意識を辛うじて保ち、虚空を睨みつけると猫助を掴んだ手を振りかぶった。


「そこかぁぁぁっ!」


 雄叫びにも似た声を上げるカズン。黒革のブーツが床を踏み込み、美しくも豪快な投球フォームで虚空めがけて猫助を投げつける。


 くどいようだが、カズンには亡霊のような霊体は見えない。だが、冒険者の経験がものを言ったのか、はたまた魂に触れられた嫌悪感が彼の第六感を研ぎ澄ませたのか、やはりただの偶然なのか、投げ飛ばされた猫助は虚空でカズンの狙っていたソレに激突した。


「まったく、毎度の事ながら扱いが悪い!」


 カズンを襲った亡霊と接触した猫助は、身体が触れると同時に両の前足を振りかざす。

縛水に濡れた爪を突き立てられた亡霊は、苦しげな顔のまま十字に引き裂かれる。


「おい、カズン。せめて投げる前に投げると……」


 ひらりと身を翻して綺麗に着地した猫助はカズンに言いかけた文句を押し止め、彼の元へと駆け寄った。


「大丈夫か?」


 そう猫助が問うのも無理は無い。カズンの顔が青褪め、脂汗が額に玉を作っている。


「心配無用。で、何体だ?」


「は?」


 しゃべるのもしんどいのか、その口調も端的。猫助は解しきれずに問い返す。


「廊下に出てる輩だ。まだいるんだろ?」


「ああ、いるな。数は……ざっと、二十か三十か。一番近いのが、左手三つ目の部屋の扉辺りに、わにゃぁっ!」


 カズンを心配して足元まで近寄っていたのが災いした。猫助は、カズンによって先程入った部屋へと蹴り込まれる。


「カズン、貴様大概にしろよ!」


「苦情は後で聞く。その部屋にいた残りを片付けろ」


 確かに部屋から逃げ出したからには、当然のように亡霊達の残党がまだ存在している。


「しかし、それではおまえが……」


 そんな猫助の心配を無視して、カズンは自分の立つ廊下の先を睨みながら縛水の入った水筒に口元に運ぶ。


「二十か三十か。そんだけいれば充分だ」


 おしゃべりは終わりと言わんばかりに、カズンは水筒の中身を一気に口に含む。そして、口一杯に縛水を溜め込むと、手にした矢の束に遠慮無く吹き付けた。


「ん!」


 まだ縛水が口に含まれているらしく叫ぶ事こそないものの、見えぬ亡霊達を見据えるカズンの目から彼の殺意がほとばしっている。


 そして、カズンの意思は手にしたボウガンによって、一気に放出された。殺意の具現と化した矢尻が次々に打ち出されていく。


 片手一杯に掴んだ矢の束。数十本を手にしたままボウガンにセットするには、普段の四連射よりも時間がかかる。だが、今の彼の連射速度は普段とそう変わりは無い。


 では、セットの段階で発生したロスタイムをどこで削りこんでいるのかといえば、それは照準。なんのことはない。カズンは狙いを付けない事でこの時間をゼロにして、連射速度の帳尻を合わせたのである。


(当たれ、当たれ! 当たりやがれ、コンチキショー!)


 矢と敵の数が頼みの攻撃方法ではあるが、見えない亡霊が相手ならそれも已む無し。亡霊との接触で心を乱されて普段通りの正確な射撃は難しい今のカズンには、むしろ良策。もっとも、魂に触れられた不快感を払拭する八つ当たりと言うのが、本当のところなのだが……。


 数撃ちゃ当たると言わんばかりのボウガン乱射。確かに数撃った分だけ亡霊に当たる矢も多く、廊下にはびこる亡霊達の姿が浮かんでは霧散している。ただ、普段どおりの連射となれば、矢の消耗もそれ相応に激しい。


 カズンは手元が空になったと知るや、すぐさま新たな束をコートから引っ張り出し、口に残った縛水を思い切り吹き付けた。


「おかわりだ! 奢ってやっから、遠慮せずに食らいやがれ!」


 声を荒げ再び発射体勢に入ったカズン。そんな彼の肩に、再び覚えのある重みが飛び乗ってきた。


「おお、おかえり」


「ああ、ただいまだ。それにしても、随分と派手に撃ったな」


 カズンの肩から廊下を見回した猫助が呆れ顔で呟く。


 無理もない。亡霊はほぼ殲滅状態。それに代わってボウガンの矢がそこかしこに突き立っているのだ。


「見えねぇんだから、仕方ねぇだろ?」


 対するカズンは、猫助の反応から亡霊の残数を察してボウガンを撃つ手を止める。


 カズンは猫助側の成果を聞こうともしない。亡霊達がいた部屋に放り込んだ猫助が帰ってきたのなら、それが成果の現れだ。


「それで、どれだけ残っているんだ?」


 ボウガン乱射でいくらか気が晴れたのか、カズンの顔色は幾分落ち着きを取り戻している。気持ちのほうも、問答無用の乱射から猫助アシストの射撃へと切り替える余裕が出てきていた。


「廊下にか? 突き当たりの窓右手と、左奥から二つ目の扉の前。各部屋のほうもかなり減ったな、空き部屋も多い」


「やれやれ、撃ちまくった甲斐があったわけだ」


 言いながら放ったボウガンの二連射によって、猫助が宣言した場所に亡霊の絶命の姿が浮いて出た。


「さて、ほっとくとまた増えそうだ。さっさと窓を開けて回るか」


 ボウガンに新たな矢をセットしつつ、次の部屋へと歩みを進めるカズン。


「ああ、この様子だとエニー君達も亡霊に襲われているやもしれんからな。手早く済まそう」


 カズンは猫助の同意を聞き入れながら、新たな扉を蹴り開けた。


戦闘シーンはわりとテンポ良く書いてしまうのですが、今回はカズンと同様に苦戦しています。

見えない相手ってのは難しいですね。

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