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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第二章 瑠璃色の森
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第24話 瑠璃色の殺意

 森番のアースは軽く息を吐くと、手首を返して二挺斧を振る。彼が冒険者時代から愛用している斧達が、漆黒の闇の中で小さな弧を描いた。斧の具合を確かめるように、アースは二度三度と曲線を描く。


 そして、ピタリとその動作を止め、二挺斧を握り直して構える。その間、アースの目は一点を見据えたまま微動だにしない。


「こいつが、噂に聞いた御大かい?」


 背後からかけられたカズンの声に、視線はそのままで頷くアース。


(想像していたよりデカイな。いつぞやの化け猫といい勝負じゃねぇか)


 アースの背中越しに見えるその姿に、ボウガンを構えるカズンの手が僅かに汗ばむ。


 森を駆け抜ける風に揺れる艶やかな瑠璃色の毛並み。巨体を支える逞しい四肢。暗闇の中で鋭く光る双眸。森の王者、瑠璃毛と呼ばれる虎が、今カズン達の目の前で唸り声を上げていた。


「あんまり愛想は良くないのな」


 唸るたびに見え隠れする牙を眺めながらぼやくカズンに、アースは小さく首を振る。


「いや、そうでもねぇよ。普段はホント温厚なもんさ。こっちが悪さをしなけりゃな」


「その割にゃあ随分と御機嫌ナナメに見えるがね。旦那、ひょっとしてこいつの嫁さんでも寝取ったのか?」


 カズンの吐いた軽口に、アースが小さく溜息をついた。


「馬鹿言うな。こいつは雌だし、そもそも俺はリンダ一筋だ」


「二人共、戯言はそこまでにしておけ。瑠璃毛が動くぞ」


 背中越しに軽口を叩きあう二人を猫助が嗜める。だが、その言葉はカズンには理解できても、アースには猫のひと鳴きにしか聞こえない。


「猫助はなんて言ってんだ?」


 アースの問いに、カズンは軽く肩をすくめる。


「戦闘開始だとよ」


 カズンがそう言い切るまでに、瑠璃毛とアースの双方が動いていた。


「ガアァァァァッ!」


「ンダラァッ!」


 瑠璃毛は巨体を躍動させてアースに飛び掛り、アースは振り下ろされた前足を振り払うように斧を振る。枝葉を薙ぎ払うように振り切られた一撃が、瑠璃毛の前足と交錯した。


 だが、木こりとして鍛え上げられたアースの腕力は、瑠璃色の軌道をそらすに留まり、断ち切るには至らない。いや、その一撃を味わわずに済んだ事に安堵すべきかもしれない。アースが捌いた瑠璃毛の前足は、地鳴りと共に大地を深く抉り取っていた。


 そして、瑠璃毛はまだ一撃を放っただけに過ぎない。回り込もうとするアースに向き直り後ろ足で立ち上がると、彼にさらなる一撃を見舞わんと前の両足を振りかざす。


「させっかよッ!」


 構えたボウガンを連射しながらカズンが叫ぶ。


 打ち出された矢尻は四本。それぞれがアースの脇をすり抜け、彼を襲わんとする瑠璃毛の肩口へ突き刺さった。


(って、マジかよ?!)


 それでも、瑠璃毛の勢いは留まらない。


 眼下のアースを組み伏せるように両足を振り下ろし、アースは瑠璃毛の攻撃を真っ向から二挺斧で受け止める。振り下ろされた衝撃、巨体が生み出す重量を受け、アースはたまらず膝をついた。


「ぐ、ぬぅ……」


 歯を食いしばるアースの額から一気に汗が噴き出す。その筋肉が隆起し、瞬く間に紅潮していく。


「カズン、アースを下がらせろ! まともに当たって勝ち目は無いぞ!」


 そう警告を残して猫助が駆け出し、アースの背に飛び乗った。そのまま背を駆け上がり瑠璃毛の頭へ飛び掛る。


「旦那、一旦引け! 力押しじゃ敵わねぇ!」


 顔に飛びついた猫助と、その猫助を狙うかのようなカズンのボウガン四連射。そのどちらも、瑠璃毛は頭一振りで難無く払いのける。ダメージは皆無。だが、カズンと猫助の本来の目的は達されていた。


