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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第二章 瑠璃色の森
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第21話 狩る者

「イッテェッ! 毎度の事ながら何しやがるんだ、この猫助!」


 カズンは涙目になりながら叫ぶと、撃ちかけたボウガンの狙いを見知らぬ男から猫助へ移してトリガーを引いた。


 抗議の一矢は至近距離から発射されたにも関わらず、猫助は難なくひらりとかわしてみせる。


「いや、カズンが無益な殺生をしようとしたので、止めてやったまでのこと。なに、礼には及ばんよ」


 何事も無かったかのようにカズンに受け答える猫助。余裕綽々としている猫助を前に、カズンはボウガンを持つ手を震わせながらうな垂れた。


「むぅ。引っかかれた事より、この距離で狙いを外した事の方が腹立たしい……」


「前にも言ったが、当てる気も無いような矢に当たるわけがないだろう」


「こっちはテメェの髭の二、三本切り飛ばすつもりで撃ってんだ! ああも軽く捌かれたら自信無くすわ!」


「何! カズン貴様、私自慢の髭を狙っていただと!」


 その狙われた髭を揺らしながら猫助が憤る。だが、カズンはそれを相手にせず、猫助の頭を鷲掴みにすると無理矢理視線を移動させた。その視線の先には、アース・ガレットと彼の前で腰を抜かしている見知らぬ男。


「それで、ありゃあ何者だ?」


「ディオン・ブルーム先生。森番の仲間だ」


 カズンの問いが聞こえたらしく、アースが男の名を明かした。アースは緊張を吐き捨てるように一息つくと、大地に刺さった斧を引き抜いてホルダーに収める。


「いやはや、肝が冷えたよ。これで何度目だい、アース?」


 ディオンと呼ばれた男は、尻餅をついた姿勢そのままで冷や汗を浮かべながらアースを見返した。


「すんません、ディオン先生。なんせ、気が急いていたもんで」


「ハハハ。キミが襲い掛かってくる時は、大抵気が急いているな」


 謝罪するアースの太い腕に助け起こされながら、ディオンは力無く笑った。


 二人のやりとりを見ていたカズンと猫助は、ディオンに途方も無い頼りなさを感じた。


 ディオン・ブルーム。年の頃は、アースと似たり寄ったりの三十代だろう。線の細い、覇気に欠けた男だ。暗い森の中でその細い容姿がランプに照らされ、肌の白さを際立たせている。一応、腰に剣を下げているのだが、扱う手足がこうも細くては期待が出来ない。隣に立っているのが筋肉質のアースなだけに、余計に虚弱そうな印象が強調されていた。


「なぁ、旦那。その……ディオン先生って、ホントに森番なのか?」


 当人の目の前で失礼だとは思ったが、カズンはそう問わずにいられなかった。


「ああ、そうだ。まぁ、カズンが言いたいことは大体察しがつくが……」


「こんな痩せっぽちが仲間だと言われても、困るでしょうねぇ」


 カズンの問いに、アースとディオンは苦笑いを浮かべる。


「改めてご挨拶を申し上げます。私は、ディオン・ブルーム。本職は生物学者をしています」


 そう言ってカズンに頭を下げるディオン。カズンは彼の礼儀正しい姿勢に、このような森を徘徊せず、どこかの屋敷で執事でもしてはどうかと言いたくなった。


「んで、先生はこの森の生態系を調査する為に来なすったわけだ」


「その学者先生が森番を?」


 続けて説明するアースに、カズンが一番の疑問をぶつける。


 ディオンの素性はわかった。アースが彼を先生と呼ぶ理由も納得できる。だが、カズンには学者として書庫を歩き回る彼の姿を想像できても、森番として駆け回る姿を想像できない。こうして目の前にいても、だ。


