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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第三章 闇色の館
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第34話 迷い猫

 小都市シャルワン。


 王都ワーバンと港町シクリースを繋ぐ行路の中央に位置する町。隣国ルーディック王国への街道も整備されたこのシャルワンは、必然的に流通の中継点として栄えている。


 ワーバン、シクリース、ルーディックへと繋がる三叉路を中心として伸びた三本の大通りが町を三分し、幹となる大通りから幾本もの街路が小枝のように伸び、その小枝を覆う葉のように住居が立ち並ぶ。


 小都市シャルワン。誰が呼んだか三つ葉都市。確かに、町の上空を旋回する鳶のように町を見下ろせば、三つ葉を思い描くかもしれない。


 そのシャルワンの大通りから外れた一本の小枝の先。住宅ひしめく路地を冒険者カズン・リックフォートはひたすら走っていた。


「猫助! そっち行ったぞ!」


 闇色のコートを翻し、漆黒の長髪を振り乱し、靴墨そのもののようなブーツで路地を蹴り進むカズン。丸レンズのサングラスに隠れた黒い瞳が獲物を追いながら、相方へと指示を送る。


 入り組んだ路地の角を減速することなく曲がりきったカズンは、その先が行き止まりであると知るや急ブレーキ。ブーツの底にえぐられた地面から砂煙が舞い上がり、砂煙の中で彼の片耳に下がる白い硬貨型イヤリングが大きく揺れる。


「ったく、すばしっこい奴だ!」


 砂塵の舞う中、足を止めたカズンは塀の上へと登った獲物を忌々しげに見上げた。


 カズンの目の前、塀の上から彼を見下ろしているのは灰色の毛並みをした一匹の子猫だった。


 カズンが追ってこないと見るや、子猫は悠々と塀の上を歩いていく。その姿を目で追いながら、カズンは内心溜息をついた。


(もう少し楽に終わるはずだったんだが……)


 依頼名『迷子の子猫を捕まえて』。カズンが冒険者ギルドのシャルワン支部で受けた仕事である。


 冒険者としてはそこそこ名が知れ、それに見合った技量も持っているカズン。各種取り揃えられたギルドの依頼のどれもが、カズンにとっては達成可能と見られる案件であった。その中には今請けている依頼より容易いものや、報酬の高いものもある。


 そんな中で、カズンがなぜこの依頼を選んだのか。何が悲しくて一流の冒険者が子猫一匹を追い回さねばならないのか。


 理由の一つは枯渇状態にある路銀の問題。


 いくら仕事がこなせるだけの実力があっても、依頼が高額でも、その仕事を請け負う場所が離れていては話にならない。


 ここ最近の戦闘で特殊ボウガンカーニバルは弾切れ。愛用していたボウガンOG-07パレードも破壊されて、あるのは元冒険者のリンダ・ガレットから譲り受けた使い慣れないボウガンOG-06スウィング。装備を整える為にも、すぐにでもお金が欲しい。だが、今のカズンの財布は振っても音がしない。そんな状態で旅費を捻出しようなど論外だ。


 こうしてシャルワン市内での依頼に絞り込まれた依頼リストの中で、カズンの目に留まったのがこの子猫捕獲作戦だった。


 割高な仕事なら他にもあった。それでも、この依頼が手早く終わらせ無難に稼げるとカズンは確信していた。


 別にカズンが猫捕獲のスペシャリストというわけではない。動物に懐かれやすいわけでもない。カズンが確信を生んだ切り札は、相棒の猫助の存在だ。


 子猫が相手と言うなら、猫助に説得させて依頼主の元へ連れて行けばいい。カズンはこれほど楽な稼ぎ方は無いと信じて疑わなかった。目の前の子猫が、猫助の話し合いに応じずに一目散で逃げ出すまでは……。


