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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第二章 瑠璃色の森
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第31話 後始末

「解き放て」


 カズンや猫助、ガレット一家の見守る中、ディオンがそう言って手を打った。


 道士の能力を持つディオンの心言が周囲の木々へと伝わると、変化はすぐに表れた。瑠璃毛の母虎を捕らえるように、網目状に張り巡らされていた枝達がするすると解かれていく。開放される瑠璃毛に、その場にいた一同が少なからず警戒の色を浮かべていた。


 体の自由を得た瑠璃毛がその気になれば、今度こそ死人が出る。幾度と無く怒り狂う森の王者の姿を目の当たりにした彼等がそう思うのも無理は無い。


 だが、その警戒心はすぐに薄れ消え去る。


「ニャー……」


 小さくとも力強く鳴く子虎を前にした瑠璃毛の母虎は、我が子を慈しむようにその毛並を舐めた。


 種族こそ違えどもガレット夫妻も同じ親。瑠璃毛のそんな姿を見せられては、警戒できるはずもない。


「子虎に怪我が無くてよかったよ」


 アンネを庇うように抱いていたリンダは、言葉と共に安堵の息を吐いた。


「そりゃあそうさ。アンネが一緒にいて守ってたんだしよ」


 二人と共に瑠璃毛の様子を見ていたアースは、そう言うと娘の頭を撫でる。アンネを撫でる大きく力強い父の手の手はアンネには少し痛かったが、それでも少女は嬉しそうに両親を見比べながら笑った。


 ガレット一家に見守られていた瑠璃毛の母虎は、子虎を咥え上げるとゆったりとした動きで彼等に背を向け森の奥へと歩き出す。


「にゃー」


「うん、またね」


 去り際、ふいに小さく鳴いた子虎に、アンネが応える。そんな子供達の姿に、ガレット夫妻から笑みがこぼれる。そして、猫助もまた、その光景を微笑ましく見ていた。


「捕らえられている間に、随分仲良くなったようだな」


 瑠璃毛の去り行く姿を見送りながら、猫助はしみじみと呟いた。これに応じるカズンの表情は、猫助に反してすぐれない。


「瑠璃毛が落ち着いてずいぶんと和んでるみたいだが、足元の奴等の事もちっとは警戒してやれよ」


 カズンがその場の誰ともなしに警告する。


 瑠璃毛の殺気から解放されたせいか、はたまたアンネを救出できたせいか、ガレット夫妻も猫助も安心しきっているが、アンネや子虎を連れ去った密猟者達は今尚彼等の足元で気絶している。気絶しているだけで、いつ目覚めるかわかったものではない。


「おっと……悪いな、カズン。つい気が弛んじまった」


 カズンの言葉にアースが慌てて密猟者の捕縛にかかる。続いて彼を手伝おうと動き出したリンダが、密猟者達を見回してその動きを止めた。


「あれ? 二人足りない……」




 夜の森の中。漆黒の闇が支配する中、その闇に乗じて動く姿が一人。いや、正しくは二人だが、一人は気絶したままもう一人に担ぎ上げられている。


 闇に包まれた森の中、明かりも点けずに枝葉を掻き分け走る小柄な男。脱獄犯にして密猟者の仲間、ブラゴ・エーコッシュである。


「まったく、ヒデェ目にあった……」


 その言葉を体現するように髭に隠れたブラゴの口が不満げに歪めると、肩に乗せた弟分グリッド・オールマンを担ぎ直した。その拍子にグリッドの体が大きく揺れ、気を失っていた彼の目覚めを促す。


「う、うぅん……」


「おう、目が覚めたか、グリッド」


 ブラゴは、グリッドの目覚めに気が付き駆け足を止めた。


「あぁ、兄貴。あれ? なんで俺ッチは兄貴に担がれてんスか?」


「そりゃあ、おめぇ。いつまでもあんな所で寝転がってりゃ、捕まっちまうからよ。いや、それどころか命も危ねぇってもんだ」


 そう言うとブラゴは疲れた顔で溜息をついた。


 瑠璃毛の毛皮で一儲けと画策したものの、その捕獲は思うように進まず森番に遭遇。戦力として期待していたヴァンス・コナー率いる盗賊一味もあっけなく撃退され、捕らえるべき瑠璃毛は化け物のような強さ。


