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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第二章 瑠璃色の森
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第23話 思わぬ遭遇

 漆黒の闇が大半を占める森の中で、控えめに光を放つ焚き木。その小さな火を隠し、守るように囲む一団が佇んでいた。


 そのうちの一人である毛皮のベストを纏った男が、仲間達へ視線をめぐらせるとのそりと立ち上がる。


 男の名はブラゴ・エーコッシュ。脱出困難と言われるベルフィール城地下牢からの脱獄者を自称する男。


「さて、と。そろそろ行くとしようぜ、ヴァンスの旦那」


「行くって、どこに行くんスか、兄貴?」


 ブラゴの呼びかけにいち早く反応したのは声をかけた当のヴァンスではなく、ブラゴの弟分グリッド・オールマン。身を起こした彼のひょろりと長い体は、ブラゴを見るヴァンスの視界を遮るには充分な高さがあった。


「だな、どこに行くってんだ?」


 グリッドを押しのけてヴァンスも同様の疑問をブラゴに投げかける。ブラゴは呆れた表情で二人を見返した。


「どこって、一度森から出るんだよ」


「おい、ブラゴ。何を言い出しやがんだ? 瑠璃毛も捕まえずにケツまくってトンズラしようってのか? なっさけねぇ」


 呆れ顔の脱獄犯ブラゴに呆れ顔を返す盗賊団の首領ヴァンス・コナー。悪党同士とは言っても普段は同道する事は無い。そんな彼らが、共に行動するには理由があった。


 彼等の目的は希少種の虎、瑠璃毛の密猟である。だが、未だその目的は達しておらず、捕獲用に仕掛けた罠にかかった獲物といえば……。


「むー! むーむー!」


 ヴァンスが視線を向けた先には、猿轡を噛まされたまま木に吊るされている少女がいた。この森で木こりを営む一家の娘一人アンネ・ガレットだ。


 ヴァンスは彼女を指差しながら再びブラゴへ向き直る。


「口喧しい小娘一人捕まえて、それで終わりってんじゃないだろ?」


「そうッスよ。まだ他にも罠は張ってあるんスから」


 交互に不平を垂れる二人にブラゴは大げさに溜息をついてみせる。


「だからだよ。旦那も知っての通り、森には番をしてる輩がいやがる」


 ブラゴの仕草に些か苛立ちを覚えたヴァンスだったが、文句を言う前にブラゴが口を開いた。


「この小娘は森をうろついていたんだぞ? 番をしていた奴の子供だとしたら、親が躍起になって探しているはずだ。目的も達してないってのに、そんな奴らとかち合っても骨折り損なだけだろ? 一度森を出て、様子を窺った上で残りの罠をあらためりゃいい」


 言われてみれば、といったところか。無精髭に覆われた口元をニヤリと歪ませるブラゴに、ヴァンスは頷き返す。


「なるほど、一理ある」


「さっすが、兄貴だ! 考える事が深いや」


 しきりに感心して頷くグリッドとヴァンスの手下達。ブラゴもその光景にまんざら悪い気はせず、小柄な体を反らせてみせた。


「おら、お前ら。ブラゴの言った事聞いてなかったのか? いつまでもボケッとしてやがる! 移動だよ、移動!」


 首領ヴァンスの号令に、手下達は慌てて動き出した。


 決して手際が良いとは言えないが、ヴァンスの指示を忠実にこなそうとする手下達。その光景をブラゴの横でぼんやりと眺めていたグリッドも、ブラゴの一睨みで加勢に加わる。


「気の利かねぇ奴だな、ったく」


 盗賊達に合流する弟分の背を追いながら、ブラゴが嘆く。そんな溜息混じりの呟きに、ヴァンスもまた苦笑いを浮かべた。


「難儀なもんだな。それで、ブラゴよ。ここから森を出る経路なんだが……」


 ブラゴにそう話しかけたヴァンスだったが、その相談事はグリッドの上げた悲鳴によって中断させられた。ヴァンスも話しかけられたブラゴも、慌ててグリッドの向かった方を向く。


