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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第三章 闇色の館
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第39話 侵入開始

 カズン一行が問題の屋敷についた頃にはすでに日が暮れていた。


「ったく、長い道のりだった」


 屋敷を囲う外壁で唯一内と外をつないでいる玄関口。格子の扉の前で、ランプを片手にぼやくのはカズン。


 小都市シャルワンからの道のりもさることながら、彼が特に長いと感じさせられたのは屋敷が見えてからだ。


 街道を外れて北へ進んでいた一行は日暮れ前には、今日中の屋敷到達は諦めて野宿に入ろうとしていた。だが、そこで偶然にも猫助が彼方に屋敷を見つけてしまったのである。


 目的地が見えた以上は辿り着いてしまおうと、野宿の支度を中断し再びあるきだしたのだが……。


「大きく迂回させられたからな」


 猫助が疲れた顔でカズンに同意する。


 猫助が屋敷を見つけた時、彼等は見晴らしの良い丘陵地にいた。そこで見つけた彼方の屋敷。おまけに屋敷の前には泉があり、一向は迂回を余儀なくされた。見えているのに中々到達しない。その中での行軍が精神的にどれほど疲れるかは推して知るべし。


「やれやれ、お二人ともあれしきの距離で情けないですな。見なさい、我輩などまだまだ元気ですぞ」


 サリディがそう言って大げさな仕草で肩をすくめて見せると、カズンと猫助が彼を睨む。


「サリディは途中までエニー君に運んでもらっていただろう」


「そうだそうだ、俺だって担がされたんだ」


 前日の酒で重度の二日酔いに陥っていたサリディだったが、さすがに一日経つと酒も抜けて元気を取り戻している。ついでに、二日酔いの苦しみさえ忘れてしまっている様子で、サリディはカズン達の抗議の視線を気にする事なく主の元へと羽ばたいた。


「お嬢様、顔色が優れませんな。あまり無理をなさりませんよう……」


「いえ、まだ大丈夫ですよ、サリーさん」


 サリディの言葉に力無く笑って応じるエニー。


 最年少封印師、道士の新星として期待を集めているエニーではあるが、それ以外となれば普通の少女だ。大人のカズンが音を上げたくなる道程を歩き、元気であるはずも無い。少女の顔には疲労の色が見え、額を伝う汗で前髪が貼り付いている。それでも心配する従者に笑って見せようとする辺りは、彼女の主たる器量か。


「それにしても、大きなお屋敷ですね」


 自身の疲労感を紛らわすためか、ただ本心が口に出たのか、エニーは目の前に立つ屋敷を眺めて息をついた。


「確かに別荘にするにはデカイ。さすがはルーデン卿ってところだな。だが……」


 エニーの言葉に同意したカズンはサングラスの丸いレンズを少し下げると、改めて屋敷の外観を観察する。


 外見からしても富豪一家と使用人まるごと入れても余りそうな部屋数がある。それほどに大きな屋敷。ただ、その外壁は赤黒く汚れ、伸び放題の蔦が絡まり、庭も雑草に占拠されて見る影も無い。住む事を躊躇いたくなるほどに荒れている。


「よもや、この庭や屋敷の掃除も報酬に含まれているわけではなかろうな……」


「えーっと、一応頼まれたのは幽霊の存在の有無と撃退ですから、お掃除までする必要はないんじゃないかなー、と……」


 鬱蒼とした屋敷の外観に猫助がぼやくと、エニーは苦笑いを浮かべて返す。そんな彼女の肩にポンと黒手袋に包まれた手が置かれた。


「それで、エニー嬢。この屋敷にゃ先客がいらしてんのかい?」


「この下郎、お嬢様に気安く触れおって……」


 カズンに向かって上がるサリディの抗議。エニーはそれを片手で制すると、従者の鸚鵡は押し黙る。


 サリディが口を閉ざしたのはもちろん主に止められたからだが、それ以上に主エニーの表情の変化からだった。


 彼女の横顔からはつい今しがたまでの乾いた笑いは消えている。肩に置かれたままのカズンの手も意に介すことなく、屋敷を見据えて集中している。封印師であり道士でもあるエニー・カーチスの顔だ。猫助とカズンもすぐにエニーの変化に気付き、静かに彼女の口から言葉が出るのを待った。


