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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第二章 瑠璃色の森
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第28話 射手対脱獄者

 少女アンネの首筋にはランプの光に光沢を放つナイフが当てられている。そして、そのナイフの持ち主である脱獄者ブラゴの頭には、カズンの構える改良型ボウガン、カーニバルが向けられていた。


「おい、兄ちゃん。そいつはなんの冗談だ?」


 カズンの立ち位置はブラゴの側面やや後方。わずかに首をひねりながら尋ねるブラゴの目にも、カズンの手にしているものが何か、その向く先にいる者は誰かの判断はつく。


 だが、ブラゴはカーニバルを目前にして、全く動じる様子もなく問いかけた。


 その髭面の笑みの裏に隠れているのは、ボウガンを向けられた怯えか。それとも、人質をとっている優位の確信か。


「冗談じゃねぇさ。少なくとも、アンタがその娘に突き付けているものよりは、な」


 対するカズンも暗い笑みを浮かべながら言い返した。


 まるで人質のアンネが見えていないかのように、カーニバルを握る手には動揺の震えが無い。夜闇より黒いサングラスの奥に隠れたカズンの双眸は、冷たく光沢を放つカーニバルのフレームにも勝る冷ややかな視線でブラゴを見据えている。


「今でも間違えて刺しちまいそうなんだ。変な真似はしてほしくねぇんだがな」


「無理につま先立ちまでしてナイフ突きつける努力は認めるが、間抜けな格好じゃ脅しにならんぜ」


 カズンの言うとおり、背の低いブラゴは宙吊りのアンネにナイフを突きつける為に背伸びをしている。そんな状態で凄まれても迫力に欠けるが、これはこれでいつ誤ってアンネを斬りつけないか恐ろしい。カズンの軽口にブラゴが気を悪くすれば尚の事。


「茶化すんじゃねぇよ。手元が狂っちまうじゃねぇか」


「だったら、そんな不恰好な姿勢はやめちまえよ。なんなら、やめさせてやろうか?」


「撃つのかい? その拍子に俺が手を滑らせちまうかも知れんぜ」


「撃ってみるか? この娘の生死は定かじゃねぇが、アンタがどうなるかはわかるだろ?」


 カズンとブラゴ。その放つ言葉のどこまでが本音で、どこまでがハッタリなのか。双方薄笑いを浮かべた二人の顔からは、その真意は見えない。


 言葉のやり取りを終え、睨み合いに入った二人を中心に静寂が広がる。その光景を前にアンネはもちろん、アースやリンダも声が出ない。


 カズンはカーニバルの引き金を引かないし、引けない。それがアースとリンダの考えだった。何しろ肝心の矢が装填されていないのだ。それがバレれば娘のアンネが人質でいつづける事になる。引かないまま場が膠着しても、アンネの身は危うい。


 迂闊に手を出せず見守るよりない状況で、アースは焦燥の念を押し込めるように拳を固め、リンダは支えを求めるようにアースの腕に手を添える。


「さっさと切っちまえよ、ブラゴ。でないとテメェの頭が吹き飛ぶぜ」


 いつ終わるとも知れない睨み合いの張り詰めた空気が占める中、周りの静寂に溶け込むような静かな声で言ったのはヴァンスだった。


「いきなり何を言いやがる、ヴァンスの旦那。交渉の最中だ。邪魔しねぇでくれ」


 盗賊頭の言葉にブラゴは驚き声を荒げた。その盗賊頭ヴァンスは、カズンを睨みながら湾刀を構えなおす。


「ブラゴ。一時とは言え仲間だったんだ。牢獄暮らしで情報に疎いおまえさんに警告しておいてやるよ。交渉は程ほどで諦めろ。その男は人質がいたって平気で撃つぞ」


 そう言ってカズンを見るヴァンスの目には、僅かな怯えと隠しきれない恨みの色を湛えている。


「スノウコイン……カズン・リックフォート。そいつは、俺がいた盗賊団を一晩で壊滅させた鬼みたいな野郎だ」


 怒気をはらんだその言葉に思い当たる節があったのか、カズンの眉がピクリと動く。


「スノウコインよぉ。あの時も、冒険者を人質にとった俺の仲間をそのゴツいボウガンで人質もろとも撃ちやがったよなぁ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、旦那! だったら動くな! 俺が危なくなるだろうが!」


 積年の恨みを晴らさんとカズンに刃を向けるヴァンスを、ブラゴが慌てて制止する。無理も無い。交渉決裂ともなれば即座に戦闘が始まるのは明白で、そうなった時にカズンのカーニバルの最初の餌食になるのはブラゴだ。


 そのカーニバルを構えたカズンも表向き冷静を装っているが、内心はブラゴ同様ヴァンスに止まっていてほしいと願っていた。理由はもちろん、カーニバルの残弾ゼロがバレるから。


「一応言っておくが。あんたが動くと、こいつの命は無いぜ」


「その台詞を無視する奴に言われたかねぇんだよ!」


 ダメで元々とばかりに発したカズンの警告は、案の定ヴァンスには通じない。それどころか、彼を行動に移させる引き金となった。


「や、やめろ、旦那!」


 ブラゴの止める声も聞き入れず、ヴァンスは湾刀を振りかざして地を蹴った。


 ヴァンスにしてみれば、過去カズンがそうした事の再現。違いがあるならば、過去カズンが構えていたのがカーニバルで、ヴァンスが今手にしているのが湾刀だと言うことだろう。


(恨みってのは恐ろしいな、ったく!)


