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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第二章 瑠璃色の森
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第25話 カズンの妙計

 月光を通すことの無い鬱蒼とした夜の森。しかし、森の闇がどれだけ光を拒絶したとしても、音の存在は決して否定する事ができない。


 何処からか届くフクロウの鳴き声。遠くには狼の遠吠え。近くにあっては、時折吹く風が枝を鳴らす。そんな中、元冒険者アース・ガレットの雄叫びが一際大きく響いた。


「ッシャア、コラァァァッ!」


 声と同時に振るわれた斧の背が、森林に住まう猛虎瑠璃毛の背を打ち据える。対する瑠璃毛の反撃は、アースの斧に捌かれ、彼の妻リンダの放つ矢に牽制される。


 圧倒的な力により劣勢を強いられていたカズン達は、ガレット夫妻の連携により五分五分にまで引き上げられた。いや、戦闘が長引くほどに確実にリンダの矢が消耗されていくことを考えれば、これでも五分に届いていないかもしれない。


 それを認識したかのような苦い顔で、リンダがカズンへと視線を向けた。


「出てった時の威勢はどうした、カー君! キミも手を貸しなさい!」


 声をかけながら愛用のボウガンを振りかぶって矢を放つ。


 リンダが急きたてるのも無理は無い。彼女の参戦以後、カズンはボウガンを撃つ手を止めている。


「わかってるって、姐御。ただ、俺の得物じゃ瑠璃毛の相手は務まらねぇんでな」


「確かに、カズンのボウガンも私の爪も瑠璃毛には通じない。歯痒い限りだ」


 カズンの言葉に同意する猫助。リンダは猫助の言葉こそ理解できなかったものの、彼らが攻勢に加わらないことだけは感じ取れた。それは戦意の喪失とも言える。リンダはその顔に、噂に聞いていたスノウコインこと冒険者カズンの本性への落胆と、瑠璃毛の脅威を前にして怯える事への同意を浮かべた。


「だったら逃げるか、流れ矢に当たらない所で伏せてなさい!」


 カズンと猫助に向けて突き放すように言い捨てたリンダ。彼女はボウガンに矢をセットしなおす。


 彼女とて瑠璃毛の強靭な体躯が脅威であることに変わりは無い。だが、前衛で戦う夫を置いて、逃亡の手は無い。アースが二挺斧を手にするなら、彼女もボウガンを手に共に戦うのが、冒険者時代からの二人の関係だった。


(保護すべきはずの瑠璃毛に襲われるなんてね……。でも、うちの旦那に手を出すなら、アンタにも弓を引かせてもらうわよ)


 改めて覚悟を決めたリンダは、瑠璃毛を睨みつけボウガンを振りかぶる。


「右に振る! 回りこんで、アース!」


「ヨシ来い、リンダ!」


 冒険者という職種から身を引いて久しい二人であったが、その連携は錆びず、むしろ夫婦として生活する中でより強力なものとなっていた。


 一方、リンダに見限られた形となったカズンと猫助は、彼女の言葉どおり流れ矢をもらわぬよう夜露に湿る大地に伏せていた。


(ったく……簡単に切り捨てないでほしいもんだ)


 地に身を付けながらカズンが内心愚痴る。もっとも、ボウガンの腕前で名をはせるカズンがその引き金に指をかけないとなれば、戦う意思が無いと思われても仕方の無い話。


 カズンがリンダに言ったとおり、確かに彼のボウガンは効き目が無い。これは抗いがたい事実であり、ボウガンを撃つ手を止めた理由の一つ。だが、もう一つ別の理由が存在していた。