「います。数はハッキリしませんが……」


 数分の後、屋敷を熱心に観察していたエニーはボソリと呟いた。


「お嬢様、我輩は戦闘装甲へ変化いたしましょうか?」


「いえ、まだ早いです。もう少し待ってください、サリーさん」


 エニーの表情から、屋敷に住まう何者かにとって自分達が招かれざる客だと悟ったサリディが問う。しかし、エニーは鸚鵡の提案に静かに首を振り、もう一度屋敷を見た。


(なんだろう? 妙な気配がする……)


 エニーの視界を占領する旧ルーデン卿別荘。幽霊屋敷の噂に違わず、その中に霊の気配を感じたエニーはそれとは別の違和感を抱いていた。


 得体の知れない感覚に眉根を寄せるエニーの隣で、カズンは少し驚いた顔で鸚鵡を見る。


「アホウドリ、おまえあの姿になると幽霊も殴れるのか?」


「アホウドリは余計だ、下郎。我輩をそんじょそこいらの低能な鸚鵡と一緒にしないでくれたまえ」


 感嘆の口笛を吹くカズンにサリディが胸を張って答え、その脇で猫助が溜息をついた。


「私は霊が見えても手は出せない。逃げ回るだけでお役には立てそうも無いな」


「って、待て待て。猫助、おまえ幽霊が見えるのかよ」


「猫とは元来そういうものだ。カズン、おまえ知らなかったのか?」


 ことあるごとに講義の生徒役に回っていた猫助もまた、ここぞとばかりに胸を張る。


「んだよ。そうなると、俺だけ何も出来ないってのか?」


「フハハハハ! どうやらそのようですな、役立たずカズン君」


「調子に乗りやがって……!」


 カズン達の会話を聞き流しながら、一人違和感の謎について思案していたエニー。そして、不意に肩から消えたカズンの手の感覚にようやく我に返り、振り返って慌てる。


 エニーの背後では、高笑いするサリディに向かってカズンがスウィングを振りかぶっていた。


「わ、ダ、ダメです! カズンさん、落ち着いてください!」


「止めてくれるな、エニー嬢! こいつも屋敷にいる輩の仲間入りさせてやる!」


「やーめーてくださーい!」


 エニーはスウィングを振り上げるカズンの腕にしがみついた。


「幽霊は言うなれば思念の塊のようなもので、気の乱れには敏感なんです。喧騒を起こして気を乱れさせると、大人しい霊まで騒霊に変わっちゃうんですよー! だから、落ーちー着ーいーてー!」


 スウィングごと振り回されながらも説明を続けるエニーの言葉に、カズンの暴走がピタリと止まる。


「確かに、屋敷を前にいつまでもここでグダグダやってる場合じゃないな」


「ご理解いただけて何よりです」


 カズンが落ち着きを取り戻し、エニーは安堵の息をついた。


「ついでに、エニー嬢まで一緒になって大声出してりゃ、世話ねぇな」


「反省しておりますです」


「で、エニー嬢。そろそろ俺の腕にぶら下がんの、やめてくんねぇか?」


 言うとカズンはスウィングを持つ腕を少女ごと持ち上げる。ゆらゆらと揺らされたエニーは顔を赤らめながら、黒い袖から地面へと降り立った。


「あ、ごめんなさいごめんなさい!」


「謝る事などございませんぞ、お嬢様。元を辿れば、癇癪を起こした下郎が悪いのですから」


「その元を辿れば、俺の機嫌を損ねるような事を言ったアホウドリの責任に、テェツ!」


 すまし顔で言うサリディを睨みすえて言うカズンの脛を、すかさず猫助が引っ掻いた。


「よさないかカズン。つい今しがたエニーに注意されたところだろう」


「サリーさんもですよ。波風を荒げるような真似は控えてください」


 猫助とエニーに諭され、カズンとサリディは不承不承という感じで頷いた。


 一連のイザコザにひとまずの休戦を迎え、エニーは改めて三者を見回してカズンで視線を止める。


「カズンさん。私はあなたが役立たずだなんて思っていません。一番危険を潜り抜けてきたあなたは、私達にとって貴重な戦力なんです」


 エニーは言いながら荷袋から自分の水筒を引っ張り出すと、カズンに差し出した。反射的にその水筒を受け取ったカズンだったが少女の真意を測りかね、エニーの顔と手にした水筒を見比べて首を傾げる。


