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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第二章 瑠璃色の森
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第32話 もう一つの後始末

「おい、カズン。今なんと言ったのだ?」


「密猟者の摘発だってんだ。何回も言わせんなよ」


 問いかける猫助に、カズンはディオンから視線を逸らさず答える。


「し、しかし、ディオンは森番だぞ?」


「森番が密猟するなって法はねぇよ。そもそも、誰だろうと密猟するなって法があんだから。んで、森番だったら密猟しないってのは、至極真っ当な事だが絶対じゃない。だろう、ディオン先生?」


 その問いにディオンの顔が紅潮し、穏やかだった顔が歪む。


「どれだけ失礼なんだ、キミは! 私が密猟など……」


「した。もしくは、しようとした。俺の考えじゃ、もうしたって方だな」


「何を根拠に!」


 どこまでも冷たく言い放つカズンに、ディオンが更に怒鳴る。この問いは猫助も気になったのか、説明を求めるようにカズンを見た。


「面倒クセェ上に往生際が悪ィなぁ。んじゃ言うが、アンタが道士だからだ」


「ふざけるな! なら、世の道士は全て密猟者だとでも言うのか!」


 猛抗議するディオンに向かって、カズンは見せ付けるように深い溜息をついてみせる。


「自分が無実だってんなら、ちっとは落ち着けよ。これは、アンタが皆の前で道術を使う前の話。密猟者の罠の跡で初めてアンタと会った時の事だ。アンタ、俺達と遭遇するまでに罠の痕跡を探っていたよな」


「ああ、確かに。あそこにはアンネを捕らえた罠の痕跡があった」


「じゃあ、道術の痕跡があった事にも気付いたろ?」


 その問いにディオンが言葉を詰まらせ、猫助が首を傾げる。


「道術の痕跡?」


「道士、心言をもって道術を成す。じゃあ、道術に用いられた木々や石ころは、その後どうなるか。猫助、おまえの髭を抜いたらどうなる?」


 問いに問いで返された猫助はしばらく考えた後、一つの結論に辿り着いてカズンを見上げた。


「痛い」


「そうじゃねぇ! 抜いた髭を押し付けたらくっつくか? すぐに生えるか?」


「そんなわけないだろう。抜けた髭は戻らぬ。元の長さに戻るには時間がかかる」


「だろ? 道術を受けた物も然り、だ。元に戻るまでは道術を使った跡が残る。あそこを調べていた生物学者で道士のアンタなら当然気付いたろ、ディオン道士先生?」


「それは……」


「まあ答えは後でいいさ。とにかく、俺はその時密猟者側に道士がいると思った。生物学者と言ってもピンキリだろうしな。アンタの事は道術の痕跡も見落とすような御仁だと思った」


 小バカにしたカズンの言葉に、再び声を荒げそうになるディオンだったが押し黙って続きを促すようにカズンを睨む。


「密猟者側に道士がいないんじゃねぇかと思ったのは、アンタ自身が罠に掛かった時だ。あの罠は道術で作ったようなもんじゃねぇ。そして、道士がいないと確信したのは密猟者達を見た時」


