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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第二章 瑠璃色の森
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第22話 追跡開始

「畜生ッ! 密猟者どもが、見つけたらタダじゃおかねぇ!」


 止め処なく湧き出て抑えきれないアースの感情は、怒声となって放たれた。同時に放たれた容赦無い蹴りが樹木を打ち、樹木は彼の怒りに怯えるようにざわざわと揺れ動く。


「落ち着きなって、アースの旦那」


「うるせぇ、カズンッ! これが落ち着いていられるか!」


 宥めるように言ったカズンに対しても、アースは怒鳴り返す。


 かく言うカズンも二言三言声をかけた程度で、アースが落ち着きを取り戻すとは思っていなかったらしい。彼は小さく溜息をつくと、密猟者達が回収した罠の痕跡を探り始めた。


「やれやれ、随分な荒れようだな、アースは」


 ランプを手に足元を探っていたカズンに、猫助が近寄り声をかける。


「まあ、愛する一人娘を攫われたのだ。心中穏やかにいられるわけもなし、か。何かわかったか、カズン?」


「そう急かすなってんだ、ったく……。心中穏やかじゃねぇのはおまえも同じゃねぇか、猫助」


 カズンの言葉に猫助がヒクリと髭を揺らした。


 胸中を見透かされた事に驚いた猫助だったが、総毛立つ自分の様に気付き納得する。


 自分を庇って罠にかかったアンネに面目無い。アンネを連れ去った密猟者達が憎らしい。何より、罠に気付かなかった自分の不甲斐無さが腹立たしい。


「猫助。その気合は買うが、そいつをぶちまけるのはもう少し後にしてくれ。追いついてみせるからよ」


 傍らの猫助にそう言い切るカズンもまた、顔にこそ出していないがアンネ誘拐に焦燥の念を抱いていた。彼は立ち上がり、今なお荒れているアースとそれを宥めるディオンの方へ向き直る。


「旦那、それと……ディオン先生だったか? これが何かわかるか?」


 カズンは足元から小さな実を摘み上げて尋ねた。二人は怪訝な顔をしながらカズンに近寄ると、彼の手元を覗き込む。


「ああ、イザミという木の実ですね。その木なら、この森にも生えていますよ」


 カズンの手に置かれた丸薬にも似た木の実。学者ディオンは容易くその種別を言い当てる。


「おい、カズン。この大事な時に、つまらぬ質問をしている場合か?」


 カズンの横で猫助が大げさな溜息を吐いた。


「いやなに、こいつが点々と落ちている割には、近くにこんな実を付けた木は生えてないよなぁと思ってな」


 彼の言葉につられて、猫助とディオンは周囲に生い茂る木々を見回した。カズンの言うとおり、同じ実を付けた樹木は見当たらない。


 では、この実はどこから? その問いが浮かび上がる中、最初に答えに辿り着いたアースが声を上げた。


「アンネだ! さすが俺の子。味な真似をしてくれるじゃねぇか」


「なるほど、イザミの実を目印に。大した子です」


 アースの言葉にヒントを得たのか、ディオンも感心しながら頷いた。


 納得顔の森番二人を前に、外様である猫助には皆目見当が付いていない。ただ、同じく外様のカズンは明確な答えこそ出せていないが、状況の不自然さで大体の察しは付いていた。


「こいつをどこで採集したのかは知らねぇが、アンネが連れ去られる時に道々落としていった。そういうことなんだろ?」


 自分なりの推論をカズンが提示すると、ディオンがその通りだと頷いてみせる。


「イザミの実の特徴は、黒く硬い表皮と中身の味です。もし食べれば、強烈な苦味と渋みで口の中が麻痺するほどに不味いんですよ。ですから、この森の動物達はこの実を食べようとはしません」


 木の実について補足するディオン。その隣でアースが意気込んで拳を打ち鳴らした。


「おっしゃ、これで追跡できる。とっとと行くぞ!」


 そんな猛進姿勢の彼に、ディオンとカズンが待ったをかける。


「ちょ、ちょっと待ちなさい、アース! いくらなんでも慌てすぎだ」


「だな。落ち着きな、旦那。密猟者共の中へ勇敢に飛び込んで、アンネの目の前で返り討ちになるわけにゃいかんだろ」


 アンネの名が出たことが効いたのか、アースは渋々進めかけた足を止める。


「ここで動かないで、どうしようってんだよ?」


「そうだぞ、カズン。こうしている間にもアンネ君の身に何が起きているか……」


 アースも猫助も歩みこそ止めたものの、気が急いている事に変わり無し。カズンはやれやれと溜息を吐いきながら、ディオンに顔を向ける。


「イザミの実が途切れちまったら、そこから先はだだっ広い森を当ても無く彷徨う事になっちまう。先生、誰か森番の応援を呼べねぇのか? 今、森に密猟者が入っている事は間違いない。加えて、仲間の娘が攫われてるんだ。他の森番達を呼び出す理由にゃ、十分なんじゃねぇの?」


「そうだね。ここは密猟者を追う者と、仲間を呼びに行く者の二手に別れよう。さて、そうなると人選なのだけど……」


 カズンの提案に頷くディオン。その両脇でアースと猫助が手を上げる。


「俺は追う側だ。娘の危機なんだ、黙ってられるか!」


「私も追跡にあたる。私の失策が招いた事態だ。アンネ君を助けに行かずしてどうする」


 二人共、意見を曲げる気は無いらしい。両雄を前にカズンは頭を抱えた。


「そういうあんた等だけで、突っ走らせるわけにはいかねぇよ。俺かセンセが手綱役にならにゃあ。どうするね、センセ?」


「追う側ともなれば、密猟者との戦闘もありえる。必然的に、私が呼びに行く役に回るのが妥当なのでしょうね」


 そう言ってディオンは自嘲気味に笑った。その笑みの弱々しさを見ては、彼を追跡班に抜擢する案は出ない。


「人選も決まった事だし、今度こそ出発しようぜ。それとも、カズンや先生は俺にまだ待てというかい?」


 アースは確認するように言いながら、ディオンとカズンを交互に見る。もうこれ以上は止めてくれるなと訴えてくる彼の眼差しに、ディオンは苦笑いし、カズンは肩をすくめた。


「そうですね。行動に入りましょう」


「ただ、先頭は猫助に任せようや。こいつなら夜目も利く。俺達が足元いちいち調べながら進むよりも早いだろ」


 カズンの提案に異論は無し。猫助は一つ頷くと、先陣を切って走り始めた。それを追ってアースも動く。


「って、おいおい、置いてくなよ!」


 足元に転がっているイザミの実を拾い上げていたカズン。先を行く二者に向けて抗議の声を上げながら、わずかに遅れて慌てて駆け出した。


「さて、私も行くとしましょうか」


 立ち止まってカズン達を見送っていたディオンは、森の中で一人呟くと踵を返した。

密猟者と森番の鬼ごっこが始まりました。逃げる側、追う側の動きを掴むのに悪戦苦闘しております。

このエピソードが終わるのが先か、私の頭がパンクするのが先か……。

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