「そりゃあ、研究対象がいなくなられては困りますからね」


 穏やかな顔でディオンが答える。なるほど確かに、もっともな動機だった。


「先生は腕っ節の方はなんだが、こっちは凄いぞ」


 アースは言いながら、自分の頭を突いて見せた。


「さすがは学者先生ってところだな。専門の生物はもちろんだが、罠だのなんだのの知識の深さも大したもんさ」


「なるほど、さしずめ森番達の参謀役ってわけだ」


 我が事のように自慢げに話すアースにカズンが納得顔で言うと、ディオンは照れながら首を振った。


「そ、そんな。参謀だなんて恐れ多い。罠の事は、調査目的で生物を捕獲する事があるから一通り学んで知っているだけですよ。生物学についても、その地で暮らしておられる方は書物に載っていない事も知っておられたりします。私なんて、まだまだ勉強不足です」


 あくまで謙遜するディオン。彼の森番への所属は、仲間の知識を得るというメリットもあるわけである。


「ところで、ディオン先生は見回りの途中だったんで?」


 そうアースが問いかけると、ディオンはその通りだと頷いて見せた。


「そう言うアースさんは一体どうなされたんです? 今日は見回りの順番じゃないはずですし、見知らぬ方をお連れですし」


「おうさ。その事で先生にも知っている事があったら、教えてもらいたかったんだ」


「はぁ……」


 今まさにそれを言いたかったのだと意気込むアースに、ディオンはわけもわからず生返事を返した。


「っと、その前に紹介しておくか。こいつは縁合ってウチで寝泊りしてるカズンって冒険者でさぁ」


「まてまて、カズンだけ紹介して私は抜きか?」


 そんな猫助の抗議が言葉として通じたのは、隣に立つカズンだけだ。だが、アースは猫助の鳴き声に何か感じ取ったのか、改めて猫助もディオンに紹介した。


「それで、私に聞きたい事というのは?」


 紹介もそこそこに、ディオンはアースに話の続きを促した。アースは頷くと、ディオンに今までの経緯を話す。


 アンネが森に踏み入って帰ってこない事。同行していた猫助のみが家に帰ってきて、アンネが虎用の罠にかかったと告げた事。そして、猫助の先導でこの地にやってきた事。


「三毛猫……猫助でしたか。カズン君と話が出来るとは大変興味深い」


 いかにも学者らしい好奇の目を猫助に向けたディオン。その値踏みするような視線にさらされた猫助はいたたまれず、逃げるようにカズンの足元へ隠れた。


「ですが、今猫助の話は後回しですね。そうですか。アンネ君が罠にかかりましたか。……なるほど、それで合点がいく」


 誰に向かって言うでもなく、ディオンはそう呟くと二度三度と頷いた。


「何かご存知で?」


 再び問うアースに、ディオンはもう一度頷くと手にしたランプで周囲を照らし出す。その光につられて、カズン達も照らされた木々へと視線を向けた。


「む? ……こいつは」


 照らされた樹木の一つ。その根元に違和感を覚えたカズンは、足早に近寄ってしゃがみこんだ。ざらついた幹に触れ、改めて感じる痕跡の感覚。


 カズンの反応に満足そうに頷いたディオンが、再び周囲へと視線を巡らせる。


「この一帯に虎一頭捕まえられるだけの網が張られていた痕跡がありました。ただ、人の足跡はあっても、肝心の虎の足跡が無かった。私は、密猟者が諦めて撤収したのかと楽観視してしまっていましたが……」