「おい、カズン。このままでは二人が危ない。なんとかできないのか?」


 健闘するガレット夫妻を目の辺りにして、自分の無力さに猫助が苛立ちながら問いかける。


「うっさい。俺もなんとかするつもりだってんだ」


 猫助に言われるまでもないと頷くカズン。その間もカズンの手元はせわしなく動いている。その様子を不可解に思った猫助は首をかしげた。


「……おい、カズン。それは何をしているのだ?」


「だから、なんとかするって今言ったばかりだろうが。ウッシ、出来た」


 カズンは猫助を掴み立ち上がると、リンダの元へと駆け寄る。


「姐御。手を貸してくれ」


「カー君。手を貸してほしいのはこっちだって、さっき言ったろ? あと、姐御はやめとくれ」


「姐御がそのカー君ってのをやめたらな。それよか、瑠璃毛を一泡吹かせてやる」


 苛立ちを通りこして呆れるリンダにカズンが耳打ちする。耳元で囁かれたその言葉は、呆れ顔だった彼女に不敵な笑みを呼び起こした。


「逃げずにいると思ったら、何てこと考えてんだい……面白いよ、乗った!」


 笑みを浮かべながらボウガンを構えたリンダ。その答えが行動開始の合図とばかりに、カズンは自分のボウガンを手に地を蹴った。


「アース! カー君が前に出る。道を作ってやんな!」


「道だぁ? いったい何を……って、うおっ!」


 矢を放つリンダに問い返そうとしたアースを瑠璃毛の前足が襲う。間一髪、二挺斧でガードしたものの体勢を崩して膝をつく。


「オーライ、さすが相棒! そのままキープしてりゃいいさ。さあ頼むよ、カー君!」


 続けて振り降ろされた瑠璃毛の前足をボウガンで弾き上げながら、リンダが夫に賞賛を送る。アースも妻に褒められては悪い気はしないらしく、四肢に力を込めて瑠璃毛を押し返した。


「キープしろったって……。ったく、何する気か知らねぇが早くしろ! 長くは……もたんぞ!」


 歯を食いしばるアースが洩らした言葉に偽りは無い。瑠璃毛と彼の真っ向からの組みあい。それは背で勝る瑠璃毛の体重をも支えるという事だ。全力以上の力の行使を求められたアースの筋肉が、耐え切れないとばかりに震えだす。


「頑張れ、旦那! もう少しの辛抱だ!」


 カズンはアースを励ますと、彼の元へと駆けながらボウガンを連射。その矢の行方を追う前に、新たな矢を射出。


 その矢尻達に瑠璃毛を傷付けるだけの力が無いことは、カズンも重々承知。当たったところで、瑠璃毛には水をかけられた程度にしか感じない。人が降りしきる雨を痛がらないようなものだ。


 ただ、痛くないにしても衣服を濡らす雨をわずらわしく思いもしよう。それは、矢を浴びる瑠璃毛にも同じことが言える。


「ガァァァァァッ!」


 瑠璃毛は飛来する矢を首の一振りで振り払うと、カズンに向けて無駄だと言わんばかりの咆哮を上げた。


 身の竦むような怒声にアースの鼓膜が悲鳴を上げ、大気が震え、周囲の草木がざわめく。しかし、カズンは牙を剥き出す大虎を前に怯む事無く飛びかかる。


「可愛いお口なおまえさんを、特別ディナーに御招待だ!」


 カズンはそう叫び、鋭い牙が並ぶ瑠璃毛の口へボウガンを押し込んだ。そのままボウガンをひねり上げ、強引に瑠璃毛の口を押し広げる。


 両腕でボウガンを支えるカズン。その彼の漆黒のコートがふわりと浮き上がり、襟の中から猫助が飛び出した。


 カズンの肩に陣取った猫助は身を捻り十分に反動を付けると、口に咥えていた包みを放り投げた。落ち葉で包まれた小さな包みが、瑠璃毛の口に向かって放物線を描く。


「俺の奢りだ。遠慮はいらんぜ」


 宙を舞う包みを見ながらカズンがニヤリと笑みを浮かべる。


 勝利を確信しての笑み。だが、その勝者の台座を砕くかのような破壊音がカズンの手元に響き、彼の口元を引きつらせた。


(な……!)