「逃すか、小僧め!」


「フニャッ!」


 叫びながら塀の上を疾駆する猫助と、それに驚き再び逃げ出す灰色の子猫。二匹が視界から消えると同時に、カズンは塀に背中を向けて走り出す。


 カズンは走りながら頭の中に居住区の地図を思い描いた。現在地と、二匹の進行方向、自分自身の速度等を計算しながら、次の合流地点を割り出していく。


「二つ先の空き地に追い込め! 俺が先回りして挟み撃ちだ!」


 近所迷惑な大声で叫ぶカズン。ただ、周囲に迷惑をかけただけあって、その指示は猫助の耳にも届いた。


(やれやれ、簡単に言ってくれる……)


 猫助は前を走る子猫を追い詰めるべく四肢に力を込めた。


 猫助と灰色子猫。単純にその速さを競えば、猫助に分がある。だが、子猫は自分より速い猫助に対して地の利で勝っていた。大柄な猫助の通れない小さな穴を好んで潜り、路地を右へ左へと繰り返し折れては猫助の足並みを鈍らせる。


 当初、猫助は今回カズンへの協力を渋っていた。同種族の子猫を捕まえろなどと、人の御都合も甚だしい。いっそのこと協力する振りをして子猫を逃がしてやろうとさえ思っていた。


 しかし、今は違う。必ず捕まえてみせるという意思が、猫助の胸中に宿っている。その意思の出所。自分を見るなり逃げ出したという子猫の態度に腹を立てたというのも一因ではあるが、何より重要なのは……。


「全てはサーモンサンドの為! 小僧、悪く思うなよ!」


 猫助は、子猫が容易く潜り抜けた垣根を持ち前の脚力で飛び越える。


 そう。カズンに約束された成功報酬であるサーモンサンドにかける執念が今の猫助を動かし、劣勢の追跡戦を猫助優勢にまで引き上げていた。


 子猫の逃げ足に翻弄されながらも、時に威嚇し、時には爪を煌かせ、猫助は子猫の逃げ道を少しずつ指定された地へと誘導していく。


(かかったな、小僧!)


 猫助が振るった爪が近くの枝を打ち払い、子猫は落ちる枝から逃れるように塀から飛び降りた。その灰色の後姿に、猫助がニヤリと笑みを浮かべる。


 子猫の飛んだその地こそ、カズンが指定した空き地だ。そして、挟撃を宣言したカズン本人がその場にいないはずも無い。


「ナイス、猫助!」


 空中で放物線を描く子猫を視界に捉えたカズンが、歓喜の声を上げる。


 いかに路地を素早く逃げ回っていた子猫と言えども、その身を虚空に浮かべている間はその道筋を違える事は出来ない。カズンは子猫の着地点めがけて滑り込み、勝利の瞬間を掴み取ろうとその両手を広げた。


 だが……。


「ニャゴッ!」


 窮鼠猫を噛む。迫るカズンの両手を前にして、子猫はその小さな体を翻し彼の掌に爪を立てた。カズンの手を追おう黒革のグローブが引き裂かれ、子猫の爪はそれだけでは足りないと彼の皮膚に突き刺さる。


「痛……ッ!」


 両手から駆け上がる痛みにカズンは顔をしかめた。そして、痛みに吊りあがった目が、痛み以外に腕を駆け上がる者を捉える。


「ウッギャァァァァッ!」


 逃げる間も無く、カズンはその顔を子猫によって引っかかれた。


 悲鳴を上げるカズンの脇に降り立った子猫は、顔を抑えるカズンに目もくれず再び逃走を開始した。猫助もまた塀を蹴って空き地へ飛び降りると、追跡を再開する。


「ええい、迂闊な奴め! 猫を侮るからそうなるのだぞ、カズン!」


 走り抜けざま相棒の失態を罵倒し、改めて逃げる子猫を補足。


 挟撃は失敗したものの、今や追跡の場は逃げ場の少ない空き地。猫助の健脚をもってすれば、追いつけない距離ではない。子猫との距離を一気に詰めんと、猫助が四肢を躍動させる。


 だが、不意に視界が闇に包まれて猫助は足を止めた。いや、遮られた視界と共に、身体にまとわりつく布地によって動きを止められた。


「な? なんだ、これは!」


 困惑し思わず声を上げる猫助だったが、その答えはすぐに自らの記憶によって打ち出される。


 この布地の質感、重量、所々当たってくる硬い感触。間違いない。


「貴様! 何をしてくれるのだ、カズン!」


 予想外の妨害に抗議の声を上げる猫助だが、当のカズンには聞こえていない。聞こえてはいても、今のカズンは聞く耳を持っていない。自らが放り投げたコートの先に、猫助がいた事さえ見えていない。


