表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第三章 闇色の館
35/61

第35話 新たな依頼主

「あのチビ猫が……捕まえたら髭全部抜いてやる。尻尾持って振り回してやる……」


 小都市シャルワンの無数に張り巡らされた路地。その路地脇を流れる小川に半身を浸からせながら、カズンはブツブツと恨み言を洩らした。


 冒険者ギルドから受けた依頼、子猫捕獲。数ある依頼の中でも難易度が低いとされる部類の仕事で、カズン自身も簡単な依頼だと高をくくっていた。だが、ふたを開けてみれば依頼の遂行は極めて難航している。


 路地と言わず、塀と言わず、屋根と言わず、縦横無尽に逃げ回る子猫を追い回し、挙句の果てには勢い余って川へ転落。これだけ苦労させられていても、難易度判定が低いという理由で報酬も大した事は無いというのだからやってられない。


「だいたい、最初に猫助が上手く言いくるめてりゃ、こんな目には……」


 カズンは普段以上の目つきの悪い顔をしながら、なおもブツブツと恨み節を続けながら立ち上がる。


 頭から盛大に水没したおかげで全身ずぶ濡れ。着ている黒服は存分に水を吸って重く布地が肌に纏わりつき、たっぷり水を飲んだ黒ブーツは歩くたびにゴポゴポと音を立てている。


 子猫相手にこれだけ散々引っ掻き回されておいて、このまま取り逃がしでもしたら目も当てられない。カズンは子猫追跡を再会すべく、小川を形作る石垣に手をかけよじ登る。


「おーい、猫助! どこ行ったー!」


「そんな大声で呼ばずとも、ここにいるぞ」


 路地へと這い上がりながら相棒を呼ぶカズン。その相棒の猫助に耳元で応えられ、カズンは驚き危うく再び小川に転落しそうになった。


「おまえ、いるならいるって言えよ。ビックリすんじゃねぇか」


 カズンが路地の端にしがみつきつつ抗議の声を上げると、猫助はやれやれと首を振る。


「これしきで驚かれると、後が思いやられるな……」


「んだよ、後が思いやられるって? あのチビ猫が捕まったとでも言うのか?」


 路地に足をかけてよじ登りながらカズンが言うと、猫助は頷き返した。


「まあ、概ねその通りだな」


「うえっ! 冗談だろ? それじゃあ、俺はなんのためにズブ濡れになったってんだよ。どこのどいつだ、俺の獲物を横からかすめ盗った奴は」


 不機嫌極まるといった顔のカズン。だが、猫助に文句を言ったところで、捕まえ損ねた子猫が返ってくるわけでもない。


「とりあえず、そいつを探し出してあのチビ猫ふんだくって……。猫助、チビ猫拾った奴の顔は憶えてるか?」


「いや、覚えているも何も……」


 言いよどむ猫助の様子を不審に思い、カズンは問いただそうと口を開いた。だが、突如鳴り響いた羽音によって彼の言葉は遮られた。


「やれやれ、先ほどから黙って聞いていれば……。相変らず口の悪い男だな、カズン君」


 薄緑の翼を羽ばたかせ、カズン達の目の前に降り立ったのは一羽の鸚鵡。ただ、その鸚鵡が只者ではないのはその外観からでも良くわかる。


 全身を薄緑の羽根で後ろ頭と尾だけ白。目の上辺りの羽根だけ焦げ茶色で凛々しい眉毛っぽかったりする。……と、ここまでなら只の鸚鵡で片付くが、只の鸚鵡がシルクハットをかぶり、真っ赤な蝶ネクタイを付け、黒ベストを着込んだりはしない。


 そして、こんな奇妙な鸚鵡を一目見たら、そうそう忘れる筈もない。


「お……おまえ……」


 カズンは見覚えのある風貌の鸚鵡の出現に目を丸くした。そんなカズンを前にして、鸚鵡はわざとらしく溜息をついてみせる。


「開口一番がおまえとは、いかにも無礼な君らしい挨拶だな」


「エニー嬢じゃねぇか!」


 声を上げたカズンの視線は目の前の鸚鵡を飛び越え、少し離れて立つ封印師の装束に身を包んだ少女エニー・カーチスに向けられていた。


「って、我輩は無視か! とことん無礼な下郎だな!」


「ウッセェッ! やかましいぞ、アホウドリ!」


 もう一度川に落とさんと翼を広げて威嚇する鸚鵡サリディ・ゼロと、今日一番の鋭い目つきで睨みながら怒鳴り返すカズン。そんな二人の様子に、猫助は胸中で収めきれない呆れを溜息に変えて吐き出した。


