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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第三章 闇色の館
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第36話 武器屋『硝子の斧』にて

「幽霊屋敷だぁ?」


 三つ葉都市シャルワンにある三つの店舗の一つ、武器屋『硝子の斧』。店内の一角、弓やボウガンが並ぶ棚の前に陣取ったカズンは、手にしたボウガンの具合を確かめながら訝しげな顔をエニーに向けた。


 彼の隣で物珍しそうに武器を眺めていたエニーは、カズンを見るとニコリと笑って頷き返す。


「はい。このシャルワンから北へ少し……そこに、ある御方の別荘があるんです」


「ある御方ねぇ」


 ボウガンを陳列棚に戻したカズンは、さして興味も無さそうな声を上げながら次のボウガンを手に取った。熱心にボウガンを物色するカズンの足元では、猫助が退屈そうにあくびをしている。


「別荘とは言っても持ち主は亡くなっておられますし、引き取り手も無くて雑草も伸び放題の荒れ放題だそうですけど」


「今や名も知れぬ雑草の住処と化した別荘地に、幽霊様が療養に来たってわけか」


 カズンはそう言いながら、慣れた手つきでボウガンの弦を引いて射出の構えをとる。ボウガンの向けられた先には、エニーの肩に止まる鸚鵡のサリディ。


「まったく、相変わらず無礼な言動と行動をする下郎ですな。屋敷の幽霊については目撃例があるものの、今まで被害は出ておりません。あえて言うなら、幽霊に驚いて逃げようとした際に転んだ者が何人か……」


 矢をつがえていないとは言っても、ボウガンを向けられて気分のいいものではない。サリディは軽く羽ばたくと、エニーの右肩から左肩へとその居場所を変える。


「最初の目撃情報は別荘の所有者が亡くなって間もなくと言いますから、もう十年以上も前の話になりますな」


 説明を続けるサリディから照準を外したカズンは、虚空に向かってボウガンの引き金を引いた。撃ち放つ物が無いボウガンの弓弦はパシンと乾いた音を立て、その途端にカズンの表情が曇る。どうやら発射の感触が気に入らないらしい。


「手抜きも手抜きだ。酷い作りしてやがる……。しかし、実害が無いなら放っておけばいいだろうに」


 ぼやきながらボウガンを棚に戻すカズン。エニーは首を振ってみせた。


「それが、そうもいかないんですよ。亡きルーデン卿の別荘は、所有者不在でシャルワンの役場が管理しているのですが、これを買い取りたいと申し出た方がいらっしゃるんです。その方のご夫人から幽霊が出るのは物騒だからなんとかしてほしいと頼まれまして」


 少女の言葉に、新たなボウガンを掴みかけたカズンの手が止まる。


「ルーデン……どっかで聞いたような名前だな」


「流石はカズン君。腐っても冒険者ですな」


「お褒めの言葉をありがとよ、アホウドリ。貰い物のボウガンがあるんだが、練習を兼ねてその減らず口をぶち抜いてやろうか?」


 褒めているようで貶しているサリディと、暗い笑みを浮かべて脅すカズン。静かに交錯する一羽と一人の視線が次第に火花を生み出し、危険を感じたエニーは咄嗟に火花の中へ飛び込んだ。


 かたや自分の主人、そしてもう一方にとっては大事な依頼主。そんな少女に止められてはサリディもカズンも喧嘩を続けるわけにもいかない。果たして、エニーの身を挺した制止は受け入れられた。


