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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第一章 斑の猫の館
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第3話 猫が1匹、猫が2匹

「そう言えば、まだ名を聞いていなかったな」


「カズンだ。カズン・リックフォート。『スノウコイン』って呼ぶ奴もいるな」


 ボウガンから矢を外しながら答える。


「その格好からすると、カズンは冒険者か?」


「ああ、そうだよ。ボウガンの『スノウコイン』っていえば少しは知られてんだぞ」


 言ってから、何か思い出したらしく猫助に笑いかけた。


「おまえ凄いよな。俺の矢をかすりもさせなかった。ああも簡単にかわされちまうと自信無くすぜ」


「当てる気の無いような矢だ。当たらなくて当然だろう。まあ、他の猫よりは素早いとは思っているが」


「っつーか、おまえ、ホントに猫か? 少なくとも俺は、人間の言葉を話せる猫なんて始めて見たぞ」


 その言葉に猫助は焼き魚をほおばりながら首を傾げる。


「私は人の言葉なんぞ話せんよ。貴様こそ本当に人間か?」


「なんだって?」


 今までされた事の無い質問に、カズンは少なからず当惑する。


 一瞬答えに詰まったカズンの腹が鳴った。さっきまで怒りで満たされていた胃が、怒りを失って空腹を思い出したのだ。


「食べるか?」


 腹を押さえて情けない顔をするカズンに、見かねた猫助が尋ねる。


「いや、それはおまえんだし……」


 そうは言うものの胃は正直だった。猫助の薦めに、賛同するかようにもう一度鳴る。


「一口貰っていいか?」


「一口で丸呑みするなよ」


 猫助の言葉に「するかよ」と笑いつつ告げると、カズンは焼き魚にかぶりつくべく口を開ける。


 その瞬間、一陣の風が吹いた。


 カチッ。


 そんな歯の噛み合う音が、静かな森の中に広がる。音の後に残ったのは、歯並びのいい白い歯を見せたまま止まっているカズンと、驚いた表情で彼を見る猫助。


「んが?」


 歯を噛み合わせたまま手を見る。先程まで焼き魚を掴んでいたカズンの右手は今、虚しく空を掴んでいた。


「カズン、貴様! 一口で丸呑みするなと言ったではないか!」


 猫助がカズンに向かって叫び、三毛を逆立たせる。食べ物の恨みは恐ろしい。


「テメエは目の前で見ていながら、俺が食ったとぬかすか!」


 食べ物を目の前にしていながら、またもやそれを口に出来なかった苛立ちにカズンの目つきはこの上なく悪くなる。ホント、食べ物の恨みは恐ろしい。


 しかし、あまりに険悪な睨み合いはすぐに中断される事となる。


 一人と一匹のすぐ近くの草むらがガサリと音を立てた。その瞬間、カズンは愛用のボウガンを掴んでコートから矢を引き出し、猫助は音の元へ向き獲物を捕らえるかのように姿勢を低くした。


「鬼が出るか……蛇が出るか……」


 何が出てこようと、自分のこの苛立ちを全てぶつけてやろうと言いたげに(それは八つ当たりだろうに……)舌なめずりしつつ怖い笑みを浮かべるカズン。


「油断するなよ」


 落ち着き払い低い姿勢で力を溜める猫助。気を弛めていたとはいえ、夕食を奪われるまで気配に気付かなかったのだ。相手は只者ではない。


 構えたまま動かないカズンと猫助。


 そんな殺気を知ってか知らずか、草むらの中の魚泥棒はもう一度大きく葉を揺らすとその姿を現せた。


「んな?」


 草むらから軽いステップで出てきたその者を見た途端、カズンが驚愕の声を上げる。


 口に焼き魚を咥えて草むらから出てきたその者は……その猫は、自分の隣で威嚇の姿勢をとる猫助とそっくりだったのだ。


 驚き戸惑うカズンの隣で、猫助は完全に戦闘態勢に入っていた。


 相手の様子を窺う必要は無い。目の前のこの存在は危険である。放っておけば必ず災いを呼ぶ。


 猫助は野生の感が鳴らす警鐘に従い、本能のまま自分そっくりの猫に飛びかかった。


 対するニセ猫助の対応は緩やかなものであったが、正確でもあった。


 まるで、猫助がどこにどのように向かってくるのかわかっているかのように、僅かに体を動かして飛びかかる猫助の一撃をかわす。


 間髪入れず横薙ぎに振られた猫助の爪の先に、ニセ猫助の姿は無い。すでに跳躍して間合いをあけていたニセ猫助はくるりと向きを変え、出てきた場所とは別の草むらに飛び込んだ。