「全く、おまえ達は進歩が無いな……」


 止めるのも馬鹿らしいと静観する猫助に代わって、エニーが慌ててカズン達を止めに入る。


「もう、サリーさん。久しぶりにお会いしたのに、いきなり喧嘩なんてしちゃダメですよ」


「しかし、この下郎が……」


 エニーの従者という立場上、彼女に窘められてはサリディも弱い。サリディがカズンに向けていた威嚇の姿勢は急速に力を失い、言い訳がましく口上を述べる嘴も少女の一睨みで容易く閉ざされる。


 ただ、端から見てエニーのその一睨みは決して恐怖を覚えるものではない。むしろ、可愛らしいとさえ感じてしまう代物であり、エニーの顔を見ていたカズンも思わず険しかった表情を和らげていた。


「久しぶりだな、エニー嬢」


「あ、はい。ラナイ村の騒動以来ですね、カズンさん。猫助さんも」


「うむ、元気そうで何よりだ。サリディも……言うまでもないか」


 猫助にそう言われ、サリディは自慢げに胸をそらしてみせる。


「おかげ様で我輩はすこぶる快調ですぞ。もっとも、どこぞの下郎のように川に飛び込むほどの元気は持ち合わせておりませんがな」


 そう言ってズブ濡れのカズンを横目に見て鼻で笑うサリディ。そのあまりのふてぶてしい態度に、緩みかけたカズンの目が鋭さを増す。


「んだと、アホウドリ!」


「よさんか、カズン」


「サリーさんもですよ、もう!」


 再び睨み合いを始めるカズンとサリディを、猫助とエニーで押し留める。面目無さそうに頭を垂れるサリディに対し、カズンはサリディへの怒りも忘れてエニーを見た。正しくは、エニーの抱えている灰色の毛並の子猫を。


「エニー。おまえ、そのチビ……」


 エニーもまた、カズンに言われて自分が抱える子猫へと視線を落とした。当の子猫は少女の腕の中で心地良さそうに眠っている。


「この猫さんですか? ついさっき拾ったんですよ。小さな体で路地を元気に走り回って……。身なりはこんなに小さくても、もう立派な野良猫さんなのですね」


 子猫の寝顔を眺めながら、無邪気に微笑むエニー。そんな光景にカズンは困り果てたように眉をしかめた。


「いや、エニー君。そいつは飼い猫だ……」


「あれ?」


 言いにくそうにしているカズンに代わって猫助がそれを告げると、エニーは少し驚いた顔で改めて子猫を見た。


「冒険者ギルドの仕事でよ。俺達はそのチビを飼い主に届けなきゃならねぇんだわ」


 苦い笑いを浮かべるカズンの言葉に子猫の耳が動く。目を覚ました子猫は、まるで彼の話を理解したかのようにカズンと猫助を凝視しその小さな体を強張らせた。


 子猫のあからさまな反応に、その場にいた全員が同じ感想を抱く。


「ふむ。嫌がっているようですな」


 サリディの呟きにエニーが頷き、カズンと猫助は渋面で唸る。


「カズンさん、この子を見逃してあげるわけにはいきませんか?」


「いやまぁ、俺も薄々感じちゃいた事だし、エニー嬢の言いたい事もわかるんだがよ。生憎、こっちも仕事なんでなぁ」


 如何なる依頼もこなす腕利きの冒険者と言えど、カズンも人の子。純粋な少女の懇願の真っ直ぐな眼差しを受け、カズンは居心地が悪そうに言い返す。


「この子の飼い主がどのような方かは存じ上げませんし、無茶を言っているのは私もわかっています。ですが、この子は飼われる事を望まず、野良猫として自由奔放に生きる事を心から望んでいます」