「エニー君。カズンは覚えがあるようだが、そのルーデン卿というのは有名人なのかね?」


 もしものために自慢の爪でカズンの脛を狙っていた猫助は爪を収めると、何事も無かったように再び体を丸めながらエニーに問いかけた。


「そうですね。亡くなった方を悪く言いたくはないのですが……」


「そうか、レグ・ルーデンだ! 思い出した」


 エニーの説明を遮るようにカズンが声を上げる。サリディは主人の話を邪魔したカズンを嗜めるように大きく咳払いをした。


「カズン君の言ったとおり、亡くなった別荘の持ち主はレグ・ルーデン卿。バレイン崇拝者の過激派のパトロンではないかと噂されていた男ですな」


「おい、サリディ。猫助にバレインがどうとか言っても通じやしねぇだろうが」


 改めて次のボウガンを掴みながらカズンが言うと、猫助が不機嫌そうに彼を見上げる。


「失礼な。七人の女神の名前ぐらいは知っているぞ」


「それじゃあ、バレイン崇拝者とその過激派については?」


「……」


 抗議の声を上げたものの、カズンの問いに答えられるほどの知識は無い。猫助は不機嫌な顔をそのままに沈黙した。その様子にカズンは肩をすくめ、やれやれと首を振る。


「んじゃあ、ちょいと勉強タイムだな。いいか、バレインってのは……」


「ご高説の途中で失礼ながら、その説明についてはお嬢様が適任ですぞ」


 先程のエニーの敵討ちとばかりにカズンの話の腰を折るサリディ。カズンは緑羽の鸚鵡を睨みつけたが、彼を肩に乗せた少女へ視線を向けると納得して頷いた。


「確かに、エニー嬢向きの話ではあるな」


「え? 私ですか?」


 少し困ったような顔をするエニーに、カズンはもう一度頷いてみせる。


「この世界の理を司る封印師の前で下手なこと言ったら、俺が恥をかいちまうだけだからな。俺も忙しいし、猫助に教えてやってくれよ、エニー先生」


 それだけ言ってボウガンの吟味を再開するカズン。彼に半ば強引に講師役を押し付けられたエニーは、小さく溜息をつくと猫助に向き直った。


「えーっと、猫助さんはバレインの事は御存知なんですよね」


「ああ、月の女神だろう?」


 女神バレイン。この世界ワールディッシュ創世神話に登場する七人の女神の一人。女神ティルシーとは双子であり、他の五人の女神の姉にあたる。太陽に象徴されるティルシーに対してバレインは月。この点は猫助の回答で当たりなのだが、バレインが意味するものは他にもある。


「確かにバレインを月と呼ぶのは間違いじゃないのですけど、それだけじゃありませんよ。月は夜の象徴。バレインは、月も含めた夜そのものを表します。そして、双子のティルシーが一日の始まりを表す朝陽に例えられるのに対し、バレインの夜は一日の終わり。転じて、バレインは物事の終わりを司っているんです」


「ふむ、バレインを見た者は死を迎えると聞いた事があるが……」


 猫助が説明を聞いているうちに思い出した話を口にすると、エニーは二度三度と頷いた。


「そう言われていますね。人の一生もまた終焉がある。バレインの姿を見るという事は彼女の管理下、つまり死の淵に辿り着いたという事ですから」


 故に女神バレインは不用意に目に付かぬよう、体にローブを纏い手足には布を巻いて肌を隠し、顔を仮面で覆っている。一説には、バレインを見て死ぬのは、彼女の姿が心臓を鼓動させる事も忘れて見惚れてしまうほどに美しいからだと言われている。その姿を見て生き延びた者がいない以上、真偽が定かになる事はないのだが。


「バレイン崇拝者の多くは、いつか来るであろう自己の終焉を穏やかに受け入れられるよう誠実に生きているのですよ」


 まるで自分がそうであるかのように、サリディはエニーの肩口で姿勢を正して厳かに言う。


「そのような穏健派の方々に対して、過激派の方の思想は少し違ってきます。過激派は自分の時代こそが世界の終末の時と信じて疑わない。いえ、それこそ自ら終末を呼ぼうとさえするのです」


「随分と無茶な事を考えるものだな」


 呆れ顔の猫助に同意を示すべく、エニーは困り顔で頷いて溜息をついた。


「今でこそ過激派は異端として弾圧されます。ですが少し前まで、それこそルーデン卿が生きていた数十年前はその終末思想に賛同する方が多くて、一時は過激派によって世界が本当に終焉を迎える寸前まで追い込まれたそうですよ」