「あ! そういえば、あの森番の奴ら、どうしたんスか? あの野郎、今度あったらただじゃおかねぇ……」


「ほっとけ。あいつ等なら、きっと今頃あの化け物に食われちまってるさ。二度と面を拝む事もねぇだろうよ」


 気を失う直前の光景を思い出し鼻息を荒くするグリッドをブラゴが説き伏せる。


 カズンに蹴飛ばされたブラゴは、しばらく気を失った振りをして反撃の機会を窺っていた。だが、瑠璃毛の母虎の凶悪な強さを目の当たりにした彼は、すぐさま勝ち目無しと判断して森番達が戦っているどさくさに紛れて逃げたのである。


「命あってのモノダネ。何事も引き際が肝心ってもんだ」


 ブラゴの言葉に、グリッドは担がれたままの体勢でポンと手を打った。


「おお、さっすが兄貴! 良く心得てらぁ!」


「よせやい、グリッド。当然の事じゃねぇか」


 そう嗜めるもののブラゴもまんざらではないようで、グリッドの褒め言葉に小さな背をそらす。


「となると、次の計画も立てていたりするんスか?」


「当然の事じゃねぇか」


 これまた自慢げに胸をそらすブラゴ。


「へぇ、さっすが兄貴! それで、その計画ってのはどんな内容で?」


「……」


 ブラゴ沈黙。


「兄貴?」


 問いながら顔を覗き込むグリッドから、ブラゴは視線をそらした。


 瑠璃毛と森番の戦いの中を、命からがら逃げてきたのだ。次の計画など考えているものか。


「あー、えーっと、なんだ。あれだ。壁に耳ありと言うじゃねぇか。どこで誰が聞いているとも知れねぇ。俺様の計画をそう易々と話すのは危ねぇんだ」


 そう話すブラゴの声が、いくらかトーンダウンしている事にグリッドは気付いていない。それどころか、グリッドの目には自分を担ぐ小柄で髭面の男がいつもより大きく見えていた。


「なるほどねぇ、やっぱり兄貴はスゲェや!」


 素直に感心するグリッドに、適当に誤魔化したブラゴの方がいたたまれなくなる。


「んなことより、おまえはいつまで俺に担がれてんだ! 起きたんなら自力で歩け!」


 いたたまれなさを誤魔化すように、ブラゴは担いでいたブラゴを放り投げた。




「逃げちゃった奴を追いかける余裕なんて無いし。諦めるよりないねぇ」


 諦め顔のリンダの言葉にディオンが頷き、アースが心配無いとばかりに笑い飛ばす。


「なに、懲りずにこの森に入って来やがったら、今度こそ取っ捕まえてやるさ。とにかく、こいつらだけでも役所に突き出しちまおう」


 そう言うとアースは周囲に転がる密猟者達を見回す。幸い密猟者達は未だに目を覚ましていない。これなら捕縛も容易なものだ。


 だが、捕縛にかかるアースにカズンが待ったをかけた。


「密猟者の処分は俺達でやっておくよ。旦那と姐さんはアンネを連れて帰ってくれ」


 そのカズンの言葉に、皆が驚いたような顔で彼を見る。


「……なんだよ。俺の顔がそんなにチャーミングか?」


 視線を一身に浴びたカズンが居心地悪そうに問うと、猫助が驚き顔そのままに首を振って見せた。


「いや、おまえにそんな気遣いが出来るとは思わなかったのだ。感心したぞ」


 そんな猫助の言葉にディオンが、そして猫助の言葉がわからないはずのガレット一家までもが頷く。


 確かに、外見や言動から非情の人と言われた事もある。仕事柄、時として非情に走ることも無いとは言わない。それでも……。


「おまえら、少しは俺を見直せ。ホントお願いだから……」


 満場一致の同意見にカズンは力無く項垂れた。


「ま、まあ、とにかく、せっかくカズン君がそう言ってくれるんだ。アースとリンダはアンネをお願いしますよ。密猟者達を役所に送るのは、私とカズン君。それと猫助も手伝ってくれるのかな?」