 グリッドはズタ袋ごと吊るされたアンネを降ろすべく、彼女の元に向かっていた。そして、今彼は少女の吊るされた木の根元で蹲っている。


「おい。どうした、グリッド?」


 手がかかる程なんとやら、か。ブラゴは今出したばかりの嘆きも忘れ、急ぎグリッドの元へと駆け寄った。


 グリッドが悲鳴を上げた理由。それは、彼が庇うように抱えている手から滴る血を見て理解できた。では、なぜグリッドはそのような傷を負ったのか……。


(この娘に噛みつかれ……いや、違うか。猿轡がある。引っ掻かれ……袋の中だ。手も足も出せねぇ)


 自分なりに考えてみたブラゴだったが、その理由がわからない。


 突然の悲鳴に、何事かと近寄るヴァンスとその手下達。皆の注目する中、グリッドはその視線を介する事無く動いた。


「こんのぉ、ドチビ猫が!」


 次の瞬間、ブラゴを除いた周囲の者は驚き、目を見開いた。


 怒りに顔を紅潮させたグリッドの表情もさることながら、真に驚くべき点はその俊敏な動き。捕獲動作に入った肉食獣にも似た地を蹴ったグリッドは、獲物がいるであろう一点に向かってその細くしなやかな腕を突き出した。