 淡々と自分の考察を話すディオン。彼の言葉の続きを想像した二人と一匹は、その表情を強張らせた。


 聞きたくは無い真実だろう。カズン達の顔色を見れば何が起きたかなど、言うまでもなく察しはついている事がディオンにもわかる。


 だが、アース達に状況を再認識させようと、彼は続きを口にした。


「アンネ・ガレット嬢。どうやら密猟者達は、私達にとって瑠璃毛にも劣らない大切な宝物を捕まえていったようですね」


 ディオンが話をそうくくる。アースは怒りに顔を歪ませ、傍にあった樹木を力任せに殴りつけた。




「放せ! 放せ放せ放せ、はーなーせー!」


 所変わって、ここは森の一角。赤毛の三つ編みを振り乱しながら喚き散らすアンネに、周りにいた者達は総じて迷惑顔をしていた。


 アースとリンダの娘であるアンネ・ガレットは決してお淑やかとは言わないが、必要も無く声を荒げるような少女ではない。そんな彼女がジタバタと暴れ大声を上げるには、それなりの理由があった。


 猫助をかばって虎捕獲用の網に絡めとられたアンネ。その後、密猟者達に網ごとズタ袋に放り込まれてイモムシ状態。そして、それを不服として暴れたアンネはズタ袋に入れられたまま木に吊るされ、今ではミノムシ状態である。