「無論だ」


 すっかりへこんでしまったカズンの様子に、慌てて場をとりなすディオン。ディオンの言葉に猫助が頷いてみせる。


「うん、決定だね。ほら、二人共準備して」


「あ、ああ。しかし、なんか悪いな。後始末を任せるみたいで」


 ディオンに急かされてアンネを抱き上げたアースは、本当に良いのかとカズンを見る。


 アースの杞憂もわからなくもない。彼等が離れてから後、密猟者達が目を覚ませば相手をするのはカズンと猫助。それと腰の抜けたディオンという事になる。


 そんなアースの心配を見透かしたかのように、カズンは彼を見返した。


「気にするなって。それに、これ以上アンネをこんな場所に置いておく方が危険だろ? 早いところ連れ帰ってやりなって」


 カズンの言葉もまた然り。アースやリンダとしても、アンネを連れ帰りたいのが本音。何より、密猟者達に後れなど取らないという自信に満ちたカズンの顔が、彼等を結論付けさせた。


「わかった。それじゃ、お先に」


「カズ君も猫助も夕飯残しておくから、早いところ帰っておいでよ」


「なに、ディオン先生の抜けた腰が落ち着いたら戻るさ」


 娘を連れ帰る夫婦にカズンがそう答えると、未だに地に腰を着いたままのディオンがむせ返る。


「しかし、せめてどちらか一人は残した方が良かったんじゃないか?」


 ガレット一家を見送りながら猫助がカズンに問う。


 確かに、密猟者達を捕縛したとして残った面子で役所に運ぶのは骨が折れる作業だ。人手が多いに越したことは無い。


 だが、カズンは抗議にも似た猫助の問いに首を振った。


「いや、俺としてはここから先はあの二人にも見せたくなかったんだよ」


 そう言ってカズンはスウィングに矢を装填しなおし、矢尻をディオンへ向けた。


「な、何をするんだ! 冗談はよし――」


「先に警告しておく。道術を使う素振りを見せたら撃つ。そして忠告。正直言ってどこに飛ぶかわからん。或いは、一発でアンタはお陀仏……。だから撃たせるな」


 スウィングを向けられて狼狽するディオンのその言葉を遮るように、カズンは静かにしかし力強く言い放った。


 警告の真意はさておき、忠告は混じり気無しの真実である。事実、一度このスウィングを撃って失敗している。


「だったら尚更だ! それを私に向けないでくれ!」


 そのカズンの射的失敗を目の当たりにしているディオンだけに、抗議する彼の表情に余裕が無い。


「気でも狂ったのか、カズン! ボウガンを降ろすんだ!」


 二人のやり取りを聞いていた猫助もまた、失敗の目撃者の一人として大いに慌てる。


「失礼な、俺は正気だ」


「どこがだ、馬鹿者!」


 猫助の怒鳴り声に、カズンは空いた手で片耳を塞ぐ。


「近くで怒鳴るなよ、喧しい」


「怒鳴りたくもなる! ディオンに向けたボウガンを降ろすのだ。イヤだと言うなら……」


 抗議するカズンをさらに怒鳴りつけた猫助は、言いながら前足を振り上げた。その先端から伸びた爪が闇に煌く。


 今まで幾度と無くカズンに悲鳴を上げさせてきた猫助の爪が、今宵もカズンの脛めがけて振り下ろされ……。


「密猟者の摘発。今だけとはいえ、俺も森番なんでな……」


 カズンのその言葉によって爪は押し留められた。


「カズン、今何と……?」


 猫助は驚いたようにカズンを見上げる。


 カズンは驚く猫助の顔を見下ろす事も無く、スウィングを構えてから終始そうであったようにディオンを見据えていた。


 そして、カズンの視線を浴び続けていたディオンの顔は、スウィングを向けられた事とは別の要素によって狼狽の色を色濃くさせていた。


瑠璃毛との戦闘を終え、話はちょっと落ち着きながらの進行です。

ディオン先生にボウガンを向けるカズン君。向けちゃって収集つけられるのか、私。

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