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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第三章 闇色の館
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第38話 屋敷への道行き

 小都市シャルワンに住む豪商サプラスの夫人から幽霊屋敷の調査依頼を引き受けた翌日。カズン達はシャルワンから伸びる三つの大きな街道の一つ、王都ワーバンに繋がる西の街道にいた。


 通り名『スノウコイン』こと黒衣の冒険者カズン・リックフォート。得意とする武器はボウガンであり、今もそのグリップは彼の黒手袋に握られ、弦が引き絞られている。


 別の通り名『無限の矢尻』の名に恥じない無数の矢が、彼の漆黒のコートに収められている。その数を知る者はカズンのみ。いや、カズンでさえ把握しきれていないかもしれない。


 まっすぐに虚空を見据えて立ったカズンはコートから一矢を引き出すと、早撃ちで知られる彼とは思えないゆっくりとした所作でボウガンへ矢をセットする。


 いや、彼はあえて動きを緩慢にしていた。


 自らの身体の調子、ボウガンの具合をこの一射で把握するように。いざ早撃ちに転じれば、都度細かな調整などしていられない。ただの一矢で全ての調子を把握し、ボウガンも自分も一番良い状態へと引き上げる。


 グリップを握り、弦を張り、矢をつがえた。残る作業は、狙いを定めて引き金を引くのみだ。カズンはボウガンを目の高さへとゆっくり持ち上げる。


 一陣の風がカズンの立つ街道を吹き抜け、カズンの長い黒髪が大きく後ろへ流れる。彼は向かってくる風へとボウガンを構え、その引き金を引いた。


 張り詰めた弓弦が開放された瞬間タンッと乾いた音が響いた。ボウガンに撃ち出された矢尻は吹きつける風の軌跡をさかのぼるように飛び、あくびをする猫助の目の前を通り過ぎて木の幹に突き刺さる。


 一瞬、何が起こったかわからなかった猫助は目を見開き、大口を開いたまま動けないでいた。


 しかし、それも数秒の事。自分を挟んで左右に見える光景、ボウガンを構えるカズンと、幹に突き立つ矢を見て悟り、黒服の男を睨みつける。


「何をするんだ、カズン!」


「いや何って、いつもの日課なんですが」


 怒鳴る猫助に困ったように答えるカズン。カズンと旅を同じくしてそれなりに日が経つ猫助も、彼が毎日ボウガンの調整をしている事はよく知っている。知ってはいるが……。


「そんな事は知っている! 問題は誰のどこを狙って撃ったのだということだ!」


「猫助さん! あまり大きな声を出さないでください!」


 声を荒げる猫助に静粛を請うエニー。彼女の膝の上でぐったりしていた鸚鵡サリディ・ゼロは、猫助の怒声ではなく間近で放たれた主エニー・カーチスの大声によって身悶えた。


「お、お嬢様、どうかお静かに……お願い……いたします」


「わわ、サリーさん。ごめんなさいごめんなさい」


 エニーは慌てて謝り、サリディの額に濡れた布をあてた。


 街道の両脇に並ぶ並木の一本。カズンはその木陰に座る少女へと視線を向けた。彼女の膝元で虫の息な鸚鵡。鸚鵡サリディをそこまで追い込んだのは、妖魔に襲われただの旅に疲れただのといったものではない。ただの二日酔いである。