 音の出所は探すまでも無かった。包みを中心としたカズンの視界の中、手にしていたボウガンが反りフレームに亀裂が入っている。カズンが慌ててボウガンを手放したのと、瑠璃毛の強靭な顎にボウガンが噛み砕かれたのは、ほぼ同時だった。


 口を閉ざした瑠璃毛の双眸が、カズンを見据える。その途端、勝利を確信したはずのカズンが一気に青ざめた。


「ヤバッ! 旦那、猫助、下がれ!」


 カズンの声に猫助は彼の肩から飛び退き華麗に着地。アースは瑠璃毛の前足を振り払い、瑠璃毛と間を開けて二挺斧を構えなおす。


「カズン、無茶させやがって! 今のはいったい……」


 間合いをとってすぐに抗議の声を上げるアース。瑠璃毛相手に生涯屈指の本気を出させられたのだから無理も無い。だが、目前に立つ瑠璃毛の変化によって、その抗議は半ばで詰まった。


「ギャウゥゥ……」


 瑠璃毛が目を見開き、弱々しい悲鳴を上げた。その急変にアースが目を丸くし、カズンは今度こそ勝利を確信。


 勝利、警戒、不可解、多様な視線が瑠璃毛に向けられる中、当の瑠璃毛はカズン達の事を気にする余裕も無いらしい。その巨体を悶えさせ地を転がりもがき苦しみ、やがて慌てるようにしてカズン達に背を向けて駆け出した。


 退散する瑠璃毛に触れた木々の幹は皮が削げ落ち、枝は打ち折られていく。その音は次第に遠のいていき、再び静寂が戻る。それからしばらくして、瑠璃毛が離れた事に安堵する息が誰からともなく洩れた。


「お、おい。いったい、何がどうなって……」


 激昂の猛虎と戦っていたアースには突然の逃亡が理解できず、瑠璃毛の逃亡した方角を見て呟く。呆然とする彼に歩み寄ったリンダは、手ぬぐいを差し出して汗を拭くよう促した。


「どうもこうも、カー君が瑠璃毛に毒を盛ったのよ」


「毒だぁ?」


「待った。待て待て、姐御。いくらなんでも、それは聞こえが悪……イテェッ!」


 リンダの解答にアースが思わず聞き返し、カズンが抗議しかけて悲鳴を上げる。カズンの足元には爪を煌かせる猫助。


「何をしやがる、猫助!」


「何をしやがるだと? それはこちらの台詞だ!」


 怒鳴るカズンに怒鳴り返す猫助の声は、普段の凛としたそれとは到底かけ離れたものだった。わかり易くリンダ達が聞いている猫声で表現すれば「ニャーニャー」が「グミャーブギャー」である。


「イザミの実とは、やってくれるじゃないか」


 猫助が瑠璃毛の口に放り込んだ包みに入っていたのは、この森のあらゆる動物達が食べないという凶悪な味のするイザミの実。ここまでの道中、アンネが目印に落としカズンが拾ってきたものだった。


「だろ? 珍味の効果は見ての通り絶大、大成功! いやー、我ながら妙案だったな」


 恨めしげに睨む猫助を前に、カズンは胸をそらし自画自賛。そんな彼の脛に、もう一度猫助の爪が立てられる。


「ッテェッ! 最後の一手、おいしい役をくれてやったってのに何が不満だ!」


「不満だらけだ! おかげで私の美声は失われた!」


「何が美声だ! だいたい、渡した時に包みに歯を立てるなって注意しただろうが!」


「あれだけの包みを投げるのだぞ、歯の一つも立てるだろうが! だいたい、それを懸念していたのなら、もっと多くの葉で包んでおけ!」


「んなことしたら、効果の出が遅れちまうだろうが!」


 静かな森の中に響くカズンと猫助の怒鳴りあい。猫助の言葉はわからなくとも、カズンの一計がいかなるものかはアースにも理解できた。


「カズンの奴、イザミの実を使ったのか」


「カー君から話を聞いた時は驚いたよ。あんな事を思いつくとは、さすがは本職冒険者のスノウコインってところだね」


 しきりに感心するアースの隣で、カズン達を見守っていたリンダが愉快そうに笑う。


「驚いたのは俺も同じだよ。姐御があんな代物を使うなんてな」


 リンダの賛辞が聞こえたらしく、カズンは猫助の口論を打ち切って彼女を……彼女が背負うボウガンを見た。


 リンダのボウガン。Wハーツ社製、正式名称OG-06。カズンが愛用するボウガンOG-07パレードの一代前の作品であり、威力は後継機であるパレードを遥かに上回る。ただ、その威力を生み出す代償として発生する反動が大きく、このボウガンを撃って振り回される射手の様子を皮肉ってスウィングと呼ばれるようになった。