「お褒めの言葉はありがたいが見えない触れない奴が相手じゃ、そいつは買いかぶりってもんだ。それに、水なら自分のがあるから……」


 カズンも自身の冒険者としての技量に自信が無いわけではない。ただ、今回の依頼はどうにも相手が悪い。道士の資質、霊感といったものとは無縁なカズンにとって、霊と戦う事は困難極まりない。身体という外殻を持たない霊体にはカズンの得意とする矢はすり抜けるのみ。対する霊の攻撃は、カズンの身体の干渉を受けずに直接彼の魂にダメージを与える。相性は極めて悪いのだ。


 カズンの言葉を受けてエニーは小さく首を振ると、真面目な顔でカズンの黒レンズに隠れた瞳を見る。


「縛水という道術をご存知ですか? この水には、その術で細工がしてあります」


 エニーの言葉につられてカズンは手元の水筒に視線を落とした。栓を開けて二、三滴掌に落としてみるが、見た目はなんの変哲もない水。


「永続する術ではありませんけど、一晩はもちます。カズンさんがボウガンを撃つ時に、矢尻か目標の霊にその水をかけてください。縛水を介して肉体を持たない霊にもダメージを与えられるようになりますから」


「そいつはありがたいな。ついでに霊が見えるようになる術とか無いのか?」


 水筒を弄びながら問うカズンにエニーは申し訳無さそうに首を振り、彼女の肩に飛び乗ったサリディが代わりに口を開く。


「カズン君、道士も万能ではないのだ」


「わかってるよ、言ってみただけだ。猫助、サリディ、エニー嬢、誘導は頼む」


 カズンはボウガンの弦の張りを確かめながら言うと、それでおしゃべりは終わりだと言いたげにエニーに視線を送る。エニーもカズンを見て頷いて返す。


「さあ、行きましょうか」


 少女の声を合図にカズンが錆び付いた格子扉を開き、各々が屋敷前の庭へと踏み入った。


 屋敷の玄関までを繋ぐ石畳の道。周囲ほどではないにしても石の隙間からはやはり雑草が長々と伸び、人の侵入を拒んでいるかのように感じさせる。


「平和的に話し合いで片付いてくれると良いのですけど……」


 エニーは望み薄だと思いながら、溜息混じりに呟いた。敷地へ踏み入ったエニーの感覚は、霊達の拒絶の意識をヒシヒシと感じ取っている。


「まあ、難しいだろうな」


 エニーの呟きを耳ざとく聞いた猫助が周囲に視線を巡らせてぼやいた。


 屋敷までの石畳を進んで半ば。敵意とも言える視線を感じていたエニー達。だが、最初に異変に気がついたのは、その敵視を感じ取れないカズンだった。


 いや、視線を意識していなかったからこそ、その変化への反応が他の者より一足早かったのかもしれない。


「お出迎えとはご丁寧なこった……」


 立ち止まり、ボウガンにセットした矢に無造作に縛水を振り掛けるカズン。その言葉と所作に、エニー達も危険の接近を察した。


 突如、カズン達の周囲で草むらがざわめき、地面が音を立てて盛り上がる。盛り上がった土は急速に宙へと伸び上がり、あるものは人型に、あるものは獣の姿へと形を変えていく。


 そして、姿を成したものから順にカズン達に襲い掛かってきた。


「クソがッ! 話し合いどころの話じゃねぇぞ!」


 カズンが放ったボウガンの一矢が戦闘開始を告げる。


「霊が土に取り憑いて生前の姿を形作ってるんです! サリーさん、戦闘装甲展開!」


「承知!」


 エニーが心言の詠唱を始め、サリディも変化に移る薄緑の光を放ち始める。


「猫助!」


「なんだ? って、ウワプッ!」


 カズンは新たな矢尻に縛水を振りかけ、そのまま水筒の口を猫助の頭に向けて傾けた。


「カズン! こんな時にふざけるな!」


 ずぶ濡れになって抗議する猫助。カズンはボウガンを撃ち放つと同時に猫助の背後に回り込む。


「俺はいたって大真面目だ! だから許せ、猫助!」


 カズンの言葉と同時に猫助を襲う衝撃。


 一瞬何が起こったかわからなかった猫助。だが、憶えのある痛みと視界に映る足を蹴り上げるカズンの姿ですぐに状況を把握。


 そして、猫助は怒鳴った。


「またか、貴様ァッ! 今度こそ死んだら化けて出てやるぅぅぅっ!」


 猫助は土人形の一群に向かって蹴り飛ばされていた。


このエピソードに入って六話目。ようやくお屋敷到達です。

で、戦闘開始と同時に蹴飛ばされる猫助。良い子はカズンの真似をなさいませんように。

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