「ったく、だらしねぇなぁ、サリディ。あれしきの酒で……」


 カズンは翻したコートの中へボウガンを収めると、大げさに溜息をついてみせた。


「誰しもがおまえと同等に酒を嗜むとは思うな。ましてや、サリディは鸚鵡だ。同じ量飲んでいれば彼が酔い潰れるのは道理だろう」


 言い返すこともままならないサリディに代わって、カズンを責めるのは猫助。三毛猫の双眸から射すように飛ぶ視線を、カズンはそっぽを向いてはぐらかす。


 猫助が鸚鵡と人の体躯の違いを説いたものの。その対比以上にカズンは飲んでいた。しかし、その横顔は昨晩大酒を浴びた者とは思えない程に平然として変わりない。


「それにしても、あれだけ飲まれたのに……」


 そう言いつつカズンを見上げるエニーの顔には感心もあるが、呆れも混じっている。


「んあ? いや、あれぐらい普通だろ。エニー嬢の親父さんとかお袋さんとかも、飲まねぇのかい?」


「エニー君のご両親がお前ほど品の無い飲み方をするとは思えんが……」


 昨晩のカズンの飲みっぷりを思い出した猫助がボソリと呟き、エニーは首を振る。その否定は猫助の呟きではなく、カズンの言葉にだ。


「その、父様は下戸なので飲まないと言うよりは飲めないのです。母様もお付き合い程度に飲まれるほどで、カズンさん程では……」


「そうなのか。まあ、冒険者共の中にいたら酒盛りの機会は多いし、自然と鍛えられるからなぁ。いやぁ、俺もこれほどの酒豪になるとは思わなかった」


 一人納得するカズンを、地獄の底から嘲笑うような低い笑い声が響く。


 驚き声の元へと目を向ける二人と一匹。不気味な笑い声を上げたのはサリディだった。


「カズン君が酒豪とは……いやはや井の中のなんとやらですな」


「なに?」


 鼻で笑うサリディの態度にカズンが眉根を寄せた。


「旦那様や奥様はさておき、その御友人ともなれば別の事。カズン君が足元にも及ばぬ真の酒豪など幾人もおりますぞ」


「言われてみれば確かに、カズンさんに負けず劣らず良く飲まれる方はいらっしゃいますね。おじ様に、姉様に、ベル様。それから大先生に……」


 従者の言葉に思い当たる節があるらく、小首を傾げながら何人いるか数えだすエニー。その様子に猫助は世間は広いものだと呆れ、カズンは愉快そうに声高く笑った。


「さすがはエニー嬢。封印師採用最年少記録保持者なだけはあるな。随分と顔が広いみたいじゃねぇか」


「いえいえ、今お嬢様が列挙されている方々は、お嬢様が封印師となる以前よりのお付き合いでございますよ」


 サリディの注釈に感嘆の声を上げる猫助。


「さすがはエニー君。お嬢様と呼ばれるのは伊達ではないというところかな?」


「ただそういう家に生まれて縁に恵まれただけで、私が褒められるような事をしたわけではないですよ」


 エニーは少し笑って返すと談話を切り上げ、未だに動けないでいる従者を抱いて立ち上がった。


「さて、お二人とも。そろそろ動きましょうか」


 カズンと猫助を見てそう言うと、視線を二人から西へ伸びる街道へと移す。


「もう少し先で街道を外れて北に向かいます。一応、屋敷までは道がありますが……」


「ふむ、行く先が幽霊屋敷となれば人通りも無く整備もされていないのだろうな」


 猫助が先導して歩き始め、荷を担いだカズンもこれに続く。


「まだ先は長いか。やれやれ、日が暮れるまでには辿り着きたいもんだ」


 これからの道行きを考えぼやくカズン。彼の希望が叶うかどうかは、二日酔いのサリディ次第だろう。今朝町を出た一同がここに至るまでの時間からすれば、良く見ても五分五分。少し分が悪い。


 カズンの言葉を聞いたサリディがよろよろと身を起こしてエニーの腕から飛び立ち、危なっかしい羽根使いでカズンの頭にとまる。


「問うぞ、下郎。そもそも我輩をそそのかしたのは何者だったかね?」


「うるせぇよ、アホウドリ。少なくとも二杯目からは自主的に飲んでただろうが。それと、俺の頭にたかるんじゃねぇ」


 頭上から覗き込んでくる鸚鵡に目つきの悪い双眸で睨んで返すカズン。


「だが、一杯目は貴公であろう。それが呼び水となり我輩は今も苦しむ事となった。その責を感じるならば、エニーお嬢様に成り代わって我輩を運んでもらおう」


「何を偉そうに……」


 頭上からサリディを振り払おうとしたカズンだったが、サリディの顔色を見て身を強張らせる。


 元々の二日酔いからか、はたまた無理をしてカズンの元まで飛んだからか。サリディの顔は青褪め、何かに耐えるかのように嘴をわななかせている。人と鳥との違いこそあれ、サリディの表情はカズンにも充分思い当たる状態を示していた。


「わかった! わかったから! 俺の頭に乗ってていいから! だからこの状態で……」


「うぅ……吐きそ……」


「吐くなー!」


 カズンの悲鳴にも似た懇願が街道に響き渡った。


幽霊屋敷への道中の風景でした。

短い……。

次話には問題のお屋敷に到着できるかと思います。でも、何を出すつもりだ、私……。

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