 そして、グリッドの手が貫いた草むらから響いた猫らしき悲鳴が、彼の狙いに寸分の互いが無かった事を示している。


 その一連の動きを見ていたヴァンスが、彼を賞賛するように口笛を吹いた。


 ただ、グリッドにそれは聞こえていない。無造作に捕らえた獲物を草むらから引きずり出す。


 グリッドの手に握られていたモノに、周囲の者達がまたもや驚き目を見開く。今度はブラゴも、だ。


 驚いたのも無理は無い。グリッドが掴み取った獲物は一見すれば猫のようだが、その四肢は太短い。そして、松明に照らされた猫より長めの毛並みは鮮明な瑠璃色。


「こいつは!」


 その場にいた誰かが声を上げた。それが誰であろうと思った事は皆同じ。グリッドが捕らえたのは希少種の虎、瑠璃毛の子供だ。


 だが、怒りに任せて動くグリッド自身はそれに気付いていない。捕らえた獲物を死に至らしめるべく、木の幹に叩きつけようと子虎を振り上げた。


「やめねぇか、グリッド!」


 せっかくの獲物が辿る末路を想像し盗賊達が慌てふためく中、兄貴分のブラゴが高らかに叫んだ。それと同時にグリッドの動きがピタリと止まる。


「なんで止めるんスか、兄貴」


 烈火の如き殺意こそ止めたものの、傷を負わされたグリッドの怒りは未だ残り火となって内に秘めている。


「馬鹿野郎、おまえが手にしてるモンが何か。良く見るんだ」


 ブラゴに言われるがままに手元を見たグリッドが、その目を見開いた。


「瑠璃毛!」


「馬鹿、手を放すな! 捕まえとけ!」


 手にしていた物が何なのか、ようやく気付いて驚くグリッド。驚くあまりに放そうとした子虎を、ブラゴの声で慌てて掴み直した。


 グリッドを見事に操作しているブラゴに、ヴァンスが再び賞賛の口笛を吹く。


「いや、ブラゴもグリッドも大したもんだ。流石は難攻不落の牢獄を破った奴等って所かね」


「いやいや、大したもんって言うなら、俺達全員の運の良さだろうよ。こいつは予定変更すべきだな。こいつを連れて次の罠に行こうぜ、旦那」


 ヴァンスにそう返したブラゴの顔は、悪巧みをしていると言わんばかりの不気味な笑顔を作っていた。


「我が子恋しや、だ。こいつに親を呼んでもらおうじゃねぇか」




 漆黒の闇が大半を占める森の中で、猫助は肢体をしなやかに伸ばして周囲を窺った。


「む。あそこか」


 視界の隅に目的の物を見つけ、一目散に駆け出す。


 猫助が走りついた地にあるのは一粒の木の実。その苦味と渋みから、森の動物全てが食べる事を拒絶すると言われるイザミの実である。


「やれやれ、なんとも歯痒いペースだな」


 そう愚痴るのは猫助の後方を走るアース・ガレットだ。


 彼が苛立つのも無理は無い。ただでさえ娘が攫われている状態で、追う自分達は猫助の後を走っては歩み、歩んでは走りの繰り返し。娘のアンネを思う気持ちだけが急ぎ、空回りを続けている。


「気持ちはわかるが、落ち着くんだよ。俺や旦那が先行するよりは、遥かに早いんだからさ」


 そう言いながら足元のイザミの実を拾い上げたカズン。ワンテンポ遅れて猫助とアースを追う。


 アンネが意図的に落としたであろうイザミの実。暗闇の森の中で、これをカズンやアースが探すよりは猫助の目で探した方が早い。


 ただ、これはカズンとアースでの比較に過ぎず、密猟者達の速度がどれほどかはわからない。アースに落ち着くよう諭したが、カズン自身それが気になって落ち着かないのが本音だった。


 そして、カズンはそれ以上に危惧している事がある。


「む?」


 前を行く猫助が上げた声にカズンが顔を上げる。立ち止まってキョロキョロと辺りを見回す猫助の姿に、カズンの脳裏には不愉快な想像がよぎった。


(嫌な予感ほど良く当たるもの、か。……うるせぇってんだ)


「どうした、猫助」


 胸中に抱いた不安を押し伏せて尋ねるカズン。


「イザミの実が見つからないのだ……」


 猫助のその言葉に、カズンの押さえ込んでいた不安は口から溜息となって洩れた。


「おい、どうしたんだ猫助は?」


 足を止めた猫助の隣で立ち往生していたアースは、落ち着かない顔でカズンを問いただす。この男に事実を告げなければならない事に、カズンは改めて溜息をついた。


「イザミの実が見つからないらしい」


 アースが再び憤るであろう事を予想し陰鬱になりながら、カズンは努めて冷静に答える。対するアースの応答は実に淡白と言えた。


「……そうか」


 一言そう呟いたアースは諦めきれないのか、ランプ片手に周囲を見回し始める。


 アースに想像していた反応が無いカズンと猫助は、呆気にとられて彼を見た。


「……旦那? どうしたんだ?」


 何が引き金になって怒りが爆発するかわからない。それでも、カズンはアースの変わりようを尋ねずにはいられなかった。


「どうした、とは?」


 聞き返しながらも、アースは視線を地面からそらさない。


「いや、俺はてっきり怒鳴りつけられるかと」


「カズン達に怒鳴ったところで、どうなるもんでも無いだろう?」


 先程まで怒鳴り散らしておいてよく言う。カズン達はそう思ったものの、それは口に出さないでおく。


「さっきは怒鳴って悪かった。おまえ達はアンネ救出に全力を尽くしてくれている。俺も人に当り散らす暇があったら、とっととアンネを探す努力をすべきだ。怒るのは、密猟者を見つけた時。そう思ってな」


 彼の言葉に、カズン達はここに来てようやくアースの信頼を得た事を感じた。できればもっと早くにそう思って欲しかった。その言葉もカズン達の口からは出ない。


 そう。今やるべき事は最善を尽くす事である。カズンと猫助は不言実行とばかりに、密猟者の痕跡を探すべく辺りを調べ始める。そして、彼らのこの場でとった行動は正解と言えた。