「ウオォォォォッ!」


 猫助とボウガンに瑠璃毛の気がそれた瞬間、アースが雄叫びを上げた。僅かに瑠璃毛の双腕を押し返し、自分の脇へと払いのける。


「ったく、馬鹿力が!」


 しつこく食らいつこうとする瑠璃毛の間合いから飛び退いたアースが愚痴る。留まる事のない発汗は、全身で瑠璃毛に抗ったためか、はたまた冷や汗か。


「カズン。三十六計、逃げるべきではないか?」


 動物的感が危機を知らせているのだろう。猫助は戦意を失いかけている。カズンにしても、それは選択肢の一つとしてあったのだが……。


「馬鹿、猫助。さっき旦那に飛び掛った脚力見たろうが。背を向けたら最後、ケツ食い千切られちまうよ」


 今でこそアースが牽制して食い止めているが、彼にもしものことがあれば終わりと言っていいだろう。瑠璃毛から逃げるには脚力で劣る。立ち向かっても腕力で劣る。


(とは言っても、ボウガンなんぞ屁とも思ってねぇし……)


 アースへの援護射撃を繰り出すも、頑強な瑠璃毛には効果が薄い。全く相手にされていない事に、カズンが忌々しげに歯噛みする。


「クソッ! カーニバルぶっ放せば一発逆転だってのによ!」


 カズンが如何に焦ったところで無い袖は振りようもない。舌打ちを繰り返しながらボウガンを連射するのみ。


 今、彼に使用を許されているのは、ボウガンと威力がさらに劣る改良型袖箭。弾が無いカーニバルを手にしたとしても、銃身で殴りつけるのみ。それにしても相手が悪過ぎる。


(弾が……無い?)


 その瞬間、カズンの脳裏に何かがよぎった。


 その思い付きがなんだったのか。それを導き出そうとしたカズンだったが、その試みは第三者が放った声によって阻まれる。


「カー君、伏せなさい!」


 突然の背後から響いた声。


 その声が誰のものか、従うべきか否か、従ったとしてどうなるのか。カズン自身が判断するまでに、凛とした声に体が反応していた。


 指示通りに伏せると同時に、身を捻り後ろを窺う。そして、目を見開いた。


「リンダさん?!」


 カズンは声の主の名を呼んだ。思えば、カズンの事を『カー君』と呼ぶ者などそうはいない。


 カズンの視線の先には、アースの妻リンダ・ガレットがいた。


 ただ、その姿は普段のエプロン姿ではない。おそらくは冒険者時代に使っていたであろう革製の鎧。そして、手にしているのはボウガン。それもカズン愛用のボウガンよりも一回り大きい。


「スウィング?!」


 カズンもボウガンを使う冒険者の端くれである。一目でリンダの得物を見抜き、声を上げた。


 それに加えて驚いてもいた。そんな驚愕するカズンを無視するように、リンダが手にしたボウガンを振りかぶる。


 カズンのそれよりも大きな発射音。リンダの手元を離れた矢尻が甲高い風切り音をまとい、瑠璃毛に迫る。


 リンダの一撃は、アースに向けて振り上げられた瑠璃毛の前足を弾き飛ばす。


「ンダラァッ!」


 矢の勢いに押されてバランスを崩した瑠璃毛。その側頭部を、アースが追い討ちとばかりに斧で殴りつける。この連撃にさすがの瑠璃毛もその巨体を傾け、地響きを立てながら転倒した。


「大丈夫、アンタ?」


「リンダぁっ?! なんで、おまえがいんだよ!」


 心配そうに尋ねるリンダの顔を見たアースは、助けられた礼を言うのも忘れて驚いている。


「応援呼んだのは、アンタでしょうが!」


 アースに怒鳴り返しながらも、リンダはボウガンに矢を装填する手を止めない。


「リンダさん、そのボウガン……」


「カー君、頭上げない! 巻き添え食うわよ!」


 ボウガンを構えるリンダの警告に、カズンは慌てて頭を下げた。屈んだ拍子に跳ねた彼の黒髪が、リンダの第二射に切り飛ばされる。


 カズンは切られた髪の事など気にも留めず、リンダの放った矢の行方を追った。


 リンダの矢が再び襲い掛かる事を肌で感じたのか、瑠璃毛は起き上がりざま体を仰け反らせてそれを避ける。


 当たりこそしなかったが、瑠璃毛がとった回避行動は彼女の矢を脅威と捕らえた証と言えるだろう。


(すげぇ……)


 矢を放ったリンダと、彼女を威嚇するように睨み付ける瑠璃毛。その軸線上で、リンダの持つボウガンの威力にただただ驚くカズン。


 そんなカズンの脳裏に、再び何かがよぎった。


リンダさん乱入により瑠璃毛戦はどうなってしまうのか。

毎度の事ながら、私にもわかりません。

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