「おお、そう言えばこの者達はカズンの事を知っていたようだったが……」


 猫助は気を失っている密猟者達を見回し、彼等がカズンを恨めしげに見ていた事を思い出した。


「そりゃあ、以前ギルドの仕事を受けた時にこいつらと鉢合わせたからな。とにかく、元盗賊一味の中には道士がいない。それじゃあ、誰が道士か」


「待て待て、確かにディオンが最終的に道術を使い、自らが道士である事は認めた。だが、それと同時に黙っていた理由も話したのだぞ」


 カズンの講釈を猫助が止めて反論し、ディオンもまた猫助に同意するように頷いた。


「そうです。私が道術を使わないのは森の生態系を乱すからだ。そして、道士である事を黙っていたのは、森番達に道術を使えとせがまれたくなかったからだ」


「そこで出てきたのが、こいつらを捕らえたこの罠だ」


 カズンは二人の反論に動じる様子も無く、気を失ったままの盗賊が入っている網を指し示した。アンネと子虎も一緒に入っていたものだ。


「こいつに捕まった密猟者達は、さぞや難儀しただろうな。何せ結び目は無ぇし、引き千切れねぇ。丈夫な枝を絡めて作った頑丈な網なんだから」


「ふむ。確かに、道術でも使わなければ作れない代物だな」


 猫助が罠に近寄り、納得して頷いた。


 そう。この周囲の木々に劣らない太さの枝が網の目に重なって構成されたこの罠には、繋ぎ目も何もない。


「ちなみに、道術が必ずしも即効性じゃないって事も無学な猫助に教えておいてやろう」


「誰が無学か! ……む? 即効性ではない?」


 思わず問い返してしまった辺りが、無学なのかもしれない。


「道術を使うのには心言を使う。これはいいな? んで、心言を使う際にちょいと細工をすれば、自分で発動させなくても条件付けて発動できるようになるんだよ」


「それはつまり、人が来たら襲い掛かれとか、朝になったら起こせという事か?」


「まあ、そういう事だ。瑠璃毛を捕まえたければ、瑠璃毛が近寄ったら網を張れ、だ。網の構造なりなんなり、事細かに決め事を作らなきゃならないから時間がかかるらしいが……そうだよな、ディオン道士先生?」


 道士の心得があるディオンに、知らないの選択肢は無い。


「ええ、確かに。同規模の術を構成した場合、自分で発動させるより条件付けで発動させるほうが、遥かに心言詠唱に時間がかかります」


「すると、アンネが抱いていた瑠璃毛の子虎に反応して罠が発動したのか」


「そう言うことさ。ここで話をディオン先生に出会った時に戻すぞ。あの場所には道術を使った痕跡があった。ここにある罠が初めての事じゃないんだ。まあ、道術の効果が薄れないように定期的に術をかけて回るって意味でも、森番に加わるってのは合理的な話だよなぁ」


 カズンの最後の一言は森番にして道士であるディオンが密猟者であると明らかに疑っているものだ。


 だが、ディオンは話を聞き始めた時とは全く表情が変わっていた。その顔に狼狽も怒りからくる紅潮もない。実に落ち着き払った穏やかな顔。僅かに見せる微笑は、カズンを嘲笑っているかのように感じられる。


「確かに、私は不利な立場にあるようだ。だがね、カズン君。全ては状況からの考察。私が密猟者であると断定できる要素にはなっていない」


(さっきまで慌てふためいてた野郎がよく言うぜ……)


 自信たっぷりに反論するディオンに、カズンは呆れたと言わんばかりに溜息をついた。


「アンタが道術の痕跡を見逃すボンクラ学者だってんなら、その言い訳も通じるだろうな。アンタが、それだけなら……」


 思わせぶりに言葉を溜めるカズンにディオンならず猫助も焦れる。


「何が言いたい、カズン」


「ディオン道士先生。アンタが生物学者としてどれほどのものか知らねぇよ。だが、立派に道術を使いこなす道士だったのはわかる。その道士様に質問だ。なんで道士のアンタはあの痕跡を黙っていた?」


「それは……」


 答えに窮するディオンに代わって、問うたカズンがすぐさま答えを口にする。


「罠の事を森番の皆に伝えるだけなら道士としてでなく、生物学者という立場から言えたはずだ。皆に伝えなかった事を省いたとしても、アンタなら心言を使って罠を張った輩の事を木々に尋ねられる。アンタはどちらもしなかった」


 畳み掛けるように並べられたカズンの言葉の重圧に押され、ディオンは息苦しそうに呼吸を荒げる。


 王手だ。猫助は静かに佇むカズンと喘ぐディオンを見比べ、決着を感じた。


 しかし、終始攻め続けていたはずのカズンは、そこでディオンを追い詰める手を止めた。何を思ったのか彼はニヤリと笑みを浮かべ、スウィングをディオンから逸らす。


「ま、森番と言っても、あくまで臨時の今だけなわけだし。正義の味方ぶるつもりもないんだが……」


 言いながらスウィングを肩に乗せディオンに背を向ける。つい今まで密猟者の疑いをかけていたディオンへの行動に、猫助は注意する事も忘れて呆然とした。


 だが、ディオンは違った。


 今や追い詰められた獣のようなもの。生き延びる為の、最初で最後の好機を見逃す事などできない。


 そして、この好機こそ勝機だとディオンは確信する。


 カズンは道士を見くびっている。腰が抜けていようと、剣一つ振るう腕力が無かろうと、道士は印と心言を操れば一戦士に勝る一撃を放つ事ができる。否、もしもの為に、すでに準備は出来ている。あとは、発動させるのみ。窮鼠が猫を噛むなら今しかない。