 エニーの言葉にカズンは依頼主の顔を思い描き、苦虫を噛み潰したような顔で眉根を寄せた。


 冒険者ギルドに席を置いてはいるが、カズンも基本的には風の向くまま気の向くままの自由な旅人。目の前の子猫が望んでいる生活を送る者である。誰かに飼われるなど御勘弁という子猫の気持ちも良くわかる。愛玩されるだけの人生など、まっぴら御免だ。


(ましてや、あの飼い主じゃなぁ……)


 子猫に少なからず同情もする。だが、どんなにエニーが熱弁をふるったとしても、カズンにはこの場を譲るわけにはいかない事情もある。


「でもよ、エニー嬢。俺達の方も背に腹は変えられないというか……」


 カズンはそこまで言うと猫助に同意を求めるように視線を向けた。


「うむ。やはりこの小僧は野に放してやるべきだな」


 猫助の言葉は、同意は同意でもエニーの意見に、だ。助けを求めた猫助の思わぬ裏切りに、カズンは猫助を睨みつけた。


「猫助、この裏切り者!」


「もともと私が乗り気ではなかった事はおまえも知っていただろう。全てはサーモンサンドの為と思って加勢したが、どうやらそれも危うくなってきた。そうなれば、おまえに手を貸す理由も無いと言うもの」


「薄情者!」


「ハッハッハ! これこそ、情を失った者の末路という事ですかな。往生際をわきまえたまえ、カズン君」


 猫助に対するカズンの抗議はサリディによって笑い飛ばされた。当のサリディは子猫解放に風が向いた事を喜んでいるというより、形勢不利に陥ったカズンの様を面白がっているとも言える。


「カズンさん、どうしてもダメですか?」


 トドメと言わんばかりに再び向けられるエニーの懇願の眼差し。


「俺も気持ちはわかるって言ってるだろ?」


 三対一の圧倒的不利。おまけにカズン自身も子猫には同情的。白旗を上げられるものなら上げているという状況で、カズンが負けを認めるわけにはいかない理由は只一つ。


「でもな、俺も依頼失敗となればペナルティを食らう事になる。何より、この依頼を成功させなきゃボウガン買い直すどころか、今夜の飯にもありつけない有り様なんだよ」


 依頼を失敗した冒険者に課せられるペナルティは、受けられる依頼のグレードダウンか割安報酬が主である。その度合いは失敗した依頼にもよるが、どのような仕事も大抵こなすカズンにとっては、さほど痛くは無い。数回依頼をこなせば信用も回復する。


 だが、今回の依頼の成功報酬は重要である。報酬が得られなければ、ボウガンを買い直す事もできない。ひいては冒険者として活動が危ぶまれる。何より食事にありつけないとなれば、冒険者としてどころか人として生存も危ぶまれる。


「金、金、金か。浅ましい限りだ」


「ウッセェッてんだ、アホウドリ! 俺も好きで言ってんじゃねぇ!」


 サリディの溜息を吹き飛ばす勢いでカズンが怒鳴り返す。


「つまり、報酬に代わる収入が得られれば問題ありませんか?」


 そんなカズンの声を流すように、さらりと言うエニー。彼女の突然の言葉に、カズンは一瞬言葉を詰まらせ、猫助は驚き目を丸くした。いや、目を丸くしたのは彼女の従者サリディもだ。


 何事か言い出そうとするサリディを片手で制し、エニーは黙ってカズンの返事を待つ。


「そ、そりゃあ、まあ……。でも、そんな都合良く依頼が飛び込んでくるとは……」


「それが都合良くあるんですよ。依頼が一件」


 カズンの返答を同意と見るや、エニーは嬉しそうにニコリと微笑んだ。


「依頼人は私です。カズンさん、私の依頼を受けていただけませんか?」


いつもより少し遅い更新。失礼いたしました。

前話で既にお気付きの方もいらっしゃるでしょうが、エニーお嬢様とサリディが再びカズン達と合流です。

はたしてエニーの依頼とは何か? カズンは金欠から脱出できるのか? 私は今度の金曜更新に間に合うのか? いろんな意味でお楽しみに、です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