第27話 森番対密猟者
木こりのアース・ガレット。冒険者であった彼は、その経験を買われて密猟者相手の森番の一人となった。そのアースが冒険者を辞めた要因の一つは、彼の性格にある。
実直で誠実、人当たりは悪くない。好感の持てる男ではあるが、時に騙し誤魔化しはぐらかす事も必要となる冒険者間の駆け引きにおいて言えば不向きな人柄。冒険者の相棒であったリンダとの結婚を機に、きっぱりと足を洗ったのは正解だったかもしれない。
ただ、惜しむらくはアースの腕力。いざ戦闘となれば、その豪腕から繰り出される戦斧で数々の仲間の危機を救ってきた。冒険者として全体の能力を評価すれば高くは無いが、戦士としては優秀だったのである。
そのアースが今、二挺斧を手に戦場へと飛び出した。いや、彼の斧が今からこの地を戦場に変える。
「お父さん!」
アースの姿に歓喜の声を上げる。そのアースは宙吊りにされた娘の姿を見つけると、憤怒の形相で周囲を見回した。
「おまえらぁぁぁぁッ!」
捕らわれの愛娘アンネの姿を見た父アースの怒りはどれほどのものか。必要以上に握り締められた二挺斧が、娘誘拐の首謀者である脱獄者と盗賊首領に向けて振り下ろされる。
「な! テメェ、森番か!」
盗賊首領ヴァンス・コナーは湾刀を抜き放ち、アースの一撃を打ち弾く。
「チッ! こいつはいけねぇ!」
脱獄者ブラゴ・エーコッシュは小太りのなりからは想像できない身のこなしで斧をかわして、間合いの外へと逃げ飛んだ。変わってその場に飛び込んできたのは彼の弟分グリッド・オールマン。
「兄貴に刃を向けるとは、いい度胸だ! このド畜生が!」
着地と同時に放ったグリッドの長い脚が、アースの斧を蹴り上げる。
「俺の娘を攫っておいてド畜生とは、どの口がほざくか!」
アースはグリッドに怒鳴り返しながら、斧を飛ばされた手で彼を文字通り張り倒した。
「グリッド!」
叩きつけられて軽くバウンドするグリッドにブラゴが叫ぶ。だが、昏倒している彼が返事をするわけもなし。アースはグリッドが動かないと見るや、もう一人の目標であるヴァンスへと視線を移す。
振り下ろされるヴァンスの湾刀。アースはその一撃を斧で受け止めると、続いて繰り出される連撃も片腕一つで凌ぎきる。
「なんて奴だ、この野郎!」
悪態をつくヴァンスの大振りの一閃をも捌いたアースは、足元に転がる二挺斧の片割れに足をかけた。器用に跳ね上げた斧は吸い付くようにアースの手元に収まり、彼本来の斧二刀流の型に戻る。
「あいつの親父様だ、憶えとけ人攫いが!」
反撃開始とばかりに打ち込まれる二丁斧の連撃。ヴァンスもまた彼の攻勢を凌ぐものの、一撃一撃の重みに耐えかねて押し倒されるように倒れる。追い討ちとばかりに、アースが斧を構えて踏み込んだ。
「お父さん、後ろ!」
娘の声にアースは踏みしめた足を軸に身を捻ると、後方へ向け蹴りを放つ。斧の一撃にも劣らない一閃が、首領の危機を救おうとした手下の横腹を捉えた。
今蹴り飛ばしたばかりの者も含めて、アースに襲い掛かってきた手下は二人。蹴り飛ばされた仲間の脇を抜けた男がアースへ迫っていた。対するアースは蹴りの姿勢が解けていない。絶好の好機を得た男は、無防備になった彼に向けてナイフを構える。
「お父さん!」
父を呼ぶアンネの悲痛の声が森に響く。
だが、アースに盗賊の刃が届く事はなかった。茂みから撃ち出された矢尻が、寸分の狂いも無く男の振りかぶったナイフを射抜く。
「……ッ!」
ナイフを弾き飛ばされ無手となった手下に成す術も無い。そして、アースの元へ駆け寄る足を止める間も無い。