「スウィング使う奴なんぞ、初めて見たな。いや、スウィング見たのも初めてだ」


 カズンは呆れたような感心したような顔で呟いた。


 撃った反動で照準が大きくブレるスウィングは、射撃には不向き。かといって台座式の大型ボウガンほどの威力は無い等々、Wハーツ社の看板商品OGシリーズにおいて唯一の欠陥品という不名誉な称号を持っている。愛称誕生の一説には、スウィング販売開始からWハーツ社の信用が一気に落ち込み、社の地盤を大きく揺らした事を皮肉って名づけられたとも言われるほど。


 それほどの不人気を誇るスウィングは、当然生産中止に追い込まれ、売れないからには店頭からも消え、今となっては幻の駄作として語られるのみ。ボウガン使いであるカズンでさえ、見たことが無いとしても無理の無い話。


「噂には聞いてたが、見た限りじゃ思っていたより扱いやすそうだ。所詮は噂だったってわけか」


「いやいや、噂に恥じないじゃじゃ馬よ。こいつは」


 スウィングに興味を持ったカズンの感想に、その使い手であるリンダは楽しそうに否定した。ただ、カズンにはリンダの言葉が信じられないでいた。目の前であれだけ見事に使いこなしておいて、使いづらいも無いものだ。


「その割には、姐御はさっきからそのじゃじゃ馬を乗りこなしてたじゃねぇか」


「そりゃあ、じゃじゃ馬同士で気が合ったんだろ」


 そう反論するカズンに、茶々を入れるアース。リンダは旦那の脛を一蹴りしてから、カズンにスウィングを投げてよこした。


「私だって最初から使えたわけじゃないって。随分と手を焼いたもんさ」


 当時の事を思い出したのか、遠い目をするリンダ。だが、聞き手になるはずのカズンの耳には入っていない。彼は新しいおもちゃを貰った子供のように、受け取ったスウィングをいじり始めている。


「ん、おろ?」


 ここにきてようやく、カズンもスウィングのじゃじゃ馬ぶりを垣間見た。


「どうした、カズン。弦も満足に引けていないではないか」


「ウルセェな。俺のボウガンとは勝手が違うんだよ」


 猫助に冷やかされながら悪戦苦闘するカズンの様子に、リンダは若き日の記憶を重ね合わせて笑う。


「カー君もまだまだ、青い青い」


 リンダの呟きが耳に入り、カズンが顔を上げた。


「姐御。今なんて……」


「さて、どうやらアンネはまだ見つかってないみたいだね」


 問いただそうとするカズンを受け流しつつ、リンダは夫に尋ねる。アースは力無く頷いた。


「ああ、アンネの残したイザミの実を目印にここまで来たんだがな。ここからの消息が掴めなくなったんだよ」


 アースが肩を落として面目無さそうに答えると、リンダは彼を励ますように、その逞しい肩を軽く叩く。


「まだ見つかってない。でも、もう見つからないわけじゃないさ。さあ、みんな。諦めずに探すわよ」


 リンダに声をかけられ、カズン達男三人は素直に頷いた。そして、気が付いた。いつの間にやら、指揮権がすっかり彼女に独占されている事に。


「夫婦を船に例えた説法を耳にした事があるが、実に見事な舵取りだ。ガレット号の航海は安泰だな」


 アースとカズンに指示を出すキャプテン・リンダの背中を眺めながら、猫助はボソリと呟いた。


ああ、また出てしまったボウガン設定ネタ。

こういう開発秘話みたいなエピソードが実は好き。

話が滞るのでほどほどにしないといけませんね。

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