「焚き木の跡か……まだ新しいな」


 周囲を探り出して間も無く、アースが地面に僅かに残る焼け焦げをなぞり呟く。


 カズン達は密猟者がこの場にいた事を確信した。今宵、森の中で火を焚く者と言えば、自分達以外に密猟者以外に無い。


 そして、それを裏付けるようにカズンもまた別の痕跡を発見する。


 木の根近くにランプを近づけ、カズンが眉根を寄せた。


(血か……アンネのだったら、旦那は今度こそ怒る)


 数滴残る血痕の表面は、まだ乾ききっていない。この血を落としたのが誰にしても、まだ遠くに離れてはいない。


 ランプを手にしたまま動かないカズンに気がついた猫助は、彼の照らす血痕に近寄った。


「人のものだな。だが、男臭い。断じてアンネ君ではないぞ」


 鼻をひくつかせて告げる猫助に、カズンが安堵の息を吐く。


「となると密猟者の誰か、か。アンネが噛むか引っ掻くかしたのかね」


「アンネがどうかしたか?」


「おわぁっ!」


 いつの間にか背後まで近寄っていたアースの声に、カズンは驚きランプを落としかけ、猫助は反射的にカズンの脛を引っ掻いた。


「なんだ? 何か見つけたのか?」


 そう問う間に、アースの目は血痕を見つけていた。


「旦那! 言っとくが猫助の見立てじゃ、野郎の血だぞ! アンネじゃないからな!」


 顔をしかめるアースに、猫助の尻尾を引っ張り上げていたカズンが慌てて宣言する。


「そうか、それを聞いて安心したよ。それにしても、なんだかんだでアンネに近付いているな」


「だな。問題はここから先か。手分けするか、はたまた……」


「おい、カズン! そういう算段は私を解放して、モガッ!」


 これからの行動を話し合うカズンとアースの間で、猫助が声を張り上げる。しかし、彼の抗議はカズンの手によって強引に塞がれた。


「うっさい、黙れ猫助。耳を澄ませろ」


 カズンの言葉に猫助は喚くのを止め、言われた通り聴覚に集中する。これで最後の指示が無ければ、猫助は問答無用でカズンの手に噛み付こうとしただろう。


「……ッ!」


 猫助の耳は一つの音を拾い、それを伝えるべくカズンへ視線を向ける。


「おまえ等も気付いたか。あいつは森番の笛の音だよ」


 カズン達の反応にアースは大きく頷き、懐から小さな笛を取り出してみせた。


「今の音は仲間に所在を伝える時のもんだ。ディオン先生が森番達に連絡をつけてくれたらしいな」


 アースはそう言いながら笛を咥え、息を吹き込んだ。


 時に長く、時に短く。森の中へ笛の音が響き渡る。ただ、アースの鳴らした音は、今しがたカズンの耳にした音とは調子が違う。


「ちなみに今のは救援要請だ。もうすぐ仲間が合流する」


「違う!」


 アースの説明に、猫助がカズンの手を振りほどいて異を唱えた。無論、猫助が森番達の笛について知っているはずが無い。


「猫助、おまえ何言って……」


「私が聞きつけたのは、この笛以外にもう一つある! 近いぞ、気をつけろ!」


 困惑するカズンの台詞を遮って警告する猫助。その鬼気迫る様子に、カズンはもちろん言葉の通じないアースさえも危険を感じて周囲を警戒した。


 猫助が何を聞きつけたのか。それを知ったアースは舌打ちをすると、愛用の二挺斧を構える。


「ああ、確かにこれはマズイ……」


 アースの視線を追ったカズンもまた、自分達に近付くモノを見て苦笑いを浮かべた。カズンは猫助の尾を手放し、ボウガンに矢をセットする。


 その視線の先には、瑠璃色の毛並みを逆立てた虎が低く唸り声を上げていた。


追う側と追われる側、脳内スイッチの切替に難儀しております。

子虎を見つけた盗賊達と、親虎に見つかってしまった追跡者達。事態はさらにこんがらがり、スイッチが壊れないか心配です。

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