「この……チビ猫がぁっ!」


 顔に引っ掻き傷を付けたカズンが腹の底から叫ぶと、子猫に向かって走り出した。


 カズンの武器庫とも言える黒コート。それを脱いだ時の彼の脚力は、健脚の猫助をも凌駕する。猫助が辿り着けると見立てた子猫との距離だ。猫助を上回るカズンが辿り着けないはずも無い。怒りでリミッターが外れた彼の遠慮無しの最高速なら尚更である。


「おら、どうしたチビ! 逃げねぇと食っちまうぞ!」


 僅か数秒で子猫の背後へと迫ったカズンが、サディスティックな笑みを浮かべる。そして、今度こそ勝利を掴もうとカズンの手が子猫に向かって伸びる。


(これで、今度こそ報奨金ゲッ……ト?)


 掴むはずだった子猫が不意にその軌道を変え、カズンの手は虚空を掴んだ。そして、掴んだ虚空に繋がっていたのは失態の文字。


「おろ?」


 子猫捕獲を失敗したカズンは、姿勢を崩して蹴躓いた。


 躓けば当然のように転ぶ。ただ転ぶならまだしも、今のカズンには自他共に認める俊足による慣性が付いている。


「アィダッ! イデッ! イダダダダッ!」


 走り続けてきたカズンの身体は、その勢いを疾走から転倒へ、転倒から滑走へと変換していく。その間もカズンの進行は留まらず、空き地を飛び出し路地を横断し縁石へと激突。それでも殺しきれない勢いは、行き場を求めて縁石を乗り上げる。


 縁石を発射台として打ち出されたカズンは、空中で眼下を見渡し愕然とした。


「……マジ?」


 誰にとも無く問うた一言を残し墜落するカズン。


 追跡者達から逃れた子猫は、路地脇の川から上がる水柱に背を向けて歩き出した。


「あら、可愛い猫さん」


 歩き出して間も無く、灰色の子猫は同じく路地を歩いていた少女の声に立ち止まる。


 子猫と向かい合った少女は、やがてその場に屈みこんで子猫に手招きしてみせた。その手招きに呼ばれたかのように、どこからとも無く飛んできた一羽の鸚鵡が羽音を立てながら少女の肩にとまる。


「お嬢様。無闇に手を出されては引っかかれてしまいますぞ」


「もう、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ほら、おいでおいで」


 嗜める声に反論しながら、少女は尚も優しく微笑みながら子猫を呼んだ。


 対する子猫は、カズンと猫助に追い回されたばかりだ。相手がいくら可憐な少女であろうとも、人である限り警戒心が拭いきれない。それは経験と学習に基づくもので、生きていく上では必要な事であろう。


 しかし、子猫は少女の手招きに誘われて一歩二歩と歩み寄っていった。


 カズン達にあった邪気が少女の無邪気な微笑に無い事を子猫は本能で悟り、その本能が経験と学習を上回ったのである。


「ほら、大丈夫でしょう?」


 成すがままに抱き上げられる子猫と、子猫を抱きながら笑ってみせる少女。少女を嗜めた声の主はその光景に小さく唸るしかなかった。


 そんな少女達の先。カズンが転げ出た空き地から姿を現した猫助が、路地を横切り縁石に飛び乗る。


「おーい。カズン、大丈夫かー」


 猫助は路地脇を流れる川を覗きこみ、水没したカズンに声をかけた。


 ただ、その声にいち早く応じたのはカズンではなく、灰色の子猫を抱く少女だった。


「あー! 猫助さんじゃないですか!」


 少女は猫助の姿に驚き声を上げる。その声を聞いた猫助は少女へと顔を向け、少女の驚愕が伝染したかのように目を丸くした。


新たなエピソードに入りました。楽しんでいただけると幸いです。

それにしても、今回の話のラストの少女とはいったい……いや、わかってらっしゃるとは思いますけど。

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