 ディオンはカズンの背を見据えながら、両手を打ち鳴らすべく開いた。


「捕らえ……」


 目の前の黒ずくめの男と三毛猫一匹を捕らえるべく編み上げた道術。しかし、ディオンにはその術を発動する言葉を言い切る事が出来なかった。


 突如振り返ったカズンが無造作に振った片腕と、同時に聞こえた弓弦の跳ねる音。次の瞬間、ディオンの顔すれすれを何かが通り過ぎ、彼の本能が体を萎縮させたのだ。


 何が通り過ぎた?


 ディオンは言葉を放つ事も拍手を打つことも忘れ、今更ながら目を見開いて通り過ぎたものを認識しようと集中する。過ぎた物を今更視界に収められるはずもないとわかっていても、それ以外の行動が思いつかない。


 そんなディオンの恐怖など気にもしていない様子でカズンが呑気な声を上げた。


「あ、なるほど。なぁんだ、こうすりゃ良かったのか。やーっと、コツが掴めてきたわ」


 言いながらカズンがスウィングに次の矢を装填する。その姿に、ディオンは自分が撃たれたのだとようやく悟る。


 そして、ディオンの脳裏に一つの記憶がよぎった。


 この男は人質がいようとも平気で撃つ。一晩で盗賊団を壊滅させた鬼のような男。


「ひ……は……」


 反撃の機会を失い怯えきったディオンは、もはや助けを請う声も出なかった。


「背を向けたとは言え、ボウガンの引き金から指を外してはいない。そんな見え見えの誘いに乗るとは、哀れな男だ……」


 冷めた目でディオンを見る猫助に、カズンは苦笑いを浮かべる。


「言ってやるなよ。コイツは冒険者じゃないんだから。さてと、ディオン。まだ話の途中だったな。わかりやすく、ハイかイイエで答えてくれよ。アンタを密猟者として役人に突き出すのは簡単だが、アンタを信じていた旦那達を落胆させるのは忍びない」


 言いながらディオンに詰め寄るカズン。改めて腰を抜かしたディオンは逃げる事も出来ず、ただ黒鬼の接近を許すしかない。


「もし、ここで身を引くと約束するなら、ちょっとした罰を受けてもらうだけで見逃してやる。二度とこの森に踏み入るな。この約束が出来ないか、もしくは約束を破った時は、本気で当てに行くから覚悟するように」


 スウィングをチラつかせるカズンを前に、ディオンは首が折れんばかりに何度も頷いてみせる。


「よっしゃ、成立だな」


 ディオンの反応にカズンは満足そうに頷き返す。


「おい、見逃すのか? そこの盗賊はおまえを鬼と言っていたが、案外甘いものだな」


「いやぁ、そうでもない」


 脇にいた猫助は、その裁定に不満顔を浮かべる。しかし、カズンは猫助の苦言を気にも留めずにコートのポケットを漁り出した。


「さて、生物学者のディオン先生に最後の質問だ」


 カズンはポケットの中から目当ての物を取り出し、半ば放心状態のディオンの鼻先にそれを突きつけた。


「これ、なーんだ?」


 底意地の悪い笑みを浮かべながらディオンに尋ねるカズン。そんな彼の顔と彼の手にした物を見比べた猫助は、やれやれと溜息をつく。


「前言撤回だ。やはりおまえは鬼だ」


 カズンの手にあったもの。それは怒れる瑠璃毛さえ退散するという自然の脅威、イザミの実だった。


ホームズなカズンとワトソンな猫助のお話でした。

このエピソードももう一話で終る予定です。

気になる次の話は……どうするんでしょうね。

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