 迫るヴァンスに、カズンは舌打ち。人質の取り合いから生じた均衡は、彼によって崩された。それまで動けなかった者達が一斉に動き出す中、最早カズンに迷い悩む余地も無し。


 カズンはブラゴの背中を蹴り飛ばし、ヴァンスの道を塞ぐ。


「猫助、頼む!」


 カズンがその名を呼ぶより早く、背後の草むらから飛び出した三毛猫が一匹。飛び出した勢いそのままに、カズンの背中を問答無用で駆け上がるとそのまま大跳躍。


 もしもの為のバックアップ要員として、カズンが待機させていたのである。そして、猫助の飛び出したタイミングは、助っ人としてまさに最高のタイミングだった。


 華麗に宙を舞った猫助は、カズンに向かって突進していたヴァンスの顔面に着地し、自慢の爪を煌かせる。


「ギャアァァァッ!」


 突然視界を奪われたヴァンスは悲鳴を上げる。そして、彼はそれまでの疾走の勢いを殺しきれず、そのままブラゴと激突して盛大に転倒した。


「この、クソ野郎……!」


 すぐさま起き上がろうとするヴァンスの頭上へ、とどめとばかりに罠に包まれたアンネ達が落下した。


 迎撃の姿勢をとっていたカズンと猫助は、思わぬ一撃にお互い目を見合わせる。


「ったく、ヒヤヒヤさせやがって……」


 そんな二人を非難するように言ったのはアース。彼の腰に下げられたホルダーから、投げ斧が一つ消えていた。見上げれば、アンネ達が吊り上げられていた枝には断ち切られた綱と、枝に突き立つ投げ斧。


「まあ、みんな無事なんだ。ヨシとしようじゃないさ」


 アースの隣にいたリンダが彼を宥めるように言う。その彼女の手には愛用のスウィングが戻っており、今はブラゴに向けられている。


 カズンがブラゴを蹴り飛ばし、アンネからナイフが離れた瞬間からアースとリンダも行動を起こしていたのである。


(さすがは元冒険者コンビ。いい動きしてらぁ)


 二人の行動にカズンは感心しつつ、自身もアンネと共に罠にかかっていた盗賊達へカーニバルを向ける事は忘れていない。


 カズンのカーニバルと、駆け寄るアースの二挺斧を前に、罠の中の手下二人はなす術も無く両手を挙げ降伏の意思を示した。そんな盗賊達をひと睨みしたアースは、アンネに向かって努めて優しく笑いかける。


「待ってろ、アンネ。今出してやるからな」


 瑠璃毛の子虎を胸に抱き怯えている娘に向けられたその顔は、紛う事無く父親の顔。


「お父さ……お母さん……」


 父アースの手によって罠から開放されたアンネは、同時に緊張からも解放されたらしく目を潤ませ声を上ずらせる。アースの大きな腕にしがみつくアンネの姿に、カズンと猫助も安堵の息をついた。


「うむ、怪我も無いようだな。無事で何よりだ」


「ああ、まったくだ。ところで、あの痩せ先生はどうした?」


 カズンの問いかけに、猫助は忘れていたとばかりにカズンを見上げる。


「そうだった。ディオンはまだ待機したままだ。急いで呼びに……」


「ひぃああぁぁぁぁっ!」


 その話題の人ディオン・ブルームの悲鳴が森に木霊する。


「……あの人は、またどこぞで罠にかかってんのか?」


 呆れ口調で言うカズン。その隣で猫助もまた呆れたように溜息をつく。


「まあ、先生は実戦向きじゃあねぇからなぁ」


 アースもアンネの頭を撫でながらカズンの意見に同意した。


 ただ、リンダを除いて。


「カー君! 頭下げて!」


 リンダは叫ぶと同時に、手にしたスウィングをカズンに向けた。


「な!」


 対するカズンは突然の事に驚き反応が遅れた。アンネ救出成功で緊張の糸が切れたと言えばそれまでだが、彼らしからぬ失態。


 動けないでいるカズンに向けられたスウィング。もちろん、リンダの狙いはカズンではないし、彼の背後から猫助並みの速度で飛び出してきたディオンでもない。彼等のさらに背後……。


 この森の王者の再来。瑠璃色の虎がそこにいた。


前話に続いて、なんだかびっくりな展開。悪い意味で。

ヴァンスさんにはもう少し頑張ってもらいたかったのですが、あっさりと敗北してしまわれ、なんだか残念な人になってしまいました。敵役というのも難しいものですね。

彼には悪いですが、良くない見本として今後の小説に役立ててまいります。

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