「これが、瑠璃毛か?」


 アンネの周りにたむろする男達。その中の一人が周りの誰か、もしくは全員に問うように言った。


 男のいでたちは皮の鎧を身に纏い、腰に帯刀。一見すると冒険者の身なりとも言える。だが、見るものが見れば、彼の放つ気配は冒険者とは異質のものであると気付くだろう。


 男がアンネの近寄ると、彼女は不愉快極まりないという顔で男を睨みつける。


「べー!」


 しかめっ面で舌を出すアンネに、赤黒い肌をした男は不遜な笑みを返した。


「随分と可愛らしい面してる虎もいたもんだな。そう思わねぇか、え?」


 男が再び誰とも無く問うと、周りにいた男達がビクリと体を震わせた。軽口を叩いてはいるものの、男は怒っている。それを今までの経験から感じ取ったからだ。


「すいやせん、お頭。なんせ、暗かったもんで……」


「ほぅ、それで虎と小娘の区別もつかなかったってか? 目は節穴でも、口だけは達者だな」


 周りにいた男の一人が言い訳を始めようとしたところを、お頭と呼ばれた男が言葉をかぶせて塞ぐ。


 そして、言い訳をした男の元へ歩み寄ると力任せに殴りつけた。


「どこの盗賊にそんなヘマをやらかす奴がいるってんだ! いやぁ、ウチには珍しい輩がいるもんだ、とか呑気に笑えってのか! このボケナス共が!」


 そう怒鳴ったお頭。名はヴァンス・コナー。目の前で萎縮している盗賊達の上に立つ男である。


「おいおい落ち着けよ、ヴァンスの旦那」


 手下達が縮こまる中、少し離れた位置から他人事のように軽い調子でヴァンスに声をかける者がいた。


 ヴァンスが振り返った先にいたのは背の低い小太りの男。顎を覆い隠すように生えた髭が印象的で、羽織った毛皮のベストと合わせてみると熊を連想させる。いや、小熊か。


「うるせぇっ! これが落ち着いていられるかってんだ! だいたい、瑠璃毛なんぞ簡単に捕まえられる。そう言っていたのはアンタじゃ無ぇのか、ブラゴさんよ?」


「何言ってんでぇ! 兄貴の計画は完璧だったんだ。アンタの手下達がその小娘を捕まえてきちまったんだろうが!」


 脅すように問うヴァンスに、ブラゴの後ろに控えていた男が怒鳴り返した。


 熊男ブラゴを兄貴と呼んだ男は、ブラゴと対照的に背が高く痩せていた。鋭く吊り上った目をさらに吊り上げてヴァンスを睨みつける。


「んだと? それじゃあ、ウチの奴等が全部悪いってのか!」


「ああ、そうだよ。兄貴の立てた計画をアンタ等がダメにしておいて、俺ッチ達にいちゃもんつけるとはどういう了見だ」


「よさねぇか、グリッド。今は仲間同士だ。仲良くやらにゃあよ」


 熊男ブラゴはそう言って痩せ男の弟分グリッドの脇を突く。ヴァンスと睨み合っていたグリッドは、ブラゴに窘められて渋々後ろに下がった。


「確かに、こんな小娘を……」


「こんなとはなんだー! 放せー、この熊男ー!」


 抗議の声を上げるアンネ。話の腰を折られたのが気に食わなかったのか、熊男と呼ばれて傷ついたのか、ブラゴはムッとしてアンネを睨みつけた。


 不機嫌そうな顔でアンネの前へズカズカと歩み寄ると、尚もブラゴを罵倒する少女の口を塞ごうとする。だが、悲しいかな。枝から吊るされたアンネの口を閉ざそうにも、ブラゴの背丈では届かない。


「へっへーんだ! このチンチクリンの、モゴモゴッ!」


 続けてブラゴを罵ろうとしたアンネだったが、脇から出てきたグリッドの手によって押しとめられた。


「ふん。人の話を邪魔すんじゃねぇよ。とにかくだ、ヴァンスの旦那。前向きに考えようじゃねぇか。瑠璃毛はもう一度罠をかけりゃあ、それで済むこった。このガキはガキで、ちっとは小遣い稼ぎになる。違うかい?」


 ヴァンスにそう問いかけながらニヤリと不敵な笑みを浮かべるブラゴに、ヴァンスも同じ笑みを浮かべる。


「なるほどな。そりゃあ、そう考えた方が懸命ってもんだ」


「だろ?」


「しかしまぁ、よくもまあ悪知恵が働くもんだ」


 半ば関心、半ば呆れたヴァンスの言葉を笑い飛ばしたのはブラゴではなく、グリッド。


「当ったり前だろ? ヴァンスの旦那、兄貴と俺ッチが何者か忘れたのか? あの深紅の城ベルフィール城の地下牢から脱出した大盗賊様だぞ」


 痩せた体を折れんばかりにそらしながら、高らかに宣言するグリッド。


 盗賊稼業をする者でベルフィール城の地下牢を知らない者はいない。その地下牢に入れば脱出困難と噂され、事実多くの盗賊達が入ったが刑期をまっとうせずに出たものはいない。


「おまえさん等と組む事にしてから、ずっと気になっていたんだが……本当だろうな、それ」


 素直に驚き感嘆の声を上げる手下達を尻目に、唯一ヴァンスだけが疑いの眼でブラゴとグリッドを見た。


 難攻不落の牢獄を出たとなれば疑いたくもなるもの。だが、二人は全く動じる様子も無く、それぞれの袖をまくって見せた。二人の腕を見たヴァンスの部下達がどよめきが広がる。


 二人の腕にあったのは、色濃く付けられた烙印。ベルフィール城に捕らえられた囚人に必ず焼き付けられる、地下牢の住人となった証である。


「へへん、どうだ驚いたか? 俺ッチと兄貴が最初で最後の脱獄者……」


「そんなの自慢になるかー!」


 袖をまくったグリッドの横から、口元を解放されたアンネのもっともな意見が飛ぶ。


「あ、おまえいつの間に!」


「グリッド! おまえが手を離したからだろうが!」


 再び騒ぎ出したアンネの口を、慌てて塞ぎにかかるグリッドをブラゴが呼び止めた。


「いつまで手で抑えてやがるつもりだ? 猿轡でも噛ましとけってんだよ」


「わっかりやした、兄貴!」


「ブラゴさんよぉ。お互い、部下には恵まれないみたいだな……」


「ああ、全くだ……」


 アンネに猿轡を噛ませようと躍起になるグリッドとヴァンスの手下達。それを見ながらヴァンスとブラゴは溜息をついた。



いつもより少し更新が遅れてしまいました。待っていて下さった方がおられたら、すみません。

さて、今回のお話。新キャラクターがわらわらと出て、大乱戦の予感です。これから先どうなってしまうのか。……私にも皆目わかりません。

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