アースは駆け寄ってきた男の胸倉を掴み上げると、そのままヴァンスに叩きつける。
戦闘開始からもの数分、まさに電光石火。密猟者達はアースの猛攻に圧倒されていた。
「さて、残るは……」
二挺斧の鬼神は周囲に視線を巡らせる。
残っているのは、アンネや子虎と共に罠にかかっている盗賊の手下二人。そして……。
「おおっと、動くんじゃないぞ。俺は殺しは好きじゃないんでな」
ナイフを手にしたブラゴ。彼は刃先をアンネの喉元に当ててアースに警告した。
戦場の鬼神アースも人の親。刃にさらされた娘を前に微動だにできず、眉根を寄せてブラゴを睨みつける。
「下種が……!」
「俺の機嫌を損ねる暇があったら、両手に持ってる物騒なモンを放したらどうだ?」
再び発せられた警告に、アースは躊躇い無く二挺斧を手放した。その従順な素振りにブラゴはニタリと髭面を歪ませた。しかし、それだけでは彼の要求は留まらない。アースからその背後へと視線を移したブラゴが高らかに叫ぶ。
「おい! 草むらの中にいる奴も、隠れてないで出て来い!」
ブラゴの声に遅れること数秒、草むらが大きく揺れリンダが姿を現し手にしたボウガンを投げ捨てた。彼女もまた、不機嫌な顔でブラゴを見据えている。
「物分りが良くて結構だ。さて、お次は……グリッド! おい、グリッド! いつまで寝てやがる!」
野太い怒鳴り声に、弟分であるグリッドが……ではなく、盗賊首領ヴァンスが起き上がった。
「派手に張り倒されてやがったからな、当分目覚めねぇだろうよ。やれやれ、ようやく形勢逆転か。ったく、随分と好き勝手に暴れてくれたじゃねぇか。おー痛ェ」
ヴァンスはグリッド同様気を失っている手下を押しのけて立ち上がり、動けないでいるアースの頬を殴りつけた。
「おいおい、旦那。大事な仲間になるかもしれないんだ。仲良くしてやろうじゃねぇか」
「はぁ?」
続けて殴ろうとするヴァンスをブラゴが止める。ヴァンスは彼の言葉に耳を疑った。ブラゴは意図の読めていない彼の様子に、やれやれと首を振ってみせた。
「森番側にも仲間がいりゃあよ。捕獲も逃走も楽になる。頭は使いようだぜ、旦那」
「誰が……!」
「てめぇらなんぞに……!」
ヴァンスを諭すブラゴの言葉にガレット夫妻揃って拒絶の声を上げようとする。だが、その言葉は娘に突きつけられたナイフが押し留められた。
「可愛い嬢ちゃんの為だ。協力してくれるんだろ?」
沈黙した二人にニタリと笑いかけるブラゴ。その笑みは人質を手に不動の優勢を勝ち取った証明。
そんなブラゴの背後。森の木々が作る漆黒の闇の中で、なお黒い影がユラリと動いた。
「いやいや、嫌がってるだろ。無理強いは感心しねぇな」
呆れた声で影が告げる。振り返ろうとしたブラゴだったが、後頭部に突きつけられたボウガンにそれを押し留められる。
木陰から伸びた手が持つそのボウガンのシルエットに、ヴァンスが目を見開き身構えた。
ブラゴに向けられた改良型ボウガン、カーニバル。その遺跡から出土した古代兵器を扱う冒険者など、一人しかいない。
「そ、そのボウガン……まさか、てめぇ! スノウコイン!」
その持ち主であるカズン・リックフォートは、通り名を呼ばれて姿を現すと不敵な笑みを浮かべてヴァンスを見据えた。
「おおっと、動くんじゃないぞ。俺も殺しは好きじゃないんでな」
今回は若干短めのお話。もう少し戦闘が長引くと思ったのですが、アースお父さんが作者も予想外の大暴れ。今回でこのエピソード自体を終わらせかねませんでした。