「そのルーデン卿の残した別荘地なぁ。随分とキナ臭い話になってきやがったもんだ」


 エニーの解説の間、終始聞き役に徹していたカズンが口を開く。


「幽霊相手に俺を雇うなんぞ、あのチビ猫を助けるだけの口実かと思っていたんだが、そういう裏があるなら俺にも出番がありそうだ」


 少女の依頼内容に納得したのか、手元のボウガンの具合に満足したのか、カズンは弓弦を引きながら頷いた。


 幽霊、特に実体を持たない亡霊が相手ではカズンはエニー達の役に立てそうも無い。カズンの使う武器は、霊にダメージを与えられるような強化がされた代物ではないのだ。古代の遺産カーニバルでさえ該当しない。


「確かに猫さんを助けるという理由もありましたけど、カズンさんには最初から期待していたんですよ。幽霊屋敷はさておいても、そこまでの道中では何が出てくるかわからないんですから。凄腕の用心棒がいてくだされば心強いものです」


「ハハハ、嬉しい事を言ってくれるじゃねぇか、エニー嬢」


 まっすぐにカズンを見るエニーの口から出た褒め言葉。それを聞いているカズンのほうが照れくさくなり、それを隠すようにボウガンの弓弦を何度も引いては弾く。


「おお、お嬢様も社交辞令がお上手になりましたな」


 そんなサリディの言葉に弦を引くカズンの手が止まる。


「このアホウドリ。どうしても俺の機嫌を損ねたいようだな」


「ちょ、ちょっと待ってくださいカズンさん! 今のはお世辞じゃないです! 私はこの町でカズンさんと会えた事は、本当に幸運だと思っています! もう、サリーさんも妙な事を言って話をこじらせないで下さいよ」


 エニーは黒コートから矢を引っ張り出すカズンを慌てて押し留め、肩の鸚鵡を嗜めた。


「それにしても幽霊を祓いにいくとは……。封印師という仕事も案外幅が広いものなのだな、エニー君」


「あ、いえ、今回の用事は封印師としてではなく、道士として頼まれたんですよ」


 感心と驚きを混ぜた視線で見上げてくる猫助の言葉を、エニーは笑って否定する。


 封印師はこの世界に生じた異界に通ずる門を封印するのが生業。幽霊を相手にするなら心言によって霊と対話できる道士か、出なければ幽霊を撃退する術を持つ魔術師の出番となる。


 封印師エニー・カーチスは道士としての能力も兼ね備えているのだから、彼女の元にこの手の話が舞い込むのも無理は無い。


「まあ、事情はわかった。他ならぬエニー嬢の頼みだ、引き受けもする。その代わりと言っちゃあなんだけどよ……準備費は別途前金ってわけにゃいかねぇか?」


 手にしたボウガンを振りながらエニーに尋ねるカズン。


 彼の手にしているボウガンは、以前壊れたボウガンと同型のWハーツ社製のOG-07パレード。前作OG-06スウィングで経営が傾いたWハーツ社を、武器メーカーとして凱旋復帰させた人気商品だ。


 エニーはボウガンの置かれた棚に視線を向け、値札を見て目を丸くした。


「ふむ、こういった武器を買った事はありませんが、結構な値が……うわわっ!」


 突然エニーがカズン達に背を向けて俯き、彼女の肩にいたサリディはその勢いに追いつけずバランスを崩して宙へと羽ばたく。


「ど、どうなされたのですか、お嬢様? 顔色が優れないようですが……」


 幽霊でも見たかのように青褪めたエニーに、戸惑い問いかけるサリディ。だが、エニーには聞こえていない。少女はこっそり開いたガマ口財布の中を覗き、口元を引きつらせていた。


「カ、カズンさんと猫助さんも加わった事ですし、準備資金についての相談も兼ねて一度依頼主に顔合わせに行きましょうか……」


 値札の金額によほど驚いたのか、動揺が隠せないエニーの口調。猫助とサリディは示し合わせたように、少女を動揺させた本人を恨めしそうに睨む。


「って、俺のせいかよ! ボウガンはこれぐらいするってんだ!」


 青くなる少女と無言の抗議をする猫と鸚鵡。それらを前にして、カズンは居心地悪そうに叫んだ。


価値観は人それぞれで、こんな物にそんな大金を出すの?と思うことがあります。ええ、私はありますし、私自身も言われたり。

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