「追うぞ、カズン!」


「え? あ、お、おう!」


 ニセ猫を追って走り出す猫助。混乱していたカズンが遅れて走り出す。


「猫助。いったい何がどうなってんだ!」


 走るたびに頬をひっぱたいていく枝に苛立ちを覚えながらカズンが問う。


「私にもわからん。ただ、あいつはいけない」


 そう答える猫助の姿は、すでにカズンと距離が離れており、草むらの隙間からかろうじて確認できるほど。それも少しずつ差がついてきている。


(いけないってどういうことだ?)


 見え隠れする猫助の姿を追うカズンの頭にそんな疑問が湧いたが、それを口にする事は無かった。別に聞きたくないわけではない。ただ、今は走る事に集中しないと猫助達とどんどん差がついてしまう。


(クソ! さっき猫助を追いかけていた時より速いじゃねえか。こんな速度で走らされたらボウガンも撃てねぇ)


 猫助との距離は僅かずつ広がり、その姿を確認する事が出来なくなるまでに大した時間はかからなかった。今では草や枝の揺れる方に向かって走るのがやっと。その草木の揺れも、猫助に当たって揺れたのか風に押されて揺れたのかわからなくなってきた。


 追跡を諦めかけたカズン。その視界が不意に広がる。


 森の中、木を切り倒し、雑草も刈り取られた開けた空間の中央に立つ古びた小屋。材木を簡単に組んで作られた隙間風の吹きそうな壁。さらに壁と同じく隙間だらけで雨漏りするであろう木板の屋根。そして、申し訳程度に作られた扉は少し開かれ、小屋の中を支配する暗闇を僅かに覗かせている。その、小屋の入り口に猫一匹。


「猫助……か?」


 カズンの声に猫助が一度振り返り頷き、再び扉を見る。カズンは疲労を覚え始めている足に力を込めて歩き出した。


「こん中に入ったのか?」


「ああ、まさか新しい入居者がいたとはな」


「何?」


 小屋から視線を外さず呟く猫助に、カズンが聞き返す。


「私の住処だ。いや、だった場所だ。悪くない物件だったが、中にあった木箱からカビが湧いてきてな。居心地が悪くなって数日前に村へ引っ越したんだ」


「んで、次の住人、いや住猫も三毛か。なんか決まりでもあるのかね」


「バカな事を言っているんじゃない。さっさと入るぞ」


「お、おい! ちょっと待てって」


 猫助がドアの隙間から中に入る。カズンは慌てて黒コートから矢を引き抜いてボウガンに装填すると、外れそうなドアノブに手をかけた。


「フニャーッ!」


 小屋の中から響いた悲鳴のような猫助の声に、ドアノブに乗せたカズンの手が止まる。


 次の瞬間、ドアがバンッと勢い良く開きカズンの顔面を直撃した。顔を押さえて悶絶するカズン。涙目になってぼやけた彼の視界が、ドアから走り出す猫助を映す。


「イッテぇな、猫助っ! 何すんだ!」


 抗議の声を上げるカズン。走る猫助は、一度立ち止まって振り返ると彼を見た。


「逃げろ!」


 そう言って近くの草むらに飛び込む。


「……は?」


 猫助の行動に対応しきれず首を傾げるカズン。


 その背後で殺気が生まれ、同時に木々の砕ける轟音。彼は振り向いて何が起きたのか確認する間もなく、壊れたドアと一緒に吹き飛ばされていた。


 カズンは背についた木切れを払いのけると、ボウガンを構えて振り返る。


「なぬっ?」


 小屋から姿を現したそれを見て、カズンはボウガンの引き金を引くことも忘れて驚愕した。




カビ生えてるのを見つけるとテンション下がります。

いつぞや冷蔵庫の中で青く変わり果てたソーセージを見つけた時はやるせなくなりました。

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